7話
空は王都に戻ってくると、飛来たちと合流すべく光と七海を探しに出した。というのも最近は仲間が増えたせい、いや、おかげで一人の時間が持てなかったためである。
久々の一人の時間を満喫すべく王都で一番高い塔の上、つまり転移の際に使った塔に上り寝そべって空を眺めていた。
だが、貴重な一人の時間を静かに過ごせるわけもなく、
【なんや~、日向ぼっこかいな。年寄りか! あかんで、若者は元気にキビキビとせんと】
そのけたたましく、息つく間もないマシンガントークをひたすら無視し、ただボーっと眺める。
【無視か! 無視やんな。ええで、そっちがその気なら、やってやろうやないか】
その声も次第に遠のいていく。瞼も重くなる。
(うるさい)
一言、寝言のように呟いたのか、心のうちなのかも分からない位小さな声で告げると彼は眠りに落ちた。
夢の中で彼は以前見た人物と再会する事となる。
光と七海は、彼女の犬人ならではの嗅覚を使い、飛来を探し出した。飛来は無事仲間を増やすことに成功し、さらに新しく仲間になった者たちと酒場で親睦を深めていた。光はそこに後ろから近づき挨拶をする。
「あなたが飛来さんですか。はじめまして私、源光と申すものです」
その声に飛来は振り向くと、まずは光の身なり、次に隣にいる七海を見て納得する。
「おお、もしかしてお前も新しく騎士殿の部下になった口か? これからよろしく頼む。俺は飛来だ」
そう言って握手を求める。光自身顔立ちは空に似ているが愛想のよさはまったく違い、それに笑顔で応じた。
「いや~、うちの騎士殿があんなんだからよ。お前みたいなまともそうな奴が仲間になってくれて助かる。ん? どうした?」
光が飛来の手を離さず、今だ握り続けている事に彼は不思議に思った。
「――ッ!」
そして、不意に握る力が強くなり彼に痛みが走る。
「申し訳ありませんが“うちの騎士殿”とはどなたのことですか? 誰にそのような口をきいているのですか?」
笑顔で殺気を滲ませる光に飛来は冷や汗が止まらない。
(まともだと思ってたんだがなぁ。上手くいかないもんだ。ってか、細身のくせになんて力だよ)
飛来は痛みに耐えきれず、力づくで振りほどき距離を取った。
「ハッ。俺が何と呼ぼうが俺の勝手だ。それに騎士殿は呼び方なんて気にしてなかったぞ」
剣に手をかけ、不敵に笑いながら言い放つ。
「そうですか。ですが、そいう問題ではないのですよ。口のきき方を教えてあげましょう」
殺気を迸らせ、先ほどとはうって変わり能面のような無表情で告げる。その手にはいつの間にか扇子が握られ、体中から魔力が溢れ出ている。薄く青い膜が光を多い、彼の側ににあるものは凍り始める。机に置いてあった酒類が泡立ったままで凍っている。
その冷気は光放つ殺気と相まって敵を震え上がらせるには申し分ない。だが、対する飛来も生半可な戦士ではなく、怖気づくような者でもない。逆に笑みを深くする。空とはまた異質な殺気と力。
「面白い。行くぞ!」
黙って攻撃に備える光。飛来は言い終わると同時に飛びかかった。
飛来と光が戦っているころ、空は塔の上で眠っていた。そして、不思議な夢を見ていた。
【王よ】
彼は囁くのような低い声に夢の中で目を覚ました。
【無事、その大鎌を従える事が出来たようだな。もうすぐ、我の前に現れるかもしれないな】
男はうすら笑いを浮かべ、今だ意識のはっきりしない彼に向かって話す。普段の彼ならすぐに覚醒する事が出来るのに。それに違和感を覚えない彼ではない。寝ぼけたような調子で声を出す。
「いつになったらアンタは俺の刀になる?」
男は彼が喋った事に驚いているようだ。
【ほう。もう話せるか。案外我を従えるのは早いかもしれないな。その時を楽しみに待とう。だが、今は少々あちらの方が騒がしいぞ。見てきたらどうだ】
彼は町の中心部を指差した。すると、急速に意識がはっきりとしていく。しかし、男の姿は次第に薄れていった。
(今はその時ではないと言う事か)
彼は男が示した場所に飛んだ。
戻って、酒場内。いやもうすでに酒場とは言えないほど原形が残されていなかった。七海や飛来の部下、新たに加わった仲間も危険すぎて手が出せないほど二人の戦いは過激さを増していた。王都の警備兵も等しく手を出す事が出来ない。
光の手には扇子と血の滴る短刀が握られ、飛来は周りに砕かれた剣を投げ捨てながら絶えず二刀を保ち続ける。
二人とも衣服は斬り裂かれているが、戦闘中に速治術をはどこしているため、見た目ほどダメージは負っていない。
(予備に二振り持っといて、助かったな。無かったら、今立っている事は出来なかっただろうな)
二人は高速で移動しながら、刃と刃、刃と魔力を交える。
【疾・剛・爆】
光が呪文を唱えると、
【魔強化・神刀術・軽身術】
再び自身の体を強化する。
そして、今は【魔強化】を使ったことで、飛来の全身は新緑の魔力に包まれている。これは自身の魔力を使う事で爆発的に身体能力を高めるというものだ。もちろん、これを使うと魔力を大きく消費し、さらには飛来は魔力の多い職ではなく、双剣士である長くは続かない。
「【魔強化】ですか。それが貴方の切り札ですね」
「ああ。これを使わされるとは思ってなかったけどな。まあ、でもこれで終いだ」
互いに視線を逸らさず、笑みを浮かべて探り合い、二人の人影が周囲の観覧者の眼前から消えた。
光の手足には【疾】と【剛】の文字が複数浮かび、短刀の刃の部分には【爆】の文字が映る。この【爆】の文字こそが飛来の剣を2本葬った。この術は剣と剣が触れ合うと発動し、炸裂する。そして、飛来の持つ剣は剣速と刺突をメインにした細身の剣。耐久性もあまりなく、細心の注意を払わないと、一撃で折られてしまう。飛来にとっては光の術は相性が悪すぎた。だが、それでも負けることなく立っているのは飛来の強化された身体能力ゆえだろう。光のそれを上回ることで剣の使用を最小限にして動いている。
対する飛来の対抗手段は自身と剣の強化のみ。これだけである。
(手数が少なすぎる)
飛来は焦る。これらだけで後いつまで保てるかは分からない。その不安が彼の体をさらに加速しろとせかす。応えるように徐々に速度を上げていく。
一方、光は表情にこそ出さないものの今目の前にいる光に対して感心していた。
(手段が強化しかないのは明らか。それだけでここまで戦えるとはね)
冷静に分析しつつ、斬り、放ち、唱える。いくら自分が優位に立とうとも、決して油断はしない。戦闘ではほんの一瞬で戦況が変わることは多々あるからだ。
そして、飛来を覆う魔力が一段と輝きをまし発光した。
(そろそろこの戦いも終わりが近づいているという事ですかね。いいでしょう、全力で叩きましょう!)
その胸中では始まる前の憤りは消えていた。
【縛・縛・縛】
飛来を捕らえるべく、拘束用の術を唱える。だが、それに捕らえられるほど飛来は遅くはなかった。
「無駄だ。これで決める」
さらに輝きをまし、迫る飛来。前、後ろ、横。ついに光は飛来の姿を見失った。
剣が光の体を貫かんとする時、再び術式が発動した。
【盾】
「かかりましたね」
ニヤッと光は笑い。光は驚いたようにもがく。
「あなたの動きを私が捉えられなくなるのは分かっていました。だから、先ほどの時に少し罠をはらさせていただきました」
そこまで言われて、ハッと飛来は気づく。【盾】の文字で弾かれた攻撃の隙に【縛】の文字に囲われ、動けないことに。
「チッ」
悔しそうに舌打ちをする飛来。
「さて、トドメと行きましょう」
扇子を上に掲げ呪文を唱える。
【爆・斬・衝】
3つの文字が重なり、光の指先に集まる。
指先を飛来に向け告げる。
「終わりです」
その瞬間突風と殺気が周囲一帯を襲った。
「そこまでだ」
光と飛来は互いに反発するように吹き飛ばされ、煙が収まった時にそこに立っていたのは空だった。
突然の出現に周囲の者たちは驚きを隠せない。
「いったい何を……」
誰かが呆然と呟いた。
時を少し遡る。
空もまた、空中に風の魔法で足場を作り、二人の戦いを眺めていた。
「なかなか面白いな」
いつもならばその呟きには誰も答えない。だが、今は彼の相棒の片割れである大鎌の黒葉がいる。
【ホンマやな。動きもキレもいい。空ちゃんとどちらが上なんやろうな】
その軽口が聞こえる方にギロリと睨む。
【おお、怖。ま、適当なところで止めないかんよ。空ちゃんの仲間なんやろ?】
空が反論しようとしたところで先を読んだように釘をさす。
「仕方ないな」
渋々といった様子で大鎌を構え、光が最後の呪文を唱え始めたところで飛び出した。
勢いそのままに鎌を振り下ろし、飛来の剣ごと【縛】の術式を壊す。次いですぐに鎌から手を放すと、両脇にいる二人に向けて、先ほど見た技能――【魔強化】――を使い、身体強化をして掌底を放った。
そして、彼の体は自身の魔力。すなわち闇の魔力に包まれ、黒い霧上のものを纏い立っていた。
これが事の顛末である。




