6話
砂漠での激戦を終え、飛来達と合流すべく王都を目指す一行。帰り際に、七海を担いだ光は空の体調を気にしていた。
「我が王。お体の方はお変わりございませんか?」
「ああ、何も問題ない」
空は砂漠を超えてきたばかりなのに疲れも、汗さえも浮かべずに平然と答える。
「然様ですか。それならば安心です」
その言い方に少しばかり空は興味をそそられる。なかなか手強い相手だったため、空が関心を示すのは普通のことだろう。それに彼自身巨人の攻撃を受けたとき傷の治りが遅かったのも気になっていた。
「あの巨人と戦うのは何か問題でもあったのか?」
「ええ、そうですね……」
何か考え込む光。自分の王である空を不安にさせるかもしれない事なのでどのように伝えるかを悩んでいるようだ。
しかし、空にとっては気を遣われて、正しいことを知ることが出来ない方が問題である。
「気を遣う必要はない。早く話せ」
空に命じられ軽く一礼し、話し出す。
「それではお教えいたします。まずは、私自身のことから話しましょう」
空は話が長くなりそうだと、いやそうな顔をするが、ここで抗議した場合またそれに手間がかかると判断し、黙って先を促した。
「以前、私の生まれは和の国だというのをお話ししたのは覚えていらっしゃいますか?」
「ああ」
「和の国で、私はその国ではそれなりの地位と名声、力を有する氏族の一人なのでございます。そして、私の一族は代々陰陽師の家系なのです」
彼は元の世界の知識に基づいて問う。
「妖怪退治や、呪殺、吉凶を占ったりする者たちのことか」
そう彼の世界で陰陽師は妖怪退治だけをする一族ではなく、裏では政を行う際に邪魔な者たちを術で葬ることも行っていた。
それに対し、笑顔で答える光。
「我々の裏の顔も御存じでしたか、それならば話が早いですね。しかし、ふむ……。一つ質問させていただいてもよろしいですか? 妖怪とは妖のことですか?」
「ああ、そうだが」
何か問題でもと言いたげな視線を向ける。
その視線に苦笑しつつ答えた。
「いえ、普通の人間から見たらあの者たちに区別があるなど知っているはずもありませんから。むしろ当然のことです」
いったんここで話を区切り、七海を再度担ぎなおして話す。
「ではここからが本題でございます。我々陰陽師の間では妖怪には2種類ございます。我々と共生し、ともに戦う【妖】と呼ばれる者たち。そして、今回のように我々と敵対し、仇をなす存在の【魔族】と呼ばれる者たち」
「ほう」
元の世界では知りえなかった新しい知識に思わずにやりと笑みが漏れる。
「なら、その二つを見分ける術はあるのか?」
「あります。というよりも一目瞭然です。先ほどの魔族とは格が、そして纏う雰囲気が違います」
空は自分でも自覚できる程、ますます笑みが深くなる。
「妖は強いのか?」
「ええ、それもかなり強いです。ですが、妖達はあまり人間とかかわろうとはしませんから、戦うのは難しいかもしれません。それに個体数も元々少ないですし」
光は空が何も言わずとも雰囲気で察した。表情はいつもと変わらない無表情。そこからは何の感情も読み取ることが出来ないのに直感する。敬愛する王が落胆していると。
「ですが、私がいます。もし戦いたい場合は和の国に行ったときにでもご案内しましょう。とびっきりの強者の元へ」
「そうか」
短い言葉。だが、その言葉とは裏腹に空の瞳には強い光が、否、いたずらっ子のような、もしくは新しいおもちゃを買ってもらったばかりの子供の様にほんの一瞬だけきらきらと輝いた。
「では、話を進めましょう。私の国では魔族とは闘うなという暗黙の了解がございます。ただ一つの例外を除いて」
「例外?」
「ええ、そうです。それは我々陰陽師だけが相対することが出来ます。我々、陰陽師は幼いころより魔族と戦うために鍛えられております。その結果が今の私の力です」
光は扇子を取り出し、全身から力を発した。
「では、なぜ我々以外の者たちが魔族と戦ってはならないのか? それは魔族の纏う闇と攻撃にあります」
扇子の先に小さな闇を作り出す。
「この世界に存在する闇の元素には毒性があります。ですが、魔族が扱う闇は一際その毒性が強い。つまり、近づけば纏う闇に侵され、距離をとっても一撃でも喰らえば死に至る危険性がある。そのため忌避されているのです」
言い終わると、闇を消し、ついでキラキラと輝く光を放った。その表情からはいつもの笑顔が消え、真剣なものへと変わっていた。
「光の元素。これが魔族の闇に対抗するために最も有効な手段。この光の元素を扱う事に幼少期より鍛えられた者たちを陰陽師と呼びます。我々は対抗する手段を持たない者たちを守る為に生きる者。これが陰陽師の全容となります」
「なるほど」
だが、空自身の疑問は解決していない。
「魔族の攻撃を受けたときどうも傷の治りが遅かったのはそういうわけか」
その言葉に慌てたように光は空の方を向く。
「受けたのですか!? その部分を見せてください!」
驚愕。その言葉が最も似合う表情を光はしていた。
「落ち着け。大丈夫だ。もう治った」
「治った!? ふむ……、どうやら本当にそのようですね。改めて感服いたしました」
だが、依然光の表情は心配そうだ。
「ですが、今後このような事はすぐに仰ってください。私のいる意味がありませんし、何より危険ですから。もっとも我が王ならば、きっと大丈夫だと信じておりました」
「そうか、分かった。次回から気を付けよう」
後半の褒め言葉をスルーして答える。ちなみに気を付けるのは報告することではなく、攻撃を受けないようにすることであるのは秘密だ。
「しかし、驚きです。同じ闇の元素を扱うとはいえ完全に毒を克服するなんて。闇の元素を持つ者ならば幾ばくかの耐性はありますが、ここまでとは……流石です」
光は口では落ち着いた様に言いつつも、内心の驚きを隠すことは出来ていない。
(闇の元素を扱う者は耐えることは出来る。だが、全快したとなると話は別。つまり浸食を力づくで押し返したという事。知識や技術のある陰陽師ならまだしも、我が王は一般人でその知識は持ち合わせていないはず。にも拘らずそれを為して見せた。
この力、才能、全てにおいてこれ程の人物を私は見たことがない。やはり、仕えるべき王はこの方のみ)
「何をボーっとしている。早く行くぞ」
しばし感傷に浸っている間に距離が開いてしまったようだ。足早に彼の後を追う。
「はっ」
柔らかな笑みを浮かべ今日も光は空につき従う。




