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5話

 空は巨人に迷うことなく走り出す。その速度は残像を残すほど速い。黒のコートが彼の魔力に反応し、キラキラと黒く妖しく輝き出す。

 大鎌を下から斜めに斬り上げる。風が吹き荒れるが、巨人を覆う黒い霧を吹き飛ばすには至らない。

 だが、その予想も彼は出来ていたのだろう、流れるように次の動作に移る。

 巨人の拳をひょいと躱す。しかし、拳が地面に炸裂した時に発生した暴風によって彼の痩身は吹き飛んだ。

「チッ」

 頭から落ちる寸前で片手で再び宙に舞い、体勢を立て直す。

 着地と同時に攻撃に備え構えるが、敵が攻撃してくる気配はない。

 だが、かすかに聞こえてくるは呻くような低く小さな声。

 一瞬だけ霧が晴れたような気がした。


 しかし、次の瞬間彼の視界が全て漆黒に染まった。


 轟音とともに彼は砂煙に覆われる。

 後には巨人の勝利の雄たけびだけが辺りに響いていた。







「ケホッ」

 敵に生きている事が悟られないように、出来るだけ小さく咳き込んだ。

 冷静に淡々と状況を整理する。


(霧が晴れると黒い光線の様なものが飛んできた。と言う事はあの声は呪文を唱える声。そして、光線は魔法と考えていいだろう。光線を躱ことは容易いが、余程魔力が圧縮されていたとみえる。着弾と同時にすさまじい衝撃が辺りを襲う、か)


 確かに目を周りにやると地面には大きなクレーターが出来ている。どれほどの威力を持っていたのかが窺える。そして、当然の事ではあるが彼だからこそ光線を簡単に躱す事が出来たのであって、常人には同じ事を行うのはほぼ不可能と言っていいだろう。


(さて、どうするかな。と言っても今あれにばれたらまずいがな)


 そういくら彼であってもここまでの威力を想定していなかったため、受け身を上手くとれずに左半身を強く打ちつけていた。今は速治術で驚異的な回復力で体力で回復していたが今だ左足を引きずっていた。


(治りが遅い)


 見ると、左足が黒く爛れている。黒い部分が彼の全身に回ろうとしているが彼の不可視の力がそれを阻止しているようだ。おそらく【邪耐性】が効力を発揮しているのだろう。


(まず、敵の隙を窺う。まあ、俺を殺したと思っているだろうから油断しているだろうが。魔法も強力なものは詠唱が必要。そうすると警戒され、この位置がばれるだろう。他の手は……、そう言えば)


 何かを思いついたように腰の黒刀を見、次いで鎌を見る。

 にやりと笑みを浮かべると、魔力を体内で循環させ、練り上げる。静かに、外に漏れ出さないようにコントロールしながら。以前の時のように感情に身を任せるのではなく。冷静に淡々と。

 そして、限界まで高まった時、一気に鎌に送り込む。眠っている誰かを叩き起すかのように。


 ――ドクンッ


 誰かの鼓動が彼に届く。既にこれが鎌に宿る人格からくるものだと確信している。


(さて、どうなるかな)


 砂煙の中で一人不敵に笑う彼がいた。




 身に覚えのある感覚。鎌から感じる力が徐々に巨大になり、黒刀の時と同じように世界に何かが干渉してくるような、異物が入り込んでくるような気配。


(来るか)


 おそらく鎌の中の人格が発現するときが近いのだろう徐々に鎌が空気に溶けていく。

 そして鎌を携えた人影が現れる。

 黒いマントにフードを深くかぶり、長袖のズボンとシャツに身を包み、特に着飾っているわけでもない。そのため唯一の装飾品である紅い十字架が目を引く。

 背丈は空と同じくらいだろうか。

 時折見える肌は張りのある艶やかな女性のもの。手首や足首は少し力を加えれば折れてしまいそうなほど細い。

 フードの下から見える癖のある黒い髪は腰のあたりまで伸びている。これは伸ばしているというよりも、放っておいたら伸びたといった方が正しい。

 これらの外見的な特徴を持った女性がついにフードを取った。

 顔立ちは目鼻がはっきりしているせいか見るものに少々きつい印象を与えてしまうかもしれないが美人といっても過言ではないだろう。どこかオリエンタルな雰囲気漂う女性である。

 だが、今はとても眠そうに眼をこすり、のほほんとした雰囲気を纏っている。

 空にとってはあまり悠長にしていられない状況である。仕方ないので全力で殺気を放ち威圧する。

【ふぁあ~あ】

 凍てつくほどの殺気を向けられてもいまだ眠そうにしている。大馬鹿者か、もしくはかなりの強者かのどちらか、だ。勿論彼は強者と判断し、いつでも対応できるように黒刀に手を添えている。


【ふむ、まあまあってとこやなぁ】


 空はその声が聞こえる一瞬前にゾクリとした感覚を頼りに振り向いた。視界には鎌を喋りながら、振り下ろす女の姿があった。


 だが、それを間一髪でのところで避ける。

 彼の黒髪が数本はらりと落ちる。

 依然、黒刀の男と相対したように周りの時間は絶えず流れてはいるが、鎌の彼女だけは彼の眼にしか映らない。

 さらには、彼女の足元には血だまりが出来ていた。黒刀の男の時は世界が白と黒の世界になった。何かの仕様だろうか? そう思い彼は自分の足元に視線を落とす。すると、彼の足元にも彼女と同じように血だまりが出来ていた。

 しかし、先ほど述べ通りに時間は流れている。そのために彼に残された時間も残り少ない。悠長に観察している暇もない。


(時間がないな。こいつ相手にだと否が応でも目立つ。気づかれるのも時間の問題、か)


「アンタ、俺に従う気はあるか?」

 時間がない等というような焦りは表情に出すことなく、殺気と威厳を込めて相手に問う。

 それを聞いて、彼女はニコッと笑い、元気よく答える。

【ええで】

「そうか。なら力をよこせ!」

 彼は彼女に手を伸ばす。だが、それをひょいと躱す。

【ただし、一つだけ条件があんねん。兄ちゃんの名前を教えてくるのと、うちに名前を付けてくれへん?】

 彼は名前と聞いて少しだけ嫌そうに顔をゆがませる。だが、背に腹はかえらない。気が進まずとも、口を開いた。

「俺の名前は神谷 空だ。アンタの名前は……」

【兄ちゃんの名前は神谷空ってゆうんか。へぇ~】

 彼であっても、名づけるという事になろうとは予想していなかったのだろう。言葉に詰まっている。彼女はそんな彼の気苦労も知らず、何がおかしいのか分からないが、笑っている。

 さて、改めて彼女を眺める。彼女はカジュアルな服装で身を包み、年季の入った黒いコートを羽織っている。


(黒という文字は使いたい)


 彼自身、黒色が好きというのと、彼女も黒い服を着ていること。それらを考え決定する。


(あと考えられるのは武器からか? 黒いところは変わらないが……、魔力を込めると赤く線が枝分かれして浮かび上が

る。ここから考えるか、紅、合わない。枝? 合いそうもない。なら紅や枝から連想されるものは……、木、血、葉とかか? これらを組み合わせると)


 何かを閃いたように彼が視線を上げる。それを受け彼女は目を輝かせる。まるで、ご褒美をもらう前の子供のようだ。


「アンタの名前は黒葉くろはだ」


 ニパァと表情が輝く。

【ええ、名前やん。気に入ったで。それにやっぱイケメンは考え込んでるところもカッコええのぉ】

 何か今風のチャラ付いた言い方に彼の表情は曇る。


(こいつ嫌いだ。まあ、ちゃんと働いてくれれば問題ないが)


「さて、無駄話はここで終わりだ。行くぞ」

【おお、よろしく頼むで、空ちゃん!】

 彼は全身から溢れ出す殺気を抑え、巨人に向き合う。その手には紅く輝く大鎌が握られていた。

 ここで一言言っておくと、彼の殺気は何も巨人にだけ向けられているわけではないという事だ。

 





【なあ、なんで怒ってんのぉ?】

 彼の眉間には今まで見たことがないくらい皺が寄っていた。怒っている理由は言わずもがなであるが、当の本人は気づいていない。

【空ちゃん~】

「うるさい。それと、その呼び方何とかならないのか。折るぞ」

 彼にとっては疾走している中で絶えず話しかけてくるものだからたまったものではなかった。

【ええ~。別にええやん】

 それにも気づくことなく、努めて明るく話しかける黒葉。逆効果だとは知らずに。

「聞こえなかったのか、折るぞ」

 彼の声がだんだんと低くなっていく。ここに来てやっと黒葉も彼が何に怒っているのか、気づいてきたようである。

【じょ、冗談やんな?】

 これはもしかして本気かもしれないと黒葉は意識し始める。

「……」

 彼からの返答はない。だが、鎌を握る力は強くなっている。ここで彼が起こっている原因を突き止めた。

(なんや~、名前をちゃん付けされて怒ってんのかぁ。案外かわいいとこあるやん)

 彼女は顔がにやけるのを抑え、声にも感情が出ないように穏やかに話す。

【分かった、分かった。呼び方は考えとくわ。今はこれで堪忍してや。損化し、色々とこの鎌について教えるさかい】

 それならば渋々といった感じで握る力を弱める。しかし、敵はもう目前だ。

 不意を衝くというアドバンテージを活かすため、止まることなく鎌で斬りかかる。

【まあ、戦いながら聞いてや。まずこの鎌の特徴はこの重量による破壊力と頑丈さや。だから無茶な使い方しても大丈夫や。それにうちらジンキはもし壊れたとしても主の力で再生するんやで】

 空は耳だけを傾けて斬り続ける。不意打ちは成功したようで深手を負わせたが、巨人はすぐに再生している。その再生速度はワームにも負けずとも劣らない。

【おお、空ちゃんやるなぁ。やっぱうちの眼に狂いはなかったわ。まあ、そんなことはどうでもええ。そして、この鎌の能力は斬った相手に魔力を流して、内部から破壊することが出来んねん。どや、すごいやろ】

 彼女の喜々とした声を聞き流し、淡々と斬り続ける。彼女の説明からしたら魔力を流し続けている状態なので、そろそろ何か変化が起こってもおかしくはないはずである。

【せや、これがうまくいくには条件があんねん。まずは、大量の血を啜ること。まあ、これは空ちゃんなら余裕やな。次が重要や、この能力は格上には通じへんで。覚えとき。つまり、今戦っている敵は空ちゃんよりも格上ってことやな】

「フッ」

 それを聞いて笑みが漏れる。

【どうしたんや?】

「いや、そうでなければ面白くないからな」

 カマを握る手から、全身から、彼の歓喜の感情が感じ取れる。

(空ちゃんは極度の戦闘狂やな。それなら、あの手が使えるようになるかもしれんな)

【まあでも、この能力には嬉しい付加能力オマケ付きやで。この紅く光っている状態やと、切れ味が上がんねん】

「そうか、それだけあれば十分だ」

 それを最後に彼は戦いに集中し始める。

【頑張ってなぁ。うちもこんなに早く主を失いたくないからなぁ】




 魔力を流し続けた状態で斬り続ける。狂人の腕や脚を斬り続ける。だが、彼の魔力とて限りはある。そのためできるだけ効率を上げていく。移動中は魔力を流すのをやめ、斬りつける瞬間だけ、流す。これだけで随分と節約できる。やはり、黒葉に主と認められ、能力の使用が簡単にできるようになったことがデカい。

 さらには反撃で繰り出される拳や蹴りをの風圧で吹き飛ばされないように躱したらすぐに相手に鎌を突き刺す。そうすることで吹き飛ばされずに済み、相手が魔法を使えるような距離を作らせない。

(空ちゃんは天才やなぁ。こんなにも早く使い方を覚えて、無駄もない。その才能は歴代の主の中では断トツや)




 巨人の頭の中を大きな疑問が支配していた。


 なぜ、この人間はこんなにも速く動けるのか? 


 なぜ、この闇の中でこうも自由に動けるのか? 


 この闇は人間には毒ではなかったのか?


 今自分が相手をしているのは人間ではないのか?




 そんなことを考えていると、ますます攻撃は鈍り彼にとって躱しやすくなるのだが、それに気づくことはなかった。

 そして、当然ではあるが、力の限度は巨人にもある。少しずつではあるが霧が晴れていく。

 更には、斬るたびにその腕に、脚に、紅い紋様がうっすらと浮かぶようになってきた。

「これはどういう事だ? 効かないんじゃなかったのか?」

【ああ、言い忘れとったわ。格上相手でも弱った時は効くねん】

「ほう、なら」

【そうやな。大分弱っとる。そろそろトドメやな】

 自然と鎌を握る力も強まる。

 彼は巨人の魔法を受けないように超接近戦に持ち込みラッシュをかける。

 巨人としては敵がこれほど小さいうえに、速いとなれば捉えられる訳がなかった。

【グオォォオオオォ!】

 唸り声をあげ、彼に背を向けて走り出す。勝ち目がないと悟って逃げ出したのだ。だが、彼から逃げ切れるはずもない。それに全力の走りは重量のある体であればあるほど、身体には負荷がかかる。普段ならば問題はなかっただろう、だが、彼に斬りつづけられ、鎌の能力が浸食されつつある体でそれを行うにはいささか無理があった。

 彼の一振りごとに紅い紋様は色濃くなり、次第に朽ち始める。

【ガアァアァアア! ナゼ、ダ。ニンゲン、ゴトキガ】

 ついに脚が朽ち、地面に倒れ伏している巨人の眼前に彼が現れる。

 その表情には不敵な笑みが浮かび、血塗られた鎌を担いでいる。

「終わりだ」

 巨人の顔には明らかな恐怖が浮かんでいる。鎌を担ぐ彼の姿はさながら死神のように見えただろう。

 そして、目の前が紅く染まり、激痛の後、体の中からかき乱されるような不快感を感じながら巨人は闇に沈んだ。






【いや~、見事や。最後には全身に能力を発動させるとはなぁ。ホンマに見事や】

 彼女の賛辞を聞き流し、七海と光の方へ目線を移す。あちらも既に戦闘は終わっているようだ。

「終わった、ようだな」

 光が七海を担いで歩いて来ていた。そこに焦った様子はない。つまり、問題ないという事。ただ気を失っているだけだろう。

「お疲れ様でした」

 光が柔らかな笑みを浮かべる。これを見ると同じように美形な空もこのような表情が出来れば、と勿体なく思うのは仕方ないだろう。

「ああ、そっちはどうだ?」

「こちらも問題ありません。敵のほとんどは七海さんが倒してくれましたし、七海さんもただ気を失っているだけなので問題ありませんね」

「そうか」

 報告を聞いて、ちょっとした安堵感を覚えたことに自分のことながら空は首をひねる。

「帰るぞ」

「はい」

 そして、3人は帰途に就く。

  

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