4話
空は地中からのワームの奇襲をいとも簡単に躱す。一度前に躱した攻撃を彼がもう一度できない道理はない。
光も難なく躱し、七海も以前より経験を積んだ事で危なげなく躱す。
「ご主人様、ここは私にお任せを」
七海はナイフを構え、空中で体勢を整え振り下ろす。
「ハッ!」
斬る感覚も残さずに両断される。あまりの切れ味に斬った本人も驚いている。
「す、すごい」
だが、敵は悠長に待ってはくれない。背後からワームが2頭同時に七海に襲いかかる。獲物を狙い涎をたらし、口を大きく開け迫る。
「感嘆するのは良いのですが、背中がお留守です。それに我が王から頂いたナイフですよ。その位で一々驚かないでください」
光はため息をつきながら七海の背中を守るように後ろに立ち、扇子を前に出し片手で印を結び結界を作り、攻撃を弾く。そこに間髪いれず、空が鎌で刈り取っていく。
「油断するな」
敵を倒したという、興奮も安堵感も一切表情に浮かべず、淡々と敵を倒していく。
「そうですよ。七海さん、やはりあなた一人では王の側近としては役不足ですね」
ワームを斬りながら、馬鹿にしたような笑みを七海に向ける。
その技量の差に七海は悔しそうに唇をかみしめるが、すぐに切り替え、負けるものかと即座にトップスピードに乗る。そのままの速度で流れるように切り裂いていく。これは七海の未熟とはいえ、自分の戦闘スタイルとして確立し、洗練されつつある動きとナイフの恐ろしいまでの切れ味がなせる技である。
それでも、空と光の狩った数には遠く及ばないのは熟練度と経験の差だろう。もっとも、空の場合は戦いの中で技量を高めている。
「――ッ!! 流石です。ご主人様」
空はともかく光が倒した量にも驚きながら、その事実からは目を逸らし、自分の主にのみ賞賛の言葉を贈る。
辺り一帯を綺麗に一掃し、改めて狩った魔物の量を確認すると実力の差が如実に出ていた。まず、七海が狩った頭数を1とすると、光がその2倍、空が3倍であった。それに二人は七海と違い汗をかいておらず、呼吸一つ乱れていないので全力を出したわけではないのだろう。
七海はその光景に愕然とするが、より一層修行に励まなければと気持ちを改める。
辺りが静かになったことで雰囲気が和らいだかに思えたが、七海の犬族としての嗅覚が異常を察知する。
「何か来ます。血? ひどい臭い。焦げたような感じ……」
思わず鼻を抑え、うずくまる。そんな彼女の様子を気にしてか、珍しく空が気を使うように魔法を唱える。
【風よ】
七海の周囲に風の膜を張り、臭いが届かないようにし、次に自分にも魔法をかける。
「あ、ありがとうございます」
空の思いがけない行動に目を潤ませて感激する。その七海に何の反応を示すことなく、指示を出す。
「光、アンタも風の魔法を使っておけ、少々臭いがきつい」
七海には及ばないにしろ、これほど距離がある中で臭いを感じ取ることが出来る空に七海と光は羨望のまなざしを向ける。
「承知いたしました」
この指示で空が七海に魔法をかけたのは、優しさからくるものではないことが分かる。しかし、彼女本人は彼の考えに気づくことなく、依然として嬉々とした表情を浮かべている。
「はぁ、あなたの頭は本当にめでたいですね」
光は疲れたように肩を落として、呟いた。
「ムッ」
「気を抜くな」
七海が光に何か言い返そうとしたところに静かで低い声が発せられ、二人の浮ついた表情を引き締める。空は近づいてくる魔物の群れを見て、ニヤリと笑った。前に倒した巨大ワームほどではないにしろ、普通のサイズのワームよりは一回りは大きなワームが黒い炎で焼かれ、爛れている。ピクリともしないワームを片手に大きな足音を立てて、歩く黒い一つ目の巨人。その巨体は圧倒的な存在感と威圧感を放っている。黒い霧がその巨体を覆い、不気味さを増す。そのすぐ後ろにはお零れを狙ってか、涎を垂らした黒い狼が続いている。
「ほう」
その一団の数は50を超えるだろう、久々の上物の予感。空はそれに体を震わせ、楽しそうにしている。
「デカいのは俺がもらう。あとは適当にやれ」
「「了解いたしました」」
標的を定めると空は今までとは比べ物にならない、自己最速のスピードで突っ込む。彼にとって先程の相手では準備運動にもならなかったのだろう。
空が走りだし、ぐんぐん巨人に近づいている頃、その後ろでは何やら光が七海に忠告をしているようだ。
「七海さん、あの巨人には近づかないで下さい。我が王は闇の魔法を使えるから心得がおありでしょうが、あなたがあれに近づけばそれだけで命を落とします」
七海の表情が深刻なものへと変わる。その言葉は七海を光の横顔から視線を外すことが出来なくした。
「いいですか。あれは魔物でありません」
「それはどういう……」
七海はあまりのことに言葉を詰まらせる。
「ああ、ここら辺ではあまり知られてはいませんが、我が和の国はあのように闇を纏う者のことを魔族と呼んでいます。そして、その闇には人間には毒なのですよ」
「じゃあ、ご主人様が!」
その言葉にはっと空の方を見る。見ると、あと数秒で彼は巨人と会い見えるほど距離になっている。今から全力で走っても二人では空に追いつくことは出来ないだろう。焦った七海とは対照的に光は冷静に空を見つめている。
「何を悠長に構えているんですかっ!」
思わず声が大きくなる。自分の主人に危険が迫っている。そう思うと感情を抑えることが難しくなっていた。
「大丈夫です。その為に私がいます、それに王ならばきっと」
そこまで言うと走るために体勢を低くする。
「さて、ここからは走りながら説明しましょう」
その言葉を待っていたといわんばかりに七海は全速力で走りだす。今までこれが限界だと思っていた速度を優に超えている。その速さは光が術で自身の強化を使わなければ、追いつくことが出来ないほど速い。
「ふふっ、あなたは面白い人だ」
そう呟きながら七海を追う。
「先ほどの続きですが、あれは魔族というのはよろしいですね」
「……」
聞こえているのかも分からないほど辺りには風切音が響き、七海は真剣な表情で駆けている。
「毒があるとは言いましたが、もちろん解毒することも出来ます。そして、私はその術を知っている」
依然として七海からの反応はないが走る速度が光に合わせてきたので、聞いてはいるのだろう。
「重要なことですが、魔族がその身に纏う闇は武器であり、盾でもあります」
ここまでの事を聞いていると打つ手なしのように思えるが、しかし、と光は続ける。
「しかし、闇の魔法を扱う者も力にすることが出来るのです。ここまで言えば私が何が言いたいのか分かるでしょう」
「ご主人様を信じて、指示通りに周りの魔族を倒せという事ですか?」
絞り出すように答えた。
「そうです。我々はそちらを優先すべきでしょう。ちなみに中央の巨人だけが魔物で、周りの狼は魔物です。まあ、魔族の闇の力には魔物たちを引き寄せる力がありますからね。今回も恐らくそうでしょう」
「分かったわ。でも、なぜそれだけの事を知っていながら、ご主人様に言わなかったかしら? もし、ご主人様の身に何かあったら殺すわよ」
珍しく口調は厳しく、目は見開かれ殺気が込められている。
「ええ。あなたに殺されないように最善を尽くしますよ」
光も口元には笑みを浮かべていたが、目が一切笑っていなかった。それだけ、七海から発せられた殺気が光を本気にさせるに相応しいものだったという事だろう。
そのまま魔物群れに二人は突っ込んでいく。
今日の七海の闘う姿はいつもとは全く違うものだった。
殺気を隠すことなく、いつもの人のいい笑みも消え、恐ろしいまでに速い。今の速度ならば、飛来が以前見せた速度にも匹敵するのではないだろうか? そして、動きのキレも格段に良くなっている。それは目の前の敵を殲滅対象としか見ていないからである。
空からもらったサバイバルナイフを片手に次々と切り裂いていく。流れるように、しかし、そこに優雅さはなく荒々しく野性味溢れるその動きは決して止まることはない。体からは微かに金色に輝いている。
「これは金属性の……。たった今、覚醒したというところですか。しかし、王の傍に居ながら今頃目覚めるなんて、遅いですね」
七海の後ろに付きサポート役に徹している光は辛辣なことを呟く。だが、その表情はどこか楽しげだ。
金属性の代表的なものとしては武器強化の魔法や技能では神刀術のように武器の威力を上げるものばかり、先程から魔物を一太刀で仕留めているのはそのおかげである。もっとも、まだのその輝きは乏しく、十全に発揮しているとは言い難い。
七海は自分の武器の斬れ味が上がったことに気が付くことなく、切り裂き続けた。
右手で切り裂いたかと思えば、すぐさま器用に左手に投げ、出来るだけ隙なく、絶え間なく斬る。ついで、逆手に持ち替え、斬り下ろす。それでも間に合わない場合は思い切り手足で叩き、時間を稼いで斬った。さすがに、冷静に動きを見きって躱すというような真似は出来ず、傷は増えていくが、不思議と出血は少なく、戦い続けるうえで支障はない。
血を見る度に犬族としての血が疼くのか、鋭い犬歯を覗かせ、雄たけびを上げながら血風を起こしながら屠る。黒狼程ではないにしろ、鋭く伸びた爪は眼潰しに、牙は振るうナイフで追いつかない敵の喉元を狙い噛み付く。
まさに狂戦士のごとく戦い方である。
結局周りの狼を全て斬り倒したころには全身を真っ赤に染め、瞳は黒から金色に変わっていた。血を滴らせ、舌なめずりをする彼女の姿はどこか妖艶だった。
向かってくるものが居なくなると辺りを見渡す。さっきまで後ろに付いて来ていたと思っていた光は居らず、巨人と付かず離れずの距離で立ち止まって空が戦う姿を見ていた。
その様子を見てすぐさま空に駆け付けようと思うが、思うように体が動かず前に倒れてしまう。
「ここまで、ですね」
後ろには誰もいないと思っていたので意表を突かれすぐに向き直る。しかし、体は思うように動かないため、顔を動かす程度だ。
「警戒なさらなくて大丈夫ですよ」
後ろにいたのは良く見知った顔。光だった。
「何で? だってあそこに」
そう、今も空の近くには光が立っている。
「ああ、これは私の式ですよ。まあ、分身したと思っていただいて構いません。もちろん本体は王のお側にいますがね」
何がどうなっているかは分からないが、ひとまずは安心していいのだろうと表情を緩める。
「だいぶお怪我をなさっているようですね。ああ、無理に動かない方がいい。あちらもすぐに王の勝利で終わるでしょうし」
話の途中で立ち上がろうとする七海を抑え、治療のため屈みながら伝える。勝利という言葉を聞いて七海はあからさまにほっとしたようだ。
「まあ見てれば分かります」
すると、その言葉を言い終わる前に巨人の全身に黒縁の赤い術式が浮かび上がり、巨人は漆黒に染まり、崩れ去った。闇から出でし魔族が漆黒に染まり、還るなど、何ともおかしな話ではあるがここにおいてすべての戦闘が終了した。




