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1話

 一休みした後に帰った二人は少々厄介な問題を抱えていた。


「面倒だな。まあ気にする事でもないが」


 空は窓から見える賑やかな光景を眺めつつ、ポツリと楽しげに呟いた。


 ◆◆◆


 時は数分前に遡る。


『お帰りなさいませ』


 屋敷に帰ると使用人総出の出迎いを受けた。疲れで失念していたが、門から堂々と出入りをすればこのような事が起きることは考えられた。それが嫌で塀を飛び越えて出入りしていたのだから、彼がこの対応をどの位嫌っていたのかが分かる。

「ああ」

 言葉少なに反し、いつも通り屋敷の中に入って行く。

 そして、使用人たちは気づく。気づいてしまう。普段は一日中部屋から出ず、出たとしても会話らしい会話もせずに部屋に戻る。さらには部屋に使用人を呼びつける事も、何か仕事を頼む事もしない彼の行動からすれば、周りにいる者たちが彼を間違って捉えてしまうは当然のことであった。そんな人嫌いの主人が七海という明るい性格の若い女性を連れ、一晩帰らなかったのだ。容姿端麗な主人と使用人である彼女が昨日一日帰らず、今日になって一緒に帰ってきたところを見てしまうと取り巻きのうら若い乙女たちが騒ぐのは仕方のない事であった。

 主人の手前大声をあげて騒ぐ事はなかったが、誰もが気になっていた。

 ついに使用人の一人が好奇心を抑えきれずに屋敷に入ろうとする主人を呼びとめた。


「あの、ご主人様、差支えがなければお答えいただきたいのですが、昨日は七海さんとご一緒だったのですか?」


 歩みを止めることなく、答えた。

「ああ」

 その言葉で空気が黄色いものへと変わった。彼が使用人たちと気さくに話すことが出来ていれば歓声の一つや二つ上がっていただろう。

「答えて下さり、ありがとうございます」

 声が大きくなるのを抑えながら深々と頭を下げる。質問をしていない使用人たちも頭を下げる。皆の眼は輝いていた。そして、標的が無愛想な彼よりも七海に定まったのも自然な事であった。


 ◆◆◆


 そして今に至る。彼は椅子にもたれかかりお茶を飲みながら、外に居る七海が他の使用人たちに問い質されている様子を眺めていた。まるで他人事である。

「暇な奴らだ」

 飲み終わるとベッドに寝転んだ。


 次に起きたのは日が昇り始めていた。予想以上に疲労していたようだ。

 湯浴みをし、朝食を取り終えると見慣れない使用人が近づいてきた。ちなみにこの屋敷に使える使用人たちはみな黒を基調とした服装をしている。彼はそこだけは気に入っていた。そして、彼がいくら記憶力が良くても、覚える気がなければそれに何の意味もない。

「おはようございます。今日は第2師団長の冬弥様がいらっしゃるそうです。昨日の内にご報告いたそうと思ったのですが、お休みになられていたご様子だったので」

 つらつらと言い訳じみた事を述べる。彼女に非はない。また、彼の表情がピクリともしないのも怒っているというわけではない。この表情こそが普段の彼なのである。それが分かっていても二人きりだと緊張や焦りが出てしまう。

「そうか」

 返事を聞くと彼女は足早に去って行った。

 食事をし終えると食器を下げに来た使用人に声をかける。

「七海を呼べ」

「は、はい」

 一瞬驚きの後に、何か含みのありそうな笑みを浮かべると立ち去って行った。


 暫くした後に七海が近づいてきた。

「お呼びでしょうか、ご主人様?」

「用もないのにお前を呼ぶと思ったか?」 

 そのきつい一言にも笑みは消えない。彼女は確実に彼の言い方や接し方に慣れ始めていた。

「いえ、滅相もございません。それで御用とはなんでしょうか?」

 そして、彼に対して話す時は手短に的確に述べることが好ましい事も知っている。

「冬弥が来るそうだ。用は分かっている。そこでお前にはあいつの対応と給仕を頼む」

「? 了解いたしました」

 なぜ、自分なのかその理由も分からぬまま彼女は答えた。

「噂をすれば何とやら、か」

 外を見ると冬弥が門を抜けてくるのが見えた。

 口元には笑みが浮かび、これから起きることに期待しているようだった。





「よお、一週間ぶりだな」

 最初に口を開いたのは冬弥だった。

「そうだな」

 相変わらず淡白な物言いに苦笑いを浮かべる。 

「まあ、今日は世間話をしに来たわけじゃねえんだ」

 冬弥の服装を見ればそれも頷ける。以前訓練場で見た軽装ではなく、イヴェール家の紋章である青い不死鳥の描かれた白い軍服を着ている。

「だろうな。でなければ追い返しているところだ」

 冬弥は顔が引きつるのを抑えることは出来なかった。そして空は無言で体を翻した。

「はあ、付いて来いってことか?」

 気苦労が絶えない冬弥である。

 彼が案内した部屋は黒いテーブルと両脇にソファーが向かい合っているだけのシンプルな部屋。だが、黒で統一されている事こそがこの屋敷の主は彼であるというのを無言で示している。

「えらく殺風景だな」

 それを眺め正直な感想を漏らす。それもそのはず彼が七海に指示をし、花や、絵画やら、その他装飾品をすべて取り外させたからである。彼と前の家主の趣味が色以外合わなかったのだ。

「で、用は何だ」

 彼は椅子にもたれるなり、本題を切り出した。

 その対応に冬弥は気を悪くするわけではなく、自分もまた椅子に座り、頭をかきながら答えた。

「まずは先日話した新たに特別師団を増設し、お前を師団長とする事とそれに際し、軍に猫の民以外のものを入れるかという件についての王都での議論の結果だが、前者は試験を設ける事、後者は試験に合格したらお前の部隊で様子を見るという結果になった。何か質問はあるか?」

 とても率直な意見。投げやりな言葉であるため、聞く者によっては礼を失していると非難されかねないが、彼にとってこのような回りくどくない意見はとても良い。

「ないな。続けろ」

 あまりの上からの物言いに冬弥は自分は大人だと言い聞かせ自制する。だが、表情まではごまかせないようで目はつり上がり、口元は引き攣っている。

「試験の内容だが――」

 そう言うと懐から帽子を深めにかぶった猫の紋章が押された勅書を取り出し、つらつらと堅苦しい文章を読み始めた。要約するとこうだ。


 一つ、黒騎士|(王国議会は空の名前を知らないため)は告知された時刻より5日以内に部隊に配属する者たちを選抜する事。


 二つ、その者たちと供に王都より南に約200㎞程進み、帝国領の砦を攻め落とす事。


 三つ、達成した後に王都を訪れ、王に宣誓する事。


(手柄を立てて膝まづけ、と。面白い事を言う。さて、どうするかな)


「以上だ。正式に採用が決めれば、お前には権限と褒賞も与えられることになる。この位は当然だと思ってやってくれ。それに今回は姫さんの意志でもあるからな。俺たちとしては王様の命令というのもあるが、姫さんの体裁を守るためにも頑張ってほしい」

「ふっ」

 あまりに正直な意見に思わず笑みがこぼれた。冬弥という男は権力には興味がないらしい。

「いいだろう」

 そして、指を二本立てた。

「どうした?」

「質問が二つある。一つ目、部隊の人員の下限と上限はあるのか?」

 一本指を折りながら続ける。

「二つ目、敵の情報は?」

「ふむ、先に後の方から答えよう。今回は試験だからなぁ。悪いがそれには調査する事も含まれる」

「そうか」

(自分で調べろと。そして、議会は捨て駒としか考えていないことがわかるな。こいつらはどうだかは分からないがな)

「そして、人数制限についてはないぞ。自分でこれで良いと思ったら行ってくれ」

 顎に手を当てて了承する。

「まあ、ヤバいと思ったら戻ってこいよ。俺に連絡すりゃあ必ず助けに行ってやる」

 彼は自分の考えていたことが読まれたかと思い、思わず目を見張ったが、そのような些細な変化に冬弥は気づくことなく、机に勅書を置いた。

 彼は俯いたまま呟く。

「お節介が」

「うるせえ。今から試験開始だからな。5日後の朝、南門の前に仲間を率いてこい。待ってるぞ」

 その言葉を最後に冬弥は出て行った。

「時間があるようでないな……」


「あの……」

 冬弥が出て行くとおずおずといった感じで七海が空に話しかけた。七海は会談中の間給仕し続けていたのだ。

「聞いていたな」

「は、はい」

 彼は満足げにうなずいた。

「内容はほぼ予想通りだった。で、アンタはどうだ?」

「な、何がですか?」

 机に広げられた勅書をトントンと叩いて、示した。

「条件の一つ目は何だ?」

 彼にしては丁寧に伝える。

「ええと、仲間を集めろ、という事ですか?」

 読んだ上で簡単にして、言った。

「そうだ。それでアンタはどうするのかと聞いている」

 鋭い視線を彼女に向ける。射抜かれたように一歩後ずさる。

「それは私にご主人様の部隊に入る覚悟があるかどうか、という事ですか?」

 彼女は恐る恐る考え出した答えを述べる。

「ああ」

 反対に彼の声は少し暗くなっている。

「もちろん、入ります! 私はご主人様に誓いましたから」

「そうか……」

 その明るい言葉とは逆に彼の表情も次第に暗くなっていく。

「どうかなされたんですか?」

 その心配を振り払うように一言で返す。

「いや、何でもない」

「でも……」

 彼は睨むだけで閉口させた。

「行くぞ。付いて来るんだろ」

 彼女に背を向けて、告げる。

「はい」

 最後の彼の様子に彼女は不安を隠せなかった。




 彼が仲間集めに選んだ場所はワームが生息していた砂漠に近い、砂山村。前に来た時と変わらず屈強そうな戦士たちが多く、修行の場として好まれる場所でもある。

 この村を選んだのは即戦力が欲しかったのと、部下が増えたときに厄介ごとを押し付けられるような人材を探すためだ。その為、そこそこ実力があり、それでいて雑務や指揮などを熟せる者が良い。

「ここで部下を探すんですね! ご主人様ならすぐに見つけられますよ!」

 先ほどの浮かない表情が嘘のように彼女は明るい。

「ああ」

 彼は短く答えて、戦士たちが居そうな場所を手当たり次第に当たっていく。最も彼は部下が多く欲しいわけではなく、試験だからというだけで行うにすぎない。

 とは言っても王国の中心からは遠く離れ、狼の国と猫の国の国境近くの村である、酒場と呼べるものは1軒しか存在していない。

 目指すは木造1階建ての建物。砂嵐に備え、扉や壁に太い丸太を隙間なく並べられ、なかなか頑丈そうな造りになっている。そして、窓は砂漠とは逆側に付けられている。

 中に入ると酒の臭いがたちこみ、戦士たちは賑やかに騒いでいる。まだ昼間とはいえ、そこに酒があるのだから仕方ない。飲もうという事だろう。

 彼は入るとすぐに戦士たちの視線を集めた。ここでは珍しい女性を連れていること。次に彼らの目が行くのは彼の背にある大鎌である。死神の鎌のような禍禍しさと銀色に輝く刃は戦士たちを魅了した。最後に彼の表情から何の感情も読み取るれないことに一種の不気味さを覚え、力のある者は酔いが覚め、緩んだ表情を引き締める。

 彼は様子の変化を見逃さなかった。最も反応の早かった者の元へと向かう。

 彼が目を付けたのは茶色の長い髪で右目を隠し、胸元が大きく開いた長袖のシャツを身に着け、腰には細身の刀を4本差した男。そして、頭上に耳がないことから、猫の民でも狼の民ではない事が分かる。

「アンタ、俺の部下になれ」

「はぁ!?」

 いきなりの申し出に男の周りにいた者たちが騒ぐ。

「おい、この方になんて口利いてんだ、お前は」

「お前がどこのどいつかは知らねえが、んな事出来るわけねえだろうが」

 真っ先に言葉を発した二人に周りを囲む男たちが賛同し、囃し立てる。

「で、どうなんだ」

 それらを全て無視し、目的の男にのみ目を向け話しかける。

「傭兵が必要なのか? それとも本気で言っているのか?」

 男は椅子に坐したまま、片手にグラスを持ち、まわしながら問う。カラカラと氷が当たる音が不思議と響く。

「不本意ながら本気だ。俺の部下になれ。アンタは強いんだろ」

 その答えに男の口元は緩む。だが、眼つきの鋭さだけは変わらない。

「それが叶うかどうかはお前次第だな」

 そう言うと立ち上がる。男は取り巻きの男たちの中でもひと際背が高かった。もちろん、彼よりも高い。だが、彼と同じく無駄な肉がついておらず、スラッとしている。男は黙って彼に背を向ける。付いて来いという事だろう。それを読み取り、男に続く。彼を見る取り巻きたちの眼に殺気が宿っているがそれを気に留めることはない。


 彼らは店を出ると互いに殺気を放ちながら向かい合った。

「俺の名は飛来とらいだ。お前は?」

「名乗る気はない」

 その言葉を言い終えるや否や彼の体は霞み、飛来の前に現れる。

「いきなりか。盛んだなぁ」

 彼の行動に苦笑しつつもその拳を受け止め、すぐに蹴りを繰り出し反撃する。

 彼は飛んで躱し、ニヤリと笑う。

「やはり強いな。それに人望もあるようだ」

 いつしか周りには見物人が集まり、二人に野次を飛ばしている。中でも熱心に飛来の擁護する発言をする集団に目を向けながら言う。

「ふっ。それはどうも。今度はこっちから行くぞ!」

「ああ」

 その言葉を受ける彼は不敵な表情を浮かんでいた。

 飛来の両手が霞むほどの速さで振られ、刃渡り20cmくらいのナイフが2本放たれる。

 彼は難なく鎌で弾く。さらに、弾くだけでなく弾き返すことで猛然と距離を詰めようとしていた動きも牽制する。虚を突かれ、足が止まったその隙を彼が見逃すわけもなく、片腕を伸ばし闇属性の魔法を放つ。もちろん、その際に彼は呪文を唱えていない。ワームと戦い、倒したことで更に力を高めていたようだ。やはり、天才は底が知れない。

「チッ」

 距離を詰めていたことが仇となり、至近距離で放たれた魔法を体を投げ出すように横に逃げる。

 だが、それを読んでいたように彼の鎌が振り下ろされる。

 それも紙一重で躱し、距離を取る。

 その一連の動きを称賛するように追撃はせずに相手が大勢を立て直すのを待つ。

「速いな」

「ハッ」

 口元は笑っているが飛来の顔に汗が浮かび、肩で息をしている。

(なんて野郎だ。全然余裕じゃねえか。こんな奴がいるとはな)

 男は内心、冷や汗を止めることが出来ずにいた。

「まだだ。勝つ!」

 自身に喝を入れるように気合を入れなおし、心のどこかで彼の実力を認めながらも腰のレイピアを抜き、風切音が彼の耳に届くより早く突く。

「大した速さだ。動きの速さだけなら今はアンタの方が速いだろう。だが、それだけでは俺に勝つことは出来ない」

 囁くような彼の声が不思議と飛来には、はっきりと聞き取ることが出来た。

 レイピアが彼に迫る。30,20cm次第に剣先と彼の体との距離は短くなるがまだ動かない。

 10、5cmそこでやっと動き出す。刃先を皮膚に沿わせるように最小限の回避行動をとる。だが、沿わせるといっても皮膚が避けてしまうようなことは決してない。

 完全に躱され、飛来にはすり抜けたかのように見えただろう。

 そして、彼は躱すと同時に鎌の柄を相手の鳩尾に向けた。流石に全力の突進の最中に急に向きを変えることは出来ずにそのまま突っ込んだ。その速度がそのまま男にダメージとして跳ね返る。

「ガ、ハッ」

 飛来は勢いよく吹っ飛んだ。体勢が地面と平行になった時、視界いっぱいに彼の拳が広がった。

 砂埃舞うなか、決着がついた。

 やじ馬たちは彼と飛来に惜しみない賞賛を送り、飛来の仲間たちは彼に今にも襲い掛からんばかりの殺気を放っている。

 だが、その望みがかなう事はなく後ろから何者かに強打され、次々と倒れていく。

「七海、手を出さずとも俺がやっていた」

 其の者の正体は七海であった。ワームとの戦いでは逃げ回るだけであったのでその強さが目立つことはなかったが、ほんの少しの時間ではあるがあの巨体を相手に立ち回ったのだ、実力がないはずがない。

「申し訳ありません。お疲れではないかと思ったので」

 彼に窘められシュンとなり、犬耳も下に垂れている。彼は叱ったつもりは全くなく、いうなれば勝手に落ち込んでいる彼女をフォローすることもなく問う。

「お前の眼から見てこの男はどうだった」

「ご主人様程ではないにしろ、かなりの実力を持っているかと思います。正直、私では勝つことは出来なかったでしょう」

 最後は悔しそうに、だが正直に意見を述べる姿を彼は好ましく思った。しかし、そのような感情を表に出すことなく、淡々と続ける。

「そうだな。こいつは使えるだろうな」

 彼はお目当てのものを見つけたかのように満足げに笑った。


 飛来が目を覚ますと、すぐに元の酒場に入り話を進めた。また、先ほどのような喧騒はなく、そこにいる者たちはみな彼らの言動に関心を持っているせいか、不思議な静けさが辺りを包んでいた。

「さて、先ほどの続きだが受けてくれる気になったか?」

 腕を組み、足を組み、椅子にもたれながら、酒場を出る前よりも傷が増えた飛来を見下ろす。

「ああ、お前は確かに強い。だが、なぜ俺なんだ? そして、目的はなんだ? それを教えてくれ。そうじゃないとお前にはついていけねえ」

「理由はアンタの強さと人望だな。それと、これを見ろ」

 そう言うと懐から今朝冬弥から貰った勅書を出す。

 そして、それを読み終えると飛来の顔には驚きが広がって行く。

「これは……つまり、お前を師団長として猫の民ではない俺らが軍に入れるという事か?」

「ああ、この試験とやらが上手くいけばな」

 周りで聞いていた者たちの表情もその言葉を聞いて嬉しそうな表情へと変わっていく。

「分かった。そういう事なら俺たちはお前に力を貸そう。この国の正規軍に入ることは俺たちとしても願ってもない事だからな」

「そうか」

 後半部分をさらりと聞き流し、興味がなさそうに黙々と作業を続ける。

「そうだ。使えるべき主人の名前が分からないって言うんじゃあ話にならない。名前を教えてくれないか」

「断る」

 まさか、これほど早く断られるとは思っていなかったんだろう。皆自分の耳を疑っている。

「な、なぜだ?」

「断ると言ったはずだが」

 有無を言わないその口調に押し黙る。助けを求めるように彼の後ろにつき従っている七海に視線を送るが、彼女もまた彼の名を知らないため、聞いても無駄というように首を横に振っている。

「しかしだなぁ」

「……名前が必要なら、その書に黒騎士と書いてあっただろう。そう呼べばいい」

「まあ、確かに」 

 飛来が納得するのも当然である。例のごとく、彼はフード付きの黒いマントにシャツにズボン、靴までも黒一色に揃えられている。

「じゃあ、よろしく頼むよ。黒騎士殿」

 話がまとまるや否や彼は立ち上がった。飛来はそれと同時に立ちあがり握手を求めたが、彼は華麗に無視した。

「はぁ。うちの騎士殿は先が思いやられるな」

 手持ちぶたさになった自分の手を見ながら呟く。

 ため息をつきながら、自分を慕って付いて来てくれる仲間のためにもこのチャンスを何としてもつかみ取ろうと誓う。

 それぞれの思惑が交差しながら、試験の幕が開けた。

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