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14話

 世界が暗転し白と黒の世界になり、そこに一人の痩身、黒髪長髪の男が現れた。

 男の瞳は紅く輝き、表情はどこか虚ろだ。地に着きそうなほどの長く黒いマントを羽織り、肌は黒く染まっている。そして、静かな殺気を放っていた。

 彼もそれに呼応するように殺気を放ち、互いに牽制しあう。辺りの空気がピリピリと張り詰める。

 そして気づく、目の前にいる男こそが腰に差す黒刀の正体だ、と。

 そして、見ると腰にあるはずの刀はない。そこからも彼に男が刀の権化だという考えを強くする。


「悪いが、時間がない。返してもらう」


「それは出来ない」


「……なぜだ」


 ぎろりと睨みつけ、苛立ちを滲ませながら答える。


「それがなぜかは既に分かっているのではないかな? 今の主では我が王として剣を捧げることは出来ない」


「……」


「それに周りを見てみるといい。この世界は暗く闇に満ちてはいるが、時間は絶えず流れている。」


 その言葉に驚き七海の方を向いた。見ると、彼女は休むことなく戦い続けていた。


「なら、もう手段は選ぶ必要はないな」


 傍から見れば何もない空間に彼は全力の速度と力を振るった。

 彼の神速ともいえる動きをいとも簡単に見切り躱す男。

 そのまま躱しながら続ける。


「なかなかキレもある。そして今までの主の中でも成長速度が目覚ましい。これが天才、か。これからが楽しみではあるが……」


 言葉が切れると男の左腕がかすんだ。


 次の瞬間には空は大きく後ろに吹き飛んだ。


「ガハッ」


 地面に倒れ、苦しそうに悶える空。今の彼では何が起こったのかも分からなかった。


「主よ、強くなれ。何事にも屈することない強さをその手にするのだ。そして、再び会い見えるときは、その手に我と同じジンキを携え、見事我を屈服させてみよ」

 

 冷徹に彼を見下ろし、そう告げると世界は元の色を取り戻し始める。


「ひとつ教えよう。もう既に決着はついている」


「クソッ」


 悪態をつき、地面に拳を叩き付ける。

 男は言った。決着はついている、と。お前たちが負けるのは目に見えているといわれているような気がして、唇を噛み締めた。

 




 彼は悔しかった。


 散々他人からは天才だなんだと囃し立てられ、肝心な時に何かが足りず、誰かを助けることは出来ない。


 そんな自分を嫌い、何も変わることのない世界を憎んだ。


 いくら他人が自分の力を認め、賞賛しようと彼はこの程度の力ではどうにもならないことを知り絶望した。


 そして、次第に評価する他人を信じることが出来なくなった。他人を信じようが、自分を信じようが何も変わらずに世界は動く。


 なぜ、こんな中途半端な力を得たのだろう。


 最初から何もなければ、何も思うことはなかった。


 このしがらみ全て消えてしまえばいい。




(逃げたい)


 この理全てから。


 自分の弱さを嫌い、世界を嫌う。




 死ぬ前に嫌な事を思い出すのはあまりいい気分ではなかった。

 だが、彼がこうして後悔している間にも刻々と時は過ぎ去って行く。彼女は今まさにワームに追い詰められて、喰われる寸前であった。

 彼女は死を覚悟し、最後に空の姿を一目見ようとちらりと見る。地べたに這いつくばりながら彼はじっと彼女を見つめている。


 彼女の姿が見えなくなる前に彼は彼女が何か呟くのを。


「――」


 聞こえない。届くはずのない言葉に彼は目を潤ませた。涙を流さないのは彼の最後の意地。


「クソ……。またか」


 だが、彼の予想はいい意味で裏切られる。

 

 彼が最初に大鎌で斬り裂いた部分が黒く光り、術式が浮かび上がる。闇が漏れ出し、ついには鮮血があふれ出した。

 そして、完全に再生したと思われたワームは再び真っ二つに裂けた。


 ワームの血に塗れながら、地に膝をつき、茫然としている人影が一つ。


 ――生きている。

 

「ふっ」


 意図せずに自然と笑みが漏れる。いつも通りすぐに冷静で無機質なものへと変わるが、確実に、彼は彼女が生きていた事を喜んだ。




 ゆっくりとした足取りで彼女に近づく。


「大丈夫そうだな」


「は、い。私生きてます」


 今にも泣きそうな表情で彼を見つめた。


「見れば分かる」


 ぶっきらぼうな態度ではあるが、そんな彼とまた話せるのがただ嬉しかった。


 嬉しくて大粒の涙が輝きを放ちながら、零れ落ちた。


 


「いつまで泣いているつもりだ?」


 泣いている姿を見続けるのがなんだかばつが悪く、彼らしく止めさせる。


「はい、申し訳ありません」


 目をぬぐい、鼻をすすりながら立ち上がる。


「帰るぞ」


「はい」


 だが、またしてもここで事件が起こった。

 ばたりと彼女が倒れたのだ。


「チッ」

 

 彼は慌てて辺りを見渡す。

 見ると彼女は尋常じゃないほどに汗をかき、顔が赤い。そして、呼吸も荒い。


 彼は思いつく限り推論を続けた。その結果、導きだした答えは毒である。


 おそらくワームの血液には気化性の毒が含まれているでは? という事である。

 

 それでは、なぜ同じように近くにいた彼も毒にかからなかったのか?

 その答えは彼がこの世界に訪れ、初めて立ち寄った村に答えがある。

 花風村。彼はそこの神殿に入り、自分の能力を確認した時に太時化羅命たじからのみことに告げられた事を思い返していた。その能力の中には【毒耐性】というものがあった。

 それが今回、被害の差に顕著に表れたのだろう。


 近くの村までは約100㎞ほど。もうすでにそこまで人一人運んで走りきる力は残っていない。そして、ここで助ける知識も彼は持ち合わせていない。

 だが、やっと助けられる希望が見えた矢先で死なせるわけにはいかない。

 必死になって考える。一筋のしずくが額から流れる。

 彼が思いついた手段は血清である。

 彼の血にはおそらく毒耐性の影響が出ている。そう考え、リスクよりもリターンの方を優先し、思いつくままに指から血を流し彼女の口に含ませる。


「な、何を?」


 彼女は驚いたように目を見開く。薄れゆく中でも自分の口の中に指が差しこまれた事で一時的に覚醒したのだろう。


「黙って、舐めろ」


 彼女はほほを紅潮させながら、言われるがままに舐め続ける。

 彼は頃合いを見計らって次の段階に移った。毒もそうだが、彼女の体には激しい戦闘の証である傷があちらこちらに付いている。

 魔力がないために別の方法で考える。

 身体強化術を使うには想像することが必要だと言われている。

 速治術を使う要領で彼女の傷が治る想像する。自分以外の者に身体強化術を使うのは世には知られていない。もちろん、その事を彼も知らない。だからこそ作る。無ければ作ればいい。精神力を元にした新たな技を。

 今こそ、天才と呼ばれた才能を魅せつける時。彼は自分の持ちうる力と知識を使う。

 そして、新たな術を作りだした。


生与術せいよじゅつ


 ついに彼は魔力を消費することなく、治療を行った。皮肉な事にこの術を生み出す上でワームが再生するところを生で見れた事が大きかった。

 

「とりあえずは済んだか……、あとは毒だな」


 悩んでいても仕方ないと自分に言い聞かせるように立ち上がり、彼女を担ぎ砂山村を目指して歩き出す。





「ハァ、ハァ。――ッ」

 2時間ほど歩き続けたところで、彼女を脇に下ろし、彼は体力の回復を待っていた。

 だが、そんな一時でさえも魔物が襲い掛かってくる手は休まらない。むしろ、弱っているこのような時にこそ狙ってくるのである。

 魔物達を鎌で切り裂き、殴りつけて、帰途で葬った魔物の数は計8体。限界はとうに超えている。体は汗ばみ、衣服が重くなる。加えて人ひとり担いで歩くのだから、体の汚れや傷を気にする体力や気力はない。それに先ほどから彼の眼には砂漠にあるオアシスのような場所が見えていた。一休みしようとそこを目指す。それが蜃気楼なのか、本当に存在するのか? 疑う余裕は最早ない。

 

「水……」


 彼の眼には光はなくただその場所に向かって歩く。僅かな希望だけが彼を突き動かす。

 そして、水を一口含むと、そこで彼の気力は尽き、意識は闇に沈んだ。







 体が底冷えするような寒さに目を覚ます。日は沈んでいた。

 隣にいる彼女は呼吸も落ち着き、ひとまず峠は越えたようであった。

 起きると喉の渇きと体の汚れに意識が向く。とりあえず一口飲み、水辺の近くに生える木の葉で七海にも水を飲みこませる。

 傷はふさがり、呼吸も安定している。ひとまずの峠は越えたのだろう。

 ホッと胸をなでおろす。


(不思議な感覚だ)


 これまで彼は一度たりとも他人のことで一喜一憂したことは……意識した事はない。

 この世界で命を懸けたやり取りをするうちに特別な感情を抱いたのか。それとも彼の中で自分自身でも気づくことが出来ないほどに静かに素早く変化しつつあるのか? 彼には分らなかった。


「悩んでも仕方ないな……」


 彼は答えの出ない問答に思考を働かせる事を放棄し、ポツリと呟いた。

 少し魔力の回復した彼は火の魔法を使い、暖をとった。




 そして、また日が昇る頃。彼は七海が隣で動くのを感じ目を覚ました。 

 まだ目を閉じている彼女を横に見つつ、体の汚れを落とすことにした。なにも口に入れていないので完全に精神力と魔力が戻ったわけではないが、村まで走って帰れるほどには回復している。


 七海の寝息も規則的で心配する必要がない事が分かると、昨日の事を一人振り返った。


(ワームと戦うのはなにも今回が初めてというわけではなかった。確かにいつも戦う奴より2倍ほどのサイズではあったが、血に毒を含むというような能力はなかった。いや、それとも俺はすでに耐性を持っていたため気づかなかったのか……。まあ、なんにせよ今の状況で結論を出すのは適当ではないだろう。それよりも気になるのは……)


 そこまで考えて立てかけてある大鎌をちらりと見る。次いで、黒刀を見る。


(刀の男は自分とあの鎌を同じジンキだと言った。ジンキが何を意味するのかは分からないが、刀と同じく精神の様なものが宿っていてもおかしくはないな。後で試す価値はあるだろう。だが、この世界に来て分からない事が増えるな。だからこそ面白いが)


 口元に笑みが浮かぶ。体を洗い終わると、日が昇ったので彼は彼女を起こそうと近くに行った。

 

【水よ】


 彼女の顔に冷たい水がかけられた。


「コホッ、コホッ。一体何……?」

 

 七海は素のままに飛び起きた。


「起きたか」


 思った以上に近くにいた彼を見て、彼女は飛び上がるように目覚めた。

 そんな様子を気にかけることはなく、淡々と彼はつづけた。


「何か変わりはあるか?」


「え?」


 彼が自分の体調の事を気にかけているのだと気付くまで、何を言っているのか理解することが出来なかった。


「いえ、何も。いつも通り元気です!」

「そうか。ならそこで汚れを落とせ。すぐに帰るぞ」


 オアシスを指さし、背を向けた。見ないからさっさとしろという事だろう。彼女にとっては彼に出あれば見られてもいいと思っていたりするのだが。




 彼女はここに来て今の状況を把握するに至った。



(私、生きてる! ご主人様が助けてくれたのかな? そうだったらいいな)



 口元には幸せそうな笑みを浮かんでいた。



「ありがとうございます」



 彼に対して小さく礼を述べた。正面切って礼を言ったなら彼はきっと嫌がるだろう。これが彼に出来る精一杯の感謝。もちろん彼にもその声は聞こえていたし、涙声になっていることにも気づいていた。彼女は嬉しくて、自分が涙を流している事に気づいていなかった。


「ふん、ふ~ん♪」


 鼻歌交じりで体を洗っていた。ご機嫌である。

 そして、気づく。自分が泣いている事に。



(どうして? ああ、そうか。私、怖かったんだ。生きてるんだ! ホントに生きてる!)



 生きている事を実感したことで嬉しくなって、長く水浴びをしていまい、後で彼に睨まれたのは言うまでもない。




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