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13話

 彼は数日前に購入した曰く付きの大鎌を背負い、イヴェール・フォレに落ち着いてからの日課である狩りに出かけようとしていた。

 これを行う目的としてはこの世界に存在する熟練度と呼ばれる尺度の底上げと大鎌の扱いに慣れる事である。

 だが、後者の方は買ってすぐに彼の天賦の才能により使いこなしていた。更に使いこなすだけでなく、黒刀を併せた独自の二刀流を創りだした。


 そして、いつものように狩りの準備をして、門からではなく窓から飛び降り、塀を飛び越えて屋敷から出ようとしたときである。この屋敷の女中、七海に見つかってしまった。


「どこかへお出かけですか?」

 

 珍しそうに声をかける。さっと後ろに刀を隠す彼女。額には汗を浮かべ、息がとぎれとぎれでありながらも必死に平静を装っている。


 彼は外に出る姿を他人には見せることも、自室に人を呼ぶ事もなかったため、この屋敷に仕える者にはいつも自室に引き籠っている主と思われている。

 

 彼は出る前に、下には誰もいない事を確認したのにこの娘に見つかったのはなぜか? この時間は誰もいないという思い込みと七海の気まぐれで本来は禁じられている外での鍛錬を行っていたからである。


 また、彼に与えられたこの屋敷は広い。かつて武名を挙げた黒騎士が王に恩賞として与えられた屋敷であるが故にその騎士の部下も住む事が出来るように設計され建てられたものである。かつての主の亡き後、黒を基調として作られた重厚で豪勢なこの建築物は取り壊すにはあまりにも勿体ない。かと言って維持するのも経費がかかる。その二つの問題を解決するためにこの国の使用人で主のいない者たちの宿舎として使われることになった。

 

 この屋敷の清掃と新しい屋敷の主が決まった場合はその者の命令に従うという条件付きで貸し出されていた。長年主として相応しい人物が現れなかったという事もあり使用人たちの間で規則が設けられた。

 

 その一つが屋敷内で使用人が鍛錬や訓練することを禁じるというものがあった。これはこの屋敷の主は使用人のものではなく、我が物顔でこの屋敷に居付く事を防ぐためのものである。


 それを知らぬ彼女ではなかったが彼女もこの時間は誰もいないという事を知っていたため、こっそりと隠れて鍛錬していたのである。それで慌てて刀を後ろに隠したのだが、彼にはバレバレである。


「何をそんなに焦っている」


 彼は勿論使用人の間の規則など知らないし興味もなかった。故にいつも通りの無表情だったのだが、それが彼女には恐ろしく見えた。


「も、申し訳ありません」


 七海はもう駄目だと思い、素直に前に刀を出した。


「何か勘違いしていないか」


 呆れを含んだその声を彼女は逆方向に盛大な勘違いを起こさせた。


「分かりました」


 真顔になった彼女は地べたに正座をして、刀を抜いた。

 そのまま、刀を自分の首筋にあてて、斬り落とした。いや、しようとした。それを彼は是としなかった。刀は彼女の手を離れ、遠く離れた場所に突き刺さった。


「馬鹿か?」


 相変わらず彼の表情は変わりはしないが、先ほどよりも呆れているのが感じられる。彼女は茫然として、手に握られていた刀がない事に気づく。


「誰が死ねと言った? 俺が言いたかったのはなぜ刀を後ろに隠し、そんなに慌てているのかという事だ」


 キッと睨みつけ馬鹿な事をさせまいと目を光らせる。


「どうした。答えられないのか」


 その声にはいつしか苛立ちが籠っていた。


「は、はい。今答えます」


 彼女は言った、この屋敷には使用人の間で様々な規則があること、そしてその規則の中には使用人がこの屋敷内で鍛錬することは許されてはいないという事である。


 彼はこれが作られた意図を察し、これほど厳格ならば、と一つの質問を思いつく。


「では、俺の命令とお前らの規則どちらが優先されるんだ?」


「それは勿論、ご主人様のご命令に決まっています!」


 当然とばかりに即答する。


「そうか、ならば少しその規則を変える。いいな」


 少し困惑した表情ながらも頷いて了承する。


「俺の部屋以外なら自由に使っていい事にする」


「よろしいのですか?」

 

「ああ、命令は絶対だ」


「はい!」


 その場に跪いて敬意を表した。


「何の真似だ」


 いきなりの恭しい態度に彼は不信感をあらわにした。俯いたまま彼女は誓った。


「あなたに命を助けていただきました。すなわち今よりあなた様のためだけにこの命を使う所存でございます。なんなりと御命令を」


 ふぅとため息を吐き、呆れたように言う。


「好きにしろ」


「はい!」


 その言葉通り受け取り、元気良く返事をする。その姿に彼はため息をつかずにはいられなかった。ただ命令しただけでこうなるとは思ってもみなかったことである。

 この受け答えが彼女が数日前から考えられたものであった事に彼は気づかなかった。




 このような事があった後、なぜか付いて来る事になった七海を伴って狩りに来ていた。

 狩り場は都市から西に50kmほど離れた森を背後に砂漠化の広がる地域である。専らここいらに生息する魔物は最低でも熟練度、百五十以上でなければ太刀打ちできないと言われている。それゆえに屈強な戦士は修行の場として選ばれている。その戦士たちでさえもここで命を落とすことは珍しくはない。


 砂漠に一番近い町――砂山町さやまちょう。砂漠側には魔物の侵入を恐れ、柵と防塁が何重にも張り巡らされている。二人はこの場所で屋敷からここまで休むことなく走って、失われた体力を養っていた。もっとも息を切らして肩を上下に動かしているのは七海だけで、空は涼しい顔で立っている。七海は座り込み、全身から汗を流しながらもきらきらと目を輝かせて空の姿を見上げていた。その視線を一身に受ける彼は終始居心地が悪かった。


 息切れが止まったところで空は彼女に立つように促した。


「行くぞ」


「は、はい」


 座って休んだせいか、立つのが億劫で体が重そうに見える。邪魔になりかねないので彼は彼女に告げた。


「疲れているならここにいてもいい」


「いえ、行きます。お伴させて下さい」


 表情には疲れの色が浮かんでいるが、その答えははっきりと、そして即座に返ってきた。

 無理しているのが誰の眼でも分かってしまう。そんな姿がおかしくて苦笑した。

 

「くく」


「あっ」


 彼が見せたほんの僅かな笑顔。それは確かに彼女を魅了していた。

 ぽーっとした顔で彼の後ろに付いていく。もっと彼に笑ってもらえるように頑張ろうと誓いながら。





「ご主人様は有名な方なのですか?」


 町を出ると七海は彼に聞いた。


「さあな」


 鬱陶しそうに答えた。

 それもそのはず町を出るまで多くの住民や戦士たちから話しかけられたからである。人と騒がしいのが嫌いな彼は少し不機嫌になっていた。

 と言うもののこの原因は彼にある。ここ数日彼はここを修行の場とし、狩りを行い、その度に大量の魔物を死骸に変えたため、瞬く間に彼の噂は町中に広がり、その魔物たちを安く買い取ろうとする商人、彼に教えを乞おうとする者や腕試しに彼に喧嘩を吹っ掛ける者。彼にとって面倒な事が増えていった。


「ふぅ」


 またしてもため息をつかずにはいられなかった。





 唐突に当たりの空気が変わり、彼の眼つきが険しくなる。


 ピリピリとした空気に七海は自然と口をつぐんだ。


「構えろ」


 一言促す。七海も言われずともちゃんと警戒していたが、自分の様な者を気にかけてくれていた事に嬉しくてその鋭い彼の横顔に見惚れてしまう。お世辞にも彼は他人の事を気にかけるようには見えないから尚更である。

 七海が空には見惚れている事も関係なく、敵は息を殺して近づいてくる。


 突如として地面が盛り上がる。驚きで受けないでいる七海を抱え、彼は空を舞う。

 地面から出てきたのは紅く光る大きな棘。サソリの尾のように見える。体のほとんどは砂に埋もれていて見る事が出来ないが、尾だけで1mほどの長さがある。一体全長はどの位なのだろうか? 元の世界のものとは比べようもない程大きい。


 ここでやっと腕に抱かれていた七海が我を取り戻した。


「あ、あの。ありがとうございます」


「……」


 彼は黙って敵を観察し続けている。その眼差しは真剣そのもの。遅れながらも彼女もすべきなのは見惚れる事ではなく、現状を把握し、問題に対応する事だと気付く。【即神術】で思考を加速させて細やかに観察をする。

 紅く大きな尾。その先には大きな針。そして荒野や砂漠に生息している。これらから導かれる魔物は只一つ。


「ご主人様、あれはルベル・スコルピオンでございます。通称ルべオン熟練度、百二十相当の昆虫系の魔物です。尾の先の針には猛毒があり、掠っただけでも、夜明けを待たずに死を迎えると言われています」


 説明しているうちに敵の恐ろしさを理解したのだろう。段々顔が青ざめていく。


「そうか。そんな名があったんだな」


 彼女とは対照的に彼の表情は先ほどから全く変わっていない。自分には恐れるものはないとばかりに涼しい顔である。


「あの、ご主人様は怖くはないのですか?」


 そんな様子をじっと見つめる彼女が控えめに彼に問う。


「さあ。だが、怖がったら何か変わるのか? ならそんな無駄な事をしても意味がないだろう」


「はあ、そうなんですか」


 分かったような、分からないような曖昧な返事を返す。


「さて、無駄話は終わりだ。離すぞ」


 彼女を掴んでいた腕が離され、代わりに背中の大鎌を掴む。

 躊躇することなく彼女を足場にルべオンに向かって突っ込む。

 逆に足場にされた七海はルべオンから大きく離される。だが、これも彼が彼女を巻き込まないためにわざと離させたのだが、それに彼女が気づくことはない。

 着地と同時に大鎌を敵に振り下ろす。鎌を振り下ろした時に発した風圧で大量の砂が舞う。

 そして敵の姿が露わになる。

 体長3mはあろうかという大サソリが目の前に現れた。全身赤黒く染まり、前方にある大きなハサミで挟まれたらまず助からないだろう。全身を覆う殻は鉄のように硬いと言われ鉄壁の防御力を誇る。

 二つの生き物は向かい合い、互いに隙を探りあう。

 彼は横目で七海が着地に失敗し、盛大にこけた位置が自分から離れている事と敵の射程圏外にいる事を確認すると、一目散に駈け出した。


 一方着地に失敗し、地面に倒れた彼女は信じ難いものを見た。

 ルべオンに向かい合っていた彼の姿が消え、敵の足元に滑り込むのが見えるとそのまま勢いを殺すことなく鎌を振りかぶり、大きく横に一閃。

 少し遅れて崩れ落ちるルべル・スコルピオン。

 次に姿を捉えることが出来たのは宙に舞い、何か口元が動いたかと思うと黒い球体がいくつも彼の周りに浮かび、敵に向けて放つところだった。

 そして、再び砂埃が舞い視界から消える。

 

 彼女は事の顛末を見ようと必死に目を凝らす。

 次第に砂埃は収まり、一つの人影が見えた。

 次に見えたのはルべオンの固い殻はあべこべに凹み、変わり果てた姿。最後に放たれた魔法の凄まじさが分かる。

 気づけば熟練の戦士でも一人で倒すのがやっとの相手を空は瞬殺していた。



 

「すごいです!」

 一瞬の出来事に唖然としていた彼女は事態を把握するとまるで自分がしたかのように喜び彼に駆け寄った。 


 彼はその姿を感慨にふけりつつ眺めた。


(なぜ、彼女は自分がした事ではないのにあれほど素直に喜べるのだろうか?)

(この世界では今戦ったサソリは相当な強さを持つと言われている。それをあっという間に倒した俺を怖くはないのか?)

 そして、こんな事を考えている自分も不可解であった。


「だが、油断しすぎだ」


 彼女の頭上を大鎌が通過する。

 ゴウ、という風切り音が彼女の耳にも届く。

 ドサッと背後で何かが落ちる音を聞いて振り向く。

 見ると先程のルべオンの尾が彼女を貫かんとした時に刈り取られたように針の部分が綺麗に尾と切り離されていた。


「こいつは死んだ後も尾だけは動く。覚えておけ」


 鎌を背負いつつ忠告する。


「は、はい。決して忘れません」


 彼女は青ざめた顔でいつもより多めに頷いていた。




「次はお前にも手伝ってもらう。身構えておけ」


 町が霞んで見えなくなり、完全に砂漠のど真ん中まで到達したころ、彼の足が止まった。

 ここぞとばかりに彼女は水を飲み、体力を回復させる。辛いのは分かっているので、彼もわざわざ注意はしない。寧ろ休めるときに休んでおくのは正しい。この暑さで汗一つかいていない彼の方が異常と言える。


 彼は腰の黒刀を抜き、スッと自らの腕を斬る。腕から血が滴り落ち、刀の血糊を地に落とし、何事もなかったかのように鞘に納める。もちろん腕の傷も速治術によって治り、いつもの白い肌である。


 一連の行為を彼女は理解することは出来なかったが、彼のする事ならば何か意味があることなのだろうと黙って見ていた。


「さて、来るぞ」 

 

 彼の口元はつり上がり、人を魅了するような笑みではなく、ただ残酷でこれから起きるであろうことを楽しもうという狂喜の笑みが浮かんでいた。


「何が来るのですか?」

 

 一抹の不安を覚えつつも、今の行動から想像できることだけは避けてくれと祈りながら彼女は問う。


「移動するのも面倒だ」


 ここまで言えば分るだろう? と言いたげに横目でちらりと彼女を見る。彼女の想定していた最悪の事態だったようだ。つまり、自分の血の臭いでこの砂漠に生息する大型のワームをおびき寄せようというのだ。彼女が願うのはせめて一頭だけ、もしくはできるだけ数は少なく来てくれと思うばかりである。彼がいなければこの場で頭を抱えていただろう。

 






 今度は気を張り詰めていたため、事前に敵が近づいてくるのを彼女も察知することが出来た。

 彼は既に鎌を背中から下ろし、戦闘に備えている。このような点でも彼と彼女の差は歴然としている。


「危なくなったら下がってもいい」


 その声とともにダッシュし、素早く呪文を唱え地面に向かい放った。

 奇襲する立場の者が逆に襲われ、驚きと痛みで地面から飛び上がる。

 大量の砂とともに現れたのは全長5m、直径約150cmの灰色の長く太い物体。見るものに生理的嫌悪感を与え、魔法によって傷ついた部分からは緑色の液体が流れ、臭気を放っている。体には幾千の戦士たちがこの魔物に挑んだ証しである刀剣が突き刺さっている。


 着地の瞬間を狙い、真下に潜り込む。だが、敵もさるもので向きを変え、唾液が滴らせ口を大きく開けて落ちてくる。

 彼は臭気と騒がしさ、暑さに集中力を乱されることはなく即座に自分の体を強化し、鎌に【神刀術】をかけて、迎い討つ。

 彼の精神力が武器に溶け込み、感応し、共鳴する。さらにはありったけの魔力を注ぎ込む。黒く鈍い光を放ち、禍禍しい殺気を放つ。呪われた大鎌というだけあり、力を吸い取っているかのようにも見える。彼の力が完全に鎌に溶け合った時、刃に見たこともない術式が浮かび上がった。

 それを見て思わず彼の口元も緩む。そして、鎌を握る手に力が込められ、激突の瞬間を今か今かと待ち望む。


 魔力と精神力が体外に流れ出る様は禍々しくも美しい。その姿に彼女は見惚れていた。彼が勝つことを確信しながら。


「はっ!」


 気合いとともに振り上げる。ズシリと彼の腕に負荷がかかり、彼を喰らってやろうと唾液が彼の体に降り注ぐ。酷い臭いだが、気にせずにそのまま振り抜く。彼が両断した瞬間であった。





「流石です!」


 例の如く彼女は満面の笑みを浮かべ駆け寄った。しかし、先ほどの様にあきれる元気は彼には残されていなかった。魔力を使い切り、身体強化したとはいえ、多大な負荷がかかったため、腕を動かす余裕も彼女の姿に思いを馳せる事もない。


「ご主人様、大変です!」


 ただ事ではない声を聞き、見上げると後ろを指さして青ざめている。


 大きな声に辟易としながらそこまで言うならと後ろを向いた。


 思わず彼の目が見開かれる。


 倒したはずのワームが目の前で再生しているからである。両断された二つの物体は片割れを求めあうようにうごめき、完全に繋がった。

 彼はこれよりも一回り小さいワームを一人で何度も倒していたので、知らず知らずのうちに油断していたが、これまで相手をしてきた敵とは明らかに格が違う。少なくとも再生ができるものと遭遇したことはなかった。


 小さく舌打ちをし、自分の力ではどうにもならないことを悟り唇を噛み締める。だが、考え直すと当初の目的が達成出来る事に気づく。


「やっとか……」


 そう呟く彼の表情は安らかだった。魔力を使い果たし残る精神力も僅かしかなく。絶望的な状況の中で静かに構えていた。


「命令だ。お前は帰れ」


「嫌です」


 即答である。いつも素直に彼に従う彼女の反応は彼の予想を裏切り、理解することは出来なかった。


「ご主人様はお逃げください。ここは私が時間を稼ぎます」


 その言葉は彼の望むものではなく、到底受け入れることは出来なかった。


「何を言っている。命令が聞けないのか?」


 あくまで静かな声ではあったが、ワームが再生しつつある今、若干の苛立ちが含まれているように聞こえる。


「聞けません。私はあなた様に誓いました。その誓いを破ることは出来ません。それにやっとあなたの役に立てる機会なのです。是非とも私にお任せを」


 彼女の声は悲痛さを帯び、嘆願するように言う。

 彼としてはここが死に時で、やっとくだらないしがらみから解放されると内心喜んでいたのだが、こうなると予定変更である。他人を巻き込むわけにはいかない。作戦を立て直す。

 決心がつくのと敵が完全に再生するのは同時だった。


「なら、手伝ってもらう」


「はい!」

 

 とても嬉しそうに言う。見てるこちらも嬉しくなってしまうような笑みである。


「時間を稼げ、俺が決める」


「了解しました!」


 とても作戦と呼べるものではないが、それだけで彼に心酔し、仕えると決めた彼女には十分すぎた。


 直立不動の姿勢で拝命する彼女を見て彼は不安になる。


(死ぬかもしれないのになぜこいつは笑顔なのだろう?)


 彼は天才ではあるが理解することが出来ないこともたくさんある。その事実が彼を笑わせた。


「くく」


「?」

 

 突然笑い出す彼を見て、首をかしげる。その笑顔も前に見た残酷なものではなく楽しそうな笑み。


(やっぱり、このお方には笑顔がよく似合う)


 死に限りなく近い戦いでも彼らの心は暖かかった。


「さあ、やろう」




 その声を皮切りに顔つきが真剣なものへと変わり、彼女は敵に向かって特攻する。


 彼女は空から砂山町で付いて来るならば、と買って貰った刀を抜き放ち、犬族ならではの小回りの利く、キレのある動きで相手を翻弄する。だが、その行動は相手との相性が最悪であった。なぜならいくら小さく細かく回避が出来ようとその行動範囲内全てが敵の攻撃圏内だからだ。

 彼のように真正面から攻撃を受けることもできない。だが、この部族の特性はその忠誠心の高さである。自分の技が通じなくとも、決して逃げることもなく立ち向かう。


「喝っ!」


 職業戦士の固有技能の【戦士の一喝】。これは相手を怯ませて、相手の動きを止めるというものだが、この場合熟練度の差がありすぎて怯んでいる様子は全くと言っていいほどない。


 悔し差しそうに唇をかむ七海。だが、まだ諦めない。時間を稼ぐという命が下っている彼女はその使命感から傷つき倒れながらも躱し続ける。


 その姿を距離を取って、眺めていた彼が下した結論は持って30秒。

 限りなく正確に、そして冷徹な結論。それは彼に与えられた時間でもある。時が経てば彼女は死に、彼もそのあとに続くだろう。未練はないが他人を巻き込むのは望むところではない。

 以前から幾度となく挑戦し、失敗していたことを今こそ試す時である。

 黒刀を抜き、刀に向かって叫ぶ。


「力をよこせ!」


 彼が感情を発露させることはまずない。それほどに他人の死というのは彼を掻き立て焦らせる。自分のこととなると無頓着なのに、他人が目の前で傷つくと何かせずにはいられない優しさも人を惹き付ける点であろう。


「分かっているんだ。お前が俺の力を吸い取っていることくらいは。鬱陶しいものばかり押し付けてきやがって。力を返せっ!」


 思いの丈を言いきった瞬間。世界が暗転した。

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