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12話

 彼が目を覚ましたのは朝だった。自覚はなくとも疲れはたまっていたようで、一回も起きることなく寝続けた。

 起きるとすぐに1階の食堂に行き朝食を済ませる。

 

 そして、彼は屋敷の門の前で一人の人物を待っていた。


「遅れて、申し訳ございませんっ」

 息を切らせて走ってきたのは屋敷の使用人。彼は朝食時に町に詳しく、さらに武器屋のこともよく知っている使用人を一人呼びつけていた。


 彼女の名は七海ななみ。たれ目で笑顔の絶えない小柄な女性。彼から見ればこの世界の対外の人々は皆身長が低く見えるのだが、その中でも彼女はさらに小さい。そして、黒く長い髪は後ろで止め垂らしている。


 彼女曰く、狼の民の中の犬族らしい。ここで初めて分かったことだが、猫の民や狼の民とくくられていても、身体的特徴や修正によって部族が分かれているらしく彼と似ている外見の和の民でさえもいくつかの部族に分かれている。

 この場合の猫の民と犬族の違いを挙げると、外見的は猫の民とあまり変わりなく、見分けるのが難しいのだが、猫の民は全般的には夜目が利き、犬族は嗅覚が優れ、基本集団で行動するらしい。そして狼の民は皆規律と上下関係に厳しく、背丈も大きい。また、犬族は忠誠心が強いのが特徴らしい。


 これはすべて案内をしている間の会話の合間を埋めるために話したことである。彼女としては彼が自ら言葉を発しなかったために、何か怒らせてしまったのかという心配と無言の気まずさを紛らわせるために話した事であった。

 もちろん彼は腹を立てているわけでも、無視を続けているわけでもなかった。彼が腹を立てていたり、話しに興味がなければウザいと一言言っていただろう。黙って聞いているという事はおそらく彼自身が彼女の話に多少なりとも興味を抱いたのだろう。


「それですね。ええと……」

 

 彼女は会話が途切れるとあたふたし始める。今も彼女が一人でしゃべっていたので会話と呼べるかは疑問であるが……。しかし、彼にとってはこちらの方が鬱陶しい。


「ちゃんと聞いている」


「え!?」

 

 明らかに鬱陶しそうな声。だが、彼の小さなフォローは彼女に伝わった。


(ちゃんと私の話聞いててくれたっ!)


 その事実が彼女の不安をとかし、劇的に喜びへと変えた。今まで以上に饒舌になり彼女の知る限りの町の情報をしゃべりだす。そして彼は思う、今の一言は要らなかったな、と。それでも仕方ないので、もうしばらくの辛抱だと思いつつ、熱弁をふるう彼女の話を聞き流す。そして、武器が多く飾られ、彼女が立ち止った。

 

「ここが都市一番の武器屋、研太郎さんのお店ですっ! 品ぞろえも豊富で良品ばかりなんですよっ。でも、値段も少し高めですけどね……」


 最後だけ声のトーンが落ち、自分の懐事情を思い出して落ち込んでいる。


「そうか」


 彼は木谷町の町長からもらった報酬から札束を一つ掴み、彼女に渡した。


「はい? これは?」


「受け取れ」


 少し間を置いた後途端にあたふたしだした。


「こ、こんなに受け取れませんっ。こんな大金見たことが、あわわわわ」


 これほど驚くとは彼も予想していなかった。


「慌てるなっ」


 一喝する。すると彼女は大人しくなった。それをいいことに言葉を続ける。


「いいから受け取れ。所有者の俺が良いといっているのだからいいんだ」


 頬を赤らめながら彼女は茫然となって聞いていた。そして、この言葉がのちに彼を困らせる出来事を引き起こすことになるとは彼は思いもしなかった。


「は、はい。この不詳、七海。これからも誠心誠意つかえさせていただきますっ!」


 やたら大きな声で元気にいい、その場で跪いた。その光景は通りの真ん中で行われていたので、人目を引くこと間違いなかった。当然、そのような事態は彼は望まない。


「おい、やめろ。立て」


 命令し立たせる。


「いいか、これからはこういうことは絶対にするな」


「はいっ!」


 目を輝かせ即答する七海。それを見て彼はまたいつかやるな、と落胆した。

 それはそうと、彼がこんなにも大金を彼女に渡したのにワケがあった。

 彼の気持ちでは少ないがお礼という意味もあったのだが、もうお前ウザいからさっさと帰れという意味が込めていたからだ。今回は逆の意味で勘違いされてしまったが。こうなってしまった以上彼もあきらめていた。その位、彼に対する感謝の言葉には熱がこもっていて、ほとんど聞き流していた。それは彼に対する忠誠やら誓いやらをたくさん述べていたからだ。

 彼は溜息を吐き、彼女がまだ何か言っているのも無視して店に入る。最初なら無視されたことに傷付いただろうが、きらきらとした目を彼に向けながら、そうするのが当然のように彼女も彼に続く。

 ここで彼は彼女が勘違いしているのではないだろうか? という事がはっきりし、その事実が彼をより一層悩ませた。


 そして、店に入ってから、彼女の彼に対する話しかけはますます多くなった。


「今日はどういったものをお探しですか? 探し物があれば手伝います!」


「……」


「あ、これなんかどうですか? 絶対ご主人様に似合うと思いますっ!」


「……」


「お店の人にお勧めを聞いてきましょうか?」


「……。黙れ」


「了解しましたっ!」


 怒られたというのになお笑顔で傍に居続ける彼女。煩わしい事この上ないが彼も無視を決め込んで、武器選びに専念する。

 今日買うものは彼の中では決まっていて、冬弥たちとの戦いで壊れてしまった予備の刀を探しに来たのだ。元の世界では一般人であった彼は何が良いもので、悪いのかわからないためほぼ勘で手に取って眺めている。

 これこそ、七海にでも聞けば何か教えてくれるかもしれないが、せっかく黙らせたばかりなのでしゃべりたそうな目線を送る彼女には触れずに没頭する。

 探すこと小一時間。それでもまだ全部を見きれないほど店は広かった。また、何十分後に不意に強大な力を感じた。

 見つめる先にあったのは黒い宝石を溶かし造られた刃を持つ如何にも邪悪そうな気配を漂わせる大鎌だった。

 予定とは違うがこれに彼は魅入る。手を伸ばす。

 

 触れた瞬間彼の中で何かが噛み合った。


「これにしよう」


 口元の笑みを浮かべ、いいモノを見つけたとばかりにすぐに金を払いに行く。禍々しさ全開の大鎌を持つ彼をみて、自分の主人の判断に狂いはないと心酔する彼女もまた揚々と追随する。


「おい。これはいくらだ?」


 店員に聞く。そうこれだけなぜか値札が貼られていなかったせいである。


「あ、この商品は……。わかりました。この店の主人を連れてまいりますので少々お待ちください」


 鎌と彼の顔を見た後、店員は奥の方に走って行った。

 

「お待たせして申し訳ありません。そちらの商品をお買い上げなさるのはあなたですか?」


 そういって、話しかけてきたのはすらっとした体系の猫人だった。いや、身長は彼よりも高いため、狼の民だと思われる。その身にはローブをまとい、髭をきちんとそろえ、貴族然としている。


「ああ」


 いつも通りそっけなく答える。


「わたくし、この店の店主の研太郎でございます。以後お見知りおきを」


 笑顔で握手を求めるが、彼は当然のようにそれには応じなかった。


「失礼いたしました。早速ですが、その商品は少々いわくつきの物でして。こちらとしてはお客様にはあまりお勧めは出来ない物なのですが……」


「そこに置いてあったのだから、買えるんだろ」


「確かにそうでございますが……。しかし、お客様に何らかの危害が及ぶ可能性がありますので」


「くだらないな。あんたが何と言おうと俺はこれを買う。いくらだ?」


「わかりました。売りましょう。値段は100キャドルでございます」


「え!?」


 彼より先に七海が反応する。それもそのはず店内で売られているのは安くても1キャメル以上のものばかり、そこから考えると驚くのも無理はない。


「あんたの言いたいことは分かった。払おう」


 彼は代金を払い鎌を肩に担ぎ、店を後にしようとした。


「少しお待ちください」


「なんだ?」 


 嫌悪感を隠そうともせずに彼は答えた。


「その代わりと言ってはなんですが、わたくしの話をお聞きになりませんか?」


「さっさと話せ」


 彼は店主が話を聞かなければ、返さないつもりであることを悟り、苛立ちをあらわにしていった。


「それでは急いでお話ししましょう。昔、とある町に――」


 始まった昔話は何かの伝説の一節かのように感じられた。






 昔、黒い衣を纏い、痩身の大鎌を携えし男がいた。


 其の者は数多の戦場をかけ、何千もの命を奪った。いつしか彼は死神とおそれられ、仲間からも倦厭され、孤立していった。


 最後まで彼の味方だった仲間もついには彼の元を離れ、二人は戦場で会いまみえた。その戦いは死闘を極め、二人は傷つき倒れた。その光景を目にした周りの者たちは二人を恐れ、二人が疲れ果てたところで殺そうとした。


 しかし、彼は寸でのところで気づき、怒りに身を委ね、再び殺戮を重ねた。一人、また一人と倒れ、彼らの周りには屍が積み上げられていった。


 そして、彼は最後の一人、最も親しかった仲間に手をかけた。


 戦いが終わり、彼は一人になった。彼は見たそこに広がるたくさんの死を。


 狂ったように彼は鎌を振り回し、自らの命をも刈り取った。

 





「これが、その鎌に関する逸話でございます。重ねてお尋ねします。それでもお買いになりますか?」


「くどい」


 店主は黙って頭を下げた。

 その姿を見ることなく話が終わると彼は店を出た。





 

 帰り道で七海は彼に問いかけた。また怒られるかもしれないと思ったが、それ以上に好奇心が勝った。


「ご主人様、店主の言い分とはなんだったのでしょうか?」


 彼は前を見据えたまま答えた。


「話を聞いていれば分かるはずだ。何が起こっても私たちには関係ないってことが言いたかったんだろう」


「な、そんな。今からちょっと文句言ってきます!」


 顔を真っ青にしていたと思えばすぐに赤くして、目まぐるしく表情を変える七海の姿に若干の羨ましさを感じるが、放っておいたら店に向かおうとするのでやむを得ず、肩をつかみ引き止める。


「落ち着け。その分安く買えた。それでいい」


「し、しかし」


 いまだ怒りを抑えきれない七海。今度は両手でつかみ、こちらに向かせる。


「いいんだ……」


 目と目があい彼女は違う意味で赤くなったが、最後に彼の表情が少し影が差したのを見逃さなかった。彼女は彼の心の内を少しずつではあるが理解し始めていた。


(この方はきっと繊細で優しいお方……。それなのに自分を偽っているのね)


 そこからは無言で歩き続け屋敷に戻った。最初はあんなにも無言を嫌っていたのに、彼が怒っていないことや、不快感を持っていないことに気づくと、無理に話すより、むしろ無言の方が心地良いと感じた。 

 




 彼は自室で大鎌をしばらく眺めるとスッと立ち上がる。部屋に風が吹き抜けると、次には彼はいなくなっていた。





 



「へへっ。今日も大量ですね。お頭」

 ここはイベール・フォレの裏通り。荒くれ者の住まう場所。

 お頭と呼ばれた者は優に身長2mを超える大男。拳に布を巻いただけで武器は何も持っていない。そこに集まるものは体が大きいことから、狼の民であることが窺える。


「はっ。貴族なんざ大したことねえんだよ」

 足元に転がる高価な衣服と宝石を身に着けた男にそう吐き捨てるように言うと、口元に笑みを浮かべる。


「俺に敵う強い奴はいねえのか!」

 空に叫ぶ。


「お頭より強い奴なんてこの国にいるわけねえ」

「馬鹿言え。この世界だろうが」

 口々にその子分たちは囃し立てる。その声にますます笑みを深くする。


「お頭、そろそろ師団長にでも喧嘩売ろうぜ」

 その言葉にあたりの空気は一変する。


「おい、誰だぁ? この馬鹿を教育したのは?」

 その怒鳴り声に恐る恐る前に進む若者。


「お、俺です」


「そうか。何度言ったら分かんだよっ!」


 彼の大きな拳がふっと消えたかと思うと、名も分からぬ手下は派手に吹っ飛んだ。


「次はお前だ」


 顔を掴み、楽々と持ち上げ、振り回す。手を離し、落ちてきたところを思い切り蹴り上げた。彼の攻撃を受けて、立ち上がる者はいなかった。


「いいか、お前ら。あいつらの事を口にしたらこうなる。覚えとけっ!」


 そう怒鳴り散らし、家の中に入って行った。ここでは師団長の事は禁句らしい。


 静まり返ったその場所にその低く小さな呟きが響く。


「ふっ、この程度か」


「てめえ何言ってんだ」


 自分たちの頭に怒られまいと慌ててその声の主を探す。意外にもその声の主は小さかった。しかしその手には大きな鎌があり、その者から発せられる殺気と相まってさながら死神のようだった。


「早くお前らの頭を呼んだらどうだ」


 その顔には不気味な笑みが浮かんでいた。






 外の悲鳴に驚いて出ると、辺りに凄惨な光景が広がっていた。血で赤く染められ、戦闘の際に出来たであろう深くえぐられた大地。胴から上が無くなっている者。腕を抑えうずくまる者。

 

「何があった?」


 その声にみな安心したような表情を浮かべる。急に元気になり饒舌になる者までいる。


「おい、これでお前は死んだなぁ。俺らのお頭は熟練度、百二十六の最強の拳士だっ」

「そうだぜっ。血の両腕と呼ばれるお頭が来たからにはもうお前はダメだ」


 皆、残忍な笑みを浮かべ湧き立つ。


「そういう事か。お前らはもう要らん。死ねっ」


 辺りを見渡し状況を把握したその者達の頭は肩を回すと、仲間の方を向いて牙をむいた。


『えっ!?』

 

 その声とともに一気に2,3人が宙を舞う。


「ま、待ってくれよ、お頭。俺たちは――」


 その弁明の声は自分が信頼した頭には届かなかった。


「くくく。これで邪魔者はいなくなった。さあ、やろうぜ」


 辺りすべての者が息を絶え、その者達の頭と大鎌を手にした青年だけが残った。

 

 両腕を仲間の血で染め上げ、高笑いする大男に青年は表情には出さないものの心の奥底で不快感を感じていた。 

 彼自身も使えない奴を切り捨てるという考えには賛成だったが、どこかでその考えを否定していた。


「……」


「おいおい。そんな怖い目で睨むなよ。お前にとっては敵だったんだから、別にいいだろ」


 笑みを浮かべるその顔に生理的に受け付けない不快感を抱かずにはいられなかった。そして彼自身、気づくことはなかったが、倒れた者には憐れみを向け、目の前の敵には憤りの表情を浮かべていた。どんなに平静を装っていても彼の心の奥底すべてを隠すことは出来なかった。


「まあ良いぜ。てめえなら少しは楽しめそうだ」


 舌なめずりをし、唐突に体がブレる。


 その大きく重い拳が鎌に炸裂した。何が起こったのかというような音が響き渡る。


「やるじゃねえか」


「……」


 彼は以前として沈黙している。その表情はいつものように戦いを楽しんでいるようには思えない。今はただただ怒りの表情を浮かべているだけである。


「おいおい。どうしたよ。随分と元気のねえ奴だな」


「黙れ」

 

 己が何に苛立ち怒りを抱いているのか分からず、彼は走る。


「……」


 彼は無言のまま斬りかかる。


「ハハハ!」


 それに対して相手は楽しくてたまらないといった表情を浮かべている。それがまた彼の怒りに火をつける。


 汗が飛び、鎌と拳が交わる。相手もさる者で、決して拳と刃の部分が当たらないように迎撃している。熟練度、百以上の戦いは傍から見ればブレいて捉えられるものではない。


 そして大鎌の弱点であり、自分の射程圏内である超接近戦にもつれ込む。


 次第に彼は押されていく。


「ハハハ。どうした、どうしたっ!」


 勢いに乗って攻め込む頭。

 右からのフック。それを鎌の柄で受け流す。

 左のアッパー。それに続いて蹴りも繰り出される。

 その隙のない攻撃はその高い熟練度に相応しい。短く素早い連撃で彼に決して反撃の隙を与えない。


 彼は手の中で器用に鎌を回し、杖術のように繊細な動きですべてを受け流し続ける。


 受け続ける事でその動きのパターンや癖を見切った時、彼がはじめて攻勢に転じた。不意に右手がブレる。


 次の瞬間、辺りに血飛沫が舞う。見ると左腕に鎌を持ち、右腕には黒刀をぶら下げている。


「そろそろ終わりだ」


 痛みで呻く敵にどこまでも冷徹に終わりを告げる。その瞳には一切の感情も浮かんでいない。


 距離が開けば大鎌を振るい、距離が詰まれば黒刀で斬る。その両腕が霞む度に敵の傷が増えていった。

 

 次第に相手の表情には恐怖の色が浮かび始める。


「こんなはずは――」


 驚きと恐怖によって生まれた隙を突いた彼の攻撃は無情にも拳士の宝ともいえる右腕を斬り落とした。


「グアァァアア!」


 獣じみた叫びと同時に最後の悪あがきを見せた。


「クソがっ! 【透拳とうけん】」


 最後に放った拳は易々と彼に受け止められる。だが、彼は拳が刀を透過し、腹部にぶち当たるのを感じる。


「チッ」


 何が起きたのかは分からないが、長引かせるのはまずいと判断する。なおも続く反撃の拳を今度は受けるのではなく躱し、そのままがら空きの胴体に冷徹に刃を突き立て、壁際まで一気に持っていく。


「ガハッ」


 苦痛に顔を歪め、尚も逃れようともがく。しかし、深く刺さる黒い刀は決して抜ける事はなく、さらに黒刀の能力で精神的にも壊そうと干渉する。


「クソッ。この俺がこんなところで」


 その状態で言葉を発する事が出来たのは称賛に値するがだからと言って死の運命を避ける事は出来ない。


「終わりだ」


 ギロチンにも似たその大きな刃は黒い刃が突き刺さり動けない体に容赦なく襲いかかった。


 悲鳴を上げる暇もない。




 目を見開いたままの物言わぬ首が地に落ちた。




  

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