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11話

 さすがに四大都市というだけあって、街路はきれいに石畳で舗装されている。ここで目を引くのが、街の中央に位置する城、いや大きな屋敷という感じも受ける。要するに元の世界で言う西洋でありそうなお城である。そして屋敷の青い不死鳥の紋、それはこの街のシンボルとして堂々飾られている。その城を中心に、円状に町は発展しているようで主に城の近くには居住区、さらにそれらを囲う様に商店や訓練場などが建てられて賑わっている。

 行き交う人々も、猫の民、狼の民、和の民が、6対3対1の割合で住んでいる。

 

 いつもなら人込みで前に進むのもやっとなほどの商店街なのだが、空たちの前に自然と道が開き、皆道の端により低頭している。

 このような風に都市を守護する師団長が全員揃っているという事と全身黒づくめの空は色々と目立っていた。

 

 そして現在、彼らは中央の屋敷に向かっていた。空は八生からの説明を受けながら、歩いていた。

 八生の生来のゆっくりで、か細い声で説明を受けていたので彼は予想以上に長く会話に付き合わされて、辟易としていた。


「……長い」

 

 彼はポツリと呟く。


「もう少し、したら着くよ……」


 そういうことではないと彼は思っているのだが、このタイプの人間には言っても分からないという事が今までの経験上考えられる。そのため、諦めて聞き役に徹していた。




 屋敷の前まで来ると使用人が出てきて、

「お帰りなさいませ。お嬢様」

 そう言い門を開けた。

「……ただいま」

 無表情のまま入っていく八生。そして当然とばかりに他の師団長も入っていく。

 空はしばし屋敷を見渡す。

「でかいな……」

 見ていると、使用人から声をかけられた。

「どうぞ、お客様。中で皆様がお待ちです」

 それでも満足するまで見渡し、終えると黙って入っていった。





「遅かったね。何かあった……?」

 彼がなかなか入ってこなかったこと不審に思った八生。

「いや」

 それに一言で答える空。

 


 

 彼らは青を基調とした広い応接間に通された。やはり、門の通りシンボルカラーが青なのだろうか。屋敷の内装は深い青色のものが多い。空は5人が座れるほどのフカフカのソファーに足を組み、差し出された飲み物を飲んでいた。

 皆が飲み物を飲み、まったりとした空気が流れる中、おもむろに彼が口を開いた。


「ここに俺を連れてきた理由はなんだ」

 なぜ、ここに自分が連れて来られた理由が不可解だった。なぜなら、彼の中ではあの広場で自分の力を示したのだから、これ以上彼らと関わる理由がないと思っていたからだ。ここではっきりとした理由がなければ帰ろうとも思っていた。今までは彼のよく知る人物に似ているからという理由で一緒にいたが。


「んー、なんとなく……?」

 

(帰ろう)


 そう思い席を立つと、いつ近づいたのか少女の顔が目の前にあった。

 彼はそこで胸の高鳴りを感じることはなかったが、抑えていた戦闘意欲が再び掻き立てられる。


「面白い」


 口元がわずかに上がる。不思議なことだが、彼女と見比べると彼の方が表情が豊かのように見える。


「クロちゃんは私と話すの嫌……? 私は楽しい、よ」


 素直な言葉に彼も思わず苦笑する。他の誰かが同じこと言ったら表情一つ変えなかっただろうが、知り合いと類似点を持つというのは彼の中でかなりの優位性を持つようだ。


「わかった。用件を聞こう」


 彼は意地で表情を消して答えた。


「私ね、強い人が好き」


「……」


 いきなり訳の分からないことをいう相手の出方を見定めるように黙って注視する。


「クロちゃんを今日見てね、私たちの仲間になってほしいなぁと思ったの……。嫌?」


 それを聞くと、彼の眉間のしわが深くなり、目つきが厳しくなった。

 だが、それは周りの師団長も同じ様な反応を示し、一人が口を開いた。


「姫様、こいつはどこから来たのかもわからない馬の骨ですぜ。それはあまりにも危なっかしくねえですか?」


 空と戦った冬弥が最初に抗議すると、それにかぶせるように少年も声を荒げた。


「おっさんの言うとおりだぜ、弥生。こんな奴と一緒に戦いたくねえよ」

 

 子供特有の率直で他人を傷つける言葉を空は慣れているとでもいうように表情一つ変えない。

 味方のいなくなった八生は残ったメガネの男に助けを求めた。


「尚貴、も……?」


 眼鏡を挙げながら、額を抑えその男は意見を述べた。


「残念ながら八生様。わたくしもその者たちと意見は一緒でございます。確かに彼の力には目を見張るものがあります。だからといってすぐに仲間に引き入れるのは危険か、と。寝首をかかれては堪りませんから」

 

 本人を前にして言うと彼を貶しているようにも見えるが、当の本人は気にした様子もなくその眼はただ眼前の少女に向けられている。


「みんな反対なの……?」


 少女の見せる上目使いプラス悲しげな声に抵抗するには鉄の意志が必要であったが、そこも師団長たる者鍛えられていて、誰一人折れる者はいない。


「みんなはクロちゃんが裏切ると思っているの? それとも猫の民・・・じゃないから駄目なの?」


 彼女は自ら不利な要素を追加したことを気付いていない。それともわざと、か。彼はその頭脳を持って彼女の意図を探る。


「よく分かんねえけどよ。あいつと組むのは嫌だ」

 

 少年はいつでも正直に答える。少年の体には空が黒刀を使った時の殺気が深く身に刻まれ、どうしてもその恐怖感が拭えないのだ。


「大地じゃねえが、俺もあいつに背中を預けたくはねえな」


「そうですね。わたくしも同意見です。それと感情論は置いといても猫の民以外のものは正規軍には入れませんよ」


 畳み掛けるようにメガネの男も反論する。この国では猫人以外の者は軍に入ることは出来ないようだ。


「うん……」


 見るからに落ち込んでいる八生。

 だが、もしかしたら、策を練っているのかもしれない。そう思い彼の警戒は解けない。


「その軍規は知ってる。でも、狼と和の民の傭兵さんたちも頑張ってるのに正規軍になれないのはおかしいと思う……。だから、これを機に変えちゃ、ダメ……?」


 そう来たか、とひそかに感心する空。


(ここで今までの古い価値観を壊すためにこの少女は俺を利用したのか、ますます面白いな)


 ひとりでに彼の口元から笑みが漏れ始める。


「俺はそのことは別に変えてもいいと思うけどよ。……前から聞いてたしな」


 相応しくない歯切れが悪く、ぼそぼそとした声で少年が答える。すると、少女はパッと顔を輝かせる。


「ありがと、大地」

 

 そういって、手を取ると少年の顔は真っ赤になった。


「そう来たか、なかなか姫様も侮れませんなぁ。俺もその件については古臭い掟だなぁと思ってたんでいいですが、この黒ガキを仲間にするのはなぁ。おいっ。いつまで呆けてんだ!」


 そう言い冬弥は少年を小突いた。


「痛っ。何しやがる、おっさん。……八生、悪いけどさ。でも、俺はこいつを仲間に入れるのはだめだと思うぜ」


「皆さん、少しことを軽く捉え過ぎていませんか。軍規を変えるのはとても大変なことなんですよ」


 異常な事態に一人抵抗するメガネの男。だが、形勢は完全に軍規を変える方に傾いている。空を仲間に入れたくないというのは変わらないが。


「尚貴。……大丈夫。いざとなったら私が、老人たちを黙らせるから」


 無表情で物騒なこと言う少女。男はそれに慌てて返す。


「八生様が言うと冗談に聞こえませんからおやめください。分かりました。その件については師団長の総意という事で私の方から王には提言いたしょう」


「ありがと、尚貴」


 長髪の男は溜息を吐き、メガネの位置を直した。


「じゃあ、本題に戻るけど……」


「ふぅ。我が国の価値観を変えるほどの意見が本題ではなかったとは驚きです」


 呆れ顔で皮肉る男。


「みんなはクロちゃんと一緒に戦いたくないんだよね。じゃあ、私の部隊に入れても、いい……?」


 首をかしげて上目づかいで意見を求める八生。そのあまりに突拍子のない意見にだれもが|(空を除いてだが)、一瞬フリーズする。そして口をそろえて、


『ダメだっ』


 珍しくメガネの男も声を荒げていた。


「私たちはその男が危険だと言っているのです。それを八生様のお側に置くなど……」

「ダメに決まってんだろっ。それなら、俺が今ここであいつを殺す」

「大地ほどじゃあねえが、それは絶対に駄目だ」


「うぅぅ……」


 八生はシュンと顔を下げた。

 それを見かねたメガネの男が八生に助け舟を出す。


「他にご意見はございませんか?」


 八生が顔を上げたところで男はより一層笑顔でより優しい声音で言う。


「……ある」



「クロちゃんに師団長になってもらうの」


『え!?』


 皆が口をそろえて驚く。空でさえも一瞬目が見開かれたほどだ。


「狼の民や和の民の人たちがいる非正規軍を率いてもらうの。これだったらみんなから離れてるから安心でしょ」


 その案に一同黙り込む。


「確かに、その考えなら戦争の際には俺たちと離れたところに陣を張ってるけどよ……」

 どこか納得のいかない冬弥。


「むぅ~。わからんっ。俺はどっちでもいいぜ」

 根拠のない元気で答える少年。


「大地の言う事にはいつも頭を悩まされます。ふぅ。しかし、それでは無駄にこの者に力を持たせることになりませんか? 秘密裏に軍を組織されたらこの王国自体が転覆しかねませんよ」

 頭を抱えながら男は溜息を吐く。


「大丈夫、だよ。だってクロちゃんだから」

 その表情からは何も読み取ることができないがあっけらかんとした口調で言う。


「はぁ、正直貴女方若い世代と話していると頭が痛いです」

 男は苦悩の浮かぶ表情でつぶやいた。


「おいおい、俺から見りゃあ、お前も十分若いぞ」

 その言葉に冬弥は呆れながらツッコむ。


「だけどよ、姫様。尚貴の言うことも重要だぜ。それなら何かでこいつを試さねえといけねえ。それにまだ問題がある。姫様、肝心の本人が嫌がるかもしれねえぞ」


 あっというような表情を浮かべ、最初に聞くべき質問をする。


「クロちゃんは、嫌……?」


 とても不安げな表情。その顔を見ると、彼の気も揺らがないわけではない。しかし、それ以上に気になることが彼にはあった。


(なぜ、自分をここまで必要とするのか?)


 という事だった。少女の話を聞くうちにそんな考えを持ってしまった。軍規を変えるために彼を使ったのも確か。しかし、それだけではなぜここまで……と思ってしまうのだ。これも彼が今まで散々人から利用されてきたことからの条件反射のようなものである。


 こういう場合は相手にいくつかの思惑がある。


 彼の才能を狙うもの。


 彼を貶めようとするもの。


 好意を持って近づくもの。


 だが、直感的に彼は思う。

 この少女はどの場合にも含まれない、と。この点も唯一といっていい友人である女性と似ていた。もちろん、最後の好意については彼が気が付いていないだけかもしれないが。


 そしてついに彼がその口を開いた。


「一つ質問をさせてもらう。それによって考える。正直に答えろ」


 彼の切れ長の目に鋭い光が宿る。この目、この耳で必死に真偽を見極めようとしていた。……自分を守る為に。


「なぜ、俺を選んだ?」


 その一言は彼が親しくなろうと思ったやつに問いかける言葉。残念ながらその問いに彼の望む答え、想像もつかないような答えをしたものはただ一人だけだったが。


 少女はその問いに一言で答えた。


「似てる、から……」


 長々と理由が延べられることを予想していた彼は驚くほど短い答えに言葉を失う。だが、次には口元に笑みが浮かび声が漏れ始めた。


「……く、くくっ。ははは。面白い。その話受けよう。だからその件は何としても成功させろ」


 その笑顔に誰もが見惚れた。男が多いこの場でも空気を和ませる破壊力があった。それもそのはず元々顔のつくりは絶世の美男子なのだから。唯一のネックであった殺伐とした感じがなくなればこれほど人を引き付けるのだ。


「うん!」


 それにつられて八生も笑顔で答える。少年は笑った少女の顔にも見惚れていた。


「ふぅ、それではこれで話はおしまいですね」


 しばしの間、緩んだ空気を引き締めるように男は努めて真面目に言った。


「うん……」


 また、少女は無表情に戻っている。彼女だけでなく空もいつもの無表情だ。さっき声をあげて笑っていた人物と同じように見えないほどの変わりようだ。


「それでは、わたくしはこの件を急ぎ王に報告せねばなりませんので失礼いたします」


 丁寧に腰を折り礼をする男。


「うん……。ありがと」


「それでは。それと申し遅れましたが」


 男がくるりと向きを変え、空に向かって話しかけた。


「わたくし第3師団長備谷尚貴びたになおきと申します。以後お見知りおきを」

 

 そういい、手を差し出す尚貴。その手に戸惑い動けずにいる空。


「おやおや握手はまた今度、ですかね。よろしくお願いしますよクロ様」


 彼が名乗っていないせいもあり、少女と同じように呼ばれる。その表情からは嫌がっているのか、喜んでいるのか読み取ることはできない。


「なんだよ。えらく感じいいじゃねえか、尚貴」


 冬弥はその態度をからかうように声をかける。


「それは当然ですよ。未来の師団長ですからね」

「俺も師団長だぞっ」

「これは、これは。私としたことが失念していました。申し訳ございません、冬弥様」

「お前の敬語は、なんか嫌だ」

 そんな掛け合いを面白く見つめるの少年。その少年も意を決したように立ち上がる。


「俺は第4師団長、大地」


 そう言うと少年は立ち去ってしまった。


「成長しましたね、彼も」


「ああ、そうだな。この黒いのが相当嫌いだと思ってたんだがな。割り切ったのかな。まあ、俺らが心配しなくてもなるようになるだろ」


 冬弥と尚貴は暖かく大地の出て行った方向を見つめていた。少女は心配そうな面持ちだったが。


「大地、仲良くできるかな……」

「まあ何とかなると思うぜ、姫様」

「うん……」


 八生を励ますと冬弥は空の方を向いた。

「さて俺は前にも名乗ったからいいよな」

 彼は黙って頷く。


「まあ、これから俺たちと一緒に戦うかもしんねえが、よろしく頼むぜ。試験については後で伝える」


「ああ」


「じゃあ、行くか。尚貴も急いでるんだろ?」

「ああ、そうでしたね」


 二人はそろって部屋を出て行った。


 そして残された少女と青年。


「多分……」


 気が抜けたのだろうか。先ほどよりもさらに小さい声で話しかけた。


「クロちゃんは大変になると思う」


「……」


「でも、傍にいてほしい」


「そうか。気が向いたら、な」


 彼はぶっきらぼうに答える。少女に恋愛感情の類のものはないと感じた。それなら恐らく自分と同じ理由だと思った。だから、少女は似ているといったのだろう。


「俺からも一つ質問がある」


 少女はゆっくりと彼の瞳を見た。


「なに……?」


「さっきあの冬弥とかいうやつから姫って呼ばれていたが、あんたは何だ」


 彼は名前を呼ぶのが恥ずかしくて、ちゃんと覚えているのにも関わらず、敢えてぼかして名前を言った。 


「私は、私、だよ……?」


 首を傾げ不思議そうに答える。何を聞かれているのか分かっていないようだ。

 内心、面倒だと思いながら、もう一度問い直す。


「身分は? 家柄は? 家系はどういうものなんだ? という事だ」


 指をあごにあてて、上を見て考える少女。その様子に苛立ちを感じてはいるが、それを表に出すことなく待つ。


「私は第1師団長だよ」


「それは聞いた」


 素早くきる。


「う~ん、とね。私は……この街の長老の一人娘、だよ」


「そうか。ちなみにこの街の名前は?」


「イヴェール・フォレ、だよ」


「……」


 空は点々とした情報を繋ぎ合わせ一人納得する。

 つまり、少女のイヴェールという姓がこの街から来ているという事。そして、この世界で経験した事を思い出し考える。おそらくだがこの世界の住民すべてに姓があるわけではなく、貴族や身分の高いものしか持っていないという事が推測される。

(一昔前の日本みたいだな)

 そんな感想を抱いた。


「分かった」


 彼は一しきり自己完結すると立ち上がり部屋を出た。









 彼はすることもないので、一人街を歩いていた。人込みが嫌いなので自然と人気のない通りに入って行った。

 しかし、四大都市といえども一本裏道に入れば、決して治安は良いわけではない。


 どこにでも、ゴロツキはいるもので、

「よぉ、兄ちゃん、一人かい?」

 にやにやといやらしい笑みを浮かべ、数人の猫人が話しかけてきた。ただ、その威勢の良さが長く続くことはなかった。


 彼の黒く鋭い眼は相手を射抜き、竦み上がらせる。結局彼はそれを目で威圧するだけで制してしまった。

「ひぃっ」

 強面の男たちが怯える姿はなかなか滑稽ではあるが、彼にしては珍しく刀を抜くことなく通り過ぎた。

 いつものことに嘆息して、木の木陰に腰を下ろした。


 彼の悩みは誰もが羨ましがるものだが、顔の造りが良いというだけで目的は違えど、男女問わず話しかけられることにウンザリしていた。それは異世界でも変わらなかった。

 

「うざいな……」

 

 その呟きは誰の耳に届くわけでもないが、苛立ちを鎮めるには効果的だった。

 彼の黒髪が風に吹かれる。周りには元気よく遊ぶ子供の猫人たち。人が増えてきたのを感じると、散策を終え屋敷に戻って行った。






 相変わらず門の前には使用人やら門番やらで人が多く、彼としてはつい避けてしまう。そのため迂回し、自身に身体強化をしたうえで城壁を飛び越え、入った。

 着地すると彼はすぐに声をかけられた。


「どうして、ここから……?」


 八生はさっと武器を隠して、彼に問うた。少女が近づいたのは気が付かなかったが、武器を隠すところはちゃんと彼には見えていた。だが、そこには触れなかった。門から入ってこない奴を敵かもしれないと判断するのは当然であるし、少女に襲いかかられて戦ってみてもよかったとも思っていた。それほど、彼は少女がどの位強いのかを知りたがっていた。


「人が多かった」

 

 彼と少女の会話は基本一言ずつではあるが、似た者同士である故かそれだけである程度の意思の疎通は図れていた。


「そう……」


 少女が手を前にぶら下げた時には武器がなくなっていた。確かに彼は少女が武器らしきものを隠すのを見たのだが。

 多少怪訝に思いながらも彼は自分の要求を少女に伝える。


「今日、俺の宿は決まっているのか?」


 少女は黙って首を横に振った。


 その答えを見て、彼は体を翻し気は向かないが街に繰り出そうとした。


「待って……」


 少女の低く小さい声が彼を呼び止める。


「宿じゃないけど、準備してある……」


 すると少女は付いて来いと言わんばかりに歩いて行った。彼を真似て門を通らずに。使用人たちがいなくなったのに気づいて騒ぎ出すのはもう間もなくだ。










「……着いた、よ」


 案内されて着いたのは庭付き使用人付きの広大な敷地を持つ大きな屋敷であった。屋敷の規模は少女の住む屋敷と大して変わらない。違うのは少しばかり古い建物に見えるという事だろうか。


「ここか……」

 

 屋敷を見上げて絶句する。そのあと、彼にとって一番重要な質問をする。


「俺以外に誰か住んでいるのか?」


「今は使用人だけ……。でも、クロちゃんの好きに使っていい」


 その言葉を聞いて唖然とする。事実上、この屋敷は彼のものだと言っているのだから。

 彼には話しを受けた事を引き合いに出し、あわよくば一軒家などをいただこうとは思っていたが、いくら使用人も住んでいるからといっても使用人は別の小さな詰所に住み分かれていて、なお且つこれ程までに広い屋敷を手にできるとは彼も思ってはいなかった。思わず彼は額に手を当てていた。


「いいのか?」

 

 さすがに彼も慎重になる。


「うん……」


 即答するだけでなく、こんな気前のいいことまで言った。


「今日からこの屋敷はクロちゃんのもの……」


 元の世界では一般人であった彼は金銭感覚がおかしくなったのかと思い、目の前の少女を疑う。その視線を受けてもなお少女は当然というように堂々としていて、言葉を撤回する気配はない。

 それならば、と彼も好きに使わせてもらおうと屋敷の方へ歩いてゆく。ここで、すんなり受け入れてしまうあたりが彼らしい。




 屋敷に近づくと、使用人たちは手を止め挨拶をする。


『お帰りなさいませ』


 それが十人くらい続いたころであろうか。挨拶を無視していた彼は立ち止り言った。


「挨拶はしなくていい。命令だ」


 それだけ言うと、足早に屋敷に入って行った。


 調度品などは先に八生の屋敷にあるを物を見てしまったせいでどれも見劣りするものばかりだが、それでも豪華なものである。屋敷内は赤い絨毯が敷かれ、壁は黒っぽい色で実に彼好みであった。


 一しきり見ると適当な部屋に入った。続いて、当然のようについてきた八生も中に入る。


『……』


 沈黙が場を支配するなか、それを破るように少女は言った。


「……どう?」

 

 おそらく屋敷を気に入ったかどうかを聞いているのだろう。


「ああ、悪くない。色もいい」


 その答えに少女は表情を緩める。

 そして少女は屋敷を説明し始めた。


 まず、少女はこの屋敷がどういう経緯で彼に譲渡されることになったのかを言い始めた。

 この屋敷は黒騎士の屋敷と言われ、一昔前に戦場で名を挙げた騎士の屋敷だそうだ。その騎士は既に戦場で命を落としたか、旅に出たのか、詳しいことは不明であるが長い間使われていなかった屋敷である、と。

 広い屋敷で誰も使わないというのは勿体ないという事で、将来有望な若者に使わせようというのがこの都市の決定であった。それまでは、使用人たちの仮住まいとさせていた。

 そこにちょうど空が現れたので、ちょうどいいという事と少女の一声で今回に至ったというものだった。

 ちなみに、現在猫大国と真猫帝国が戦争状態であるため、持ち主のいない屋敷は年々多くなっているので気にしなくていい、とのこと。そのことについては一度もらったのだから彼は全く気にしていなかった。厚かましいというより最早大物の風格さえ感じられる。


 ついで、少女は屋敷の見取り図を取り出して話し始めた。

 屋敷は二階建てで、西側に出入り口。一階の南側には広い室内風呂。東側には食事場が完備され、部屋は18室ある。

 彼の元の世界からすれば大豪邸である。そこの価値観について聞くと不思議な答えが返ってきた。


「師団長位になれば普通……」


 どういう基準で言っているのだろうか? 少女の一番身近なもので例えているのだろうが、彼が思う師団長というのは並外れた金持ちであるため、本当に基準になるのだろうか? 否、ならないだろう。

 そのため彼には理解することが出来なかった。いや、分かっていても敢えて目を逸らしたのかもしれないが。そこには深く触れずに彼は話を流した。


 そして、少女はまた話し始める。

 一部屋に必ずついている鐘を鳴らすと使用人が来るという事。

 長話しで喉の渇きを感じた早速少女はその鐘を使った。


 すると、すぐにドアをノックする音が聞こえてきた。

 ドアが開くと、すでに水や食べ物などが積んであるカートを持った使用人が現れた。

 彼はこの使用人の準備の良さに密かに感心する。 


 使用人は一礼して下がった。

 少女は使用人にお金を渡した。

「チップ、か」

 

 聞きなれない言葉に少女は首をかしげるが、これは使用人を呼んだら必ずやらねばならないという事を言った。これにより満足度を相手に示し、使用人を家にとどめるのだそうだ。この程度の金も出せない家には使用人は勤めたがらないとのこと。


 そして、最後に試験の実地はまだ先になりそうだ、と告げて帰って行った。

 

 広い家というのはそれだけで静かで、彼にとっては住みやすい。この屋敷をくれた少女に心の中で礼を言うとこの日は早めに瞳を閉じた。まだ、日も沈んでいないお昼時であった。





作者の尾澤恒です。

最近は少しずつではありますが見ていただいている方が増えてきて、うれしく思います。

この場をお借りして、御礼申し上げます。

これからも、ゆっくりとではありますが続いていきますので

よろしくお願いします。

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