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9話

 ここは木谷町と大村町をつなぐ街道。木谷町は大猫国の最南端の町に位置する。村の最南端は最初に空が訪れた花風村である。

 ここで言う村と町の違いとは村の方は家の集合体であったのに対し、街の方は周りを門で囲まれたり、街道がちゃんと整備されており、村よりも人口密度が高い場所の事である。

 話しがずれたが、木谷町は国の中で最南端ではあるがそこで暮らす者も多いため生活物資が必要である。

 町民の中には農業に従事する者も多いが、それだけでは補えない場合や他の町や都市部からの趣向品を手に入れたい場合、これらを行う時に必要になるのが物資を運ぶための道、つまりある程度整備されていないと売る側である商人たちも来難くなる。買う側の町としても物流を豊かに保つために、ある程度整備しておかねばならない。


 そのため、神谷空――黒衣の青年――は平らに踏み固められ、綺麗に草も刈られ両脇に排水用の溝がほられた土の道を歩いていた。


 彼は色々な意味で目立つ。まず、全身真っ黒という事で遠目から見ても注目され、近くに来て類稀な美青年という事でも人目を引く。彼はそのたびに軽く威圧し、相手に直視出来ないようにしていた。

 だが、それでもすれ違った後に後ろから視線を感じる。町では声をかけられ、この街道では好奇の視線にさらされる、どれも悪意のある行為ではないのだが、はっきり言ってしまえば、


(鬱陶しい)


 その一言に限る。

 そんなわけで、彼は整備された道ではなく獣道を歩いていた。その道は周りは1mほどの草が生い茂りとても視界が悪い。素振りを兼ねて、斬り分けながら進んでいく。

 それを続けて、陽が真上に昇る頃。彼の目の前に鬱蒼とした森が現れた。後にこの場所の名を知ることになるのだが、この森の名はグランケルドの森。別名、猿人の庭。

 小学生の身長ほどの胴周りを持つ木が所狭しに生い茂る。この森の木はどれも背が低く、胴周りは太いのに彼の身長よりも少し高い所に葉が茂り、少し手を伸ばせば届く位背丈が低く、非常にずんぐりとした感じを受ける。

 そして、その幹は光を求めて、我先にと枝を伸ばしている。当然その枝も太く、大人でもその気になればその上を歩けそうなほど頑丈そうだ。 


「ふむ」


 都会育ちの彼はあまりこのように立派な木が生えた森を見る機会がなく、森に踏み込む前にしばし全体を見渡した。


 木、木、木、木、木、木、木、木、木。


 一面に広がる木。地面の方を見るとその太い根が顔を出している。ふと、そこでちょっとした違和感を覚える。ここに来るまでに生えていた草花が生息していないのである。

 専門家でもない彼がここで考え出した事は一つ。


(この木が光を遮っているせいで、他の花々が育たないのではないか?)


 そう考える。その答えは正しい。普通なら……。ここは異世界、元の世界の常識が通じない場所である。それを後に身をもって体験することになる。


 木の葉が生い茂っているせいで、この森は日中だというのにうす暗い。元の世界で言うフクロウに似た生き物。蛇に、イノシシに、コウモリと夜行性の生き物たちが活動している。その、どれも体が大きく元の世界の一般的なサイズよりも2倍から3倍ほどの体長だ。

 色は黒っぽい色をしたものが多く発見しづらいため、注意深く進まなければならないのだが、彼自身も黒に身を包んでいる事と、天賦の才能がこの環境に彼を適用させ、今必要な感覚が【即神術】によって強化され、その生き物たちに不覚をとるという事はなかった。

 今も後ろから近づいていた大蛇を斬り伏せていた。

 



 小腹も空いた事もあり、ここで一旦小休憩をとる。彼は木谷村で貰った食料とこの森で狩ったイノシシを食べていた。

 食材はとても新鮮で彼の舌を満足させるのには十分なものであった。


「さて、と」


 そう言って立ち上がると、匂いに誘われてきたのだろう。どこからともなく動物たちが集まり、彼を取り囲んでいた。


「ふっ」


 食後の運動にちょうどいいとばかりに不敵に笑みを浮かべ刀を手にする。

 次いで、もう一本の刀、黒刀も抜き放つ。

 すべてが黒に染まり、森の闇に溶け込む。そこに妖しく光る紅い瞳。


 瞬時にトップスピードに到達し、次の瞬間には赤い雨が地に降り注ぐ。


 1頭、また1頭と、息をする者が次第に減っていく。彼らには何が起こったのかも分からないだろう。紅く光る、黒い物体が隣を通り過ぎたと思ったら、次には仲間が倒れているのだから。

 次は自分かもしれないという恐怖感が彼らを襲った。


 この暗い森では彼の黒い衣装と、特にその黒い刀は抜群のステルス性を発揮していた。


 風を切る音と木の枝や、地面を踏みしめる音が、森に響く。


 襲ってきた動物たちをすべて片付けると刀を鞘に納め、肩で息をする彼の姿があった。


 いつもならこの位で息を切らすことはない。しかし、黒刀を使用すると、相手の負の意識が流れ込んでくるためである。人間よりも動物の方が、土壇場での生存本能が強い。それも単純なものが多いのだが、単純であるが故にその意思は強く、彼にダイレクトに伝わった。つまり、この場合は肉体的にというよりも精神的に疲労したという事が強いのだろう。


「……」


 息が正常に戻ると、また歩き出す。だが、この一瞬の油断が彼に巨大な敵が近づいていた事を隠した。


 ここで話は変わるが、どんな場所にも生態系が構築され、その頂点は数は少ないが絶対的な力を有しているためにその地位に居座り続ける。この森、グランケルドの森、別名猿人の庭はこの森に迷い込んだ人々が、この森の主に畏怖して名づけたものである。つまり、猿人がいるという事である。

 そして、その主は森の異変を感じ取り、充満する血の臭いを頼りに彼を見つけ、木の上から上玉の敵を見つめていた。敵が弱り、刀を納めた時に森の主は彼に音もなく彼に襲いかかった。


 



 彼は戦闘の後に町で貰った魔石を手に自分の残りの精神力と魔力を確認していた。どちらも残り半分ほど。


(少し休み休み行くか)


 その意思は彼の行動を慎重なものにしていた。この何も分からない世界で慎重に行動するのは生存率を高めることにつながる。だが、今回に限ってはそれがあだとなった。

 彼に迫る敵に容易く追いつくことを許した。その一方で不幸中の幸運ではあるが、彼は運も味方につけていた。

 

 確実に成功するかに思われた奇襲。その危険を思わぬ物が彼に知らせる。手にしていた魔石が危険を知らせたのである。手に持つ魔石が敵の姿を反射した。小さな魔石に映るかどうかギリギリのところではあったが、それだけで彼にとっては十分すぎた。


 即座に抜刀し、これを迎撃する。ここに来て、奇襲する立場が逆転した。思わぬ敵の反撃に驚き、慌てて辺りの幹を掴んで躱す。


「ほう」


 相手の反応に喜びを覚える。この世界の戦い方を覚えてからは、彼の攻撃に反応出来る者はいなかったからだ。

 そして相手の装備を見て、さらに喜びを強く感じる。


 ここに来た人間から奪ったのであろうか。手には錆びついた刀と、背中にも予備の刀を何本も背負っていた。

 

 互いに距離をとる。


 相手の一瞬の隙も逃すまいと隈なく観察をする。対峙する主は彼よりも一回りは大きく、全身を黒い毛で覆い、瞳は血に飢えていた。その点は彼も負けてはいなかったが。


 そして、彼は気づく。この森に入った時の疑問の答えを見つける。


 小さな虫がその主に近づいた時、急に力をなくし、地に倒れたからである。

 ここに来て、一つの推測、否、正解を見出す。


(こいつ、周りの生物の体力を奪っているのか?)


 それは正しかった。すぐに主の周りには生物がいなくなった。この主は周りから生命力を奪っている。そのため、日光が差さなくて育ちにくいことに加え、育つとすぐにこの主が全て吸いつくしてしまうからである。


 だが、もうその疑問はどうでもいい。今はそれが戦闘にどのような影響を出すのか、である。



 しびれを切らし、森の主が猛然と彼に突っ込む。

 

 彼は正面からではなく少し体をそらし、受け流すと同時に横から斬りつける。

 刀が振り下ろされる。毛を斬り、皮が裂け、肉を断ち、血が降り注ぐはずだった……。


 しかし、その予想に反し、その深く黒い毛に阻まれ、刃が通ることはなかった。


 ここで彼と主とは再び距離をとる。


 主はいとも容易くかわされた事に驚く。この森の頂点である以上このような事は一度もなかったのだろう。


 彼もいくら黒刀ではないとはいえ、この刀で斬り裂けない黒毛に驚く。そして、相手の力を奪うという能力の厄介さに気づく。

 刀にかけてあった強化――【神刀術】――の効果が完全になくなっていたのである。つまりさっきの瞬間は地の切れ味でやったという事である。

 

 だが、すぐに彼はその解決策を見つける。


 生き物相手に黒刀をあまり使いたくはないが、勝つために抜く。その禍々しい殺気が辺りを包み、再び闇に溶ける。


「終いだ」


 そう言い残し、颯爽と駆け抜ける。

 

 相手もさる者で、今度は簡単には斬られずちゃんと手にした刀で受ける。【神刀術】をかけてもいないのにもかかわらず、ここで刀の格の違いが如実に現れた。


 刀と刀と触れ合った瞬間、彼の黒刀は相手の刀を斬り、身体からだに傷を付ける。


 獣の咆哮が森の静寂を斬り裂く。そのけたたましい叫びに思わず距離をとる。


「うざいな……」


 耳を塞いで顔をしかめる。


 主は怒り狂い、今まで枯れずに保ってきた太い木が枯れ始める。恐ろしいまでの勢いで生命力を奪っているようだ。ここに迂闊に飛び込むのは危険すぎる。そう判断し、魔法を唱える。


【雷よ、我が槍となり彼の者を滅ぼせ】


 以前使った事のある威力のあるもの、雷の槍を敵に投げつける。


「チッ」


 彼は苛立ちをあらわにする。主の吸収力はさらに強化され、雷の槍が届くころにはただの細い光となり、黒毛を少し焦がすにとどまった。


 予想以上に強くなっている。それは、彼に恐怖感ではなく、これまでにないほどの高揚感を与えた。今まで、これほどまでに彼の才能に追随した者がいたであろうか。否。初めて見つけた好敵手。だが、その楽しい一時も間もなく終わりを告げる。


 次第に増大する主の力は、ついに彼の力に手を出した。しかし、彼の力の一端に触れ、心底恐怖した。


 次いで、膨大なほどの憎しみが流れ込む。黒刀に込められた憎悪の念はこの魔物に激しく反応した。そして、その憎しみの炎は主を焼けつくした。


 そして、主の咆哮は小さくなり、今度は慟哭どうこくのような声に変わった。


 それと同時に、主から溢れ出していた力は急速に収まりだした。



 彼の瞳が赤い線を残し、主の後ろで二つの赤い線が一点に集まる。




 



「ふぅ」


 流石の彼も、疲労感を隠しきれなかった。木の根に腰をおろし、休息していた。


 口元が不敵につり上がり、黒刀を見つめる。


 そして振り返る。主を斬った時の感覚を。


 あの時、この暴れ馬の扱い方の糸口を掴みかけた気がした。



 主を斬る時に心の奥底で寂寥感を覚えたが、それ以上に今回の戦闘は得た物も大きかった。 

 


 それを感じながら光の差し込まない森の中で空を見上げた。



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