ポストカードとあなた。
初めての短編小説です。
そっと開けた郵便受け、その中には今でも食べたくなるような瑞々しいイチゴの写真のポストカード
が入っていた。
誰からだろう?
差出人は不明。
書いてある住所は、…オイシ荘202 時任万愉。
この私だ。
この日から差出人不明の綺麗な写真のポストカードは時々届くようになった。
私の名前 万愉 沢山愉快な事がありますように…。
両親がつけた名前。
私はこの 万愉 という漢字が何故かとてつもなく嫌い。
小さい頃からこれといった特技も無く、勉強も運動も普通で、どちらかと言えば鈍くさくて失敗してはすぐ落ち込んじゃうような子供で、それは大人になっても変わらなくただ普通に会社に通い普通に仕事してたまに上司に怒られ落ち込むと言う、愉快とはかけ離れた名前負けの人生を歩いている。
「時任万愉さん、いい名前だね」
「はい?」
そう声をかけてきたのは同じ課の進藤海都。
彼は仕事が良くでき、頭も顔も良く、おまけに性格も優しく文句の付け所がないと言う少女漫画に出てきそうな男で社内NO1と噂される男性だった。
「万愉。って言う名前」
そうニコニコ言う進藤さんに私の心臓は爆発しそうになる。
「そ、そうですか?」
緊張のあまり声が震えそう。
「うん、ずっといいことがありますようにって、そんな感じがする」
「そんな思いで付けたみたいなんです。うちの親…私は、この名前の漢字好きじゃないんですけどね、なんか愉快とは切り離された人生送ってますから。はは…」
「ふーん、そうなんだ。でも自分の人生は自分が愉快になれる様に切り開いていかないとね」
「…」
「がんばろう」
「…」
進藤さんはそう言い、私の肩をポンっと叩いて歩いて行った。
何なんだろう?
同期で入社し6年、同じ課に配属されて6年、仕事以外で話す事はこれが初めてだった。
一度は、いいなぁ…と感じた事があった人、
仕事で失敗しそうになった時フォローしてくれた事が、一、二度あったけど
『ありがとうございました』『気にしないでね』の会話だけでいつも済んでいた。
「そう言えば、同期の川本さん結婚するんだって」
「そうなんだぁ〜」
「あのブスがぁ〜」
ロッカールームでの最近のみんなの会話はもっぱらこんな会話ばかり。
28にもなると次々と同期が寿退社していくし、高校、大学の同級生も次々と勝ち組み入り〜なんてはしゃいで嫁にいく奴、中には仕事に成功、仕事一本キャリアウーマンになった子、仕事も恋も上手に両立、家庭も仕事も両立と順風満帆な子もいる。
私は…どっちにも属さない。
恋も仕事もからっきしダメ。
『自分の人生は自分が愉快になれる様に切り開いていかないとね』
進藤さんに言われた言葉…。
そうだよな、と思う。
今週は何もなく無事に済んだと安堵し、何にも変り映えしないいつもの通勤路を家に向かって歩く、
路には季節を間違えてるのか?もうそこに秋が来ているというのにひょろっとした向日葵が咲いている。
「あんた、私みたいだね」
悲しそうに一人で咲く向日葵に私は話しかける。
向日葵、燦燦と照りつける太陽に顔を向けて元気に咲く夏の代名詞のような花。
なのにこの子は下を向いて、申し訳なさそうに咲いている。
「はぁ…」
大きく深くため息をついた私の後姿に
「…さん」
誰かが声をかけた。
ん?
ここで私を呼びとめる人はいないような…そう思い振り向いた私の顔をニッコリと見つめる
「時任さん」
「…」
進藤さんが立っている。
「何してるの?」
「あっ、進藤さんっ!」
驚いて慌てて立ちあがる私に
「向日葵見てたの?」
と優しい声で聞く。
私は、ドキドキいつもより数十倍早く打つ心臓を押さえながら
「あ、はい。進藤さんはこんな所で何してるんです?」
「ちょっと用があって。」
「そっ、そうなんですか?」
「うん、そうなんだ」
こんなとこで逢うなんて…なんとも想っていない進藤さんに運命みたいなものを感じてしまう。
でも、運命を感じてしまうこれはただの偶然であり、そんな事を感じてしまう悲しき乙女の様な女は、
「では、また明日仕事場で、さようなら」
とニッコリ一礼をしその場を早く立ち去ろうとする。
「あっ、時任さんっ」
そんな私の右手を進藤さんはとっさに掴んだ。
「…。」
何なの…この展開?
私の右手を握る進藤さんの暖かい大きな手。
心臓の鼓動が早すぎて、身体が揺れてるみたい…気づかれそうで振りかえれない。
「…」
夏から秋に変わる生温かいのか、乾いてるのか分からない風が私と進藤さんの間をすり抜けていく。
「好きなんだ…」
進藤さんが口にした思いもよらない言葉…。
私はそっと振り返り、進藤さんの顔を見上げた。
生温かいのか乾いてるのか分からない空気の中を立ち尽くしていた。
あれから私は進藤さんと付き合いはじめる。
進藤さんは私が初めての彼女ではないけど、私は進藤さんが産まれてはじめての彼氏だった。
「進藤さんお願いします」
「はい」
会社では気づかれないようにいつもの様に接する二人。
帰りはあの向日葵が咲いていた場所で待ち合わせをして、私のアパートで一緒に夕食を作り食べた。
今の私は何をするのも楽しく、あんまり好きではなかった掃除なんかも鼻歌を歌ってしまうぐらい
楽しくて仕方ない。
今は何もかも幸せで仕方ない。
でも、そんな日々ひとつ気になるのは、最近郵便受けに入らなくなったポストカード。
落ち込んで塞ぎ込みたくなる時、気づくといつも入っていた。
心が暖かくなるような桜の花、綺麗な赤色の艶があるリンゴ、黄緑色から黄色のグラデーションが綺麗なバナナの写真…
なんでバナナなんだろう?くすっと笑い落ち込む私に元気をつけてくれる写真。
そんなポストカードが届かないのは少し淋しい。
それはきっと今の私が幸せだからかな?でも、誰が送ってくれたんだろう…?
進藤さんと付き合い始め、季節は夏から秋に、秋から冬へと当たり前のように変わっていく。
そんなある日、私は予想もしなかった、でも社内のみんなは やっぱりね、お似合いだもんね。 と口を揃えて言う美人で性格もよく仕事もできる社長秘書の川島有紀と進藤さんができていると言う噂。
彼女の私が言うのもなんだけど、本当にお似合いの二人。
社内NO1の男と女。
「すごい噂がたってるね。」
いつもの様に待ち合わせする場所で待っていた進藤さんに後ろから声をかける私。
「…万愉。」
寒そうに申し訳なさそうに私を見る進藤さん。
本当なのかな?って聞きたいけど怖くて聞けないし、どうして私がいいんだろう?なんて思うけど、
とても図々しくて聞けない。
「綺麗だよね、川島さん。」
「何言ってんだよ。」
「…。」
否定も肯定もしない進藤さん。
もう少し上手く感情を出せればいいのに…。
不安と信じる気持ちが交差する…。
そんな時、また私の202の郵便受けに、可愛い北欧製かなと感じる暖かいクマの木でできた人形の写真が届く。
元気出せ…そう言ってるの、彼を信じてやれと言ってるの?
この差出人不明のポストカードで沈んだ気持ちが少しずつ回復してゆく…。
「ありがとう…」
もう時期、二人で初めて迎えるクリスマスがくる。
入社した初めてのクリスマスはコンパだのなんだのみんな一生懸命相手を見つけていた。
クリスマスなんてどうせ…とブルーに落ち込んでいた私が初めて迎える彼とのクリスマス。
あの噂は何時の間にか風と共に去り、私は進藤さんにあげるクリスマスプレゼントの事で頭がいっぱいになる。
「これがいいんじゃない?」
「うーん」
大学の頃から仲がいい智と一緒にクリスマスプレゼントを選びに来ていた。
彼女は社内で唯一私と進藤さんの事を知っている友人。
クリスマスにあげようと思うネクタイを二つ見比べてる。
「進藤くん…年のわりに落ち着いてるからね。」
「こっちのがいいよね?」
「うん、そうだね」
「じゃぁ、こっちにしよう」
薄いグレーにライトブルーのストライプのネクタイを買う。
「さっ、終わった。」
「終わった、終わった。後はクリスマスを待つだけ。」
「今年は二人とも淋しくないね〜」
「そうだね〜、ご飯でも食べてくか?」
「だね〜」
そんなのん気に笑って歩く二人は、イタリアンレストランの前で社長秘書の川島さんが誰かを待っているのに気づく。
「あっ、川島さん」
「ほんとだ、彼氏と待ち合わせかな?」
「川島さんってどんな人と付き合うのかなぁ…」
以前進藤さんと噂がたった彼女、どんな人と付き合うのか?私と智は興味本位でしばらく遠い所から見ていた。
「あっ、来たよ、万愉」
しばらくして走ってきたのは、背の高いスーツをきた男性。
「ここからじゃ、顔が見えないね」
「ん、近く行って見ようか?」
「うん。」
通行人のように気づかれないようにそっと人をかきわけ近づく二人。
川島さんの相手の男性はふと私達の方に振り返る。
「あっ」
「あっ」
進藤さん…どうして?あの噂は本当なんだったの…?私…。
「万愉…」
「そうだったんだ…」
「酷いよ、進藤くん…?」
「違うよ。」
「何どうしたの、どういう事?」
何が起こったか分からない川島さん、進藤さんと私の顔を交互に見てる。
そうだよね?私と進藤さんの事なんかみんな知らないもんね。
「進藤くんと時任さんってもしかして付き合ってたの?」
「あ、うん。そうなんだ」
遠ざかるみんなの声と雑踏…。
「私、帰るっ!!」
もういいや、もう…いい、こんな結末で。
「万愉っ!!」
振り返る私の左手を掴む進藤さんの右手。
「進藤さん、もういいです」
「ま…聞いてよ、俺の話を…」
焦った顔の進藤さんも、驚いた様子の川島さんも、もういいや、なんでもいいや。
「ここまでで、いいです」
「な、何言ってんだよ?」
私の手…握り締める進藤さんの手。
少し痛い…。
「ありがとう」
「万愉?」
私は、何も聞かずもう一つの手で進藤さん手を離す。
「さようなら」
聞いてもいいのに何も聞かず、その場から離れた。
心配した智は何回も電話とメールをくれる。
追いかけてくれない進藤さん。
進藤さん…結局、進藤さんから呼び名を変えられず終わるのかな?。
何も聞かずに勝手に終止符を打とうとする。
不器用過ぎて、なんでもマイナス思考に持っていく私…人に甘えられない私…。
あった、私の特技、すぐ、落ち込むこと…。
次の日、生理休暇で仕事を休む。
どんだけ嫌なことがあっても仕事だけは休みたくなかった。
どれだけ仕事ができなくても仕事だけは休みたくなかった。
でも…。
社内恋愛は別れた事後が嫌なんだな…と知る。
『別れよう』とも言われてないのに顔が見える距離にいられない…。
こんな時…あのポストカードが入ってればいいのに…もしかして?
私は、決して誰にも見られたくない赤いちゃんちゃんこを着て、郵便受けを覗きにサンダルを履いて、
階段を降りる。
「あっ…。」
私の郵便受けに、鮮やかな色のポストカードを入れる人…。
「…」
「それ?」
私はポストカードを指差す。
「はい…これあげる」
優しい声でニッコリ微笑み、
鮮やかなブリティッシュグリーンのもみの木に飾られる色とりどりのオーナメント…クリスマスツリーの写真のポストカードをそっと差し出す。
「ありがとう」
「どういたしまして。」
恥ずかしそうにお辞儀する。あなただったんだ…
思いもしなかった、そんな事するなんて想像すらをできない…
落ち込む私にいつもポストカードを送ってくれたのは、私をずっと見ていてくれたのは…あなた。
あなただったんだ。
「似合わないよ…こんな事…」
「ばか、うるさいよ。」
照れくさそうに言うあなた…
こんないい男がそんな事するなんて思いもしない…。
勇気をふりしぼって言おう。
まだ言ってなかった事…一度も口にしてあげていない言葉。
「海都、好きだよ」
「万愉、俺も好きだよ」
いかがでしたか?。
初めて短編小説、最近元気のない自分への応援のつもりで書きました。(やっぱり主人公が暗くなるけど。。。涙)
短編は短い中にすべてをいれないといけない感じがして
とても難しいと思います。
たぶん意味不明な感じが多々あると思います。
感想などいただけたら嬉しく思います。
希凛希