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明治時代に転生したら秘密結社だらけだった件 〜ブラック企業出身の俺、10歳にして暗殺組織の幹部(笑)に担ぎ上げられる〜  作者: 斉宮 柴野


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第十四話 覗かれ隊、現る

今回は静岡任務の後日談です。

悪を裁いたはずなのに、朗人の心には割り切れない葛藤が残っていました。

……もっとも、そんな空気を壊す連中はどこにでもいるようですが。

証拠品や地下室の記録と共に、あの救いようのない役人を警察へ引き渡し、囚われていた被害者たちを無事に送り届けた。

涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした遺族や被害者から何度も手を合わされて感謝されると、前世の薄汚れた社畜の魂を引きずっている俺の胸の奥にも、じんわりとした熱が灯る。

誰かの役に立てたという実感は、心地よい疲労感と共に心へ活力を与えてくれた。


だが、ハッピーエンドの余韻は長くは続かない。

警察署で耳にした言葉が、冷たい棘となって胸に突き刺さったままだ。

あの役人が手に掛けてきた犠牲者の数を思い返すと、猛烈なやるせなさと虚しさが込み上げてくる。


俺が助け出せたのは、たったの二人だけだった。


地下室に残されていた衣服の数や散乱した骨を思い返せば、少なく見積もっても十五人以上の平民たちが命を落としたことになる。


警察が山狩りを始めれば、獣害として片付けられ、山林の奥深くに打ち捨てられた遺体がいくつも発見されるだろう。


「なあ……連子」


「はい?なんですか四番。まだお腹が減っているんですか?私は天むすならいくらでも入りますよ」


「いや、違う。飯の話じゃない」


「俺は……あの役人を、あの場で殺さなくて本当に良かったよな?加里さんに言われた通り、あの場で首を掻き切って、被害者たちの仇を討ってやるべきだったんだろうか」


「え?んー、まあ今回の任務は最初から暗殺じゃないですからね。ただの調査と証拠隠滅の防止ですから、規律違反にはならないから大丈夫ですよ。本部からのペナルティはありません」


「いや……そういう事務的な意味じゃなくてさ」


「俺の、人としての選択の話をしてるんだよ。これだけの被害を出した悪党を目の前にして、自分の手が汚れるのを恐れて警察に丸投げした俺は、ただの弱虫で、偽善者なんじゃないかって……。もしここで生かしたあいつが、司法の目を盗んでまた同じ罪を犯したら、それは俺の責任なんじゃないかって、そう考えてしまうんだよ」


前世が現代日本のサラリーマンである俺には、人の命を奪うという行為への恐怖と心理的抵抗がある。


不殺なんて格好いいことを言っているが、それは現実から目を背けているだけではないかという疑念が、心を黒く塗り潰していく。


「……殺したくない命を、無理に殺す必要はありませんよ。仕事でもないなら、尚更です」


「え……」


「四番は、自分の譲れない美学を貫いた。周りの暗殺者たちが何を言おうと、自分が正しいと信じた道を選んで、結果として二人の命を救った。……それでいいじゃないですか。他人の評価や、起きてもいない未来に怯えて、自分の心を変える必要なんてどこにもありませんよ」


連子はそう言うと、微かに微笑んだように見えた。


「…………ありがとう。連子」


文字も読めないし手癖も悪いが、裏社会の修羅場を幾度もくぐり抜けてきた、大人の女性としての確固たる芯を今、確かに感じ取った。


「でもでも……」


心が揺さぶられたその瞬間、背後から小動物が震えるような気弱な声が割り込んできた。

長い前髪で目を隠した十一番、朝比奈加里さんだ。


「もし、本部からの明確な暗殺の指令だったら……その時は、どれだけ嫌でも、絶対にターゲットを殺さないといけないので……あわあわ、その時の覚悟を……今のうちに、ちゃんとしておいてください……ね。もし失敗したら、私たちは物理的に排除されちゃうから……うう、怖いよぉ」


「…………」


俺も秘密結社『時守』のエリート特務部隊の一員だ。

今回は調査という名目だったから司法に委ねることができたが、いつか絶対的な抹殺命令が下る日が来る。


明日その命令が届くかもしれない。

その時、前世の平和な倫理観を持ったままの俺はどうするのだろうか。

命令を拒否して組織に消されるのか、それとも生き延びるために、手を他人の血で染める日が来るのか。


再び深い葛藤の底へと沈み込みかけた、その時だった。


「よし!!じゃあ朗人さん!!温泉に入りたいです!!海の見えるあの最高級の宿に今すぐいきましょう!!!」


「…………は?」


この女はなんて言った?温泉?最高級の宿?


「いやー、やっぱり陰惨な地下室に長時間いたから、お肌が危機的状況なんですよ!お風呂に入りたくて堪りません!幸いなことに、さっきの役人さんからの温かいご厚意で、たくさんお金をもらったので!特上の部屋と、海の見える露天風呂、私がいっちばん高い贅沢をババーンと奢りますよ!」


連子は、背中に背負った唐草模様の風呂敷を叩きながら、満面の汚い笑顔を浮かべている。


さっき金庫から持ち出した盗品だ。


温かいご厚意なわけがない。

完全なる現行犯の強盗資金だ。


さっきの感動的な言葉は、この金を盛大に使うための前振りに過ぎなかったのか。

せっかくのシリアスな空気を微塵も残さず破壊された俺の純粋な葛藤と感動をどうしてくれるのかと、怒りと呆れが入り交じった感情が全身を駆け巡った。


「えー?何を怒っているんですか。お金は使ってこそ価値があるんですよ。さあ、善は急げです!レッツゴー温泉!」


その後ろ姿には、罪悪感など塵一つ存在しない。


「うう……あのド変態の四番が、また強盗の資金で贅沢をしようとしてる……。怖いけど、お風呂は入りたいからついていこう……」









◇◇








深夜。


結局、俺たちは連子が金庫から強奪してきた「活動経費(という名の盗品)」により、この町で最も豪華で、一般の平民なら一生かかっても泊まれないような超一流の宿にチェックインする羽目になってしまった。


『まあ、でも、確かに、最高だな……』



湯気の向こうには、月明かりに照らされてキラキラと黒く輝く、広大な静岡の海が広がっている。

波が寄せては返す音が、耳にひどく心地よい。


前世のサビ残時代、深夜に自宅の狭いユニットバスで浴びていた虚しいシャワーとは、比べ物にならないほどの贅沢だ。

たまには、こんな理不尽な贅沢に身を任せるのも悪くないかもしれない。


ガサガサ……、カサカサ……。


静かな波の音に混ざって、女湯との仕切りになっている、大人の背丈の二倍はあろうかという高い竹垣のすぐそばから、何やら怪しげな物音が聞こえてくる。


小動物の仕業か?


俺が怪訝に思ってそちらに視線を向けると、湯気の向こう、竹垣の影に、頭に白い手ぬぐいを被った、怪しげな男たちの集団がコソコソと蠢いているのが見えた。

人数は全部で五人。全員、泥棒のように腰を低く屈めて、竹垣の隙間に顔を押し付けている。


「ん? なんだあいつら……」


男たちの一人が、懐から小さなきりのような道具を取り出し、竹垣の竹にグリグリと熱心に小さな穴を開けようとしているではないか。


その位置、その角度、そしてその必死な血走った目。

前世で何度もネットのニュースやB級映画で見かけた、あの古典的かつ最悪な犯罪行為の縮図がそこにあった。


「まさか……女湯ののぞきか!?」


ふざけるな。そんな下劣な犯罪行為が行われているなんて、絶対に許すわけにはいかない。


しかも、今女湯に入っているのは、誰あろうあの連子と加里さんの二人だ。

文字が読めないアホの連子と、二重人格の加里さんとはいえ、一応は俺の身内の女性たちである。


そんな身内の裸を、見ず知らずのむさ苦しいオヤジどもに覗かせてたまるか!


「おい! お前ら、こんな所で何してる!!」


「ヒッ!?」


錐を持っていた先頭の男が、飛び上がるほど驚いて振り返った。


「み、見つかったか! クソ、まさかこんな子供に見つかるとは!」


「ええい、見つかったからには仕方ない! 我々は、帝都の裏側で密かに結成された、愛とエロスの探求集団! 秘密結社『覗かれ隊』!! 私は隊長の工藤だ!」


「また出たよ! しょうもない目的の秘密結社!!」


この国はどうなっているんだ! 秘密結社を作るハードルが低すぎるだろ!

『密室事件の黒幕』とか『72時間働けますか』とか、もう名前のバリエーションが完全にギャグの領域に突入しているぞ!


「おい工藤! 秘密結社とか格好いい名前つけて誤魔化してんじゃねえよ! やってることはただの建造物侵入および覗き行為だろ! 立派な犯罪だぞ!!」


「誤解するな少年!! 我々の高尚な理念を、そんな低俗な犯罪と一緒にしてもらっては困るな!」


「ああん? どこが誤解なんだよ。現に穴を開けて覗こうとしてるだろうが!」


「違う、全く違うんだよ少年!」


工藤(仮)は、熱弁を振るうように両手を広げて一歩前に出た。


「決して我々が女性の裸を覗くのではない!! あくまで我々がこの竹垣に完璧な覗き穴を開け、その穴の向こうにいる女湯の女性たちに、我々のこの鍛え上げられた美しい裸を『覗かれる』ことで、双方向の心の通い合いと、究極のエロスを完成させようとしているのだ!! これぞ、能動的パッシブの極み!!」


「…………」


「つまり、お前らは女性を覗きたいんじゃなくて、自分たちの全裸を女性に見せつけたいだけの、ただの露出狂の集まりってことか?」


「言い方が悪いな! 『見せる』のではない、『覗かせる』のだ! その心理的倒錯こそが――」


「はいはい! うるせえ!!」


これ以上こいつらの言葉を聞いていたら、俺の脳の健全な領域が汚染されてしまう。


「くらえ!!」


手に持っていた白いタオルの端を、前世の修学旅行の枕投げで培った技術で固く固く結び目を付け、それを露天風呂のお湯にドボッと浸けて水分をたっぷりと吸わせる。

ずっしりと重くなった、凶器と化した濡れタオル。


バネを極限まで使い、手首のスナップを利かせて、工藤(仮)の顔面めがけてその濡れタオルを思いっきり振り抜いた。


ビシャァァァァンッ!!!


「ぐわあああああああああ!!!」


凄まじい破裂音と共に、水分を含んだタオルの結び目が工藤(仮)の鼻頭にクリーンヒットした。

工藤(仮)は鼻血を派手に吹き出しながら、放物線を描いて露天風呂の湯船の中へと派手にダイブしていった。


「な、何をしやがるこのガキ!」


「隊長をやられたぞ! 囲め!」


残りの四人の変態たちが、顔を真っ赤にして俺に向かって一斉に襲いかかってくる。


「変態の詭弁を聞く耳は持たん! 公共の敵め、全員まとめて警察に突き出してやるからな!」


俺の戦闘能力は、家庭教師の筋肉ダルマによる毎日の地獄の棒術訓練(から逃げ回る回避術)によって、知らず知らずのうちに一般人のレベルを遥かに凌駕する領域に達していたのだ。


熊には通用しなかったけれど、こんな露出狂のオヤジどもが相手なら、無双状態になれる!


バチィィン!

ドガッ!

バキッ!


「ひぎぃっ!?」


「す、すいませんでしたぁ!」


ものの数分もしないうちに、露天風呂の周囲には、全身ミミズ腫れを作って涙目で悶絶する『覗かれ隊』の五人の男たちが、床に転がって芋虫のようにうめき声を上げていた。


近くにあった頑丈な麻の紐(温泉の備品だ)を持ってくると、五人の男たちを一本の紐でグルグル巻きにした。






◇◇





ふう……。


激しい戦闘、いや、戦闘と呼ぶのもおこがましいほどの、ただの変態露出狂集団との泥仕合を終え、俺の呼吸は未だに少しだけ荒いままだ。


「痛い……だが、この少年に容赦なく打ち据えられ、さらに身動きの取れない簀巻きにされるというこの状況……。これはこれで、我が隊の歴史に新たな一ページを刻む極上の緊迫感……」



本当に救いようのない、根っからの変態たちだ。


犯罪は犯罪だ。公共の福祉に反する行為は、即座に警察に突き出す。これが前世で真面目に税金を納めていた一級市民としての、俺の譲れないコンプライアンス精神である。


何はともあれ、一件落着だ。

これでようやく、静かにこの最高級旅館の極上のお湯を堪能し直すことができる。


「しかし、こいつら、途中まで穴を開けやがって……。塞いでおかないと、後で大変なことになるぞ」


穴の大きさは直径数ミリ程度、ほんの小さな隙間に過ぎない。


だが、放置しておけば、明日の朝には別の宿泊客が被害に遭うかもしれないし、何よりこの宿の女将さんに「男湯の客が覗き穴を開けた」と誤解されて、俺の華族としての高貴な名声(すでに地の底に落ちかけているけれど)が完全に終わってしまう。


これ以上、身に覚えのない不名誉な容疑を増やされてたまるか。

宿の器物破損に対する責任を、なぜか俺が代表して取るような形になっているのが猛烈に納得いかないけれど、これもまた華族の義務、いわゆるノブレス・オブリージュというやつだろうか。

いや、ただの後始末だ。悲しき中間管理職の習性である。


「む? 覗き穴から、何か視線を感じる……」


気のせいではない。断じて、気のせいなんかじゃない。


あそこにいるのは、ただの人間じゃない。もっとこう、倫理観とか常識とか、そういった人間としてのストッパーが完全にぶっ壊れた、未知の化物の気配だ。


まるでホラー映画の金字塔、あの井戸から這い出てくる髪の長い女の幽霊や、テレビ画面から覗く呪いと対峙しているかのような、圧倒的な恐怖が俺の全身を支配する。


「ハアハア……男の人の裸……初めて見ました……あのオジサンの、大きいです……立派です……ハァハァ……」


聞き覚えがありすぎる。


この、滑舌は良いのにどこか間の抜けた、そして今、完全に興奮のあまり過呼吸気味になっているこの特徴的な声。


「おい、嘘だろ……」


男の人の裸を初めて見たって、お前、二十四歳にもなって今まで見たことなかったのかよ!


いや、それはいい。純情なのは結構なことだ。

だが、その後に続く感想が最悪すぎるだろ!


「あのオジサンの、大きいです……立派です」って、お前、床に転がって紐で縛られているあの覗かれ隊の隊長、工藤(仮)の裸を見て興奮してんのかよ!


あんなむさ苦しい、髭面の変態オヤジのどこに立派な要素があるんだ!

よりによって、初めて見る男の裸が、温泉で簀巻きにされている露出狂のオヤジって、お前のこれからの人生の性癖がとんでもない方向に歪んでしまうぞ!


中身がバカなのは知っていたけれど、ここまで常識とセンスが崩壊しているとは、俺の想像を遥かに超えている。


「うう……いけませんよ絡子さん……はしたないです……。そんな大声を上げたら、隣のド変態の四番に気づかれて、また裸のまま壁にガチガチにくくりつけられちゃいますよぅ……」


加里さんは、俺のことを未だに「裸で壁にくくりつける高度なド変態」だと本気で信じ込んでいるらしい。

その誤解を今すぐ解きたいけれど、今の彼女の発言の後半部分が、俺の耳を疑わせる。


「だから、次は私が代わって見るので……早くそこをどいてください……」


「お前も見るんかい!!」


はしたないとか、いけませんよとか、どの口が言っているんだ!

結局、自分も覗きたいだけじゃないか!


二重人格のどちらの人格であっても、結局のところ、この組織の女たちは全員、どこかしらのネジが決定的に外れているのだ。


「あ、待って加里さん。朗人さんって、10歳ですけどわりと……」


「わりと……何だよ!?」


十歳だけど、わりと何なんだ!

そこから先の言葉を言うな! 絶対に言うな!


男としてのプライド、十歳児としてのアイデンティティ、そして前世の記憶が、その「わりと……」という思わせぶりな一言によって、激しくシェイクされ、ゲシュタルト崩壊を起こしそうになっている。


子供の身体のポテンシャルを、そんな覗き穴越しのニッチな視点で評価しようとするな!


「えっ? 小さい? 大きい? どっちですか!?」


加里さんの声が、一気にトーンアップして、竹垣の隙間から響いてくる。


「早く見せて! 私にも確認させて!!」


加里さんは、鼻息を荒くしながら、連子を押し退けようと激しく動いているらしい。

フーフーという、興奮した野生動物のような荒い呼吸音が、直径数ミリの穴を通して、俺の顔面に直接吹き付けてくる。


「…………」


言葉が出ない。

ツッコミの喉が枯れるどころか、声帯そのものが消滅してしまったかのように、一言も発することができない。


ハラリ……。


俺の腰に、あれほど頑丈に、そして慎重に巻き付けられていたはずの、唯一の防衛線である白いタオルが、重力という名の絶対的な物理法則に従って、滑るように床へと落ちていく。


「あ……」



床に落ちていくタオルの白い布地。

遮るもののなくなった、俺の、ありのままの姿。

そして、その瞬間の、竹垣の向こうからの反応は、非情なほどに早かった。


「あ!」


連子の、歓喜に満ちた声。


「見えた!」


加里さんの、弾けたような大声。


二人の痴女たちの、勝利の勝鬨のような歓声が、深夜の静かな露天風呂に、高らかに響き渡った。


「うわああああああ!!!! この痴女どもがァァァァァァ!!!!!!!」

ここまで読んでくださりありがとうございます。

今回は朗人の葛藤と、いつものように台無しになる温泉回でした。

シリアスとギャグ、どちらのパートが印象に残ったか感想をいただけると嬉しいです。

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