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明治時代に転生したら秘密結社だらけだった件 〜ブラック企業出身の俺、10歳にして暗殺組織の幹部(笑)に担ぎ上げられる〜  作者: 斉宮 柴野


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第十二話 金庫の中身は放置物ではありません

今回は、悪徳役人の屋敷へ潜入した朗人と連子のお話です。

無音暗殺の達人である連子は頼もしいはずなのですが、どうにも任務の目的を忘れがちなようです。

俺たちはいま、薄暗い天井裏に潜入し、息を潜めているところだ。

埃っぽく、蜘蛛の巣が張る狭い空間を、連子が音もなく這うように進む。


その胸元には、なんとこの俺、特務部隊「時の番人」の四番である拝原朗人が、前抱っこ用の紐でがっちりと固定されているのだ。


両手両足が宙に浮き、完全に連子のお腹にくっついた状態。

まさに「幹部(笑)」状態である。暗殺組織のエリート特務部隊が、まるで赤ん坊のように女の胸に括り付けられて潜入任務を行っているなんて、誰が想像するだろうか。情けないにもほどがある。


連子が腕を動かし、音を立てずに梁を乗り越えるたびに、俺の顔に彼女の身体が容赦なく密着する。


むぎゅっ、と柔らかい感触が押し付けられ、俺の鼻をくすぐる。


ん……なんかいい匂いがする。埃っぽい天井裏だというのに、石鹸のような、かすかに甘い花の香りが漂ってくるのだ。


そして、胸が当たっている。間違いなく、柔らかい双丘が俺の顔面に当たっている。

五番の蓮さんのような、息もできないほどの圧倒的な質量や暴力的なまでのダイナマイト・バディではない。だが、連子のスレンダーな体型に似つかわしい、そこはかとなく主張する柔らかな感触が、なんとも言えないリアルな色気を醸し出しているのだ。


これは……そこが良い! むしろこの絶妙なサイズ感が素晴らしい!

グヘヘヘ。


――いや! いかんいかん!

金に汚くて、字も読めなくて、酒癖が悪くて、俺の出張費を全額スリ取ってカシミヤのショールに変えるようなアホの連子に欲情するなど!


そんなことをすれば、俺の前世からの大人の男としてのプライドが完全に崩壊してしまう!


「朗人さん。あまりもぞもぞ動かないでください」


「私のミステリアスな魅力に欲情するのは仕方ないですが、今は真面目な潜入任務中です」


「おっと…確かに。言うとおりだ。すまん」


素直に謝罪する。こんな状況で集中力を切らして、足音でも立てたら大変だ。


「朗人さんの一部が固くなってるのは、健康な男の子の生理現象なので仕方ないですが、当たってちょっと邪魔です」


「殺せ!! いっそ俺をここで殺してくれ!!!」


羞恥心で死ぬ! 物理的に殺されるより精神的な拷問だ!

真っ赤になった顔を天井裏の太い梁に思いっきり打ち付けて気絶しようと試みる。


しかし、連子の胸に前抱っこ紐でガチガチに固定されているため、首を大きく動かすことすらできず、物理的に不可能だ。逃げ場がない!

生殺しだ!


「……で? 地上階を一通り上から探したみたいだけど、それらしい証拠は見つかったのか?」


「いいえ、何も。ただの普通の立派な生活空間ですね」


「ん~~、こういう定番だと、隠し部屋とかがあるんじゃないか? 忍者屋敷みたいなからくり扉とか、怪しい掛け軸の裏とかさ」


「え~、朗人さんはバカですねえ」


「屋敷の構造上、そんな隠し部屋が存在するような『隙間』なんて一ミリもなかったじゃないですか」


「わかんねーよ!!」


「天井裏をサッと回っただけで、建物の見取り図と容積を完璧に把握できるお前がこえーよ!! 人間業じゃねえ!」


こいつの空間認識能力はどうなっているんだ。歩きながら頭の中で3Dモデリングでもしているのか。本当に「命令書」の文字すら読めないアホと同じ生き物なのか疑わしい。神様はこいつにステルス能力と空間認識能力を全振りしたに違いない。


「ふふん。じゃあ、残るは地下室とか?」


「そうだな、行ってみよう。……ってか、そろそろおろしてくれない? 自分で歩けるし」


「え? 名残惜しくありませんか?」


「はい! おっぱい! ……いやいや! そんなことねーよ! 早くおろせ!」


俺の口が勝手に本音を叫ぶ。連子がニヤニヤしているのが気配でわかる。最悪だ。











俺たちが屋敷に侵入してから、数分が経過している。

正門の暗がりから、見覚えのある人影が、屋敷を見上げている。

十一番・朝比奈加里だ。


「うう……。連絡員を壁登りの道具にして、しかもわざわざ自分を紐で胸にくくりつけて登らせるなんて……」


「なんて高度な変態的プレイなの……」


加里の脳内で、俺の性癖がとんでもない方向にねじ曲がって解釈されている! 違う! 俺が好き好んで抱っこ紐で縛られているわけじゃない!

スニーキングスキルがゼロだから運んでもらってるだけだ!


「私、見つかったらきっと……裸で壁にくくりつけられちゃう………。怖いよぉ……」


どんな想像力だ!

どんな極悪非道なサディストとして俺を認識しているんだ!


「でも任務だから、サポートしなきゃ……」


正門には、屈強な見張りが二人立っている。


「うう………………すいません…………」


「ん? なんだお前、こんな夜更けに」


「ここは関係者以外は入れないんだが…何の用でしょう?」


「………えっと………え~と…………」


加里はモジモジとしながら、さらに顔を下に向ける。

そして、ボソボソと、恐ろしい言葉を吐き出す。


「死んでもらっても……いいですか?」


「はい? ぐえっ?」


ゴキェッ!!


見張り1の首が、一瞬にして上下逆さまになっている。

加里が、あの細い腕で、素手で見張りの首を捻り折ったのだ。

いとも簡単に、まるで枯れ枝を折るように。


「………あれ?」


見張り1は、自分が死んだことすら理解できないまま、絶命して地面に崩れ落ちる。


「おい! なにを……ぐっ!?」


隣にいた見張り2が慌てて武器を抜こうとする。


シュルルルッ!


空気を切り裂く不気味な音とともに、突然、見張り2の首に黒い何かが巻き付く。

加里の得物、漆黒の『軌刻鞭』だ。

そのまま、見張り2の体が門の上の太い木の枝へと釣り上げられていく。


「ご………ごめんなさい………」


加里の声が、先ほどの気弱なものから、背筋が凍るような冷酷でドス黒い声色に変わる。

鞭を握りしめ、宙吊りになって苦しむ見張りを見上げる彼女の顔に、月明かりが当たる。


「ふふふ…いい顔で逝ったわね…豚ども」









◇◇












俺はついに、あの忌まわしき前抱っこ紐による拘束から解放される。床にしっかりと自分の二本の足で立つという当たり前の行為が、これほどまでに感動的なものだとは知らなかった。


うっ血していた手足にドクドクと血液が巡っていくのを感じながら、俺は前世で一ヶ月ぶっ通しのデスマーチを終えて自室のベッドに倒れ込んだ時と同等、いやそれ以上の凄まじいカタルシスを味わっている。


周囲を見渡せば、高価そうな掛け軸に、立派な壺、そして無駄に装飾が施された西洋風の家具が所狭しと並んでいる。ここが黒幕である役人のプライベートな空間であることは疑いようがない。


「なあ……始末しなくてもいいのか? 外の見張りとか」


「朗人さんは怖いですねえ。血に飢えたサイコパスですか? どうしてすぐに命を奪おうとするんですか」


連子は信じられないものを見るような目をこちらに向けてくる。いや、お前がさっき麻酔の吹き矢で一瞬にして見張りを沈めた手際を見て言っているんだが。


「私たちは正義の『時の番人』ですよ? いいですか、まだ容疑なだけの人たちをむやみに殺すなんて、絶対にいけないことですよ! 無益な殺生は私たちの誇り高き美学に反します。証拠が完全に揃うまでは、彼らはただの一般市民に過ぎないのですから」


前世のブラック企業の上司に聞かせてやりたいほどのホワイトな発言だ。


「………どうです? 私のこの慈愛に満ちた心に惚れました? ミステリアスな上に優しさまで兼ね備えた完璧な連絡員でしょう?」


俺は深いため息を吐き出し、半眼になって彼女の手元をじっと見つめる。


「…………そうだな。お前がもし、『今現在進行系』でこの部屋の金庫をピッキングして開けて、中から札束を自分の風呂敷に盗み込んでいなかったら、惚れる要素がほんの少しはあったのにな」


そう、俺の目の前で繰り広げられているのは、聖母の慈愛とは対極にある、完全なる犯罪行為の現場である。


連子は流れるような、あまりにも見事すぎる手つきで、明治の最新式であろうダイヤル付きの分厚い鉄製金庫の鍵をあっさりと解除し、中に入っていた分厚い札束の山を、次々と自分の巨大な風呂敷に詰め込んでいるのだ。手際の良さが完全にプロの泥棒のそれである。


「え? なにを言っているんですか朗人さん」


「だってこんな不用心なところに放置してあるってことは、私が使っていいお金ってことですよね? 誰の所有物とも証明できないお金がここに落ちているんですから、拾うのが明治のルールです。エコですよ、エコ」


「………………」


「金庫の中の金は『放置』とは言わねえんだよ!!」


「分厚い鉄の扉の奥に厳重にしまってあるものを、わざわざピッキングツールでこじ開けておいて、何が『不用心』だ! 何が『放置』だ! 誰がどう見ても厳重保管だろうが! お前こそさっきまで熱く語っていた美学はどこいった!! ただの強盗だろ!! 空き巣の現行犯だぞ!!」


「よし…と」


連子はズシリと重そうな唐草模様の風呂敷を満足げに背負い、ポンポンと手を叩いて埃を払う。その顔には、大仕事を終えた職人のような爽やかな達成感が満ち溢れている。


「そろそろ儲けも十分にでたので、帰りましょうか。いやあ、良い出張でしたね。お疲れ様でした! 早く横浜の宿に戻って美味しいものでも食べましょう!」


「ちょっと待てえええええ!!」


俺は猛ダッシュで連子の前に回り込み、両手を広げて通せんぼをする。


「地下室に行くんだよねえ!? ねえ!? さっき天井裏で『次は地下室ですね』って自分で言ってたよねえ!? まだ人食い熊の偽装事件の証拠を何一つ見つけてないよねえ!? なんで金品を強奪しただけで任務完了の空気出してんだよ!! 帰るな!! 幹部の命令だ、地下室を捜索しろ!!」






◇◇







場面は変わり、屋敷の敷地の隅、月明かりすら届かない漆黒の暗がり。

そこには、長い前髪で顔を隠した我が特務部隊の十一番、朝比奈加里がうずくまっている。


彼女は小さな光を頼りに、手のひらサイズのかわいらしい手帳を開き、鉛筆で何やらカリカリと書き込んでいる。彼女が『お仕事帳』と呼んでいる、任務の報告書だ。


「えっと………お仕事帳、お仕事帳っと。外の見張りの人を2人と、中の巡回の人を3人殺りました。うふふ、全部一撃で首の骨をへし折ってあげたから、みんな痛くなかったはず。ちゃんと四番のサポートできましたっと。よしよし……」


加里は恐ろしい殺戮の記録を、まるで小学生が絵日記に「今日は朝顔の花が咲きました」と書くような無邪気さで書き連ねていく。そして書き終えた手帳を満足げに閉じようとした時、ふと彼女は屋敷の様子が異常に静かであることに気がつく。


誰も騒いでいない。警鐘も鳴っていない。怒号も飛び交っていない。ただ静まり返った夜の屋敷がそこにあるだけだ。


「……え?」


「まだこの屋敷の人たち、人食い熊事件の容疑者だっていうだけで、ただの容疑段階なの?? もしかして、まだ悪人だって確定じゃないの??」


「やだ……私、関係ないただの警備の人を、勝手に5人も殺しちゃった……。どうしよう……怒られる……本部に戻ったら、緑ちゃんに絶対怒られる……! 『お前はまた早とちりをして無益な殺生をしたのか』って、あの冷たい目で睨まれる……! 嫌だ、怖いよぉ……」


極度の対人恐怖症であり、他人の評価を異常に気にする加里にとって、上司からの叱責はこの世の何よりも恐ろしいペナルティである。


彼女は涙目で周囲をキョロキョロと見回し、そして手帳を再び乱暴に開く。筆箱から消しゴムを取り出すと、先ほど書いたばかりの「外の見張りを2人、中の巡回を3人殺りました」という自分の功績の記述を、紙が破れそうなほどの勢いでゴシゴシと消し始める。


「消えろ、消えろ……私のミスよ消えろ……!」


「…………よし! 修正! こう書けばいいんだわ……『四番とその連絡員は、容疑が固まる前に役人の家を独断で襲撃。血に飢えた四番の指示により、凄惨な死体を量産する』……と。怖いっと。四番こわいっと。これでよし」


流麗な嘘を紙面に刻み込んでいく。全てはあの「ド変態でDV男(という完全な勘違い)」である俺の指示であり、俺の凶行であるという、完璧なストーリーが出来上がる。


「………うう……これでバレない…よね? 全部あの女を白昼堂々殴るようなド変態の四番が一人で勝手にやったことにすれば、私はただ怯えて見ていただけの可哀想なサポート役。私は緑ちゃんに怒られないよね……」


加里は完璧に捏造された偽造報告書を胸に抱きしめ、ホッと安堵の胸を撫で下ろす。彼女の心は、自己保身という強固なバリアに守られ、五人の命を奪った罪悪感などとうの昔に消し飛んでいる。


こうして俺は、屋敷の金庫の中身を根こそぎ奪った金庫破りの強盗犯にされた上に、全く無実の屋敷の警備員を五人も容赦なく惨殺した血も涙もない猟奇殺人鬼という、特大の濡れ衣まで着せられることになる。組織内での俺の社会的信用は、もはやマイナスという次元を超え、完全に「底抜け」に向かって真っ逆さまに落下していくのであった。誰か、お願いだから誰か俺を助けてくれ。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

今回は屋敷潜入と、連子・加里の危険な一面が出る回でした。

前抱っこ潜入や、金庫破り連子について感想をいただけると嬉しいです。

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