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明治時代に転生したら秘密結社だらけだった件 〜ブラック企業出身の俺、10歳にして暗殺組織の幹部(笑)に担ぎ上げられる〜  作者: 斉宮 柴野


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第一話 帝都、秘密結社につき満員御礼

今回は新作の第一話です。

転生した元社畜の少年が、なぜか明治風の帝都で秘密結社の一員にされてしまうお話です。

ゆるく笑っていただければ嬉しいです。

「トンネルを抜けるとそこは雪国であった」なんて有名な小説の書き出しがあるけれど、俺の場合はちょっと違う。


生まれ変わったら、そこは秘密結社のド真ん中である。


いやいや、ちょっと待ってほしい。唐突すぎるって?


俺が一番そう思っているから安心してほしい。言いたいのはまさにそこなんだ。

前世の俺は、どこにでもいるようなしがない現代日本のサラリーマン、いわゆる社畜というやつだ。


毎日毎日、終電まで残業し、上司の理不尽な要求に笑顔で応え、休日出勤をこなし、栄養ドリンクで命を前借りするような生活を送っていた。


そして気がついたら、この見知らぬ世界で「拝原朗人」という名の赤ん坊として爆誕していたわけだ。


転生ものによくあるチート能力? 神様からのチートなプレゼント?


そんなものは一切ない。あるのは前世で培った「鋼の愛想笑い」と「理不尽に対する異常なまでの耐性」くらいだ。


そして今、俺は信じられないくらい理不尽な状況のド真ん中に立たされている。


薄暗い石造りの地下室の空気が、やけにひんやりと肌にまとわりつく。

周囲をぐるりと円陣を組むように囲むのは、黒頭巾にすっぽりと身を包んだ怪しげな大人たち。


揺れる蝋燭の炎が、彼らの不気味な影を石壁にゆらゆらと躍らせている。


カルト宗教の集会か、はたまたヤバい儀式の真っ最中か。

そんなホラー映画のワンシーンみたいな空間の中央に、ポツンと立たされているのが俺だ。


仕立てのいい上等な洋装に、可愛らしい半ズボンを穿いた、御年十歳のピカピカの少年。

それが今の俺、拝原朗人の姿である。


どう考えても場違いすぎる。なんで黒魔術でも始めそうな大人たちに囲まれているのか。

状況がまったく呑み込めないまま、俺はただただ冷や汗を流して立ち尽くす。


「……これより、儀を行う」


「あはは……儀、ですか。すごい本格的ですね」


引きつった顔に、前世の営業時代に培った全力の愛想笑いを貼り付けて、なんとか言葉を捻り出す。


心臓はバクバクと嫌な音を立てているけれど、表情だけは絶対に崩さない。これが社畜の矜持だ。


「拝原朗人を、秘密結社『時守』が誇る特務部隊、『時の番人』の四番に任命する」


ちょっと待て。

ちょっと待ってくれ。


今、とんでもない単語がいくつも耳に飛び込んできた気がする。


聞いたか!? いい大人が雁首揃えて、しかも真顔で、自分たちのことを『秘密結社』とか名乗っているんだぞ!?


痛い! 痛すぎる! 共感性羞恥でこっちが死にそうになる!

しかもなんだよ『時の番人』って! 『時守』って!


中二病こじらせすぎだろ! どんだけ設定盛り込んでるんだよ!

さらに『四番』ってなんだ! 野球の打順か!? それともただのシリアルナンバーか!?


ツッコミどころが多すぎて、脳内の処理能力が完全にパンクしそうになる。

しかし、大人たちは至って大真面目だ。誰一人として吹き出す様子もない。


この空間には、冗談や笑いが入り込む余地なんて一ミリもないらしい。


「重し刻を背負う覚悟はできたか、四番よ」


重し刻ってなんだよ。タイムトラベルでもする気か? それともただのポエムか?

頭の中で猛烈な勢いでツッコミを入れながらも、俺の口は勝手に動く。

前世から染み付いた、悲しき条件反射というやつだ。


「あ、はい。やらせていただきます」


ああ、言ってしまった。引き受けてしまった。

上司からの無茶振りプロジェクトを、「はい、喜んで!」と引き受けてしまうあの悲しい習性が、ここでも発動してしまった。


俺のバカ! なんでそこで断れないんだ!

でも、こんな黒頭巾の集団に囲まれて「いやです」なんて言える度胸、十歳の子供はおろか、前世の俺にだってあるわけがない。


思い返せば、生まれ変わってからしばらくは、そこそこ平穏な日々だったのだ。

時代は明治初期っぽい雰囲気の、帝都と呼ばれる街。


拝原家は、学習院に入るような超絶上流階級の華族だ。

ふかふかのベッドに、美味しいご飯、身の回りのお世話をしてくれる使用人たち。


教育が異常に厳しいのも、前世の知識と経験をフル稼働させて「まあ、上流階級の必要経費だろう」と割り切っていた。


恵まれた環境で、今度こそスローライフを満喫してやるぞ、と意気込んでいたのだ。

でも、徐々に「何かおかしい」と気づき始めたのは、五歳を過ぎた頃だった。


――死ぬ気で躱せェェッ!!



そこにいるのは、ギラギラと鈍い光を放つ真剣を手にした、屈強でガチムチな大人たちが数人。

その中央で、当時五歳の俺は、涙と鼻水と泥で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に床を転げ回っていた。


――ぎゃああああああああっ!!


本物の刃が、俺の鼻先をかすめて床に突き刺さる。

休む間もなく、別の方向から銀閃が迫り来る。


ローリング、ジャンプ、スライディング。

持てる全ての運動神経を総動員して、ただひたすらに逃げ惑う。


あれ、ただの体育や剣術の稽古じゃなくて……暗殺術の回避訓練だったのかよ!

五歳の幼児に真剣を振るう大人たちの気が知れない!


児童相談所はどこだ! この時代にそんな便利な機関はないのか!

あの地獄のような日々を思い出すだけで、今でも全身の毛穴から冷や汗が噴き出してくる。










地下室の現在に戻り、俺はぐるりと黒頭巾たちを見回しながら、再び盛大に冷や汗を流す。

しかも俺、まだ十歳だぞ!?


どう考えても労働基準法違反だろ! 労基がアップを始めるレベルのブラック就労だ!


いや、そもそもこの時代に労基なんて概念が存在するのかすら怪しい。

それとも、俺が特別な才能を持っているとでも言うのだろうか?


百歩譲って、俺が天才的な暗殺者としての素質を秘めているなら、まだ話はわかる。


いや、ありえんな。絶対にない。

なぜなら、この世界の連中、身体能力の基準が完全にバグりすぎているからだ。


再び脳裏に、別の記憶が蘇る。

あれは学友のY君の家に遊びに行った時のことだ。


Y君の家は剣術道場をやっていて、そこに居候しているという優男の『Hさん』が、庭で薪割りをしていた。

Hさんは、見た目はひょろっとしていて、とても力仕事ができるようなタイプには見えない。


――やぁ。今日はいい天気でござるな。


Hさんはニコやかに微笑みながら、斧……ではなく、なぜか刀をスッと振り上げた。


――シュバババババッ!!


次の瞬間、凄まじい風切り音とともに、目の前にあった丸太が木っ端微塵に弾け飛んだ。

粉雪のように宙を舞う、かつて薪だった木屑たち。


俺はあんぐりと口を開けたまま、その光景をただ呆然と見つめるしかなかった。


――……チェンソーでも使った?


思わずそんな言葉が漏れたけれど、Hさんは涼しい顔で「いやいや、ただの素振りだよ」と笑っていた。


素振りで木が粉砕される世界ってなんだよ! 物理法則はどうなってるんだ!



さらに別の日の記憶が追い打ちをかけるように蘇る。

あれは街角の駅で、清掃をしていたお姉さん、朝比奈さん【名札付き】を見かけた時のこと。


すごく綺麗な人で、前世の俺のストライクゾーンど真ん中だった。

十歳の子供の無邪気さを武器にして、ちょっとお茶でも奢ってもらおうと、軽いノリで話しかけたのだ。


――お姉さん綺麗だねー! お茶しない?


最高の笑顔でナンパをかました瞬間。


――ビクッ!?


朝比奈さんは、まるで猛獣に遭遇した小動物のように肩を跳ねさせた。

そして、右手に箒を持ったまま、なんの予備動作もなく左手一本で地面を突き、鮮やかなバク転をキメたのだ。

そのままの勢いで、三メートルはあろうかという駅舎の屋根の上にふわりと跳躍。


――シュタタタタッ!


瓦屋根の上を、まるで重力が存在しないかのような軽やかな足取りで走り抜け、あっという間に姿を消してしまった。

残された俺は、差し出した手を宙に浮かせたまま、ただポツンと立ち尽くす。


――……忍者?


絶対忍者だろ、あれ。

清掃員が片手バク転からの屋根走りって、どういうスキルツリーをしてるんだ。


きっとこの世界の身体能力の基準は、ドラゴンボール並みに高いに違いない。

一般市民レベルでクリリンやヤムチャがゴロゴロいる世界線なのだ。


そんな化け物だらけの世界で、前世がただの社畜だった俺なんて、下っ端もいいところだ。

戦闘力たったの5のゴミだ。


そんな俺を特務部隊の四番に任命するなんて、人材不足にもほどがある。

ブラック企業によくある「とりあえず若い奴に役職つけてこき使う」っていう、あの最悪なパターンのやつじゃないか!


「頼んだぞ、四番」


ああ、もう逃げられない。

この空気、この流れ。完全に外堀を埋められている。


ここで「やっぱり無理です」なんて言ったら、あの真剣を持ったガチムチたちが現れて、俺を物理的に排除するに違いない。


生き残るためには、従うしかないのだ。


「……はい、喜んで」


俺は深々と一礼し、前世で幾度となくクライアントに向けてきた、完璧な社畜スマイルを浮かべる。

心の中では血の涙を流しながら、俺は十歳にして、秘密結社のエージェントという超絶ブラックな副業を始める羽目になったのだった。














◇◇











数日後。


学習院の中庭には、昼休みの穏やかな陽光が降り注いでいる。

綺麗に手入れされた芝生、立派なレンガ造りの校舎。

どこぞの御曹司や令嬢たちが、優雅に談笑しながらお弁当を広げている。


そんな平和の象徴みたいな空間で、俺も学友のY君と一緒にベンチに座り、弁当のおかずをつついていた。


ここだけ切り取れば、ごく普通の、微笑ましい学生生活のワンシーンだ。

あの薄暗い地下室での出来事など、すべて質の悪い悪夢だったのではないかと思えてくる。


「それでさ、Hがまたうちの道場の壁を壊しちゃってさー」


Y君が、口に卵焼きを放り込みながら、のんきな声で言う。

またか。またあの優男か。


「あはは、Hさん相変わらずだなー。壁くらいなら安いもんだよ、命が削られないだけマシだよ」


本当にそうだ。あの薪を粉砕する破壊力が、もし人間に向かっていたらと思うとゾッとする。

壁の修繕費なんて、命に比べたらタダみたいなものだ。

Y君の家も大変だなあ、なんて能天気に考えていた、その時だった。


「……ん?」


ふと視界の端に、異質なものが映り込んだ。

ごく普通の、どこにでもいそうな地味な背広を着た人間だ。

しかし、その動きが明らかにおかしい。頭巾かぶってるし。


綺麗に整えられた芝生には「立ち入り禁止」の立て札があるにもかかわらず、そいつは迷いなく芝生を踏み越え、こちらに向かって一直線に歩いてくる。


周囲の学生たちが「なんだあの人」という怪訝な視線を向けているのも完全無視。

まるで目的地以外の一切のノイズを遮断しているかのような、機械的な足取りだ。

そして何よりヤバいのが、その目だ。


光を一切反射しない、ビー玉のように真っ黒で、完全に死んでいる目。

一目見ただけでわかる。あいつは、こちら側の人間(一般人)じゃない。

あっち側(秘密結社)の人間だ。


俺の社畜センサーが、けたたましく危険信号を鳴らしている。


男は俺とY君が座るベンチの真正面まで来ると、ピタリと立ち止まった。

そして、一切の感情を排した、事務的で冷徹な声で口を開く。


「拝原四番。初任務の伝達です」


「ぶふぉっ!?」


俺は口に含んでいた卵焼きを、盛大に噴き出した。

黄色い塊が放物線を描いて芝生の上に転がる。


おい! バカ! お前!

ここは学校だぞ! しかも真っ昼間!

周りには貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんがうようよいるんだぞ!


なんでそんな堂々と、秘密結社のコードネームで呼んでるんだよ!

スパイ映画とか見たことないのか!? 潜入とか偽装とかいう概念が存在しないのか、この組織には!


「ん? 朗人、知り合いか?」


Y君が、不思議そうな顔で俺と男を交互に見比べる。

そりゃそうだ。どう見ても不審者だもの。


「あ、いや! 親戚の人! うん、遠い親戚の、えーと、おじさん! そう! 田舎からわざわざ様子を見に来てくれたんだよねー!」


俺は慌てて立ち上がり、両手をバタバタと振り回しながら必死に誤魔化す。

声が裏返っているのが自分でもわかる。

頼むから話を合わせてくれ、おじさん! 空気読んでくれ!


しかし――組織の連絡員は、俺の必死のフォローを完全に無視した。

Y君の存在すら視界に入っていないかのように、淡々と手帳を開く。


「現在、外務省を爆破しようと企てている不穏分子がいます。標的のアジトへ諜報に向かい、可能であれば殲滅してください。以上です」


「…………」


時が、止まった。

中庭の爽やかな風も、学生たちの楽しげなざわめきも、すべてが遠のいていく。


今、この男はなんて言った?

外務省? 爆破? 諜報? 殲滅?


物騒な単語のオンパレードじゃないか。


こいつ、鋼のメンタルにもほどがあるだろ。空気を読まないどころか、空気という概念を物理的に破壊しに来ている。


「……ばくは? せんめつ?」


マズい。非常にマズい。

このままでは、俺の平和な学生生活が音を立てて崩れ去ってしまう。

なんとしても、この状況をギャグに変換しなければ!


「あはははは! 劇のセリフの練習熱心だなぁ、おじさんは! まったく、役作りが行き過ぎだよ!」


「ほら、もう帰って! 学校にまで来ないでって言ったのにー! 恥ずかしいからやめてよー!」


必死の力でグイグイと押す。

しかし、こいつの体はまるで岩のようにビクともしない。

十歳の子供の力なんて、こいつにとってはそよ風みたいなものなのだろう。


それでも諦めずに押し続けていると、押されたままの姿勢で、表情一つ変えずに言葉を続ける。


「ターゲットは三組。どれも過激派です。明日の夜までに片付けてください」


「だから大声で言うな!!」


俺はたまらず、男の耳元で小声で怒鳴りつけた。


「お前、指令の出し方!! 人がいる前でのほほんと言うな! 誤魔化すのが大変だろうが!!」


こいつ、絶対にワザとやってるだろ。

新人いびりか? 組織の洗礼ってやつか?


ふざけるな! 俺は前世でそういうパワハラは散々経験してきてるんだよ!


それにしてもだ。

冷静になって考えてみてほしい。


『諜報に向かい、可能であれば殲滅してください』って。

潜入と殲滅の間に、どれだけ圧倒的な差があるかわかっているのか!?


こっそり忍び込んで情報を盗み出すのと、過激派の拠点を武力で制圧するのとでは、難易度もベクトルも全然違うだろ!


『企画書の作成をお願いします。可能であればそのまま競合他社を物理的に買収してきてください』って言ってるようなもんだぞ!

どっちかにしろ! どっちかに!


しかも、ターゲットは三組? 明日の夜までに?

納期短すぎだろ! どんだけタイトなスケジュール組んでるんだ!


過激派のアジトを一日で三箇所も回って殲滅しろって?

それ、十歳の子供に任せるアバウトさじゃねえから!


百戦錬磨の特殊部隊に依頼するレベルのミッションだろ!

なんで俺なんだよ! なんで四番なんだよ! 一番から三番はどうした! 働けよ先輩たち!


前世のブラック企業も大概だったが、この秘密結社『時守』のブラックぶりは、次元が違いすぎる。

命の危険がある上に、労災も下りないし、残業代も出ない(たぶん)。


そして何より、連絡員という名のこの上司(?)が、絶望的に無能というか、サイコパスすぎる。


「……わかりました。やります。やらせていただきます」


ここでゴネても状況が悪化するだけだというのは、社畜の経験則が教えてくれている。

とりあえず引き受けて、現場で適当にやり過ごすしかない。


「可能であれば」って言ってるんだから、「不可能でした」って報告書を出せばいいだけの話だ。


そうだ、俺には言い訳を考える才能がある。

前世でも、進捗の遅れをいかに美しく、かつ自分に責任がないように報告するかというスキルだけは磨き上げてきたのだ。


「期待しています、四番」


連絡員はそれだけ言い残すと、来た時と同じように、無表情で芝生を踏み荒らしながら去っていった。

残された俺と、ぽかんとしているY君。


「……朗人の親戚のおじさん、すごいお芝居だったね。迫力あったよ」


Y君が、完全に信じ切ったような純粋な目で俺を見る。

ありがとう、Y君。君のその素直さに、俺はどれだけ救われているか。


「うん……そうだね。今度の学芸会で、主役をやるらしいんだ。だから気合いが入っててさ……」








◇◇












深夜の帝都、外務省近くにひっそりと佇む廃倉庫。

その高く薄暗い天井裏に、俺はいる。


むせ返るようなホコリの匂いと、ネズミの足音がカサカサと響く最悪の環境の中、俺は太い木の梁の上にペターッと全身を伏せて、下の様子を必死にうかがっている。


手には、結社から支給された中二病全開の黒装飾の短剣『刻巡刃』が握られている。

名前は無駄にカッコイイけれど、十歳の子供がこんな物騒な刃物を持っているだけで銃刀法違反だ。いや、この時代にそんな法律があるのか怪しいけれど。


で、俺が今どこで何をしているかというと、栄えある初任務のターゲットである不穏分子のアジトに絶賛潜入中なわけだ。


あのサイコパスな連絡員は「可能であれば殲滅してください」なんて寝言をほざいているけれど、冗談じゃない。


前世はしがない社畜、今世はか弱き十歳の少年である俺に、人殺しなんてそんな恐ろしいことができるわけがない。


今日の俺のミッションは、あくまで『諜報』だ。

息を殺して情報を集め、誰にも見つからずにそそくさと帰る。これが絶対の行動指針である。


さて、下で集会を開いている佐藤さん(過激派なので仮名とする)たちは、一体どんな恐ろしい陰謀を企てているのかな、と、俺は梁の隙間からそっと視線を落とす。


眼下では、松明の揺らめく明かりに照らされて、三つの集団が円陣を組むようにしてバチバチに睨み合っている。


それぞれが物騒な武器を構えているのだが、そのラインナップがすでにカオスだ。

一組目は、いかにもな日本刀をギラつかせている。これはわかる。時代劇っぽくて非常にスタンダードだ。


二組目は、黒光りする拳銃を構えている。おお、明治維新って感じでハイカラだね。


そして問題の三組目。なぜか両手にトンファーを構えている。

トンファー!? なんで!? ここは中国の奥地か!? 時代も場所もジャンルも迷子になっている奴がいるぞ!


俺が天井裏でツッコミの衝動に耐えていると、日本刀グループのリーダーらしき男、仮に佐藤さんAが、顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げる。


「おのれ! 外務省の爆破は、我々秘密結社『どうしよう』が行う!! 貴様らはすっこんでいろ!!」


……はい?


秘密結社『どうしよう』!?

なんだその名前! 全然方針が決まってないじゃないか!


結成初日のファミレスで「俺たちのチーム名、どうしようか?」って話し合って、そのまま面倒くさくなって決めたみたいなネーミングセンスだぞ!

威厳もへったくれもない!


すると今度は、拳銃グループのリーダー、佐藤さんBが負けじと声を張り上げる。


「いやいや! 我ら秘密結社『やんごとなきごめんなさい』が天誅を下すのが筋だ!! 昨日から徹夜で爆薬を仕込んだのだぞ!!」


いやいやいや! そっちもどうなってるんだ!

『やんごとなきごめんなさい』ってなんだよ!


高貴なんだか平謝りしてるんだか、スタンスがまったくわからない!

しかも昨日から徹夜で爆薬を仕込んだって、随分と労働環境がブラックな結社だな! 前世の俺の年末進行を思い出してちょっと同情しそうになるじゃないか!


だが、ツッコミの嵐はまだ終わらない。

トンファーを構えた佐藤さんCが、鼻で笑いながら一歩前に出る。


「馬鹿め、天誅は維新志士の常套句だろうが!! 我が秘密結社『天和』こそが一番乗りだ! 名前からして一番上がりっぽいだろうが!!」


天和てんほう』!!

ただの麻雀好きじゃねえか!!


役満の名前を結社名にするな!

しかも「一番上がりっぽいから」って、理由が安直すぎる! お前らの組織の理念はギャンブルで決まっているのか!


どいつもこいつも、ネーミングセンスが絶望的に終わっている。

帝都の裏社会はどうなっているんだ。こんなふざけた名前の集団が、外務省を爆破しようとするほどの過激派だなんて、この世界は色々とバグっているに違いない。


「ええい、おのれっ!! 口で言ってもわからん連中め! ここで決着をつけてやる!! 喰らえっ!! あ……」


佐藤さんAが完全にブチギレて、手に持っていた松明を力任せに振り回す。

しかし、怒りで手元が狂ったのか、それともただのドジなのか。


「あ……」という間の抜けた声とともに、松明が佐藤さんAの手からすっぽ抜ける。

赤々と燃え盛る松明は、まるでスローモーションのように綺麗な放物線を描き、部屋の隅へと飛んでいく。


その先にあるのは、天井までうず高く積まれた、見上げるような木箱の山だ。


「おい馬鹿! そこには我々が徹夜で仕込んだ大量の火薬が……!!!」


佐藤さんBの顔から、一瞬にして血の気が引くのが、天井裏からでもはっきりと見える。

いや、待て。


大量の火薬?

徹夜で仕込んだ?

それが、あの木箱の中に入っていると?


「あっ」


佐藤さんCが、間の抜けた声を漏らす。


「えっ」


俺も思わず、間の抜けた声を漏らす。


無情にも松明が木箱の隙間に転がり落ちる。

ジュゥゥゥゥ……という、導火線に火がつくような、この世の終わりを告げる音が、やけに鮮明に鼓膜を叩く。


ドッッッッッカーーーーーーーーン!!!!


鼓膜が破れるかと思うほどの轟音とともに、ギャグ漫画のようなアホらしい展開から、ギャグ漫画にあるまじき超絶大爆発が巻き起こる。


視界が真白に染まり、とてつもない熱風と衝撃波が、下から突き上げるように俺の体を直撃する。


「ぎゃああああああああっ!?」


梁の上にへばりついていた俺は、下からの爆風をもろに受けて、見事に夜空へと射出される。


いや、おかしいだろ!

俺、ただ天井裏でツッコミを入れてただけなのに!


諜報に徹して、なんにもしてないのにぃぃぃぃぃっ!!

理不尽すぎる! この世界の因果律はどうなっているんだ!


俺は、飛び散る木材やら瓦礫の破片と一緒に、美しい弧を描いて夜空を飛び、そのまま重力に従って地面へと真っ逆さまに落ちていく。

全身に走る激痛とともに、俺の意識はスッと白くフェードアウトしていくのだった。













◇◇








「痛っ……ててて……首が回らん……ここは……」


次に目を覚ますと、そこは無機質で真っ白な天井の下だ。

消毒液のツンとした匂いが鼻を突く。どうやら病院のベッドの上らしい。


体を動かそうとするけれど、少し身じろぎするだけで、全身の骨という骨、筋肉という筋肉から、悲鳴のような猛烈な痛みが走る。


視線を落とすと、自分の体が首の先からつま先まで、ミイラ男もかくやというレベルでグルグル巻きの包帯だらけになっている。


どうやら、あの爆発から生還できたらしい。

俺の悪運の強さには我ながら感心する。


痛みを堪えながらゆっくりと首だけを横に向けると、ベッドの脇に、あの死んだ魚のような目をした連絡員が立っている。


手には相変わらず黒い手帳を持ち見下ろしてくる。


「お、お前……俺……任務……」


そうだ。あのふざけた名前の結社の奴らは、見事なまでに自爆して全滅したはずだ。

ということは、ターゲットは排除された。


俺は何一つ手を出していないけれど、結果的に「標的の殲滅」というミッションはコンプリートされたわけだ。

何故か俺の功績になって万々歳……みたいな、勘違い系ラノベ展開がワンチャンあるのでは!?


昇進、あるいは特別ボーナス、はたまた危険手当!


「朗人さん。今回の仕事は雑でしたね」


「……えっ」


「三勢力の乱闘が起こっている時点で、即座に離れる判断ができるのが一流の秘密結社員です。敵の自滅に巻き込まれて重傷など、滑稽極まりない。もちろん、貴方は何もしていないので任務は達成扱いにはなりませんよ」


「……正論すぎて反論できねぇ……」


その通りだ。バカみたいに天井裏でツッコミを入れていないで、さっさと逃げるべきだったのだ。


しかし、それではあまりにも俺が不憫すぎる。

怪我した上に評価ゼロって、完全な丸損じゃないか!


「俺、こんなにボロボロなのに……労災は?」


「結社にそのような概念はありません」


即答である。一秒の迷いもない。

連絡員は手帳をパタンと閉じると、淡々と一礼して、ヒールのある靴でコツコツと音を立てながら病室を出て行く。


「くそっ、これだから明治のブラック企業は……」


まあいい。文句を言っても始まらない。

とりあえず生きていたんだから、今はラッキーだと思おう。


この静かな病院のベッドで、ゆっくり怪我が治るまで休ませてもらおうじゃないか。

そうやってポジティブに思考を切り替えようとした、まさにその時だ。


ガラッ!!


病室のドアが、蝶番が吹き飛ぶんじゃないかという勢いで乱暴に開け放たれる。

そこに立っていたのは、返り血で真っ赤に染まった白衣を着た、初老の男だ。


その後ろには、これまた目つきが完全にイッてしまっている看護師たちが数人、ぞろぞろとなだれ込んでくる。


その手には、牛でも解体するのかというサイズの巨大なメスやら、ドギツイ緑色に発光する液体が入った怪しすぎる注射器やらが握られている。

どう見ても、普通の医療従事者ではない。


「フハハハハ! 目覚めたかモルモット! よし、我々医療秘密結社『人体実験大好き』は本日より活動を開始する!」


「はあ!? 名前が身も蓋もねえ!!」


『人体実験大好き』!?

小学生が考えた悪の組織か! もう少しこう、オブラートに包むとか、ラテン語でカッコよくするとか、そういう配慮はないのか!


「まずはこの怪我人のガキを入院患者第一号として改造し、鋼の肉体と蒸気機関の心臓を持つ、この国を統べる最強の改造人間を作るのだ!!」


蒸気機関の心臓!? スチームパンクかよ!

そんな重たいものを十歳の体に埋め込んだら、重みで歩けなくなるだろ!


「待て待て待て! なんで病院まで秘密結社なんだよ!! 普通の治療してくれよ!」


俺の必死の懇願も虚しく、狂気の医療スタッフたちがベッドの周りを囲む。


「さあ少年、痛いのは最初だけだぞォ! 麻酔はないがなァ!!」


「ヒィィィィッ!!」














「はぁっ、はぁっ……!」


俺は、包帯が半分ほど解けかかったボロボロの体を引きずりながら、這々の体で謎の病院の裏口から転がり出る。


「痛ぇ! 包帯の下の傷口完全に開いた!」


間一髪のところでベッドから転げ落ち、狂気の医療スタッフたちから逃げ回って、なんとか外まで脱出してきたのだ。


「なんで時守の奴らは、俺をあんなヤバい病院に入院させたんだよ!! 殺す気か!」


壁に寄りかかって荒い息を吐きながら、俺はブラックすぎる自分の所属組織を呪う。

すると、暗がりからスッと、見慣れた姿の影が姿を現す。

あの連絡員だ。


なぜか先回りして待っていたかのように、顔色ひとつ変えずに、微動だにせずそこに立っている。


「お前! なんだよあの病院! 危うく蒸気機関の心臓を埋め込まれるところだったぞ! 改造されかけたぞ!!」


「ああ、四番。ちょうどいま報告を受けました。あの病院も秘密結社だったんですねぇ。最近多いですよね、こういうの」


「他人事か!! 事前調査しろよ!!」


俺を入院させる前に、病院の身辺調査くらいしておけ!

どんだけガバガバな危機管理能力をしているんだ!


「ちょうどいいので、ついでの任務です」


「傷が治り次第、その病院の結社も潰してきてください。期日は明後日です」


「……」


傷が治り次第って、その傷を治す場所から逃げてきたばかりなんですけど。


しかも期日は明後日!?

相変わらずの鬼スケジュール! 労基! 頼むからこの時代に労基の概念を誕生させてくれ!



残されたのは、血まみれの包帯を引きずり、全身激痛の十歳の少年が一人。

頼れる大人などどこにもいない。



「ふざけんなよぉぉっ!! 世はまさに……大秘密結社時代じゃねーか!!」


帝都の夜空に響き渡る俺の悲痛な叫びを、冷たい月だけが静かに見下ろしているのだった。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

朗人の不憫な初任務、楽しんでいただけましたら幸いです。

感想や「この秘密結社ひどいな」と思った点など、気軽にいただけると嬉しいです。

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