第6話【から回って】
「───私のバンドに、入っていただけませんか?」
金糸雀のその言葉に、先輩はぽかんとしていた。
「……なに?もう1回言ってもらえる?」
「だから、バンドですわ。バンド。ロックバンドと言えば、分かりやすいですわよね?」
「はぁ…?ロックバンドって……私はヴァイオリン以外できないけど」
「私が求めているのは、ヴァイオリンですわ」
「どういうこっちゃ……?」
「…私、小学生の頃に、王子様に出会いましたの」
「え」
王子様に出会ったと聞いた乙女は何故か胸が痛くなった。何故かは分からないが、少し傷付いたような気持になった。金糸雀はそんな乙女のことは気にも留めずに話を続ける。
「彼がボーカルを務めるバンドは、ただのロックバンドではありませんの。バンドサウンドの中にヴァイオリンを取り入れ、限りない情熱と華やかさを併せ持つ、『ロックラシック』。初めてでしたのよ。音楽を聴いて、恋をしたような気持ちになったのは」
「……ロックラシック……?つまり、ロックとクラシックを合わせた音楽をやるバンドをやろうとしてて、それに私を勧誘してると?」
「話が早くて助かりますわ」
「…悪いけど……私は部活が──」
「──騙されたと思って入ってくださらない?部活より、私のバンド『DAYBREAK』にいる方が、貴女の演奏は輝きますわ」
「………」
「あの、私からもお願いします。ドラムのザハラ日花です」
日花が頭を下げる。
「……。私からも。お願いします。ギターの暁乃乙女です」
乙女も、とりあえず頭を下げた。
正直癪だが、金糸雀のやりたがっている『ロックラシック』に、ヴァイオリンは必要不可欠。彼女のためにも、今はこの先輩に頭を下げて願うしか、自分が金糸雀のためにできることはなかった。
「………はあ。分かったよ」
「…!!」
「ありがとうございます。お名前をお伺いしてもよろしくて?」
「…『寄辺数』。よろしく」
「ええ。よろしくお願いしますわ!」
◇◇◇
ボーカル&ベースの金糸雀、ドラムの日花、ギターの乙女に、ヴァイオリンの寄辺数を加え4人となった『DAYBREAK』は土曜日、各自楽器を持って公園に集合した。
「ごきげんよう。乙女」
「お、おはよう………」
乙女は、至福の…いや、私服の金糸雀を目に焼きつける。
本当におとぎ話の中のお嬢様のような、クラシックなワンピースを着ている。凄く似合っていてお美しい。お人形さんみたいだ。
「……」
「乙女?どうかしました?」
「あっ…いえ…なんでも…。よ…よくお似合いで…」
「あら、ありがとう。乙女もよく似合っていますわ」
「えっ……あっ、ありがとうございます…」
金糸雀の服と比べれば、乙女の服は普通にその辺の庶民ブランドのシャツとロングスカートだ。それでも褒めてくれるなんて、なんてお優しいお人なんだ。
「……では、改めまして、今日は集まっていただき感謝いたしますわ。…本当はスタジオ等を使いたいところですが、私たちは学生の身、自由に使えるお金は限られています。よって、練習は晴れの日、野外で行いますわ」
「人の目にも止まって一石二鳥」
日花が指2本を立てて前に掲げる。
「当分の目標は、ライブハウスでライブができるだけの実力を付けることですわ。そして、それと並行して、ベーシストの引き入れですわね」
「花葉、ベースボーカルじゃないの?」
数が疑問を投げかける。
「本職はギターでして。ベースは一応できるだけですわ」
「そういうこと…」
「……では。この4人で、初のセッション。やりますわよ」
4人はそれぞれ鞄と楽器ケースを起き、楽器の準備をしていく。
「あら、乙女のはGibsonですわね。良いギターですわね」
金糸雀にギターを褒められ、乙女は口元を緩ませて金糸雀にギターを見せる。
「お父さ……父からのお下がりです」
Gibson ES-335。幅広いジャンルで使われる、セミ・アコースティック、通称セミアコと呼ばれるエレキギターの代表格。
「花葉さんは、どんなギターを?」
「こら、乙女。私のことは名前でと」
「……かっ、金糸雀…は、どんなギターをお持ちなんですか?」
「Gibsonのレスポールですわ。…まあ、今はこれですが」
同じGibson。嬉しい。だが、今はベース。Bacchusの初心者向けのジャズベースだ。カラーはサンバースト。
「…じゃあ、やっぱり早くベースを見つけないといけませんね」
「ええ。ですが今は、この4人で頑張りますわよ」
「はい」
そして、4人の準備が整う。
「で、曲は?」
「私は知ってる」
数の声に即答した日花は、電子ドラムを叩き始める。
「かなのオリジナル曲。これしかない」
「スコアも持ってきましたわ。まずは、この曲から練習しますわよ」
「わかりました」
「分かった」
日花と金糸雀、リズム隊の2人が曲をわかってくれているのであれば、乙女も数も合わせやすい。
「……」
乙女は金糸雀から渡されたスコアを見る。殆どパワーコード。覚えさえすればそんなに難しくは無い。
「よし」
チューニング、音出し、よし。
乙女は少し軽くひとりで弾いてみる。その隣で、数も同じように一通りスコアの確認をしてひとりで弾いてみていた。
「うん。やれそう」
「私もです」
「ええ。では、いきますわよ。DAYBREAK最初のオリジナル曲、曲名は『Dawn』ですわ!」
────。
───ああ、なるほど。これが、ロックラシック。
ロック特有の、歪んだギターサウンド。パワーコードの重くも心地好良い熱さの上を、ヴァイオリンの音色が華やかに彩る。リズムを刻み、グルーヴの根幹にいるドラムとベース。
そして、ボーカル。
初めて聴いた、花葉さんの歌声。とても美しくて、とても強い、優しい声。山の向こうまで透き通るような高音と、囁きのような甘さ、ここというところで発揮される、ヴァイオリンに負けず劣らず華やかで、ギターの歪みにも負けない情熱的で力強い声の張り。
「……あぁ………」
綺麗だ。本職ではないベースだが、ベースを弾いて歌う花葉金糸雀という少女が……綺麗だ……。
「天使……」
——曲を演奏し終わり、乙女はそんなことを口に出した。
「はい……?」
「えっ!?いえ!?なんでもございません!!」
「…まあ、いいですわ。初めてにしては、とても良い演奏でしたわよ!」
「うん。さすが」
「あ、ありがとうございます」
「まあ、ね、このくらいは。それにしても、ロックラシック、面白い。私、気に入ったよ」
「本当ですの!?良かったですわ!気に入っていただけて!」
「っ……私も!私も良いと思ったわ!ロックラシック!」
「え、ええ。それは良かったですわ」
「あれ……」
——なんで私と寄辺先輩でこんな対応が違うんだろう。
「………」
——いや、そうか。花葉さんは、本当はギターボーカルをやりたいんだ。必要不可欠のヴァイオリンを担当する寄辺先輩と、本当にやりたかったギターを奪った私とでは、扱いに差が出ても仕方がないか。
私は花葉さんにとって、別に必要でもなんでもない存在なんだ。
……なんか嫌だ。どうしてこんな嫌な気持ちになるのだろう。
分からなくて、更に嫌になる。
「…………」
「……乙女……?」
「………ぁ、なんですか?」
「…いえ…少し休みますか?あまり気分がよろしくない様子ですし」
「え……いや、大丈夫……です」
そう言って、私は左手で胸を抑えた。
うるさい鼓動だ。トクントクン、なんてものじゃない。『バクンバクン』と、破裂しそうな程の大きな一発一発。力いっぱいにスネアを叩き付けているような鼓動。
「…………っ」
よく分からない。誰が悪いのか。
何が原因なのか。
セッションのせい?否、これは楽しくてこうなっているような気持ちよさじゃない。
不快感の強い、変な、嫌な、物凄く緊張している時のような、熱と汗。
「はぁ……はぁっ………」
肩で息をしている。酸素が足りないのだろうか。私は。
「乙女?…やっぱり変ですわ。具合が良くないのでしたら、少し座って休んだ方が…」
「っ……!!」
花葉さんが近くに来る。近付いてくる。
怖い。何で。優しい彼女が、私に近付いて来るのが怖い。
「乙女────」
「────近寄らないでッ!!!」
─────私は、右手を勢いよく右へと薙ぎ払って、花葉さんの手を拒絶した。
「はぁ…っ……はぁっ……は……っ…」
自分でも何をしているのか分からなかった。
何で、こんなことを。
「………おと…め………?」
「………っ…!!」
花葉金糸雀。いつも誰に対しても愛想良く接し、いつも穏やかな笑顔を見せる彼女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「どうして……私を………」
「あ………ぁぁ………っ……」
私は。何を。
「ッ……」
叩きつけるようにES-335をケースに入れると、私はこの場から逃げ出した。
嫌だ。もう。彼女と関わるのはやめよう。
私も何故か嫌な気持ちになるし、私は彼女を傷つけてしまった。
嫌だ。
なんで、こんな。
なんでこんなことになっているのかも分からないのに。
……To be continued




