第5話【核となる音】
少女『暁乃乙女』は、東京に住む、ごくごく普通の高校1年生だ。
乙女には夢がある。それは、ライブハウスでギターを弾くこと。バンドでライブをすること。そのライブで、観客全員と大いに盛り上がること。
そして、その夢を目指す第1歩、『バンドの結成』を、乙女は果たした。いや、少し違う。『バンドに加入』した。
クラスの人気者のお嬢様『花葉金糸雀』と、その幼馴染『ザハラ日花』が結成した、『DAYBREAK』という名前の、“ロックラシック”バンドに。
しかし、メンバーはまだ3人。この3人では、目指す音楽は奏でられない。
「スリーピースはスリーピースでかっこいい」
と、日花は呑気に言っていたりもしたが、乙女としては、金糸雀がやりたいという『ロックラシック』を、ぜひともやってみたいのが本音。
——放課後。乙女は、普段は絶対に近付けない金糸雀の近くにいた。
各クラスメイトが部活や遊びに行ったりするのを見届け、乙女と金糸雀、そして日花はひとつの机を囲んでいた。
「…担当の確認を致しますわ。乙女がギター。日花がドラムス。…私は作詞作曲とボーカル。これだけは譲れませんわ」
「うん」
日花はうなずく。乙女も、それで異論はない。
「花葉さんはリーダーですからね」
「こら乙女。私のことは名前でと言いましたのに…」
「あ、いえ……かっ…金糸雀……」
声に出すと改めて可愛らしい名前だと思う。なぜか呼ぶだけでドキドキしてしまう。
「よろしいっ。…それで、私、ギターとベース、両方いけますの。本当はギターの方がありがたいのですが、今はベースが不足しています。ベースが見つかるまでは、私はベースボーカルをやりますわ」
「ベースボーカルかっこいい」
「すみません、私がギターを取ってしまって…」
「お気になさらず。ベースが見つかるまでの辛抱ですわ。……それで、このバンドになにより大切なものは、『ヴァイオリン』ですわ」
「ヴァイオリン……。ヴァイオリンって、使えるんですか?ライブで」
アンプから放たれるギターの音に掻き消されそうだなと乙女が思ったところへ、金糸雀はこの反応を読んでいたかのように付け加える。
「エレキギターと同じように、ピックアップの付いた、“エレキヴァイオリン”というものが存在しますのよ」
「そうなんですね…。初めて知りました」
「なので心配はいりませんわ。…ですが、問題はその奏者ですわね。ヴァイオリンを弾けて、かつ、私のバンドに加入して、共に切磋琢磨できる方を、探さなければなりませんわ」
「バンド人生で最初で最大の難所かも……。いくら学校に人数がいると言っても、ヴァイオリン弾ける人なんてそうそういないと思うし……」
「一応は居ますわよ。この学校になら」
「え、もう目星が!?」
「いいえ。そのようなものではありませんわ。ただ、この学校には『ストリングス部』がありましてよ。少なからず見つかりますわ。ヴァイオリン奏者が」
「え、そんな部活があったんですか?」
「あるよ。4月、かなと私で1度部活見学には行ってた。入りたいとは思わなかったけど。顧問がカタブツそうで」
「そんな理由で……?」
お嬢様の幼馴染という日花も、乙女の中では勝手にお嬢様というイメージが付いていたのだが、意外と彼女は内面もロックなのかもしれないと思った。
「…と、いうことで、ですわ。行きますわよ。ストリングス部へ。殴り込みですわ!」
「えぇ!?」
金糸雀は立ち上がると、ウキウキで教室から出ていく。
…このお嬢様も、思っていたよりロックなのかもしれない。
◇◇◇
「ストリングスとは、弦楽器を主体とした演奏、そしてその演奏者、チームを表す言葉ですわ。弦楽器と言っても、ギターやベースは含まず、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスなど、クラシックで使われる楽器を指します」
乙女は廊下を歩きながら、金糸雀の自信満々な説明を聞く。
そして乙女は知らぬ間にそんな物知りな金糸雀のことを「素敵だ」と思って視線を向けている自分に気付いて、自分はいったい何を考えているんだ、と首を振る。
「…その中でも。私が欲しているのはヴァイオリンですわ。ヴァイオリンのサウンドが。私の求める情熱の音が。私の音楽の核になりますわ」
「………」
——そこで少し、心に謎の闇のようなものが燃えたような気がした。
——ヴァイオリン。私のギターではなく。
「……乙女?」
「えっ……いえ、なんでもありません」
乙女はふと我に返ると、慌てて取り繕う。
これは対抗意識かなにかだろうか。しかし何故対抗意識なんか。
「…さて、着きましたわ」
乙女が自分の変な内心を睨んでいるうちに辿り着いたのは、第1音楽室。第1、第2とある音楽室の中で、小さいサイズの方。ちなみに広い方の第2音楽室は吹奏楽部の部室である。
どうやら演奏中のようで、ヴァイオリンの音色が聴こえてくる。防音性はそこそこの扉を介していることもあり籠って聴こえるが、なるほど、これがクラシックか。乙女が思っていたよりずっと激しい演奏だった。
「邪魔をするのは悪いですわね」
「終わるまで待とうか」
「そうですね」
そう言ったのもつかの間。
───演奏が途中で止まる。
「……?」
3人で顔を見合わせる。
「───もっとお淑やかに。寄辺さん。貴女はこの曲が何を表現したいのか、まるで分かっていません。そして、間違えすぎです。楽譜をちゃんと見て下さい」
「……はい」
「貴女の演奏は熱が入りすぎです。熱が冷めるまでソロで練習して下さい」
「………」
───第1音楽室の扉が開かれ、ヴァイオリンを持った紺色の髪の少女の姿が現れた。
「………失礼」
彼女は乙女たちの前を通り過ぎていく。上履きに入っているラインの色から、2年生だと分かった。
「………どうする?」
日花は乙女と金糸雀に問いかける。
「お話だけでも聞いてみましょう?」
「今の先輩にですか?」
「それ以外に何があると言うのです。行きますわよ」
「はぁ……」
◇◇◇
彼女の後を追い、3人は2年D組の教室まで辿り着く。
「───分からないよ。私は。演奏ってもっと……曲なんかより、奏者の気持ちが大切でしょ……!?」
彼女はそう吐き捨てると、ヴァイオリンを構え、音を出す。
───情熱だ。
彼女が奏でる音。熱く、情熱的。感情を、激情を外に解き放つような、ヴァイオリンとしてどうなんだと言ってしまえばそれまでだが、例えるのであれば、ロック。彼女の演奏の中にあるのは、あのライブハウスのフロアのような熱さ。
「……」
演奏が終わる。
「……!」
乙女たちは、彼女の演奏に拍手を送っていた。
「………誰」
「1年B組の、花葉金糸雀と申します。今の演奏、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲第1楽章、アレグロ・モデラートですわよね。激しく情熱的なアレンジ。とても素晴らしい演奏でしたわ」
「………ありがとう。私のアレンジを褒めてくれたのは、貴女が初めてだよ。1年」
「とても素晴らしい演奏でしたのに…」
「…まぁね。私も、私の演奏には自信がある。けど、求められてるのはこれじゃないんだってさ。楽譜に忠実な、中身の無い演奏。求められるのはそれ。私にはそれができない。こういう曲だと特にね」
「…分かりますわ。そのお気持ち」
「……ふっ、後輩にそんな事言われてもね」
「…そうかもしれませんわね。ですが、私は貴女のその演奏は、貴女の武器とお見受けしました」
「…それはどうも」
「そこで、ですわ。貴女にひとつお願いがございまして」
「……お願い?なに?」
「───私の『バンド』に、入っていただけませんか?」
……To be continued




