家の中に、入ってはいけない部屋がある
この家には、入ってはいけない部屋がある。
正確に言えば、「入ってはいけない」と言われた覚えはない。
不動産屋は鍵を渡すとき、何でもない雑談のように言った。
「間取りは、気にしないでくださいね」
それがどういう意味なのか、引っ越してから何度も考えることになる。
玄関、リビング、寝室、風呂、トイレ。
ここまではいい。
問題は、その先だった。
夜、布団に入ってから数えると、六部屋ある。
朝、コーヒーを飲みながら数えると、五部屋になる。
どちらが正しいのか、確かめようとすると、
いつも途中で数がわからなくなる。
廊下の突き当たりに、扉がある。
白くて、取っ手も普通で、鍵もかかっていない。
なのに、そこを「一部屋」として数えようとすると、
なぜか視線が逸れる。
無意識に、数を飛ばしてしまう。
最初におかしいと思ったのは、友人を呼んだ日だった。
「いい家だね。で、部屋は五つ?」
「……六つじゃないか?」
そう言った瞬間、友人は黙った。
しばらくして、首をかしげながら言う。
「いや、五つだな。今、何か言おうとした気がするけど」
その夜、廊下の突き当たりに立った。
扉は、そこにあった。
逃げ出したくなるほど怖いわけでもない。
開けたら何かが出てくる気配もない。
ただ、強く思った。
――ここを部屋だと認識したら、
何かが「完成してしまう」。
取っ手に触れた瞬間、背中に冷たい感覚が走った。
そして、はっきりと理解した。
この部屋は、
誰かが入ったあとに、部屋になる。
鍵は、内側から掛かっていた。
引っ越しから一年が経った。
今では、この家は四部屋しかない。
そう思うことにしている。
廊下の突き当たりには、壁がある。
少なくとも、そう見える。
たまに、知らない鍵が机の上に置かれていることがあるが、
拾った覚えはない。
数えるのを、やめただけだ。
それで、十分だ。




