61 ルピスの予知
研究室で画面を見つめながら、葛城さんにメールを打つ。
『RAID6』というゲームが、制作会社不明のままリリースされたと話題になっていた。
まだ、ログインできないが、事前登録でプレイヤーを募っているらしい。
有名な配信者たちがプレイしていたゲームと、同じ世界観だということも興味をそそる鍵になっていた。
配信ランキングは全てにおいて魔法少女が独占している。
葛城さんが、興奮気味に俺に探りを入れてきていた。
葛城さんはファンタジーを信じない。
PVに映っている魔法少女もゲームのキャラだと信じて疑わない。
当然だけどな。
俺が『RAID6』の制作に関わっているのではないかと誤解しているようだ。
トントン
「おにい」
「ん?」
振り返ると、美憂が立っていた。
「美憂か。どうした?」
「おにい、最近疲れてるなぁって思って」
美憂がソファーに座った。
「少し休んだら? ずっと寝てないんでしょ?」
「適度に休んでるよ。『RAID6』になって、こっちも色々と調整が必要だから、気は抜けないけどな。花音とは話したか?」
「うん。花音ちゃん、私が魔法少女になったって言ったらすごく驚いてた。心配されちゃったけど、仲間がいるから大丈夫。おにいもいるしね」
「・・・・そうか」
ハーブティーを飲んで、送信ボタンを押す。
「おにい、何か私に隠してるでしょ?」
美憂が強い口調で言う。
「何も隠してないって」
「嘘。花音ちゃんのこと? それとも、七陣魔導団ゲヘナの魔法少女のこと?」
「・・・・・いや・・・・」
「本当に?」
美憂は変に鋭い。
心を見透かすように、声をかけてくる。
考えなければいけないことは山積みだった。
ひとつでも選択ミスをすれば、また、同じことを繰り返してしまう。
リリスとファナは不死のまま魔法少女戦争に参加し続ける。
花音はリリスの目の前で死に、次の魔法少女戦争のために転生する。
美憂は聖杯を見つけた者として、転生しても魔法少女戦争に参加せざるを得ない状況に追い込まれる。
いつまでも終わらない円の中に入っているようだった。
もう、間違えることは許されない。
「おにいが言いたくないならいいよ」
「だから別に・・・・」
「でも、おにい、ちゃんと私のことも頼ってね。たった一人の才色兼備を兼ね備えた、可愛い可愛い妹なんだから」
「自分で言うなって」
美憂が立ちあがって、ドアの前に立つ。
ドアノブに手をかけて固まる。
「おにい・・・私の戦闘、ちゃんと強かったでしょ・・・?」
「あぁ、美憂のおかげでここまでこれた。ありがとな。頼りにしてるよ」
「うん!」
美憂が背を向けたまま大きく頷いて、部屋を出ていった。
『カイトー、リンゴ持ってない?』
「そこの籠にあるだろ」
『さんきゅ』
棚に置いた籠からリンゴを一つ取っていく。
美憂が出ていったのを確認して、カマエルが部屋に入って来た。
「そういえば、カマエルの声おかしくないか?」
電子音のようなものが混じっているように聞こえた。
『あー、言われてみれば『RAID6』に移行してから電子音が混じってる気がするな』
「移行失敗したとか?」
『まぁ、今のところ、不自由ないし。このままでいいよ』
リンゴを放り投げてキャッチする。
『ねぇ、花音を七陣魔導団ゲヘナに入れるの?』
「花音が契約してるのは、アヌビスだろ? 魔神じゃない」
『俺は例外を認めるよ。アヌビスとは旧友だ。聖杯によって、狂わされた神でもある。放っておけないよ』
「・・・まぁ、花音次第だな。花音の主が誰か知らないが、ロンの槍を譲らないなら敵になる」
『そうなんだよね。主ってどんな人なんだろ?』
「さぁ、聞いてないな」
カマエルがリンゴを齧っていた。
花音の敵にはなりたくない。
でも、花音は魔法少女戦争を止めることはできないだろう。
最初に聖杯の水を飲み、魔法少女になったリリスだけが魔法少女戦争を止められる。
ロストグリモワールに書かれていたことだった。
「花音たちに、あの話はするなよ」
背もたれに寄りかかって椅子を回す。
『わかってるって。ナナキ・・・じゃなくて、アヌビスにも釘を刺されてるよ』
ピコン
『?』
モニターが鳴ると、葛城さんからメールの返信が届いていた。
添付ファイルを開く。
『何それ?』
「『RAID6』がプレイヤーの事前登録にあたって出したPVだ。この世界からはアクセスできないようになってるから、葛城さんにお願いしたんだ」
椅子を回して、画面をクリックする。
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『RAID6』は体感型アクションRPG。
多くの魔法少女が貴方の助けを待っている。
どの魔法少女を仲間にするかは、貴方次第。
数々のイベントをこなし、最強の魔法少女を育てろ。
そして、魔法少女の頂点へ・・・―
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魔法少女が戦う動画と共に文章が流れていた。
どこにでもある普通のゲームに見える。
『”数々のイベント”って何?』
「俺に聞くなって」
葛城さんの言った通り、事前登録の時点で90万人は異例だ。
本格リリースとなればさらに増えるだろう。
「はぁ・・・・・」
天井を見上げる。
リリスも見つからないまま、魔法少女戦争は新たなステージに上がろうとしていた。
「カマエル、魔法少女って何人エントリーしてるんだ?」
『過去最大であることは確かだね。AIアンドロイドの魔法少女まで出てきたし、プレイヤーが90万人なら魔法少女だって同じくらいいるかもよ?』
「だよな・・・」
冗談だと言い切れない。
契約する神さえ、創り出している組織もあるんだからな。
魔法少女も量産されてる可能性が高い。
『電子世界って何でもアリだね』
カマエルがため息をつく。
聖杯はいつまでリリスたちを呪い続けるのだろう。
キィ・・・
「わぁ・・・モニターがいっぱい」
ドアが開いて、夢見の魔法少女ルピスが目を擦りながら立っていた。
「ルピスがここに来るの珍しいな。セレーヌ城には慣れたか?」
「うん、寝心地いいよ」
満面の笑みで頷く。
「『RAID6』への移行してたんだね。眠ってたら終わってびっくりした」
『もしかして、『星空の魔女』との戦闘中も寝てたの?』
「ん? アイドル兼Vtuberの子がふわふわの星の子を産んだのは見たよ。夢でね。私は夢で未来を体験してるんだよ」
『ふうん・・・夢で、ねぇ・・・』
カマエルが顔をしかめる。
「ねぇ、カイト、夢を見たよ」
ふわふわしながら近づいてくる。
「これからこの世界にダンジョンが現れる。5人のパーティーしか入れない、ダンジョン・・・そこには様々な宝が眠っているの」
「ゲームの仕様か。あいにくこっちは魔法少女との戦闘で忙しい。プレイヤーがやるようなミッションに付き合ってる暇は・・・」
「そこでリリスと会うよ」
「!?」
ルピスの顔を見る。
瞳が蒼くなっていた。
「ダンジョンの裏道には、『RAID6』への移行に失敗した魔法少女たちが閉じ込められている場所がある。同じところに、リリスも泉の女神エリン・・・Vtuberえりえりもいる」
「は・・・?」
カマエルと同時に言う。
「失敗?」
「失敗した魔法少女は死んだわけじゃないから離脱できない。待機している。今回の『RAID6』への移行が成功した魔法少女は2/3。1/3は失敗、ダンジョンの中で待っている」
「どこのダンジョンにいる!?」
カマエルが前のめりになった。
「ベラクルス城から1キロ北東に向かった、巨大の木の下、魔神ならわかる・・・」
言い切ると、ルピスの目が元に戻っていった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「あれ? どうしたの? 予知の途中で意識が飛んじゃった」
ルピスが不思議そうに首を傾げていた。
しばらく黙ってから、モニターに地図を映して、ベラクルス城を探し始めた。
ボウッ
カマエルがリンゴの芯を燃やしていた。




