6 伯爵の槍(グレンスター)
「本来、主と魔法少女はともに戦うんだよ」
ナナキが近くの岩に座って、小石を投げながら言う。
「武器くらい持っていてもいいと思うんだけどなぁ。ま、リリスなら一人でやるか」
「知り合いか?」
「かなり古くからの付き合いだね」
ナナキが小石を高く投げて、木々を揺らした。
はらはらと葉が落ちてくる。
「ロンの槍をめぐる戦いは、そんなに簡単なものじゃない。魔法少女は1000人以上、いや、裏も含めれば3000人は軽くエントリーしている。魔法少女が選ぶ主も、強くなければいけない。同等かそれ以上に・・・」
「そ、そうなの? どうして私に言ってくれなかったの?」
「花音が興味を持つからだって」
「私なら強い魔法少女になれるのに」
「強いだけじゃ勝ち残れない」
「でも・・・・」
花音がツインテールを触りながら膨れていた。
「どうして君はリリスと契約したんだ? ロンの槍に興味でもあるのか?」
「まさか。うちにはロストグリモワールという本があったんだ。読んでいたら急に燃えて無くなったけどな。だから、ロンの槍も魔法少女もなんとなく知っていた」
風が吹いて木々がさらさらと揺れていた。
「ただ、妹の美憂を巻き込みたくなかった。深い理由は無い」
「・・・・なるほどねぇ」
ナナキが少し驚いてから、足をぶらぶらさせる。
「本物だとすれば、ロストグリモワールがどうして君のところに?」
「さぁね」
「あれは・・・」
きゃああぁぁぁぁ
「!?」
突然、木々の音に交じって少女の悲鳴が聞こえた。
花音がびくっとする。
「ほら、魔法少女ってそうゆうことだよ」
ナナキが諭すように花音を見下ろした。
「なんかこの世界で魔法少女は勘違いされてるんだ。きらきらな衣装を着て、魔法を使って、みんなを救う正義の味方みたいな」
「だって・・・そうでしょ? 自分の信じる主をロンの槍に導くんだから」
「綺麗ごとばかりじゃない」
ため息をつく。
「魔法少女が使う魔法は神から与えられた力、人間を越えた力だ。人間でいることはできなくなって、契約を交わした主が聖槍を手に入れるために戦う。魔法少女ってなんだろうって・・・」
ナナキの目が暗くなっていく。
「ずっと思ってたんだ。答えは見つからない」
「私、本当になりたいの!」
花音が真剣な表情で言う。
「Vtuberで有名になって、辛くて仕方がなかった人に光を与えられるようになりたい。魔法少女になるのは、誰かのためじゃなくて、自分のためなの」
「花音のことは知ってるし、心からそう思ってるのはわかってるけど」
「うんうん。だって、Vtuberも魔法少女も小さい頃から夢だもの」
月が雲に隠れた。
森がざわめく。
「でも、俺も花音が魔法少女になるのは反対だ」
「どうして?」
「花音がリリスと同じことができるとは思えない。これから起こることを見ろ」
「え・・・・」
顔を上げる。
おそらくリリスと契約したときから、俺の力も具現化できるようになっている。
手に集中すると、魔力というのか得体のしれない力が溢れるのを感じた。
「リリス」
リリスが空を飛んでいた。
足元には魔法陣が描かれている。
― 伯爵の槍―
ガガガガガガガガガ・・・
うあああぁぁぁぁぁぁぁああああ
「っ・・・・・・」
「!!」
木々の間を縫って、巨大な槍が現れた。
先端には魔法少女たちが刺さっている。
人形のようだった。
串刺しになった魔法少女たちが、月明かりに照らされながら消えていった。
魔法少女は遺体すら残らない。
主たちらしき者の悲鳴が響いている。
「さすが・・・」
ナナキが手を後ろについて感心してた。
「・・・・あ・・・あれが魔法少女・・・?」
花音が口を押えて目を潤ませていた。
「・・・・みんな、死んじゃったの・・・・?」
リリスが蝶のように飛んで、魔法少女たちが消えていく様子を確認していた。
月の形をした杖の真ん中には、赤い宝玉がくるくる回っている。
「もう少しいると思ったんだけど、12人しかいなかった」
茶色の髪をふわっとさせて降りてくる。
「わざわざ鍵を使って、バトルフィールドを展開しなくてもよかったかもね。100人くらいいればいいと思ったんだけど」
「か・・・悲しくないの?」
「ん?」
花音が震えながらリリスに近づく。
「自分と同じ魔法少女を殺す・・・なんて」
「これはロンの槍を巡る戦争だもの」
リリスがローブの裾を伸ばしながら息をついた。
― スコーピオン ―
魔法少女が突然空から槍を持って突っ込んでくる。
俺が手に魔力を溜めて剣を出そうとした瞬間、リリスが短く詠唱した。
― XXXXX ―
ボウッ
「きゃぁああああ」
「ナコ!!!!」
炎に包まれて消えていく。
女が追いかけてきた。
「カイト、今、魔法を使おうとした?」
「してないって・・・」
「ん・・・怪しいなぁ。手から魔力を感じる」
リリスが消えていく魔法少女を無視して、俺の手を掴んだ。
「ほら! 火属性の魔力」
「っ・・・・」
「私の目は誤魔化せないよ!」
手を指で突きながら言う。
「カイトってば、やっぱり私に色々隠してる」
「お互い様だろ?」
「んー、まぁ、いいけど。私には隠し通せないんだから」
少しツンとしていた。
「よくも、よくもナコを!!!」
「わ・・・」
突然、20代くらいの女が、泣きはらした目でリリスの胸ぐらを掴んだ。
「ナコは私の親友だった! 出会ってから15年間もずっと、私のことをわかってくれた! そんなナコを、あんたは一瞬で・・・」
「魔法少女に入れ込むこと自体、間違ってるの」
リリスが女の手を払いのける。
「魔法少女は攻撃を仕掛けてきた時点で敵。やらなければやられる。魔法少女が死んだんだから、貴女は部外者よ」
「・・・・お前の主を殺してやる!!」
女が空中に双剣を出して、襲い掛かって来た。
リリスがすぐに杖で止める。
「これだから新人魔法少女は嫌なのよね」
「!!」
女が気を失ってその場に倒れた。
「彼女も、し、死んじゃったの・・・・・?」
「気絶させただけ」
リリスが淡々と言っていた。
「うぅっ・・・・・」
花音がその場に座り込んで、両手で顔を覆った。
ナナキが傍に来て、花音の背中をさすった。
「どうして泣くの?」
「だって、あんなに魔法少女が死んじゃった。知らない子たちだけど、可哀そうだよ。悲しいに決まってる・・・」
「そっか・・・」
リリスが長い瞬きをして杖を消した。
「リリス・・・」
「そうゆう感情、昔は私にもあったのかな? もう、忘れちゃった」
月を見ながら、すっと飛んで木の枝に腰を下ろしていた。
平静を装っていたが、どこか寂しそうだった。