4 リリスのバトルフィールド
俺は戦闘しなくていいのかと聞くと、リリスは何もしなくていいと答えた。
自分は強いから、主は戦う必要ない、と。
「授業、面白かったね!」
「ほとんど寝てたくせに」
「数学は好きなの。でも、料理は苦手で、今、勉強中なの。美味しいケーキを焼くのが夢かな。私、火加減が得意じゃないから」
リリスは見えないことをいいことに、空中に布団を出して寝ながら授業を見ていた。
羨ましくなるくらい自由だ。
「わぁああああああ! こんなに本があるの? こっちにも? こっちにも?」
「静かにできないのかよ」
「だって、私の声は聞こえないもん」
リリスが図書室に着くと、飛び跳ねて本棚に走っていった。
「はい、返却ですね」
「お願いします」
「カイト、見て! こっちの本棚全部ファンタジーなんだって。こっちの棚は科学分野の本ばかり!」
図書委員が出してきたカードに名前を記載する。
「新たに本を借りていきますか?」
「そうですね」
「では、カードはこのままで」
「この棚は料理の本ばかり、こっちの世界は料理がおいしいんだよね。これ、ミートローフのレシピが載ってる! お菓子の本も・・・すごいすごいなぁ」
カードを持って、ため息をつく。
リリスが本を目の前にすると驚くほどうるさい。
借りる本はじっくり選びたかったけど、早く決めて帰るしかなさそうだな。
「リリス、借りられる本は1冊までな。俺も1冊借りたいから」
「はーい! どれにしようかな?」
蒼い瞳を輝かせて、本の表紙をなぞっていた。
「カイト」
「あ、花音か。久しぶりだな」
成瀬花音は幼稚園からの幼馴染だ。
中学で難関私立中学に入って以来、疎遠になっていたが、高校で同じクラスになってからたまに話すようになった。
長い黒髪を2つに結び、身長は低く、まだ小さいの頃の面影が残っていた。
「花音?」
リリスが隣から顔を出す。
「久しぶりって・・・その子、魔法少女でしょ。まさか、カイト、魔法少女と契約したの?」
「花音も?」
「ううん・・・私は・・・・」
「違うよ」
花音の後ろから、12歳くらいの少年が現れた。
緑の髪に白い服を着た、不思議な少年だった。
「あー、俺? 俺は名もなき神だ。ナナキって言われてる。花音の祖父の代から呼ばれて、家を守りながら、魔法少女になる子が出てくるのを待ってる感じかな」
「神のほうから人間について回るとはね。ナナキ、日本に来てたの?」
「へぇ、君はまだ現役の魔法少女だったんだ?」
ナナキがリリスに近づく。
「その子を魔法少女にしたら?」
リリスが花音を指す。
「魔法少女になれば、結構上位まで戦えるように見えるけど? 契約したほうが神としても都合がいいんでしょ?」
「興味ない。ロンの槍なんか誰が持ったって同じだ」
ナナキがすっと飛んで、近くの机に座る。
「いいの? 魔法少女戦争は始まってるのに」
「今回はパスするつもりだ。こうやって傍観者として、魔法少女の戦いを見ているのも、なかなか興味深いからね。三賢のリリス」
「三賢?」
リリスに聞き返したが、何も言わなかった。
「一方的な情報開示は不正よ」
「魔法少女同士はね。俺は神だ」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
リリスとナナキが無言で睨み合っている。
「・・・どちらにしろ、魔法少女になんてならないほうがいいわ。人間じゃなくなっちゃうんだから。普通の女の子として生きるほうが、どんな魔法を使えるよりも幸せよ」
「リリス・・・」
リリスが自分の指先に青い炎を灯しながら話していた。
リリスはどんな契約で魔法少女になったのか、まだ聞いていなかったな。
「でも、私は魔法少女になりたいの」
花音が小さな声で言う。
「え・・・?」
リリスと俺が拍子抜けしたような声を出す。
ナナキが顔をしかめた。
「魔法少女は神との契約、魔法少女になり神の遣いになる代わりに、願いを叶えてもらえるんでしょ?」
「だから、そうゆうしょうもない願いは・・・」
「しょうもなくない!」
「花音、声が大きいって」
慌てて口に手を当てる。
近くで本を読んでいた生徒数人がちらっとこちらを見ていた。
「外で話そう」
「うん」
「カイト、私の本は?」
リリスがケーキ作りのレシピ本を持っていた。
「後でな」
「はーい。誰かに借りられちゃったらどうしよう」
名残惜しそうに、棚に戻す。
花音が転びそうになりながら自分の鞄を取りにいって、空いたファスナーから本を突っ込んでいった。
「えっ!?」
思わず声を出してしまった。
花音が校舎裏のベンチで制服のリボンを触りながら言う。
「マジで言ってるの?」
「うん。私、Vtuberになって有名な配信者になりたいの」
「・・・・・・・」
ナナキが頭を搔いていた。
「1年半、Vtuberとして活動してるんだけど、なかなかバズれなくて」
「やってるの? 初耳なんだけど」
「うん。あ、花音せりかって名前なの。登録してね」
花音がキラキラ装飾されたスマホの画面を見せてきた。
白い猫耳のついたロリータ系のアバターが映っている。
「登録者3人・・・って、1年半やってたんだろ?」
「カイトが登録してくれれば4人になるよ」
花音が明るく言う。
たぶん、全く才能が無いんだろう。
容姿端麗、成績優秀でかすんでいたが、花音って昔から夢見がちだったな。
ファンタジー魔法研究部とか、怪しげなクラブにも入っていたし。
「俺はそのVtuberだなんとかって知らないけど、あまりしょうもない理由で魔法少女にしないようにしてるんだ」
「私は真剣だよ! ナナキ!」
「なんでいきなりVtuberになりたくなったんだ?」
「それはね・・・」
ズズズズ・・・・
「!」
リリスが首からぶら下げていた鍵を出す。
埋め込まれた宝石が、エメラルドのように輝いていた。
「魔法少女ね。多いのかな?」
リリスが鍵を回すと校舎や木々は無くなり、バトルフィールドが展開されていた。
「森?」
「そう、電子空間にもいろんな場所があるでしょ? 私は夜の森が得意だから。バトルフィールドは、先に展開した魔法少女の鍵に寄るの」
いつの間にか杖を出して地面に魔法陣を展開していた。
「花音と俺は見学者だ。手出しできないからな」
「別にいらないもの」
ジジジジ
「そのシールドは私が離れても威力は持続するようにしてあるから安心して」
「リリス・・・」
「魔法少女を炙り出してくる」
リリスが俺の前にシールドを出して、大きな岩を飛び越えていった。
木々の間からは月が見える、遠くで鳥が鳴いていた。
木に寄りかかる。
湿った草の匂いがした。ここが電子世界だなんて思えなかった。