2 登校
「はい、おにい、お弁当」
美憂が珍しく弁当を差し出してきた。
「別にいいのに。コンビニ寄っていくから」
「自分で食べたいもの作って余ったからおにいの分なの!」
「はいはい。ありがとう」
美憂は地元の中学に通っていたため、俺よりも少し遅れて登校していた。
「わぁ、いい匂いだね。ハンバーグかな?」
リリスが近づいて声をかけていた。
「・・・・・・」
「おにい、どうしたの?」
「何でもない。いってくるよ」
「いってらっしゃい」
美憂が両手を振って見送った後、リビングに戻っていった。
鍵をかける。
「学校にもついていくの?」
「もちろん。魔法少女と契約した主は、いつ命を狙われてもおかしくないから」
「実感がないな。普通に学校に行くだけで、戦闘が始まるとか言われても」
「私が電子世界から出てきて、カイトの前に現れたことが何よりの証拠」
リリスから魔法少女戦争の話は聞いていた。
よくあるゲームのような話だ。
でも、リリスの説明にはひとつ抜けている部分がある。
知らないとは思えないな。
あえて言わないようにしているのか・・・。
「えっ、あいつ、今一人で話してなかった?」
「キモいな」
「ゲームのやりすぎで頭おかしくなったんじゃね?」
「不気味だから振り返るなって」
中学時代の奴らが前を歩きながら、後ろを振り返って、こそこそ話していた。
とことん暇な奴らだ。
中学の頃から、3年間いじめられていた。
主犯格となる生徒、加茂に目をつけられてからどんどん広まっていった。
いまだに理由はわからない。
他の学年の奴らまで、俺を見ると罵倒してくるようになった。
SNSを使って、あることないこと書かれて、拡散したらしい。
妹の美憂に被害がいかなかったのは不幸中の幸いだった。
美憂と外出しないように、徹底していたからな。
リリスが何もないところから杖を出す。
「カイト、あいつら殺す?」
「え?」
「主の敵は私の敵だから、いいんだよ」
リリスの表情は冗談を言っているようには見えなかった。
「直接殺すのが嫌なら、病を引き起こすという手もある。私には300種類以上のウイルスを誘発させる魔法があるし、遠回しに死に至らしめることも・・・」
「いいって!」
リリスの手首を押さえた。
魔力が収まっていく。
「元々雑魚には関わらない主義だ。学校に行くんだろ? あと10分後の電車に乗れば間に合う。急ぐぞ」
「わわ、はーい」
リリスが杖を消す。
横断歩道を渡って、駆け足でリリスを引っ張っていった。
校門に入る。
ちょうど生徒たちで混みあう時間帯だった。
「へぇ、綺麗な高校だね」
リリスは黒い服を着て杖を持っていたから明らかに浮いていた。
他の人が見えないならいいんだけどな。
「学校って行ったことないから楽しみだなぁ」
「あまり目立つ行動するなよ」
「なるべくね。でも、この学校にも魔法少女と契約している子がいるみたい」
リリスがふわっと飛んで、後を振り返った。
「!!」
リリスと似たような杖を持った、ピンクの衣装を身に纏った少女が、違うクラスの男子高生と歩いていた。
眼鏡をかけた、あまり目立たない生徒だ。
「魔法少女がいるね」
リリスが小声で話す。
「あ・・・・」
目が合ったが、声をかけることすらなく、通り過ぎていった。
「珍しい。魔法少女戦争は始まってるし、いつ戦闘を仕掛けてくるかわからないのに。あんなふうに、魔法少女を外に出していることも危険なんだよ」
「リリスはいいのかよ」
「私は強いから」
涼しげに言う。
リリスが強いのはわかっていた。
あの本にリリスの名前があったからな。
「この服、地味かな? 魔法少女って、みんな服が華やかなのよね」
「魔法少女というよりは魔女って感じだな」
「うーん、これが一番機能的なの」
リリスが自分の黒いローブを見ながらぶつぶつ言っていた。
魔法少女は人間ではない。
パソコンや、スマートフォン等、主の持つ電子機器の中に入ることも可能なのだという。
魔法少女は技術の進歩に追いついていると、自慢げに話していた。
リリスを見ていると、普通の女の子に見えるんだけどな。
想像していた子と全然違う。
まだ、寝ぼけているような感覚だ。
「それに、せっかく外に出られたんだから学校に行ってみたいし。図書館とかもあるんだよね? 本、読みたいな」
蒼い瞳をキラキラさせていた。
「授業ってどんなことやってるの?」
「見ればわかるって。あと、教室では会話できないからな」
「筆談ならいいよね? 私、15か国語読み書きできるの。もちろん、魔法でね」
学校に着いてから、リリスのテンションが妙に高くなった。
周囲に永遠と独り言話してると思われたら、病院送りになりそうだ。
「一応会話は必要最低限、な」
「了解。放課後図書室寄っていい?」
「あぁ、いいよ。俺も返す本があるから」
人差し指の指輪を見つめる。
何かの紋章と、読めない言葉が刻まれていた。
魔法少女との契約、ロンの槍、これから行われる戦闘について、
あの本に書かれてあった通りに事が運んでいる。
「カイトはどんな本が好きなの?」
「あれば何でも読む。これといった本は無い」
「ふうん、私と似てるかも。魔導書とか読んだことある?」
「魔法のないこの世界で、魔導書なんて存在するわけないだろ」
「あ、そっか」
俺はあの本・・・。
ロストグリモワールの内容を、誰にも話したことがない。
目を通してすぐ、青い炎に包まれて消えていった本のことを・・・。