82 あのね、好きだよ
― 魔法少女の成れの果て ―
誰も触れようとしないのが、魔法少女のその後だ。
メイリアが書いているロストグリモワールには、はっきりと記載があった。
魔法少女戦争に参加した魔法少女の中でも、戦いを避けて生き残る者もいる。
でも、敗者はどうあがいても"魔女"になる運命にある。
人間として生きることはできない。
魔法少女にも戻れない。
"魔女"になれば、自分の肉体を持つことができなかった。
穢れをまとい、忌み嫌われる存在となる。
人間に寄生するか、魂だけで漂うか、精神崩壊し朽ち果てるか、何らかの呪いを受けるか・・・。
禊を果たし、神からの救済を待つしかない。
魔法少女が何か悪いことをしたわけではなかった。
よくある願いの重さや清らかさは、関係ない。
全員、同じ運命をたどる。
どの選択肢をとっても悲惨なものだ。
マリアはどの時代でも、魔法少女の解放を求めて戦ってきたのだという。
おそらく、花音も同じことを考えているのだろう。
「・・・私も魔女と話したのは久しぶり。前回の魔法少女戦争では・・・・なんて、思い出したくもないことね」
「七陣魔導団ゲヘナでは話題に出すなよ」
「もちろん、絶対に話したくない。魔法少女の最期なんて・・・」
ファナが周りに誰もいないのを確認して、廊下の壁に寄りかかりながら言う。
"魔女"の話はタブーだ。
ほとんどの魔法少女は、知らないまま死んでいく。
七陣魔導団ゲヘナの魔法少女たちは、誰がどこまで知っているか、わからなかった。
ヴァーシル家のルナリアーナは知っているだろうけどな。
「ちゃんと浄化しておけよ。自分ではできないだろ?」
「・・・わかってる。ノアはずっとこれを抱えてたってこと・・・?」
「だろうな」
ノアは医務室で眠っていた。
「あんなに明るいのに・・・ずっと無理してたのね」
魔法少女にとって、穢れは神から遠ざかるため、魔力の低下に繋がる。
ノアに穢れが無かったのは、奇跡に近い。
人工的に創られた神と契約したことが関係あるのだろうか。
「・・・・他の魔法少女が誰も気づかなかったのが不幸中の幸いね。リリスが上手く隠してたのかしら」
「・・・・・・・・」
爪が食い込むほど、手を握り締める。
リリスがいなければ、俺は・・・。
「リリスは強い。前回、私が勝てたのは運が良かっただけなんだなってつくづく実感する。悔しいけどね。じゃ、理由をつけてアクアに浄化を頼んでくるから、ノアのことよろしくね」
ファナが髪を後ろにやって、指令室のほうへ歩いていった。
トントン
「入るぞ」
「・・・はい」
医務室の扉を開ける。
ノアはベッドから体を起こして窓の外を見つめていた。
「・・・カイト」
「調子はどうだ?」
「ごめん・・・あまり記憶がなくて、気づいたらここに居たから」
布団を握り締めて俯く。
「リリスが封じてくれたんだよね・・・ごめんなさい。リリスだって穢れは恐ろしいはずなのに・・・」
「もう謝るなって。ノアは何も悪くないだろ」
「ううん。ちゃんと、全部話してなかったから・・・・本当にみんなを巻き込んで死んじゃったらどうしようって思って・・・・怖くて」
消え入りそうな声で呟く。
「話せる範囲でいい。魔法少女研究機関について話してくれ」
ノアが頷く。
「魔法少女研究機関は"魔女"を使って、国の権力者が人工的に創った神と魔法少女を生み出す機関なの。今から20年前に始まった組織。私の両親は魔法に心酔した研究員だった」
ぽつりぽつりと話し始めた。
「ノアはね、本当は私の名前じゃないんだ。魔法少女研究機関にいた魔女の名前。朽ちた"魔女"のこと。本当の名前はNO1129だった。ノアって名前、憧れてたの」
「俺らにとって、ノアはノアだよ。あいつは、ずっとノアの体にいたのか?」
「・・・・そう。私の中にいて、静かにしていたんだけど、『RAID6』になった頃から、代わるように言われるようになった。頭に声が響くの」
頭を押さえながら言う。
「カイト、ありがとう。私のために戦ってくれて」
「・・・・いや、俺は何も役に立てなかった。今ノアがここに居るのはリリスのおかげだよ」
「そ、そんなことないよ! リリスはもちろんだけど、カイトのおかげでもあるから! 絶対に!」
ノアが必死に話していた。
「カイトが声をかけてくれたから・・・私、また戻ってこようと思えたの」
ノアの額にはまだうっすら痣が残っている。
魔女が体にいる状態がどんなに苦しいことか、想像もつかなかった。
「?」
目が合うと、すっと逸らされた。
「・・・・"魔女"と接触して、リリスもファナも大丈夫だった?」
「あいつらは強いから心配するな」
「でも・・・穢れは怖かったと思う。迷惑かけちゃった・・・」
「ノアが悲しい顔してると、七陣魔導団ゲヘナのみんなが騒ぐぞ。そっちのほうが一大事だ」
「・・・うん」
「抜けるなんて間違えても言うなよ。ノアがまた、あの"魔女"と代わるようなことがあったら俺たちで鎮めてやる」
「カイト・・・あ、ありがとう・・・」
「・・・・って言っても、助けたのはリリスだけどな・・・俺もまだまだだ。精進するよ」
奥歯を噛んだ。
俺があの時ノアの魂を無理やり引き剥がしたら、命の保証はなかった。
ノアと中に寄生している"魔女"は運命共同体のようなもの。
リリスの選択が冷静で、正解だった。
「ねぇ、カイト」
「ん? どうした?」
ノアがぼうっとしながら口を開く。
「あのね、好きだよ」
「は?」
拍子抜けして力が抜ける。
「か・・・カイトがリリスのことが好きなのはわかってる。でも、私もカイトのことが好き。えっと、そう、好き。好きだから・・・」
わたわたしていた。
「その・・・私、普通の女の子じゃないけど、好きって気持ちはあって・・・よろしく」
歯切れ悪く言い切った。
ノアが布団をかぶって、反対側を向く。
「え、えっと、私、寝るから。まだ、ちょっとくらくらするから」
「わかったよ。ゆっくりしてろ」
立ち上がって、ドアノブに手をかける。
ふと、ノアのほうを振り返った。
「ありがとな」
「っ・・・・・」
ノアが布団の中で頷いていた。
「カマエル・・・」
「カイト」
医務室を出ると、カマエルが待っていた。
「どこにいたんだよ。ファナから何か聞いたのか? ノアのことは今更・・・」
「エリンちゃんが目を覚まさなかったんだ」
「え・・・・?」
血の気が引いていく。
「目を覚まさないって・・・つか、お前、その背中・・・・」
カマエルの翼が消えていた。
魔力も少し、変化したように思える。
「見ての通り、俺はカイトと同じ人間になったよ。まぁ、魔神としての力も使えるから、カイトと同じ半分人間って感じかな」
カマエルが自分の腕を見つめていた。
「どうゆうことだ? 今までの魔法少女戦争は、主の契約切れには3日程度の猶予があったはずだ」
「眠ったままどうやって契約できるんだよ。ダンジョンで眠っていた魔法少女の契約は、完全に切られてた。プレイヤー無しでは、最初から目覚めさせるつもりなんか無かったんだ」
早口で言う。
こめかみに血管が浮き出ていた。
「不戦敗させるつもりだったってことか・・・・」
「そうだよ。リリスもね」
深呼吸をして怒りを鎮める。
「んなことあり得るのかよ。クソだな」
「あぁ・・・だから、エリンちゃんが息を引き取る間際に、俺が人間として契約した。今、俺はエリンちゃんの主だ」
「カマエル・・・」
「・・・・・・・」
会話が途切れる。
遠くから魔法少女たちの騒ぐ声が聞こえた。
特に混乱も無い。
お菓子を焼いているのか、ほんのりと甘い匂いがしてきた。
「こうするしかなった。俺、戦争の神なんだけどね。エリンちゃんの死ぬ姿だけは絶対に見たくなかったんだ。どんなに時が経っても、人間になっても、エリンちゃんはエリンちゃんだった」
軽い口調で話していたが、目は真剣だった。
「なぁ・・・俺、間違ってないだろ? サマエル」
「神が間違うわけないだろ」
「だよな」
カマエルの肩を軽く叩いて、指令室のほうへ歩いていった。




