彼女と勇者と勇者になる筈だった幼馴染のお話。
pixivに上げてた(長編ネタをギュッと縮めた)短編です。異種恋愛モノです。
勇者は魔王の玉座にたったひとりでたどり着いた。
仲間は皆ここまでに死んだ。勇者を信じて勇者を生かして死んだ。
勇者は少々腕がたったが、それだけだった。ただ運が良かった。それこそが勇者の資質だと神官達は持ち上げた。
そんな器でない事は、勇者自身が知っていた。だからここまでこれた事さえ運なのだと理解していた。いつ死んでもおかしくはないと。
それでも諦めるわけにはいかなかった。魔王は婚約者を攫っていった。
だからこそここまで来た。何を犠牲にしても。
目の前に不格好な魔物が現れた。ここまでかと観念などしなかった。
刃こぼれした剣を構え、彼女を返せと叫びながら斬りかかる。
魔物は動かなかった。斬られても斬られても体液を撒き散らしながらも動かなかった。
勇者は訝しく距離をとった。魔物には大きな一つ目があるだけだった。表情などうかがいようがなかったが、何故か魔物が何か言いたげだと、そう思った。
「あははははははははは!!!!」
突如響き渡る場違いな笑い声。
勇者が慌ててそちらへ目を遣ると、いつの間にか玉座に座る若い女性が居た。
彼女こそが、勇者の探していた婚約者。
「久しぶりだな勇者」
楽しげに女性は続ける。我こそが魔王だと。
暇つぶしだったとわらう。
勇者の星の下に生まれた人間の側で暮らし、飽きれば殺すつもりだったと。
しかし勇者は姿を消した、これではつまらないとイベントを起こした。
絶対に勇者が魔王を討伐しに向かうイベントを。
「そん、な」
絶望する勇者は、今の話の違和感に気づかない。
膝をつく彼に、魔王は一つ目の魔物に命じる。
「さあ、殺せ」
『断る』
くぐもった声が応えた。口などどこにあるのか、勇者はのろのろと顔を上げた。
魔物の一部がばくんと開いた。ぬるりと、そこから半分だけになった人間の顔が覗いていた。まるで悪い夢のような光景だった。
「ああ、ああ、お前、なんで」
それは勇者の幼馴染だった。ふいと姿を消してしまった、かつては彼女をとりあった、親友だった。
魔王はわらう。ただただ声を上げてわらう。わかっているさと、冗談だと、わらう。
「何故って、本物の勇者はこちらだからさ」
最高のシナリオだったろう、と、魔王は得意気に語る。
私とお前の恋仲を応援するために身を引いて、何処かへ行ってしまったから。
私が拐われれば、絶対に来るだろうと思ったからと。
まんまと現れた本物に、彼女を返して欲しいなら手下になれと脅したのさ、と。
「お前たちは本当に面白かった。とてもとても面白かった」
何百と生きて、久々に心が踊ったと。
『魔王、契約の時だ。こいつに彼女を返せ』
「は?」
現実から逃避しかけていた勇者は、その言葉に間の抜けた声を上げた。
かつての親友は今なんと?
「なんだ、まだ言っているのか?」
『彼女である期間使っていた表層人格だけを残した人間体を作れるだろう』
それは紛うかた無く彼女自身だ。
魔王としての人格がなければ、それは優しく強い、彼女だと。
「はははははははは」
本当に馬鹿だなあと魔王はわらう、楽しそうにわらう。
「まあとても楽しい暇つぶしだったし、何より契約だしなあ。叶えるつもりのなかった抜け道のあった契約だったがなあ、いいだろう」
そう言って、魔王は分離した。
小さな黒い、丸い魔物と彼女とに。
彼女は直ぐに目を開けた。
周りを見渡し、現状を理解して叫んだ。
勇者の元へと走りしがみつく。
「どうして、何で私こんなところに」
『行け』
「え」
『彼女を連れて逃げろ。魔王は俺が』
勇者は親友の目を見つめる。魔物と化しているのに、その目にはかつての光が宿ったままだった。
勇者は知っていた。彼女は彼を愛していたこと。彼は彼女を愛していたこと。
知っていて、身を引いて姿を消してくれたこと。
自分こそが卑怯者なのだと――。
『さっさと行け!!』
親友の叫びに、彼女の手を取り走り出した。
「これでお前の望みは叶えたぞ」
『いいや未だだ』
魔王は訝しる、あとは何だと。
『彼女を返してくれると契約したな』
「だがお前は逃げろと彼女に言っただろう。約定はそこまでだ」
『いいや。彼女はあんたでもあるだろう。彼女はあいつのものだがあんたは俺のモノだ』
モノ、と呼ばれた小さな魔王はふわふわと浮きながらしっぽを揺らした。
どうやら考えていたらしい、契約の裏をつかれたなと結論を口にし、仕方ないなと呟いた。
「契約だからな」
『そうだ。契約だからな。俺が死ぬまではあんたは俺のモノだ』
「ふむ。しかしあの体が返って来るまでは我はこの姿のままだぞ」
『かまわん俺もこの有様だからな。……まて、帰ってくるだと?』
「ああ。人間と変わらん体だ、五十年もすれば普通に死ぬだろうから、さすれば我が元に戻ったとて契約違反ではないな」
『なるほどな。では短い間だが今のあんたは俺が愛でるとしよう』
「ん?ああ、このサイズでは確かに愛でられるくらいしかさせてはやれんな」
『サイズだけの問題なのか』
半身を晒していた魔物は粘土細工のように身を崩して中にしまう。
元の一つ目に戻ると、小さな魔王を肩らしき部分に乗せた。
城内は静まり返ってはいるが、そこかしこにある潜む魔物の気配。
『前から思っていたが、静かな城だな』
「何か起こらん限りはこんなものだ。ああしかし我がこんな弱々しい姿では反乱がおこるかもしれんなあ」
『それはないだろうな』
「ん?」
魔王の心は魔物たちと僅かにリンクしている。魔王にその自覚はないようだ。
元勇者、現魔王の手下は微かに触れる孤独感に、庇護感を得ていた。そしてそれはきっと城内領内全ての魔物も同じだろう。
襲いかかって来るなどあり得ない。
『不安ならあんたは俺が守ってやるよ』
聞いた魔王は面白そうにわらう。
「魔王だからな」
『魔王だからだ』
END