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9、軍法会議

新京の防衛のために働く大心だったが中国人や朝鮮人たちの抵抗は大きく、心が休まる暇はなかった。そんな中市内を警戒中に不審な民家に気づく。警戒しながら様子をうかがうが、中の様子がおかしい。大心たちは批判分子のアジトと察し、捜索を始めるが中から激しい抵抗が始まる。しかしそこで思わぬ展開が大心の運命を変えていく。

 毎日の中国系住民や朝鮮系住民との抗争事件で大心の心は打ちひしがれていたが、1年以上たった1945年、昭和20年8月になると戦況は益々不利になって来た。大心が修行した永良寺がある福井市が空襲にあったのは7月19日深夜。8月1日は富山市が空襲され壊滅的な被害を出したとラジオで聞いた。毎日のようにどこかの町がグアム島やサイパン島、テニアン島から飛んでくるアメリカのB29の空襲を受けている。このような状況下でも新京の町の治安維持は重要な任務であり、新京の町が満州国の反体制派の反撃が強まれば、すぐにでも満州国および日本の統治を揺るがしかねない状況であった。

 8月2日、大心たちはいつものように町の警備にあたっていた。日本人が入植して住んでいる地域は治安が安定していて不審者も少ないが、中国人街に入ると雰囲気は一変した。家の前や窓越しに外を覗いている中国人たちが大心たち関東軍の兵士たちを憎悪の目で見ている。ギラギラとしたその目には

「今に見ていろ、いつか仕返ししてやるから。」

というような気持ちが感じられた。一瞬でも気を抜くと後ろから襲い掛かられそうな気配を感じる。5人の小隊で警備に出たが、前後左右それぞれを見張る役割を決め、ゆっくりと進んでいった。大心は小銃を前に構え、いつでも撃てる準備をして一歩一歩進んでいった。

 一軒の中国人家屋にさしかかると家の前には誰もいなかったが、窓のカーテンが少しだけ開いていた。大心はその隙間が気になりその場に立ち止まりしばらくじっと見ていた。カーテンの隙間に人影が動いたのがわかった。そのままじっと見ていると窓がわずかに開き、カーテンの隙間から円柱状の細い管が出てくるのがわかった。じっくり見るとそれがピストルの銃身であることがわかり、大心は国吉小隊長に小声で伝えた。

「小隊長、あの窓を見てください。窓の隙間からピストルで我々を狙ってます。」

すると小隊長は

「中に何人いるかわからないからとりあえず知らないふりをして前に進め。」

と耳元で教えてくれた。平静を装ってそのまま前進し、角を曲がったところで小隊長は無線で本部に援軍を要請した。大心と渡辺軍曹には、家の裏に回り指示を待つように指示した。ほんの5分ほどで小隊全員の10人が配置についた。大心は家の裏の畑の中に潜んで窓越しに家の中を偵察した。

中には男が3人。女が1人と子供が何人かいるようだった。その情報は野中2等兵を通じて小隊長に伝えた。しばらくすると家の前で構えていた兵士が最初に1発目の攻撃を開始した。自動小銃で家の窓から中にいた中国人を乱射した。小隊長からは

「全員突撃」

という大きな声が響き渡った。大心も立ち上がり小銃を家に向けて撃った。中からは3人の男たちが窓から反撃してきたが自動小銃と拳銃では相手にならなかった。扉や薄い壁を自動小銃の強力な威力のある弾は貫通して、中の抵抗勢力を一気に倒してしまった。

 銃撃戦は30秒で終了した。中の兵士たちは倒れているのだろう。大心たちは小銃を構えながら反撃に備え、前と後ろの扉を同時に蹴破って中に突入した。部屋の中には血まみれの3人の男たちが倒れていた。まだ息があるようだった。油断は出来ないと思っていると小隊長が

「大心、とどめをさせ。」

と命令した。このまま放っておいても死んでいくであろう3人を撃てと言うのかと思ったが、そのまましておくと突然銃で撃ってくることもあるかもしれない。大心は僧侶であるので殺生を嫌う方である。仏法では虫も殺してはいけないと教わっている。しかし、ここは戦場である。殺さなければ殺されてしまう。自分だけではない。小隊のみんなに迷惑をかけることもある。大心は心の中の迷いを打ち消して、倒れている虫の息の男性に向けて銃を構えた。大心がゆっくりと引き金を引くと、家の中に響き渡る大きな音がして、虫の息だった男性は死体になった。2人目からは躊躇がなかった。殺人犯は1人目を殺すときは葛藤があるが2人目、3人目になると殺人マシーンのようになってしまい、誰かが止めなければ連続殺人鬼になってしまうらしいが、そういう気持ちが少し理解できたようだった。この時の大心も連続して3人をあっという間にとどめを刺してしまった。

 部屋の中をさらに捜索すると奥の戸棚の中に女性と子供たち2人が隠れていた。女性は20代後半、子供は3歳と1歳といったところだ。2等兵の先輩たちはその女性を子供たちから引き離し、胸倉をつかんで服を引っ張ると、大きな乳房がさらけ出された。女性は叫び声をあげて、両手で破られた服を持って前を隠すが、先輩たちは乱暴に女性の手を引っ張って奥の部屋に連れて行ってしまった。どさくさにまぎれてこの女性を手籠めにしてしまうのだろう。

残された大心と野中と小隊長は2人の子供たちを見ながらどうしようか考えていたが、小隊長は

「お前たち1人1人づつ撃て。」

と命じた。

「小隊長、まだ子供です。何も殺さなくても。」

と大心は進言したが

「今撃たなかったら何年後かにお前が撃たれるかもしれないぞ。さっさと撃て」

と繰り返した。野中は3歳くらいの男の子を躊躇なく撃った。小さな頭から大量の血が噴き出てきた。大心は命令なんだから撃たなくてはいけないことはよくわかっていた。野中は既に撃ち終わった。次は大心の番だ。やらなければやられる。子供だからと言って生かしておいたら数年後に恨みを抱いて殺しに来るかもしれない。おそらくさっきとどめを刺した3人の中に父親がいるのだ。母親も隣の部屋で弄ばれた後殺されるだろう。ここで殺さなかったら日本兵に対して、あるいは大心に対して強烈な殺意を持って仇討に来るだろう。やらなければいけないけれど、いくら何でも1歳くらいの無抵抗な乳飲み子を殺すことは出来ない。ましてや自分は僧侶である。殺生の極みである。どうしても殺せないと躊躇していると小隊長は

「早くやれと言っているだろう。出来ないのか。

と言って小隊長自ら小銃を構えた。

「小隊長、やめてください。」

と大心は叫んだが、それと同時に大心も銃を構えて国吉小隊長に銃身を向けた。そして小隊長が銃を発射するのとほぼ同時に大心も銃を撃ってしまった。1歳の子供は頭を引き飛ばされて即死した。小隊長も大心が撃った銃弾が胴体を貫通した。

 即死だった。心臓を破裂させたのだろう。大心と野坂が放心状態でいると奥の部屋から銃声がした。子供の母親を誰かが銃殺したのだろう。その後ぞろぞろと先輩たちが下ろしたズボンを上げながら奥の部屋から出てきた。放心状態の大心たちを見て渡辺軍曹が

「お前たち、何をしたんだ。国吉小隊長は誰に撃たれたんだ。」

と叫んだ。

 そこからはどうなったかほとんど覚えていない。大心は小隊の先輩たちに抱えられて師団本部に戻ると、国吉小隊長を撃った罪で軍法会議にかけられることになり、兵舎の独房に入れられて裁判を待つことになった。


次回は満州から日本への機関が始まります。大心は果たしてどうなるのか。ご期待ください。

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