れんこん
今日は元旦。
私の家では一家そろっておせち料理を堪能中。
お雑煮をはじめ、重箱を開けると中には伊達巻、紅白かまぼこ、栗きんとん、、、などなど
ふだんはあまり食べられない華やかなおかずの面々。
私を含め4人の兄弟は、それこそ重箱の隅をつつくように箸を動かすスピードを緩めない。
そのような中、れんこんに箸をのばした私は、あることわざ的な言葉を思い出した。
”れんこん” その縁起物としての意味は,
真ん中に穴が開いており、中を見通せることから、
「将来の見通しを良くする」という意味が込められているとかなんとか。
「・・・・・」私は何気なく、れんこんを人差し指と親指でつまむ。
そして穴の中をのぞいてみた。
ちょうど、向かいに座る兄が私の奇行に気が付き、眉をひそめた。
私はこの兄がとにかく大嫌いだ。人間性から何から何まで。兄妹なのが恥ずかしいとすら思う。
特に食べ物の恨みが強い。何度、おやつを横取りされたかすでにわからない。帰ってきて楽しみにしていたケーキ(私のです、という付箋まで貼っておいたのに!)を食べられた時の私の悲しみと絶望と来たらひとことでは語れない。
ソファーに座り、食いカスをまき散らしながら、素手で私のケーキをむしゃむしゃ食べている豚の後頭部を台所の流しにあったビールジョッキでかち割ろうかと本気で悩んだくらい。
今も意地汚くお雑煮を食い散らかしている。私は前もって食卓に着くなり、自分のおかずをお皿に取り分けて確保しておいた。お行儀が悪くてもこうしないとこの家ではやっていけない。
兄と目が合うと同時だった。
まぶしい光が目に直撃し思わず目を閉じた。一瞬、ぶわっと風が吹いたような感覚が起きて、さっきまで
ギャーギャーしていた家族の声が全く聞こえなくなった。
・・何? 目を押さえていた片手を外して、おそるおそる、顔を上げると、、、、、
・・・・・・私はおしゃれなレストランのような場所にいた。
目の前にあるのはおせちではなくて、フランス料理的?何か、
高そうな食器と、盛り付けられた見た事のない料理、ワインの入ったグラス。
・・・?? 「、、今度の商談ですが」そのとき急に人の声がきこえた。
はっとしてさらに顔を上げると、、、、、、、、、
そこには、仕立ての良いスーツを着た細身の男性が、ナイフとフォークでステーキを上品に口に運んでいた。
困惑していると、男が食事を中断して顔を上げてこちらを見た。
兄だった。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・20秒~30秒くらいだろうか。
しばらく放心していると、どこからか「何やってんだよ」という野太い声が聞こえてきた。
我に返った時、眼前にはれんこんをつまんでいる私の指先と、豚小屋からそのまま出てきたような
男の姿があった。「あ」放心する私をよそに、兄は口の周りに食べかすをつけたまま吐き捨てた。
「朝からキモイ事してんじゃねえよ、ブス」そして何事もなかったかのようにまた食事を再開する。
私は怒る気力もなく黙ってうつむいた。
とにかくその日はそのまま過ぎていった。
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翌日。
今日は元旦から二日目。
昨日と同じように朝の食卓に着く私を含めた家族の姿があった。
正月から3日間、つまり《三箇日》の間はうちではおせちを食べる。
昨日のあれはなんだったの?
私はぼんやりとおせちを口に運びながら物思いにふける。
夢でも見ていたのであろうか?
それにしてもずいぶんリアルな夢だった。
あれは確かに兄だった。
狐につままれた思いで、にぼしをかじる。
今日の兄の定位置は私の斜め前。そして、兄の向かいには二番目の姉が座っている。
二番目の姉は黙々と黙っておせちを食している。いつもの事だがこの姉はとてつもなく地味で大人しい。
家族の誰とも必要最低限度会話でしか口をきかない。
私自身、昨年1年間の間でしたこの姉との会話と言えば、「おかえり」「ただいま」「ティッシュとって」「ハイ」
くらいしか記憶にない。皮肉な事に、まだ兄の方が”ののしりあい”という点で会話の機会は多いと思う。
静かすぎるので、いるのかいないのかわからなくなることもしばしば。なので、今日も兄からおせちを守るため、早々と食卓に着いた私の横に、後から来た姉がいつのまにか座って食べている事にも全く気が付かなかった。
卵焼きを黙々と食べる姉の地味な横顔がなんとなく目に入った時、私は唐突に閃いた。
薄いれんこんを1枚、指でつまむと、気づかれぬようにそっと穴を通して姉を見る。
瞬間、目の前がぴかっと光った。大方、予想していたので反射的に目を閉じる。
そして、ゆっくりと目を開けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・この女は誰だろう?
どう見ても姉ではなかった。・・・いや、よく見ると姉だった。メイクが異常に濃いだけで、注意深く見ると目の前の女は姉だとわかった。メイクだけではなく、ファッションも露出気味でかなり派手だった。
どこかのベンチに座り、姉はコンパクトでメイク直しをしている。
ふだんは化粧もしないのに。
呆然と見つめていると、今度はバックからスマホを取り出し、真剣な表情で操作を始めた。
なんだなんだ、どうした? 訝しむ私をよそに姉は突然、立ち上がった。
立ち上がった姉は、これまでの私の人生で見た事がないくらいの満面の笑みを浮かべていた。
そんな姉の視線の先に目をやると、ガタイが良く目鼻立ちがはっきりとした外国人と思わしき男性が
いた。男性は姉に駆け寄ると、ふたりはしばしみつめあい、腕を組んで歩き出した。
見えたのはそこまでだった。
衝撃的な光景に固まっていると、れんこん越しに、いつのまにかこちらをじっとみつめる姉と目が合った。
姉はクールに「私の顔になにかついている?」と言った。私が横に首を振ると、「そう」と言って
再び正面に向き直り、箸を置いた。そして無表情のまま「ごちそうさま」とつぶやき、席を立った。
食卓を後にする姉の後姿を私は呆然と見送るしかなかった。
****その晩、自分の部屋でベッドに座りながら、私はこれまでの出来事を思い出していた。
そして、同時にひとつの確信を得てもいた。
実はあの後、他の家族にも”れんこんの穴”を試してみたのだ。
私の家族構成は、父、母、姉二人、兄一人、私・・・である。
一番上の姉は社会人、二番目の姉は高校生、兄は大学生、私は中学生だ。
仕事がとても忙しく、正月から研究所にこもりきりの技術者の父を除き、母と一番上の姉にも同じことをしてみた。
その結果、兄と二番目の姉ほどの大きな変化は見られなかったものの、同じような現象を目の当たりにしたのだった。
ベビーカーを押しながら、穏やかな表情を浮かべる一番上の姉、今と同じ台所にいるが多少老けた感じの
母。
・・・つまりこのれんこんは、穴を通して「未来を見ることができる」れんこんだったのだ。
そしてどうもそれが有効に働くのは”私だけ”のようだった。なぜなら、今朝、一番上の姉と母が私の一連の行動をふざけて真似をしたのだが、目に光が直撃した様子もなく「見づらっ!穴ちいさっ」「本当ね、見づらいわね、汚いから箸で食べなさい。」と言っただけで、そのまま二人ともれんこんを口に入れて食べ始めたからである。
そして私は今、ある事を実行しようとしていた。
胸ポケットから、おもむろにすっかり乾いた1枚のれんこんを取り出す。
食卓を出る時にこっそり盗んできたのだ。
(私の未来を見てみよう)
ベッドから立ち上がると、等身大の鏡の前に立つ。
しばらく鏡をみつめる。やや緊張してきた。
深呼吸してから右手でれんこんをつまむと、私はそれを目の前にかざしてみた。
「・・・・・・・・・・。」
5秒、、10秒、、、、30秒、1分と経過しただろうか?
・・・・目の前の景色は何も変わらない。
眼前には、鏡の前でOKに近い手つきをしている私のまぬけな姿が映し出されているだけであった。
な、どういうこと!?
やっている本人は見えない、という事なのか?
れんこんを持つ手を下におろすと、わたしはうつむきがちに思考を巡らせた。
思考を巡らせているうちに、あるひとつの予感が頭をよぎる。と同時に嫌な汗が流れた(ような気がした)
ま、まさか、ホラーなどでよくありがちな展開だが、まさか、そんな、、、そんな、、、、なんで私が。
私はその場にへなへなとしゃがみこむ。でもこの流れだと、もう、それしか考えられなかった。
その時だった。
トントン、と部屋のドアをノックする音が聞こえ、ほぼ同時にドアが開けられた。「みくちゃん、寝ちゃった?」
母だった。私の好きでやまない芸人がテレビに出ていたので、わざわざ呼びに来てくれたらしい。
でも今の私はそれどころではない。
「おかあさん・・」
床に座り込む私を見て、母は目を丸くした。
私は部屋に入ってきた母に抱き着くと、胸に顔をうずめた。「どうしたのよ?」
私たちは並んでベッドに座った。私はとまどったものの、事の顛末を母に語った。
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話が終わり、部屋の中にはしばし沈黙が流れた。
現実的に、母には”れんこんの穴のむこう”は見えなかったのだし、こんな話は信じがたいだろう。
しかし、私のただごとではない様子を見たためか母は私を抱きしめるとこう言った。
「大丈夫。あなたは絶対に死なないわ。」
私は少し心が和らいだ。
が、それでも不安がぬぐえずに母に問いかける。
「どうして?」 私だけ年を取っていないのだ。近いうちに死んでしまうのではないのか? それに他の人は穴の向こうが見えないみたいだから、絶対とは言い切れない。
改めて母に問う。
「なんで?ママには見えないのになんで、なんでそんなに自信たっぷりに言い切れるの?」
すると母はにっこり笑って言う。
「だって、みくちゃんはアンドロイドなんだもん」
パパの最高傑作よね、と私の頭を撫でながら。
完