魔女再び2
「今日からリーシャの担当官になる遠藤達也だ……よろしく」
「新しい担当官か……あのときは助かったのだ。リーシャだ。魔女だ」
この部屋のどこに魔女の痕跡があるだろうか。
薄汚れた部屋は換気もされておらず澱んだ臭いで満ちている。
弁当のゴミも捨ててすらいない。衣服の洗濯など当然していないだろう。
「リーシャは魔女なんだよな……なんか呪文を唱えたり、火を出したりとかできるのか」
完全にゲームの知識で語った。
そう言えば、以前リーシャは魔法が――。
「ふむ、まぁいいのだ。一つ見せてやろう」
尊大な物言いをしてから、リーシャはごろごろと転がりながら衣服の山に頭を突っ込んだ。
そして必要な物を取り出したのか、電気を消してから達也を招き寄せた。
瞬間、リーシャの指の先辺りに揺らめく火が生じた。
「おう……」
達也は驚きながらその火を見つめた。
そして直ぐ様火を消し、リーシャは両手を身体の後ろに回した。
「どうなのだ。これくらい朝飯前だ」
得意気に笑うリーシャ。
「なぁ……お前……マッチ使わなかったか?」
リーシャの顔が一瞬で強ばった。
「な、何を言ってるのだ。魔法なのだ」
電気を付けリーシャの後ろ側に回った。
手の平のなかにマッチの燃えかすがあった。
「リーシャ……やっぱりお前……」
哀れみが自然と言葉に籠もった。
「な、何を言うのだ! わたしは魔女なのだ!」
魔法が使えない魔女。
異世界から捨てられたゴミ人間。
達也が想像する魔女と異世界の魔女には大きな相違点はなさそうだった。
しかし、火を取り出すという最も基本的なことすらできない。
以前聞いた言葉は嘘ではなかった。魔法が使えないから捨てられたのだろう。
達也がその事実に愕然としていると、リーシャは何らかの作業に戻った。
魔女が普段からやること。
「……タツヤ、そこの半田ごてを取って欲しいのだ」
達也はセットに立て掛けられていた半田ごてを取り手渡した。
「……電子工作?」
「そう呼ぶのか? ここに来てから一週間はずっとこれをやってるのだ。絵を見ればどう作ればいいかわかるからな」
魔女が普段からやること。電子工作。
「あんぷが音を増幅させてくれるらしい。今作ってるのは音を送受信するかいろなのだ。半田をきちんと溶かさないと、しょーとして上手くいかないのだ」
達也は唖然としてその光景を眺めた。
魔法が使えない魔女は電子工作が趣味らしい。
こいつは魔女なのに、魔女じゃない。
必死に目の前の事実を否定したいが、漂ってくる半田の焼ける臭いがそうさせてはくれない。
半田ごてを冷やし先の鉛をスポンジで拭う魔女。
達也は配線が絡み合っている機械を手に取った。
「大事に扱ってくれよ。命の次に大切なのだ」
冗談だと思って笑ったが、リーシャの顔は真剣だった。
丁寧に元あった場所に戻す。
「普段は電子工作以外は何をしてるんだ?」
「寝ているのだ。後、ご飯を食べているのだ」
要は電子工作以外は何もしていないのだった。
魔女らしいことを期待した自分がバカだった。
リーシャは粗大ゴミ不燃で社会に有用な能力は持っていないと評価されている。
達也より前の担当官が最初にそう分別したのだろう。
なら、達也はリーシャの自立を支援し、社会に有用な人材に育てる必要がある。
「社会に有用な人材になりたくないか?」
自分でも有用な人材が何かはわからなかったが、リーシャの何らかの意思を知りたかった。
「何を言ってるのだ? ただでお金がもらえるのだから、頑張る必要なんかないのだ」
「いやでも……そのお金をもっと有意義なこととかにも……」
「もらったお金をどうしようが勝手なのだ。楽なことだけをしたいのだ。やりたくないことをどうしていないといけない? そろそろ寝たいのだ」
これが粗大ゴミ不燃か……。
異世界アジリスタから捨てられたごみっ娘。
社会に有用な力はなく、やる気もないし、頑張ろうとしない人間。
混乱している達也の肩を引っ張り、三枝は玄関まで達也を連れて行った。
「どうだった?」
「無茶苦茶です、色々」
能力だけではなく、精神にも問題がある気がする。
「それでも、遠藤くんは彼女を育てないといけない。これが彼女の人物素行調査票ね」
ホッチキスで閉じられた四枚の紙を達也は手渡される。
リーシャの顔写真から前歴など色々な項目があった。
適当に目を通してから、達也は三枝に質問する。
「……思ったんですが、社会に有用な人材って何ですか? それに育てるのはわかるんですが」
「社会に有用だと本当に色々なことが当てはまるわね。簡単なものだと、単純にバイトや働くことでも社会に利益を生むから有用とも言えるし、社会に起こっている問題の解決も有用と言えるんじゃないかしら。特殊な事例だと、アジリスタ特有の能力が現代社会にいかせるとか」
要は現代社会の一員として組み込むようにするのが担当官の仕事なのだろう。
好きなことしかしようとしない魔女をそう仕向けるのは至難の業だとは思うが。
達也は電子工作に勤しむ魔女の背後に歩み寄った。
人物素行調査票の総合項目にはこう書かれていた。
『典型的な粗大ゴミ不燃。やる気もなく、努力する様子も見られない』。
「……リーシャバイトしてみないか?」
「絶対やらないのだ」
頑なに拒むリーシャ。この結果は予想できるものだった。
しかしこのリーシャをどう有用な人材に育てるか……。
頭を悩ませていると、三枝がぽんと達也の肩を叩いた。
「リーシャさん……先日新しい行政法案が決まった。それは……粗大ゴミ不燃のゴミ人間の一部をホールに送り返すというもの」
達也自身も初耳だった。




