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後輩

 

 アジリスタからゴミが降るようになってからおよそ三年が経過していた。


 ある日突然、大きな虚空の穴が現れたかと思えば、大量の生ゴミなどが捨てられ始めた。


 定期的に捨てられていることから、この街は異世界からのゴミ捨て場として認定されたようだった。

 いつゴミが捨てられてくるかわからないが、達也は不運に恵まれることが多く、良く上空からゴミを浴びる。


 そのせいで達也は自分にアジリスタのゴミの臭いがついて離れないと考えている。


 達也は三件目のバイトの不採用宣告を受けてから、肩を大きく落とした。


 恨めしげに自分の後ろの個人経営の飲食店を眺める。


「やっぱり臭いのせいなんだよな……」


 バイトの募集をかけているところで多いのは飲食関係だ。


 しかも飲食だと高校生もバイトとして採用されやすい。しかし、達也は清潔さの観点からどうしても採用してもらえない。


 『キミはやる気もあるし、シフトも沢山入れてくれるからうれしい。でも、臭い』。


 『やる気以前に臭いよ』。


 『キミ臭い』。


 臭いの理由を説明しても臭いは消えない。渋々引き下がるしかなかった。


「くっそ……今日もしっかりと制汗剤振りまいたはずなんだがなぁ。やっぱり、コンビニバイトであんなことするんじゃなかったか……」


 達也は以前近所のコンビニでアルバイトをしていた。


 ゴミが降り注いで臭いがつく前からやっているバイトだった。


 だが臭いがついてからも店長の鼻が悪いこともあり、運良く達也はバイトを続けることができていた。


 達也の他には新しく入った同じ学校の後輩の女の子がいた。


「君さ、とんでもないことしてくれたってことをわかってんの?」


 でっぷりと膨らんだ腹。髪は薄毛で頭頂部の肌が脂光りしている。達也のバイト先の店長だった。


「今日のでいくら廃棄処分になって、どれくらい損害が出たかわかる?」

「すいません……」


 後輩の女の子――白峰みつりは頭を下げて謝っていた。


 みつりは新しくコンビニのバイトに入ったばかりだった。


 達也が教育係を担当し、みつりにコンビニの様々な仕事内容を教えていた。


 しかし、棚に並べる弁当やおにぎりを古い順から手前に置くことをみつりは忘れてしまった。


 たまたま、その日の人入りも悪く、大量のご飯ものを廃棄しなければならなくなった。


 コンビニの仕事は今では一日では覚えきれない量だ。


 しかもみつりはバイトを始めてから一日しか経っていない。


 ミスするなという方が無理な話だった。


「いやすいませんじゃなくてさ、いくらか聞いてんの」


 ところがその日の店長の虫の居所が悪かった。


 ねちっこい言葉を次々とみつりの頭上に浴びせていった。


 みつりはただ頭を下げ、黙りこくっていた。


「店長、その辺で……僕の方から言っておきますから」


 教育係として引き取ろうとしても、店長は達也の声が届いていないようだった。


 身体に触れても気付かず、みつりに更に言葉を続けていく。


「はぁ……これだから最近の学生は。どうせ、手を抜いて楽してお金もらおうとか考えてたんでしょ? 適当にやって適当に済まそうって」


 みつりは一生懸命に達也の話に耳を傾け、仕事を覚えてくれようとしていた。


 それは教育係でもある達也が一番良く知っている。


「自分の金じゃないからって、気にもしてないんでしょ? 店の金だからって。それとも僕が困るのが楽しいの? だから、こんな簡単なことをわざとミスってるの? ねぇ、答えてよ」


 店長の当てこすりにも近い罵倒だった。


 答えろと言いつつも、相手からの言葉は期待していない。


 みつりはただ身を縮めて、店長の言葉を受けていた。


「ほんと……こんな簡単なことをミスるんだったらさ、社会で何もできないよ? 社会は甘くないよ? クビだよ。もうバイトもやめちゃいなよ」


 みつりの唇に力が籠もり、白ばむのを達也は見つけた。


 達也が触れても店長は気づきもしない。


 しかし店長も無視できない力が達也にはあった。


 つばを飛ばしながら罵倒し続けている店長の真横に一歩足を進めた。


 そして自分の身体を店長の横顔に近づけていった。


 瞬間、店長の言葉がぴたりと止まり、真横の達也に顔を向ける。


 どうだこれでと言わんばかりの、にんまりとした達也の顔。


 瞬間、店長は嗚咽を漏らしながら、口と鼻を押さえて個室のトイレに飛び込んでいった。


「ようやく止まったか」


 今日の達也は相当くさいらしい。至近距離なら必殺の臭いを放てる。


 少しだけ得意気になってトイレを眺めていたが、一分二分と時間が経つにつれて、達也は冷静になり段々と青ざめる。


 やばい……やっちまった……。俺はなんてことを……。


 店長が鼻と口を押さえて個室から飛び出してくる。そして達也に向かって言い放った。


「君はクビだぁぁぁ!!」


 こうして達也はコンビニのバイトをクビになった。


 鼻の悪い店長でも達也の臭いには耐えられなかったらしい。


 本当にあのときの自分はどうかしていた。


 苦い記憶をかみしめながら次のバイト先の面接に向かっているときだった。


「先輩」


 短くて静かな声音。服の袖を引っ張られる感触。


 振り返ると、マジックハンドを右手に距離を取っている白峰みつりの姿があった。


 みつりはバイトの頃からマジックハンドを使って達也と話す。


 肩越しまで伸びた艶やかな髪。鋭さを少しだけ残した瞳や言葉使いから大人びた印象を受けるが、実際は達也より一つ年下で背も小さい。体つきもまだ幼さを残している。


「よう白峰……元気だったか」

「みつりは……元気です。先輩こそ、何してるんですか?」

「俺は絶賛就職活動中だな。もう三件も落ちたが……」


 言いながら達也は自分が情けなくなってくる。


 そんな姿を見つけてか、みつりは視線を地面に落とす。そして暫くたってから言葉を口にする。


「先輩は……あのとき助けてくれたんですか?」


 直ぐ店長に臭いを嗅がせた事件だと思い至った。


「まぁ、そうなるのかな……」


 自分でも深く意識してやったわけではなかった。


 みつりを見てられなかった。気付いたらやらかしていた。


 その結果が、クビだった。


 達也の言葉をじっくりとみつりは咀嚼してから、口を開いた。


「店長の言葉なんて聞き流しておけば良かったんです。小言が終われば、全部解決だったんです。みつりをクビにするとかも別にそんな意図はなくて……みつりが我慢すれば……終わってたんです……それなのに……」


 強く唇を噛んだみつりの姿を思い出した。


 何て返そうかと達也が押し黙っていると、みつりは言葉に軽さを乗せる。


「それに助けてくれるなら、もっとましな方法があったと思います。臭いを嗅がせるって何ですか」


 ぐっ、図星なんだよな……。


 厳しいみつりの言葉に達也は言葉を返せない。


 どうして自分の臭いを嗅がせるという暴挙に出てしまったのか。


 咄嗟にあのときは思いつかなかった。あれが名案とすら思えたのだ。


「まぁもう終わったことだ。俺はクビになった。俺の分まで頑張ってくれよ。先輩として教えることは全部教えたからな」


 達也がぐっと親指を出しても、みつりは鼻で少し笑った。


「何を言ってるんですか。まだ入って何も知らないみつりに、いきなりカウンターで宅配の処理どうするんだっけと聞いた人は誰ですか。公共料金のお客様控えを渡し忘れて、走って追いかけた人は誰ですか。一年先輩のはずなのに、仕事ぶりはなかなかに情けなかったです。反面教師にしようと思っていました」

「そこまで言わなくても……」


 みつりの言葉が次々と達也の心に突き刺さる。自分はそんなに情けなく映っていたのか。


「じゃあ教師でも反面教師でもいいよ。コンビニ、頑張れよ」

「コンビニのバイトはやめました」

「えぇ……なんで」

「……あんな店長とみつりはいたくないです。先輩がやめさせられた次の日にやめました」


 ふむ、と達也は腕を組んだ。


「先輩はバイトするんですよね? どこにするんですか?」

「まだちょっとな。決まればどこでもいいんだが……どうして聞くんだ?」


 みつりは達也からさっと視線を外した。


「……別に何でもありません。情けなくてくさい先輩を雇ってくれるところ何てないと思います」

「ま、こっちも頑張るよ。じゃあな」


 達也が背を向けると、


「……あ、待って、ください」

「まだ何か用か?」


 突き放そうとしたり、追いかけたりと色々と忙しいみつりだった。


 達也から視線を外し、あたふたと周囲に視線をやる。


 そして意を決したように身体を達也の方に向ける。


「あ、あのあの……先輩……あのときは助けてくれて……」


 言葉が尻すぼみに小さくなり、やがて消えていった。


「おい、なんだって?」


 達也が追いすがるようにみつりに一歩近づくと、みつりは顔を少しばかり朱に染めてマジックハンドの先で達也を押しとどめる。


「な、何でもありませんっ。先輩はくさいのでそれ以上近づかないでくださいっ」


 みつりの厳しい言葉で達也は一歩後ろに下がった。


 女の子に面と向かって言われると、なかなかにダメージがでかい。


「わ、わかったよ……じゃあな」


 みつりが最後に手を伸ばしたことに達也は気付かなかった。


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