バトル2
「タツヤ……このまま、タナカとここであいつの足止めをする。だから、メルドールの杖を取ってきて欲しいのだ。今までやらなかったことをやる。あれしかない」
それだけを言い残しゴーレムの足止めに向かった。
メルドールの杖だと?
あれは確か魔精との交信を取りやすくするものだったはず。
まさか、今まで使っていなかった魔法なのか?
「……禁階に近い高位の魔精と一度交信すると、他の魔精とは交信ができなくなると聞いたことがある。もしかすると、リーシャさんは……」
田中も達也にそれだけ言い残してゴーレムを追った。
今まで簡単な魔法すら使えなかったのは高度な魔法を習得していたからなのか?
それならゴーレムを倒せるのか?
自分にできることはリーシャにメルドールの杖を届けることだった。
リーシャのマンションからはそれほど離れていなかった。
リーシャのマンションに駆け上がり靴も脱がずに一室に上がり込んだ。
リーシャの部屋はまるで掃除がされたように綺麗になっていた。
ゴミというゴミをゴーレムが吸収したおかげだろう。
魔女の部屋がこれほど綺麗ならいつも良かったのにと変な感想を浮かべながら達也は部屋を見回した。
部屋の片隅にメルドールの杖が転がっていた。
木製で荒削りな杖だったが持つと不思議と思っていたより軽い印象だった。
まるで見えない羽根が杖にはえているようだった。
「リーシャに届けないと……」
これがないとリーシャの魔法は使えない。
二人はゴーレムを押しとどめる役を買ってくれている。
自分も何かしなければならない。
杖を握りしめながら二人の元へ戻った。
ゴーレムは次第に施設へと近づいている。
執拗な物理攻撃を繰り返すリーシャに叫んだ。
「リーシャ! 杖だぁ!」
放り投げた杖は放物線を描き、見事にリーシャの手の内に収まった。
まるでそこにあるのが当たり前のように杖はリーシャの元へと戻っていった。
黒衣のローブに木製の杖。
まるで物語に登場する魔女の出で立ちの姿そのままだった。
リーシャの瞳が澄み渡り、表情に落ち着きが生まれる。
嵐の前の静謐な空気をリーシャは纏っていた。
力をみなぎらせるようにリーシャは大きく息を吸い込んだ。
「お前の力を見せてくれ!」
息を呪文の譜に変えるように、リーシャの瞳に力が宿った。
「よいしょぉぉぉ!!」
杖をバットのようにフルスイングしてゴーレムに叩き付けた。
「ぐっ、奥の手でもダメなのだ……」
「結局物理かよ!」
「違うのだ。本気の物理なのだ。勢いをつけた一撃なのだ」
リーシャに魔法が使えると信じた自分が馬鹿だった。
魔女は肉弾戦で何度も杖をフルスイングしてゴーレムに叩き付ける。
杖からひび割れるような音。
「あ、物干し竿が」
「本当に杖の用途をなしてないな」
すると、田中が神妙な面持ちで再度解説をする。
「……禁階に近い高位の魔精と一度交信すると、他の魔精とは交信ができなくなると聞いたことがある。もしかすると、リーシャさんは……それとは全く関係ない」
田中と二人で目を見合わせる。
『自分たちがしっかりとしないといけない』
「こうなったら、最終手段なのだ……」
「もういい……リーシャ、休め」
「今度こそ、今度こそ、本気なのだ。聞いてくれなのだ」
「田中さんに頼ろう」
「聞いてくれたらレイラにタツヤの手を握ってあげるように頼んでやるのだ」
「俺は最初からリーシャの提案に耳を傾けようと思ってたぞ?」
リーシャの提案を聞き入れ、田中にも伝達する。
二人は先に目的地に向かい、達也はゴーレムの前に仁王だった。
見上げるだけで首が真上を向くほどだった。
道端のゴミを拾い上げたせいでゴーレムの身体は道路の横幅ほどまで広がっている。
「ほ、ほら……来いよ」
挑発するような言葉を投げ掛ける。
ゴミで塗り固められた腕が大きな斧のように振り下ろされる。
咄嗟に真横に転がった。
ゴミの粘液が飛び散る。
激しい衝撃が地面から伝わる。
「これ……俺死ぬじゃん……」
囮という不遇な役割なんて引き受けるんじゃなかったか。
「その、な、落ち着いてくれ」
振り下ろされる両腕を見咎めた瞬間、達也は全速力で街路を駆け抜けた。
這いずり回るようなゴーレムに追い回されながら達也は目的地に向かった。
リーシャと田中が準備を進めているはずだった。
ゴーレムを引きつけながら何とか達也は公園にたどり着いた。
ゴーレムの巨躯でも公園を埋め尽くすほどには至らない。
リーシャに大声で合図する。
「来たぞ、リーシャ!」
「あ、生きてたのか」
「死ぬようなこと俺に任せるんじゃない」
リーシャが林の影に隠れ、こちらを窺っていた。
達也が向かおうとすると、手で押しとどめられる。
「もう少し中央まで引き寄せるのだ」
「……本当に殺す気だろ」
後ろの這い寄ってくるゴーレムに意識をやった。
公園の柵を乗り越えながらゴーレムはその巨体を公園の土に降ろした。
達也を感じ取ったのか、明らかに動きに敵意が混ざる。
鈍重な一撃を受ければ、ただでは済まされない。
達也が命からがら中央部まで来た瞬間、声が上がった。
「タツヤ飛び退け!」
声を理解した瞬間、達也は身体を前方に投げ出した。
公園の土を浴びながら達也は地面に滑り込んだ。その様を田中がじっと窺っていた。
長い腕が振り下ろされた瞬間、包み込むような炎がゴーレムを取り囲んだ。
炎に怯えを見せるようにゴーレムは足を止めた。
しかし、並の魔法ではゴーレムを焼き尽くすには足りないと田中が証明していたはずだった。
達也はリーシャの元に言い寄った。
「普通の力じゃあ倒せないんじゃ――」
「少し見ているのだ」
自分を取り囲む炎の群れが消え去るのをゴーレムは待っているようだった。
田中の魔法が途切れれば、今すぐにでも三人を叩きつぶさんと言わんばかりに両腕を振り回している。
炎が沈静化し、ゴーレムが動きだそうとしたときだった。
ゴーレムの巨躯が斜めに傾き、地面に沈み込んだ。
動きを束縛されたゴーレムが身じろぎを始める。
「幾重にも編んだ鉛の網が被さった落とし穴なのだ。達也やゴーレムが乗っても初めは起動しない。でも、熱の力で鉛が溶解温度に達し、溶けたときに落とし穴は起動する」
這い上がろうとするゴーレムに魔女は口元を歪めた。
「そして液状化した鉛が起爆剤となり、テルミット反応が貴様を焼き尽くす」
熱風が背後まで吹き抜けた。
一瞬の無音。
次いで腹の底に響くような重低音が公園の中心から迸った。
直線上の炎が地面から沸き上がる。
まるで火山口から溶岩が吹き上がったように見えた。
「生ゴミの固まりでしかない貴様に、三千度を超える熱に耐える器量はないのだ」
赤々と蛇のような炎がゴーレムを食らい尽くす。
断末魔の叫び声すら上げられず、ゴーレムはただ踊るように身を悶えさせるだけだった。
達也たちは夜空に咲く大輪のような炎を朧気に眺めた。
最後にはゴーレムは形状を維持できずに大気のなかで焼き消えた。
リーシャはゴーレムの消しクズの辺りに歩み寄った。
ゴーレムが完全に沈黙をしているのを確認すると、勝ち誇ったように口元をほころばせた。
「これが……魔女の力なのだ」
魔女とは何だろうと、心の片隅で意識しながらも達也は魔女に笑い返した。
「完全に消し炭になったな」
そこまで言ってからリーシャは深刻そうな表情で声を上げた。
「しまった……」
「どうした」
「パンツも燃えちゃったのだ」
「それぐらいなら俺が買ってやるよ……」
最後の最後まで魔女には呆れっぱなしだった。




