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バトル


「……リーシャさんが目的に気付いていると言っていたから説明を省いたが」

「何だか自分だけ会話に入れなかったのが嫌だったのだ……」


 子どものようなリーシャの頭を押して謝らせる。


 まるで子どもの失態を一緒に謝る親だった。


「すいません、事態を複雑にしてしまって……こういう奴なんです」

「……はは、ま、そういうこともあるよね」

「いつもです」


 若干田中は引いていたが直ぐ様表情を整えた。


「俺はゴーレムを壊すためにくさい人間を……遠藤くんを探していたんだ」

「でも、エスタからこの世界を統括するように命じられたんじゃ?」

「……初めはそうだった。捨てられる人間も……しょうがないと思った。だけど、この世界ではアジリスタでは与えられないチャンスが与えられていた。捨てられた人間を救済する制度……担当官という制度があったんだ。捨てられた人間もここでなら生きていくことができる。アジリスタならいずれ使えない人間などは切り捨てられて、野垂れ死ぬこともあったかもしれない。でもここなら、例えアジリスタから捨てられたとしても、自分を見つめ直して再スタートを切ることができる。だから俺は担当官になることにした。頑張ろうとする人を応援したいから。向こうでは生きていけないかもしれない人を、ここで生きていけるように手伝ってあげたいから。でも心が変わってもエスタは知らない。予定通りにゴーレムを送り込み、街を破壊しようとする。そんなことになれば、政府や行政が黙っていない。再びゴミ人間が疑われ、この制度そのものがなくなってしまうかもしれない。まともな生活を送れなくなるかもしれない」


 今は特に管理担当官の制度もナイーブな時期だ。アジリスタが侵略などを目論んでいたとしたら捨てられたゴミ人間まで疑われ、今まで通りの生活もできなくなるかもしれない。


 最悪捕虜として捕まるなどの厳しいことも考えられる。


「更正のチャンスが失われる。それだけは避けないといけない。だから、出来るだけ内密にゴーレムを探し出して破壊したかった。手荒だったが収集車のゴミを燃やしたのはそこにゴーレムが入っているかもしれないと思ったんだ。遠藤くんが持っていなかったら、施設で燃やされずに回収され、政府の目に付くと思ったからね」


 田中は政府や研究機関の手に渡る前にゴーレムを破壊したかったのだ。


 達也に降る以外のゴミの中に紛れていれば、全てのゴミを探すことは困難だ。


 だから一度に全てが送られる収集車を狙ったのだろう。


「時間がない、もうゴーレムを倒すしかない。リーシャさん、遠藤くん、協力してくれないか?」


 二人は田中の問いに頷いた。


 三人でリーシャのマンションへと向かった。


 危機的状況ながらも田中は意外にも冷静だった。


「ゴーレムは主の命令を聞くだけの傀儡でしかない。しかも確かにゴーレムは小さかったんだよね?」

「はい、小さな人形のような感じでした」

「それなら成長型だろう。初めから巨大な物を拠り所としたゴーレムに命令を下すタイプは労力が余計に必要になる。今回は段々と周りの物を拠り所として巨大化するタイプだろう」

「つまり……周りの物がゴーレムになるってことですか?」

「ゴーレムに吸収されると言って良い。何を拠り所にするかは主の命令次第だ。今回は自動的にゴーレムが起動するようになっていたから、周りのゴミを拠り所とするはず。リーシャさんがそのまま捨てなかったのは逆にお手柄かもしれないね」


 ゴーレムをゴミ処理場に送っていれば直ぐに巨大化して手が付けられない状況になっていたということだろう。


 田中が話の先を向けると、リーシャは走りながらドヤ顔だった。


「そうだろうそうだろう」


 怪我の功名という奴だった。


 三人がリーシャのマンションに到着すると全員が目を剝いた。


 七階建てのマンションの一室の窓に、張り付くような巨大な影。


 蠢く影は窓をくぐり抜けると、そのまま達也たちの元へと落ちてきた。


 粘性の音が辺りに響き渡った。


 不定形の形だった影は次第に輪郭を露わにして人の形となった。


 達也たちの二倍はあろうか言う程のゴーレムだった。


「……馬鹿な。どうしてもうこんなに大きいんだ。周りにゴミはなかったはず」


 驚きを滲ませて田中が呟いた瞬間、リーシャと達也は頭を抱えた。


「しまった……リーシャの部屋はゴミの山だった」

「タツヤが掃除してくれていればこんなことには!」

「お前が言うな!」


 ゴーレムに纏わり付いたゴミは、リーシャの部屋に散乱していた弁当のカスや万年床、配線の皮膜のカス、それに着古して洗っていないローブなどだった。


 全てのゴミがまるで磁石のように互いを引きつけあい、一つの巨大の身体を成していた。


 頭部を模したゴミの固まりの一点にリーシャは視線を集中させ、驚き声で言った。


「あぁ! しま○らで買った四枚セット980円のわたしのパンツ! 返せ! 返すのだ! 数少ない下着の一枚だぞ! それはゴミじゃないのだ! まだ連続で一週間しか履いてない!」


 リーシャの激怒も意に返さないゴーレム。


 まるでパンツを被る変態のように額にべったりと張り付いていた。


「無駄だよ、リーシャさん。パンツはゴーレムの一部になってる。簡単には取り返せない。もう君のパンツじゃないんだ」

「そんな……もう返ってこないのか。もうダメなのか……? 履けないのか……? わたしのパンツは……? 新しいのを買うしかないのか……?」


 悲しみに暮れた声に田中は力強く言葉を返した。


「希望はある。ゴーレムを倒せば、君のパンツはきっと返ってくる。絶対だ」

「……待っていてくれ。絶対に取り返してやるから」


 田中とリーシャは一体何の話をしているのだろう。


 鋭い視線で田中はゴーレムを見やった。


「まだいける。この状態ならまだゴーレムを倒せる」


 ゴーレムに人間のような瞳はない。


 しかし、ゴーレムと田中はまるでにらみ合うように距離を取っていた。


 身構える田中は腰を落とし、ゴーレムの虚を窺っていた。


 瞬間、猛然とゴーレムを包み込むように周囲を疾駆した。


 風のような身の軽さだった。


 田中の身体から笛の音のような音が鳴り響く。


 ゴーレムの周りを一周した瞬間、円形の炎がゴーレムを包み込んだ。


 煌々と燃える炎が夜空を照らす。身悶えるようにゴーレムは炎の中で暴れ回っていた。


 リーシャや田中と違って達也は初めて見る魔法に驚いた。


「すごいのだ!」

「魔女が火で驚いてどうする」

「いや、驚くのも無理はないかもしれない。通常の陣は紋様を刻むけど、これは音で陣を刻む方法なんだよ。魔精に視覚的じゃなくて聴覚的な方法で交信する方法さ」


 さわやかな笑顔で教えてくれる田中。


 本当に魔法というものはあったのだと思い知らされる。


 それに比べて自分の魔女は……何も考えないことにする。


 弛緩した空気が漂う中、唐突に炎がゴーレムの周りから消え去った。


 緊張の糸が張り詰める。


 焼け焦がれた跡が見受けられるがゴーレムは傲岸に笑うように身体を揺らした。


「まずいね……俺の力だけじゃあ無理だ。威力が足りない」


 田中は頭上の夜空を見やった。夜空を覆う厚い雲。星々の輝きは地上には落ちてこない。


「月の力が弱い。二月で俺も学んだから、月がないと威力が発揮できない。リーシャさん、協力しよう! 同門なら魔精の交信も似通っている! 混線せずに二倍以上の力を引き出せる!」


 田中の懇願する視線を受けた瞬間、


「うっ、急にお腹が痛くなった……ちょっとトイレに」


 リーシャの首根っこを掴む。


「魔法が使えない魔女なんです」

「忘れていたよ……」


 リーシャと達也の間に割って入るように、ゴーレムの剛腕が振りかざされた。


 空気を伴った一撃を間一髪で避ける。地面には深い傷痕が刻まれていた。


「身体全体を焼けないなら、エスタの譜を消すしかない。ゴーレムの中心にエスタの血と盟約で染まった毛髪が組み込まれてるはずだ。それを燃やすことができれば、ゴーレムも止まる!」

「それなら話は速いのだ!」


 リーシャはゴーレムの剛腕にも臆せず猛進した。


「おい、リーシャ! お前には――」


 ゴーレムの剛腕が嵐のように振るわれる。


 空間を歪めるような重い一撃が次々と轟音と共に中空に放たれる。


 しかしリーシャは魔女に似つかわしくない身のこなしで鉄球のような攻撃を避けて進む。


 ゴーレムの懐に入った瞬間、右腕をローブの懐に差し入れた。


「わたしには――これがある!」


 抜き放ったのは銀色の輝き。


 幾千もの戦場を共にした愛具。


 半田ごてだった。


「半田ごてのコテ先温度は最大で500度! これで貴様の命運を焼き切ってやるのだ!」


 田中の魔法にはない、一点特化の火力。


 リーシャはゴーレムに身を寄せ、突き立てるようにゴーレムの中心に半田ごてを押し込んだ。


 深々と突き刺さる半田ごて。


 まるでその場の時間が止まったように、両者の動きがぴたりと止まった。


 剣を引き抜くように、リーシャは半田ごてを抜いた。


 ふぅと息を吐いた。


「そもそも半田ごての電源がなかったのだ」

「ただ突き刺しただけかよ!」


 担当官二人が呆然とするなか、リーシャだけは冷静に状況を分析していた。


「こんなにやっても倒せないとは……何て強い奴なんだ」


 半田ごてを刺しただけでは倒せないとはさすがに言えなかった。


 しかし、ゴーレムは警戒しているのか、攻撃に移ろうとはしなかった。


 そればかりかのそりのそりと街路を歩いて逃げていく。


「ダメージはあるようだな……わたしの攻撃が効いたということか」

「どう見ても田中さんのだろうな」


 三人でゴーレムを追いかけると、道端の異世界のゴミにゴーレムが飛びついた。


 まるで吸収するようにゴーレムの身体が一段と膨れあがった。


 まるで筋肉を搭載したかのように人間の筋骨隆々とした姿となった。


 既にその巨躯は三メートルを超えていた。


「まずい……異世界のゴミが回収し切れていないからゴーレムが成長していく」


 ただでさえ手が付けられない相手が更に強大な敵と化した。


 ゴーレムはゴミを食するごとに更に巨大化していった。


 リーシャの突き刺すような半田ごても田中の相手を焼き尽くす魔法も功を奏さない。


「まずい……ゴーレムが集積場に向かっている。このままだと本当に」


 集積場には処理されていないゴミが累々と並んでいるはずだった。


 もしゴーレムが食するようなことがあれば、本当にこのまま破壊を尽くす化け物になりかねない。


 リーシャが歯がみするのが見えた。


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