犯人の狙い2
夜の公園はどことなく静けさが増していた。
住宅街のまっただ中にある公園は市民の憩いの場として利用されている。
夕飯時を過ぎた時刻には役目を果たし終わった公園がひっそりと眠りについたような雰囲気だった。
達也が先に立ち、後ろにリーシャと田中が並んでいた。
「いつ来るかわからないから、わたしも準備をするのだ。タナカも危なくなったらわたしの背後に隠れるのだぞ?」
田中の苦笑いに気付かないリーシャは二人を残して何かの準備を始めていた。
「本当に来るのかな……」
ぽつりと田中が呟いた言葉は大気に消えていった。
達也は説明しきれていなかった事実を口頭で伝えることにする。
犯人の犯行理由が自分であること。
「それに……盗難事件も関わってると思うんです」
「マニュアルがなくなったってあれかい?」
「はい。マニュアルと白峰の手紙……一見関係性はありません。ですが、マニュアルは自分が良く使っていましたし、白峰も利用していました。手紙も白峰が書いたものなので、臭いの痕跡が残っていたと思うんです。ですから、犯人はそれらを取って調べていたのだと思います」
腕を組んで考える仕草をする田中。
「なるほど……それなら全て説明できる、か」
リーシャが何故か楽しげに色々と設置している様を二人で眺める。
「ところで……田中さんが手紙を持っていますよね?」
田中は目を見開いて達也を凝視した。
達也と田中の間を静かに風が流れていった。
舞い上がった公園の砂が二人の間を一瞬埋めた。
鼓動と共に緊張が高まる。
逃げ出せるように達也は一歩足を下げた。
異変に気付いたリーシャが二人の間に割って入った。
きょろきょろと互いの顔を不思議そうに眺める。
「どうしたのだ?」
「田中さんが犯人だ」
「へっ?」
口をぽかんと開けて田中を振り返った。
「驚いたかい?」
「わたしは知っていたのだ。驚いたふりだな、うん」
魔女のことは置いておくことにする。
「どうして気付いたんだい?」
「名前が……田中太郎だからですよ」
ほう、と言う顔をして田中は驚いた。
「リーシャと同門のあなたは第二系統樹の魔法が使えると聞きました。今までの事件からも被害者に対して何らかの記憶を操作する魔法を施していたことはわかっていました」
「そうだそうだ!」
「被害者はどうやら田中さんに関する記憶だけがなくなっていたように思います」
「そうだそうだ!」
「……おい、合いの手を入れるみたいなのはやめてくれ」
「そうかそうか」
空気を読めない魔女をたしなめてから先を続ける。
「被害者は全員、思いだそうとすると頭を振ったり押さえるような仕草をしてました。多分、ちょっとした違和感とかがあるんだと思います。その仕草を俺は被害者以外にも見たことを思い出したんです」
ふっと笑ってから田中は達也の変わりに告げた。
「……三枝、か」
「その通りです。三枝さんに以前、先輩の社員のことを聞いたときに一瞬でしたが、答えが返ってきませんでした。三枝さんは二日酔いと言っていましたが、実は何らかの記憶の操作があったのではないかと気付きました。そして田中太郎という名前」
「田中も太郎も……日本では最も有名で古来から伝わっている名前……だね。変な名前ではないけど今ではむしろあまり見かけない。逆に目立つことに気付いたのはかなり後の方だったよ」
田中は三枝の記憶を改竄してカンタイで働いていたということだった。
「どうしてくさい俺を探していたんですか?」
「遠藤くんはどうして自分がくさくなったと思うんだい?」
「それは……異世界のゴミを何度も浴びるようになって臭いが取れなくなって……」
「それはね……違うんだ。順序が逆なんだ」
「順序が逆、ですか?」
田中の言っている意味が理解できなかった。
「アジリスタのゴミを何度も浴びたからくさくなったんじゃない。くさかったからアジリスタのゴミを何度も浴びるようになったんだ」
達也の理解を超えた衝撃の発言だった。
「少し転移魔法の話をした方がいいね。エスタの転移魔法はアジリスタから見れば新天地への架け橋だった。だけど、その転移は一方通行で帰ることはできない。ある意味島流しに近い。誰も行ったことがなく、どういうところか知らない人はそんなところには行きたがらない。結局、転移は流刑の魔法として用いられることになった」
そしてこの街はアジリスタからのゴミ捨て場として認定された。
アジリスタで使えない人間や役に立たない人間も同時にゴミに混じって捨てられるようになった。
「エスタが見いだした転移は不完全だった。任意の場所の指定もできないし、ある程度のばらつきが存在する。エスタの転移はこの街の、しかもどこかにしか飛ばせなかったんだ。
皇国リーデンはこの世界を領地として見なしてる。いつ別の魔道の人間がエスタと同等の転移を見いだすかがわからない。そんな状況でリーデンはこの世界を統括するようエスタに指示を出した。もし別の国が来ても対抗できるように、ね。エスタも宮廷に出入りはしていたけど、まだ完全に信用は得られていない。命令を無視するわけにはいかない。だから誰かがこの世界に来ないといけない状況になったんだ。既にゴミ人間が大量にアジリスタから捨てられていたなか、俺はエスタの命令に従ってこの世界にやって来た」
田中はこの世界の統括の命令を受けてやって来た。
「純学よりのエスタだったけど、自分が見つけた術を俺に持たせた。その薬剤は転移のばらつきを減らす効果があった。この街にしか飛ばせないが、その薬剤を塗ったものを中心としてゴミが降るようにしたんだ。転移の中心点を決めるのは音でも良かったらしいが、音だと目立つ。だから、臭いを目印にする薬剤を作った。そして、臭いをアジリスタのゴミでカモフラージュすれば、誰にも気付かれることはないってね」
ゴミの臭いの薬剤。転移の中心点。
「本当は俺が薬剤を浴びて中心点となって、ゴミに混じったアジリスタの情報や命令を受け取る予定だった。でも、いざ被ろうとしたときに、夜道で自転車で来た誰かと軽くぶつかった。そのときに薬剤が自転車の誰かにかかったんだ。それ以来、俺は自転車の誰かを探し続けていた」
達也には誰かとぶつかった記憶はない。大した衝撃でもなかったのかもしれない。
達也はゴミを受けたから臭いが取れなくなったのではなかった。
ゴミが降ってくる中心点を決める薬剤を浴びたせいでゴミを日常的に受けるようになったのだった。
エスタはゴミを任意の場所飛ばせないと言う。
つまり、アジリスタの人間から情報を受け取ろうとするならば、ゴミがある場所に行く必要がある。
薬剤は連絡通信手段を助けるものだったが、達也が偶然にも中心となってしまったのだ。
「……遠藤くん、ゴーレムを持ってるかい?」
達也が意味を噛みしめようとしていると、今まで会話を眺めていた魔女が話に加わった。
「持ってるのだ」
「そうか……魔女なら当然知っているものだからね」
そうだ当然だとばかりにリーシャは腕を組んで頷いた。
「それなら話は早いよ。なら回収車を燃やしていた理由や俺の目的もわかるだろう?」
回収車を燃やした理由を達也は思いついていなかった。田中の目的も同様だった。
「当然なのだ。タナカの目的は理解してる」
しかしリーシャは気付いていると言う。
肩を掴むと、目線で任せるのだと送ってきた。
「ゴーレムはこの世界を破壊する兵器だ。エスタがこちらに送り込んできた。持っているなら、渡して欲しい」
「渡すわけにはいかないのだ」
達也はようやく核心に思い至った。
達也がアジリスタから拾った人形がゴーレムと呼ばれる兵器なのだろう。
本来なら起点は田中になるはずだったが、達也になってしまった。
ゴーレムを受け取るはずだったのが、達也たちに取られる形になったのだ。
それで達也を探していたということだろう。
リーシャはゴーレムの知識があったから達也より速く結論にたどり着いた。
リーシャが身構えたのでつられる形で達也も身構えた。
「おい、リーシャどういう……」
「任せるのだ」
達也たちの姿を見て目を丸くする田中。
「ゴーレムを渡してはくれないってことかい?」
「タナカ……一つ質問があるのだ」
重々しい雰囲気のなかリーシャは切り出した。
息を呑むような瞬間。
「ゴーレムって何なのだ?」
こいつ何もわかってない!
「おい! またかよ!」
「話に混ざりたかったのだぁ……」
身体を丸めて達也からの叱責から逃げようとする。
「ちょっと待って欲しい。ゴーレムは小さな人形みたいな形をしてる。今ゴーレムはどこにあるんだい?」
切迫した表情にリーシャはたじろぎながら答える。
「……部屋に飾ってるのだ」
「ゴーレムに気付かなかったと? 魔女なのに?」
「……たまたま調子が悪かった。もっと良く見ればわかった」
「見間違えるはずがないって言ってたよな」
「あーあー何も聞こえないのだ」
ゴーレムとは魔道に通じる者なら当然の知識だったのだろう。
そこまで言ってからリーシャは半田ごてを構える。
「でもタナカがゴーレムで街を壊そうとしているのは知ってるのだ!」
「待ってくれ! 俺はゴーレムを――壊そうとしてるんだ!」
公園の遙か彼方から地響きのような轟音が届いた。
田中は緊迫した表情で振り返った。
「まずい……ゴーレムが起動してしまった」
状況に取り残される達也とリーシャだった。




