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犯人の狙い

 

 夕闇に沈みつつある街路を曲がりながら達也は目的の場所に急いだ。


 焦りばかりが胸中に募り足が思ったように回ってはくれない。


「あそこなのだ!」


 リーシャが指差す方向に視線をやった。


 朧気な姿が段々と輪郭を伴って現れ始める。


 地面にへたれ込んでいるレイラ。


 それを覆うように睥睨する黒いフードを被った人間。


 手には木製の杖が握られている。


「おい、何してる!」


 フードに覆われた暗い表情がこちらに向いた。


 フードの中身を見るには距離が遠かった。


 瞬間、フードの人間は咄嗟にレイラから距離を取り、ありえない跳躍力で住居を飛び越す。


 そして夕闇に消えていった。


「ちくしょうなのだ。発信器を投げたのに当たらなかった」


 リーシャは手の中に無数にある小さな機械の群れを握りしめた。


「また変なの作ってたのか……」

「変なのじゃないのだ。粘性の樹脂で覆われていて当たれば張り付けることができる。軍の盗聴にも耐えられるギガヘルツ帯の通信が可能で、幾重にも重ねられた波長変調方式が採用された最新モデルなのだ」

「俺的にはもっと使い魔的な何かで追跡して欲しかった……」


 馬鹿をやっている場合じゃないと思い直し、直ぐ様腰を落としているレイラの所へ向かった。


「大丈夫ですか!?」

「は、はい達也さん……ありがとうございますっ」


 怯えを含んだ瞳には涙を溜めている。達也の手を握って立ち上がる。


 その手は少しばかり恐怖で震えていた。


「恐かった、です……」


「もう大丈夫ですよ。何かされましたか?」

「それは大丈夫でした。あれが最近話題の……」

「そうです。もう何人も襲われています。顔などは見ましたか?」


 達也は期待して聞いたが、レイラは悲しげに首を横に振るだけだった。


「あたりが暗かったので、わかりませんでした。それに恐くて……」


 レイラの様子を窺っていたこともあり、きっとレイラ以外の人間が周りにいないときを狙っていたのだろう。


 夜に近い時間帯ということも顔を見られないことには都合が良い。


「私が帰っていると急に空から降ってきたみたいに、私に近づいてきたんです」

「近づいてきた?」

「はい。話す程度の距離ではなく、こうです」


 レイラは犯人がやったのと同じことをやってみせた。


 レイラと達也の顔の距離が一段と縮まる。


 まるで吐息すら聞こえそうな程の距離。


 恋人同士が口づけを交わせるほど。


 レイラの丸みを帯びた瞳。それを飾るように伸びた睫毛。艶やかな薄紅色の唇。


「どうですか?」


 レイラは男性に対して無防備なところがある。変にドギマギさせられる。


「とってもうれし――恐いですね。羨ま――ひどい奴です」


 すっと天使の顔が去って寂しかったが、違和感に気付く。


「後、何かをわたしに聞こうとしているように思えました。達也さんが来てくれたので、口を閉じましたが」


 犯人は周りや本人に姿を見られないためにフードで顔を隠している。


 魔法で記憶を消しているのも自分の情報や聞いたことを隠すためだろう。


 記憶を消したり改竄したりできるとは言え、犯人は何故フードの中の表情が見えてしまうほど顔を近づけたりしたのだろうか。


 その疑問をリーシャに話すと、


「レイラかどうか確かめるためとか……あたりは暗かったし」

「初めから襲う人間のことは知ってるだろ……襲ってから、はい間違えましたじゃやばいし」

「レイラが可愛いから見ほれたとか」

「それだ、それに違いない」

「冗談のつもりなのだ」


 確かに自分ならいざしらず、襲う人間に見ほれる奴もいないだろう。


 話すだけなら顔を至近距離まで近づける必要はない。


 しかし、やはり謎は犯人は何故被害者を襲ったのかということだった。


 今までの事件同様、今回も被害者に危害を加えるつもりは全くないようだった。


 しかし、一体誰が選ばれているのか。その理由は何なのか。


 特に知っているアデルやレイラには一切の接点がない。


 アジリスタ時代にどこかで会っている可能性も皆無ではないが。


 犯人はアジリスタの人間。エスタから薫陶を受けた魔道の人間。ターゲットはゴミ人間。


 ゴミ捨て場として認定された街で何かをしているのは確かだった。


 レイラを自宅に帰し、暫く安静にしているように告げる。


 魔女と担当官は結局収穫もなく、帰路に着いていたときだった。


 言葉に形容できない感覚。達也は上空を見上げた。


 空間が削り取られたような暗闇。


 大量の異世界からのゴミが降って来るのを見咎めた瞬間、達也はその場を飛び退いた。


 自分の背丈ほどはあろうかという程のゴミの山々だった。


 じっとりとした粘性の液体が道路にしみ出し、臭気が滲み出る。


「また降ってきたな……最近は頻度が高い気がする」

「エスタ様によりけりだがそれだけゴミが増えているということだろう」


 達也が携帯を片手に回収部署に電話を入れていると、生ゴミのなかに物珍しい物があるのを見つけた。


「なんだ、これ……」


 生糸で作られた小さな人形だった。


 色鮮やかな糸が幾重にも積み重ねられ服飾も施されている。


 顔は存在するのだが、表情までは作り込まれていなかった。


 異世界からのゴミは基本的に生ゴミや生活の廃棄物だと思っていた。


「珍しいな……人形だ」


 検分するようにじっくりとリーシャは眺め回した。


「最近、城下町に色々な街から来た旅商人が市を開いてる。食料不足からの貧困で出稼ぎに近い商売をしている者が多いのだ。新しい嗜好品として売られている物だろう。可愛いな」

「良く知ってるな」

「嗜好品には口うるさいのだ。見間違えるはずがない」


 達也には必要のないものだったので、リーシャにあげることにした。


 自室に戻ってからリーシャは部屋の隅に飾り、万年床に腰を下ろした。


 犯人に関する議論を始めようとしたときだった。


 達也のポケットの携帯電話が鳴った。相手は三枝だった。


「はい、遠藤です」

「三枝です。事件よ……白峰さんが襲われたわ」


 達也の手から携帯電話が滑り落ちた。



 三枝から街の病院にみつりが運ばれたことを聞かされ、達也は病院に向かった。


 一体どうしてみつりが狙われたのか? 


 今までの犯行は全てゴミ人間に限定されていた。


 犯人もアジリスタの人間だから、アジリスタから捨てられた人間を狙うのが当然だった。


 みつりが狙われる原因が見当たらない。


 病室に駆け込むと、病室のベッドの上で身体を起こしているみつりの視線がこちらを向いた。


「白峰、大丈夫か?」

「大丈夫です。気を失っているところを住民の方に見つけてもらって念のために検査を受けただけです。何も怪我はしていませんよ」


 落ち着き払った態度に達也もつられるように安堵した。


「そうか……良かった」

「先輩は犯人を追っていると聞きました。検討はつきましたか?」

「犯人の検討はついてる。リーシャの師から薫陶を受けた魔道の人間だ。だけど目的がさっぱりわからない。何のために、誰を狙っているのか。それとも無差別なのか……犯人のことは?」

「見ていないです……というより思い出せないです」


 瞳をじっと閉じて記憶を探っているが、顔をしかめて首を横に振った。


 やはり犯人はみつりの記憶を操作したに違いない。


 犯人のことだけ記憶から抜け落ちている。


 思い出すだけで頭の情報がこんがらがり、意味がわからない。


 犯人のターゲットはゴミ人間ではなかったのか? 担当官も狙いなのか? それなら尚更アジリスタの人間と接点は存在しない。犯人が何をしようとしているのか。


 一人ぶつぶつと言いながら思考を巡らせているとみつりの視線に気付く。


 咄嗟にひょいとみつりは瞳を逸らし、ベッドに視線を落とした。


「先輩、身体がびちょびちょ、です」

「そりゃ、思いっきり走ってきたからな。犯人は怪我を負わせるタイプじゃないけど、やっぱり白峰が心配だったんだよ。俺に話しかけてくれる唯一の後輩だ」


 笑顔を見せると、みつりの頬が火照る。


 シーツを上げて顔の下半分を隠す。消え入るような声でぽつりと呟く。


「後輩じゃなくて……女の子が良かったな……」


 達也が聞き取ろうと何歩かみつりに近寄った。


 はっとした表情であたふたとするみつり。


 逃げるようにみつりはシーツを頭から被った。


「何でもないですっ。先輩はくさいから近づかないでくださいっ」


 あはは、と苦笑いする達也。瞬間、脳内に閃光のような閃きが走った。


 今までの不可解な謎が繋がり、複雑な糸の結び目を両断する方法が見つかった。


「そうか……そういうことだったのか」

「ん? どうした、タツヤ。何かわかったのか?」

「犯人の狙いがわかった」

「ふむ、じゃあ犯人は一体何をしているのだ?」

「犯人は……俺を狙ってるんだ」


 その言葉を聞いた一同の表情に驚きが走った。


「先輩を、狙っているんですか……?」


 静まりかえった場にみつりが切り出した。


「今回の事件の標的……特にアデルさん、レイラさん、白峰……三人に狙われるような共通点は存在しない。二人はゴミ人間だし、一人は担当官だ。全員が知り合いというわけじゃない。白峰は他の二人を知っているが、アデルさんはレイラさんを知らないし、レイラさんはアデルさんを知らない。犯人が襲っているからには何か法則があるのは間違いない。でも全員が共通している法則……例えば全員が友達のような共通項が三人にはない」

「先輩が頭を働かせている場面……珍しい」

「タツヤ……ただの変態じゃなかったのだ」


 茶化す二人。達也は反論したかったが更に続ける。


「この街にゴミ人間は一万人ほどいる。襲われた人は合計で五人。どうしてこんなにも沢山いる人のなかで三人も俺は……知っているのか? 偶然、襲われた三人が俺の知り合いだったのか?」

「身の周りの人ばかりが襲われる……偶然とは考えづらい、ですか」


 みつりの言葉に深く頷いた。


「一見すると無差別に見えるけど実は法則があったんだ。俺は全員を知ってる。全員と会ったことがある。三人は……俺の知り合いという共通点がある。襲われた五人のうち三人と会ってる。自分の周りから被害が出すぎだと思った」


 リーシャは頭を捻っていたが、達也が視線を向けると唐突にふむふむと頷き始める。


「ほうほう、そういうことなのか。全部わかったのだ。やはりわたしは天才だったか! はやくミツリにも説明してやるのだ! はやくはやく!」


 魔女に話を引き継がせようと思ったが、可哀相だからやめた。


「ですが先輩、先輩と会ったことがあるだけで狙われるなんてよほどの死神じゃないと無理な気がします。それとも、先輩は死神なんですか?」

「……死神じゃない。確かにただ会ったことがあるだけが原因じゃない。白峰、俺がさっき近づいたときに言った言葉をもう一度言ってくれないか」

「先輩は女の子の気持ちがさっぱりわからないどうしようも人です」

「そんなこと言ってないだろ……」

「……くさいから近寄らないでください、と言いました」

「そう……くさいってことが原因だったんだ。犯人は一度だけレイラさんを襲うのに失敗してる。そのとき記憶をいじれなかったから、証拠を残してた。それは、見られる危険性を犯してまでレイラさんに近づいたこと」

「あぁ、レイラに見ほれたっていうあれなのだ」

「そう。レイラさんに見惚れるのは当然だったと思うが、今回の犯人は違ったんだ。見るために近づいたんじゃない。臭いを嗅ぐために近づいたんだ」


 リーシャもみつりも目を丸くした。


 達也自身もこの事実には驚かされた。


「俺に近づくと、臭いが移る。だから、俺に良く会う人というのも、俺の臭いが移っている人ということになる。アデルさんとは白峰との関係で良く会ってた。レイラさんとも会ったり、身体を接触させたりしてた。白峰とも良く会うことがあった。最初に襲われた二人はアジリスタのゴミに囲まれる生活をしていたらしい。俺の臭いもゴミの臭いだから襲われた原因には臭いが関係してる。そして臭いの根源は俺だから、犯人は俺を探しているに違いないんだ」


 どうだ、と周りを見渡すとリーシャが偉そうに腕を組んで頷く。


「まぁわたしも途中から全てを理解していたのだ。魔女だからな」


 本当に性格を直すのは困難なのだなと思った。


 もう性格を直そうということすら忘れている可能性すらある。


「でも、どうして臭いなんですか?」


 その質問には達也も答えられなかった。


 アジリスタからのゴミが降ってきて達也はゴミの臭いがとれなくなった。


 その達也をどうして犯人は探しているのだろう?


 達也は初めは自分の臭いを消す方法を探すためにカンタイのバイトを始めた。


 もしかすると、犯人が臭いを消す方法を知っているかもしれない。


「だから、犯人の前に直接行こうと思う」

「狙われているタツヤが犯人をつろうと言うのか?」

「そんな感じだな。犯人に相手に危害を加えようとする意思がない。だから、直接会っても問題ないと思う。リーシャの知り合いだから、リーシャも来てくれれば嬉しい」

「任せるのだ! もし戦いになっても、ぼこぼこにしてやるのだ!」


 ローブの裾から半田ごてを取り出し、素振りのように何度も振った。


 さすがにみつりには一緒に来てとは言えない。


 みつりには僅かに残る危険にも会って欲しくなかった。


「他には呼ばないのか? 仲間は多い方が良い。三枝とか、えっと先輩だと言っていた……」

「田中さんだな。三枝さんは一応女性だし」


 達也は田中に連絡を取り、公園で待ち合わせることにした。


「後は犯人をつるだけだ。待っていればきっと来るのだ」


 頷いてから二人は公園へと向かった。



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