魔女、見直される
心が漠然としている状態でも自然と達也はリーシャの元に足が向かっていた。
今までの自分はそれほどまでにリーシャの傍にいたのだと考えさせられる。
マンションの入口が遠目で見える位置まで来ると、リーシャがコンビニの袋に何かを詰めてマンションから出てくるところを目撃する。
電子工作の買い物でもするのかと達也は後を付けることにした。
しかし、リーシャが赴いたのは電子工作専門店ではなく、エア出勤する間に時間を潰していた公園だった。
公園の中央には小学校低学年くらいの男の子たちが座っていた。
リーシャが胸を張って男の子たちの前で堂々と宣言する。
「これから、魔女の魔法の力を披露するのだ!」
宣言にも関わらず、どこかどんよりとした男の子たち。
少し興味ありげな視線を魔女に向けるだけだった。
達也が遠目にその光景を眺めていると、一人の老女が近寄ってくる。
「あなたも、先週見ていたのですか?」
しわがれた声の中にも人を想うような深さがあった。
「どういうことですか? 何かあったんですか?」
「たまたま、ですか。あの女の子ねぇ……魔女らしいですね」
バカにするような響きはなく、老女はしっとりと笑った。
「ゴミ人間……私も何度か耳にしたことがあります。アジリスタから使えない人間、役に立たない人間が捨てられている……とね」
「その……俺は彼女の担当官です」
「あぁ……そうなんですか。いつも異世界からのゴミを片づけてくれてありがとうね」
目尻を細めてにこにこと笑う姿に、達也は咄嗟に、いえいえと礼を返した。
「リーシャは……一体何をしているんですか?」
「先週ぐらいでした。今時珍しく公園で遊ぶ男の子たちがいたんです。私にはわかりませんでしたが、一つのおもちゃを使って遊んでいたんです。でも、壊れてしまった。誰が壊したとも言えなかったのですが、子どもたちは、自分のせいじゃないと言い始めると直ぐに『お前が壊した!』『俺じゃない! お前だよ!』と喧嘩をし始めてしまったんです。剣呑な空気と言いますか、今まで仲良くしていたのに途端に重い空気になっていました。結局仲直りできずに、棒立ちする男の子たちの間に、魔女さんがやって来たんです」
『喧嘩しちゃだめなのだ』。
リーシャはそう言った後に事態を見極めていたらしい。
男の子たちが仲違いしている様子を見ると、唐突に声を上げた。
『わたしは魔女なのだ。お前達に魔女の技を見せてやるのだ。ただし、来週全員揃わないと見せないぞ』。
「魔女さんはそれで今日、男の子たちを全員呼んだんです。仲直りさせるためだったんでしょう。気まずさを残しながらも、男の子たちはここに来たみたいですね」
リーシャがそんなことを……。
リーシャは聴衆の反応がないと見ると、更に声を張り上げた。
「今から火を出してやるから、よく見ておけ!」
魔法が使えない魔女。
以前、マッチを見せつけられた変な思い出が蘇る。
リーシャは何歩か下がると、地面の砂を撫でた。
瞬間、リーシャの背丈はあろうかと言うほどの火柱が上がった。
煌々と燃えさかり火花を散らす炎。曇っていた子どもたちの表情が華やいだ。
『うおぉ! すげぇ! なんだこれぇ!』
『まじで魔女だったのか!』
『アジリスタの人間すげぇ!』
驚きの声を重ねて子ども達はリーシャに集まり始める。
「もっとすごいと言って良いのだ」
得意気なリーシャに子どもたちの賞賛が集まる。
リーシャは本当は魔法が使えたのか? すると、老女がくすりと笑った。
「あれは……魔法じゃありませんね。単なる化学反応……テルミット反応ですね」
そう言えば、中学の理科の実験で同様な火柱を見たことがあるような気がした。
あいつ……結局、化学かよ……。
研究所で働いたときに仕入れた知識かもしれない。
しかし小学生はそんな複雑な知識を持っていないために、リーシャの技を魔法だと勘違いしている。
『もっとやってくれよ!』
『すげぇのないの?』
要求が様々に寄せられ、リーシャはこほんと咳をした。
「これに声を入れてみると良い」
リーシャがコンビニの袋から棒のような形状のアイテムを取り出す。
布に覆われた棒に声を入れると、唐突に公園の木々から声が飛んでくる。
『私を呼ぶのは誰だ?』
子ども達が一斉に振り返るが誰もいない。
再び声を入れると、地面から声が上がる。
『お前達を見ている』
子ども達は大はしゃぎで声の元を探そうとするが、なかなか見つからない。
「魔精がお前たちと交信してくれているぞ」
後ろ手にリーシャが何やら機械を操作しているのが目に入った。
走り回っていた子ども達もめざとくそれを見つける。
『こいつ、何か持ってる!』
『機械だ! インチキだ!』
見つかったリーシャは動揺を隠しきれず慌てて服の中に隠そうとするが、子ども達に取り押さえられる。
「ち、違う! これは魔法なのだ!」
なにやってんだよ……あいつ。
子どもにすら見破られた魔女に呆れる。
『じゃあ、さっきの火も嘘?』
一人の言葉に全員が疑いの目を持ち、リーシャを取り囲む。
『きっと何かトリックがあるんだ!』
『探せ!』
無邪気な笑いを浮かべながら子ども達はリーシャを脱がそうとする。
「やめるのだ! 白状するからやめるのだ!」
リーシャは子どもの猛襲から逃れ、衣服を整える。
「実はあの火柱は化学反応なのだ。アルミニウムと酸化鉄を混ぜると酸化還元反応でジュール熱が発生するのだ。それがあの火柱の正体だ」
『こいつ魔女じゃないのかよ』
『なんで理科の話してるの?』
子どもたちの疑問も尤もだと思う。
魔女はどんどんこちらに来てから魔法から離れていく。
「先ほどが色々な所で聞こえたのは電波を送信してランダムなところで決まった声を出すような装置を設置してるからだ」
魔法ではなかったとしても、それらの技術は子ども達の興味を引くようだった。
『何かもっとないの?』
『もっと見たい』
子ども達から要望の声が上がるが、わかっていたかのようにリーシャはコンビニの袋を広げた。
「今日は沢山作ってきたのだ。これでみんなで遊ぶのだ」
コンビニの袋の中にはリーシャが電子工作で作ったであろう機械が沢山詰まっていた。
トランシーバー。
音声拡張器。
四足歩行小型ロボット。
魔女の手から生み出された科学の産物が次々と子ども達に渡っていく。
傍から眺めようとしていたリーシャも、
『へっぽこ魔女もやろうぜ』
『使い方教えてよ!』
色めき立った声に取り込まれ、子ども達に紛れて遊び始める。
そんな様子を老女と共に達也は眺めていた。
最近リーシャの金使いが荒かった。
自分の食費まで削って電子工作を行っていた。
電子工作の機械は子ども達を楽しませるために作ったのだろう。
公園での祭りのような騒ぎが終わりを告げる。
斜めに差していた夕日が街の向こう側に隠れ始め、子ども達は魔女の周りに集まり始めた。
「今日は楽しかったか?」
子ども達の声が我先にと上がる。
『楽しかった!』
『すごかった!』
「もう喧嘩はしちゃだめなのだ。ちゃんと仲直りするのだ」
楽しみを共有した子ども達がバツが悪そうに頭を掻いた。
そして互いに見つめ合い、笑顔になった。
「うむ。みんなが笑うとわたしも嬉しい」
表情一杯に広がる笑顔。
子どもたちがリーシャの機械を返していると、一人の子どもが名残惜しそうに見つめている。
リーシャはそれに気付くと手を止めた。
「これらの機械……全部あげるのだ」
魅力的な提案に一瞬表情が和らいだ。
しかし何かに思い当たったようにおずおずと言葉を口にする。
「……でもでも、大切で……一生懸命作ったものなんでしょ?」
給付金の八割以上は電子工作費に消えている。
魔女は電子工作に全てを注いでいると言って良い。
その機械が大切でないわけがない。
「別に良いのだ。この機械で誰かが笑ってくれるなら、それが一番だ」
躊躇するような素振りすらリーシャは見せなかった。
子ども達は笑顔でリーシャの機械を取り合いっこする。
笑顔でリーシャは宥めながら、子ども達を最後まで公園で見送った。
老女も帰り支度を整えながら最後にぽつりと呟いた。
「魔女さんは……良い子だねぇ」
リーシャは一人後片付けをしてから公園を去った。
達也は偶然出会った風を装い、リーシャの前に飛び出た。
「……どこ行ってたんだ?」
一瞬迷いが走ったがリーシャは首を横に振った。
「どこにも行ってない。散歩していただけなのだ」
リーシャが公園での事実を隠したことに驚いた。
以前、リーシャは自室のゴミ箱にゴミを入れただけで社会に有用性があると書いてくれと頼んだことがあった。
今回の出来事なら言われれば書こうと達也は思っていた。
しかし、リーシャはその事実を隠したがっているらしい。
有用性なんか全く考えない行いだったのだ。
喧嘩をしている子達を見過ごせなかった。
ただ笑顔にしたかったからやっただけ。
そこには何も打算は含まれていない。
リーシャ自身がやりたかったからやっただけだった。
リーシャの新しい一面を垣間見た。
「あぁ……お腹減ったのだ。今日もパンの耳か……魔法で増やせないものか」
ぼやくように言うリーシャ。
「しょうがないな。今日は奢るよ」
不可解な物を見たという表情。
訝しむリーシャ。
「どうした? いつも計画的に生活費を考えた方が良いと言ってたのだ。何かあったのか?」
何かあったのはそっちの方だよ。
「別に何もない。さ、行こうぜ。飯の後にちょっと三枝さんの所に寄るからな」
目を伏せてからリーシャは、そうか、と言った。
リーシャに飯をご馳走してからカンタイの受付で三枝を呼んでもらう。
担当官の居室で待っていると三枝がやって来る。
「なにって……あの話ね」
三枝は達也の顔や瞳の奥底を窺うと、表情を緩めた。
「ま、言わなくてもわかるけどね」
「言わせてください。俺は……リーシャの担当官はおりません。これからも続けるつもりです」
「……どうして? 粗大ゴミ不燃……客観的に見てもリーシャさんは他の不燃と比べてもひどいと思う。他にも再分別を必要としているゴミ人間を担当した方がいいんじゃない?」
「リーシャははっきり言ってひどいです。生活も不規則だし、金使いは荒いし、見栄を俺以上に貼るし、嘘を付くし、しかも隠そうとするし、楽な方に逃げようとするし、色々適当だし……挙げればきりがありません。でも、……それでも、良いところもある」
公園での出来事をかみしめるように達也は力を込めた。
ようやくリーシャに対する想いが固まったような気がした。
「担当官が見捨てたら、決してゴミ人間の頑張りは評価されない。だから、リーシャが頑張るなら、俺は本気で応援したい。支援したい。一人の人間としてもです。もし、他のゴミ人間の所に行く必要があるなら、更に担当を増やすまでです」
「……相当ブラックになるけど?」
「初めから覚悟してましたよ、ブラックなのは」
二人で笑いを交わす。
「……何だか急に成長した気がする。童貞から非童貞になったぐらいの達観ね」
何を言い出すんだ、この人は……。
「ですって……リーシャさん」
言ってから三枝は達也の背後の扉に目を向ける。
がたんと扉の向こうから音がする。
「誰もいないのだ!」
自分でいることを証明していると三枝が扉をあけた。
リーシャがばたりと床に倒れ込む。
どうやら扉に耳を当てて二人の会話を聞いていたらしい。
「リーシャさんから聞いたのよ、色々と。『タツヤに悪いことをしてしまった。手伝ってもらったのに、幻滅させた。でもタツヤを担当官から外さないで欲しい。タツヤが良い』ってね」
「言わない約束だったぞ!」
必死の抗議も、言っちゃった、と三枝は茶化す。
「だから、本当はやめてもらうつもりはなかったけど、厳しいことを言わせてもらったの。担当官がゴミ人間を見捨てることの重さを理解してもらいたかった。担当官が見捨てたら、もうゴミ人間は評価もされない。勿論、永久に頑張ろうとしないと思える人もいるかもしれない。でも、それでも担当官は最後まで信じて支援を続けてあげないといけない。ゴミ人間はアジリスタから捨てられた人間。あそこでは身分もあるらしいし、それが原因で捨てられる人もいるかもしれない。でも、ここでは違う。身分がどんなだったとしても、頑張りや結果は評価される。それに捨てられたときはダメだったかもしれないけれど、こちらでは頑張れば評価される。こちらでは、もう一度チャンスが与えられているの。再生のチャンスを私はあげたい。でも、担当官が見捨てたら、いくら頑張ってもどうしようもない。でも現実は厳しい。担当官の数には限りがあるし、効率を考えれば、見捨てた方が良いと思う担当官もいると思う。でも、それでも……遠藤くんにはそうなって欲しくないって私は思ってる」
経験に裏打ちされた重みのある言葉の数々だった。
担当官とゴミ人間の関係。それを取り巻く世界状況。
更正の最後の砦となる制度。三枝と向かい合っていると今度は三枝が瞳をそらす。
「あーあ、何だか疲れちゃった。もう飲みにいこ」
逃げるように退出してしまった。
きっと本心を語ってしまった気恥ずかしさからだろう。




