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不信任要求2


 達也は会議室を飛び出し、自分が何をすべきか考える。


 調査員とのやり取りはまさに未熟な自分を表しているようだった。


 上手く話すこともできないし、まともなことも言えない。


 しかしレイラだけは何とかして助けたかった。


 自分に出来ないならと達也は田中に連絡を入れた。


 田中に今起こっている状況を説明すると、


「はっはっは……面白いね、遠藤くん」

「笑い事じゃないですよ……困ってるんです」

「いやぁ、いきなり定期調査で不信任要求をかます新人なんか初めて見たよ」


 やはりただごとじゃないようだった。


「それで、遠藤くんはどう総合項目に書こうとしてるんだい? 担当官の腕の見せ所だよ」


 担当官の技量はこのような場面で発揮されるのか。


 確かに伝え方や書き方次第で調査員に与える効果も大きく変わってくる。


「えっとですね。『バイトとして喫茶店に勤務。普段から注意力散漫な点も見られるが、努力して直そうとしている所は評価できる。また可愛いので、集客する能力もある』です」


 会心だと思った総合項目にうなる声が聞こえる。


「ダメだね」


 厳しい言葉に達也は打ちのめされる。


 ゴクチョウも自分でまともに書けない。


 そんな気配を察してか、田中は声に優しさを含める。


「前の総合項目にはあって今の遠藤くんのにはないものはなんだと思う?」

「……ちょっとわからないです」

「それはね、遠藤くんの総合項目には具体性が欠けてる。例えば、バイトとして勤務と、二年間一日たりとも休まずでは与える印象が異なる」


 確かに努力や頑張りの様子が付け加えられている気がする。


「それから努力しているなら、何を努力しているか、メモを取っているならそれを書き込む。それから可愛いっていうのは主観だからね……つけいる隙を与える」

「だめですか……」

「いや、大事なのは結果だよ。抽象的なものより具体的で結果を含んでる総合項目は強い。じゃあ何に結果が必要なのか……それは遠藤くんで考えてみようか」


 はい、と返事をしてから通話は途切れた


 。田中は自分を成長させる機会を与えてくれたのだろう。


 厳しい指摘もあったが全て田中は自分を良い担当官として育てようとしてくれている。


 その期待には応えたいと達也は思った。


 結果か、と一人悩み、自分の総合項目に何が足りないかを思考する。


 気付いた瞬間、達也は大急ぎで喫茶店に連絡を入れた。


――――――――――――――――――


 会議室にはレイラと調査員が出たときのままの姿で座り込んでいた。


 心配そうに見つめるレイラに親指を立てる達也。


 ストーカーのような行為を暴露したことは達也の中ではなかったことになった。


 調査員の前に新しく書いたゴクチョウを並べる。


「『二年間一日たりとも休まずバイトとして喫茶店に勤務。普段から注意力散漫な点も見られるが、努力してメモを取り、アドバイスを聞き入れるなど直そうとしている所は評価できる』」


 達也が総合項目の一文を読み上げると、調査員の面々は押し黙った。


 緊張で震える声を何とか抑える。


 自分には咄嗟に上手な返しをする能力はない。


 あまり反論されたくない。


「あと、レイラさんは可愛い」

「前も言いましたが、わたしは可愛いとは……それに、社会に役立つとは」


 達也は先ほど暗記した言葉を言う。


「先ほど、店の売り上げを調べてきました。レイラさんは最近シフト時間を変えました。新しい出勤時間のときの売り上げが以前より伸びていることがわかりました」


 達也は咄嗟に作った手書きのグラフをゴクチョウの添付資料として見せた。


 レイラのシフトは以前は午前だったが、一ヶ月前ほどから午後に変わっている。


 ここ一ヶ月の出勤時間の午後二時から午後五時の間の売り上げが伸びている。


 達也は総合項目の最後の一文を読む。


「『レイラの美貌は喫茶店の集客に結びついており、○○円の増収が認められる。よってレイラには社会的な有用性があると判断できる』」


 達也の言葉に無理に反論する調査員は誰もいなかった。


 達也は会議室を出た瞬間、ガッツポーズした。


 これでレイラを可燃の分別にとどめることができた。


 達也は喫茶店に連絡を入れ担当官であることを明かし、店の情報を聞き出した。


 達也に損益が計算できるはずがなかったが、店側でもレイラの集客能力に気付いており、そのデータを譲ってもらい、あのような詳細な項目を作ることができた。


 喜びのあまり田中に連絡する。


「おぉ、やったじゃないか! 遠藤くん、頑張ったね!」

「いやぁ、ありがとうございます。田中さんのおかげでした!」

「はっはっは、美貌と集客能力を結びつけるのは良いよ。会社などの利益はかなり分別には評価されるところだからね。だけど、少し甘い点があるな……午後二時から午後五時の間に集客能力が上がったのは本当にレイラさんのおかげなのかな?」

「……どういうことですか?」

「新商品だよ。あの喫茶店では最近春期果物パフェを押しているそうじゃないか。午後二時から午後五時はちょうどおやつどき。あの店は店構えからして女性客も多いから、春期のパフェを求めておやつの時間にやって来る……それで以前より集客が上がったとも考えられるよね?」

「そっか……確かに一概にレイラさんのおかげとは」

「その通り。まぁ、そこまで聞く人は少ないけど、レイラさんの頑張りを証明するなら、春期パフェの可能性を否定しておくことも大事だってね」


 田中さん……やっぱりすごい。


 ベテランだけあって直ぐにミスに気付き、指摘するとは。


 やはり担当官には担当官なりの腕があるということだろうか。


 今回は田中と喫茶店側の協力がなければ、まず定期調査を乗り切ることができなかった。


 達也の力はゴクチョウにまとめる程度の微々たるものだった。


 通話を切ると、会議室からレイラが飛び出してきた。


 躓いたレイラを抱き起こすように支える。


 達也に触ると、臭いが移るため手を離そうとすると、レイラが逆に達也にしがみつく。


「あの、あの……遠藤さん!」

「達也で大丈夫です」


 変態行為を暴露したことはなかったことにした。


「で、では達也さんっ! ありがとうございました」


 瞳に涙を溜めて達也の両手を握りしめる。心なしか身体の距離も近い。


「い、いえ……俺はレイラさんの頑張りをきちんと評価しただけですから」


 キリっと言う語尾でも付きそうな感じだった。


「今度、お部屋に来てくださいっ! 何かお礼などが出来れば!」


 ぐいと胸を押しつけてくるレイラ。


「いえいえ、良いんですよ! 担当官として当然のことをしただけですから!」


 担当官……このままだと三枝の話ではそのまま達也がレイラの担当官になるという話だった。


「俺がレイラさんの担当官……か」


 感慨深げに呟くと、近くから割り込むような声が届いた。


「鼻の下を伸ばした先輩、どういうことか説明してくれますか」


 何故か不機嫌そうなみつりが達也の前にやって来ていた。


――――――――――――――――――――――――


 レイラを自宅に帰し、みつりに詳しい事情を説明する。


「つまり、先輩はやましい気持ちがあってレイラさんの担当官になったと」

「そんな話は全くしてないぞ?」


 終始俯きがちでみつりはこうしてチクチクと達也を責める。


「レイラさんを見て担当官としての責務を思い出したんだ! ごみっ娘をきちんと評価して社会に有用であるかどうかを判断し、分別する。レイラさんの頑張りは評価されるべきものだ!」

「つまり、そこには全く、これっぽっちも邪な気持ちはなかったということで良いんですか?」


 達也は何も言い返せなかった。


「先輩は変態で、いやらしいです」


 唇をとがらせ、達也から顔を背ける。


「ち、違うんだよ。そ、それは置いといてだな……実は俺はこの調査で学んだこともある。ゴクチョウの総合項目には結果が大事だってことだ」

「どうせ誰かの受け売りですよね」

「そ、そうだけど、大事ってことを俺も実感したんだよ。だから白峰も気をつけようってこと」

「……はぁ、先輩はレイラさんをこれからどうするつもりですか?」

「ば、バカ! 襲うつもりなんかねぇよ!」

「もうどうしようもないですね。担当官として、です」

「それは……別にどうもしなくていいだろ。レイラさんはもう可燃だから審問委員会に再分別を要求する意思はない。普通にバイトをして暮らすだけだ」


 レイラには特別な問題はない。


 現状の問題はリーシャの方だった。


 粗大ゴミ不燃。魔法が使えない魔女。


 リーシャが有用であるという材料を作り、達也がゴクチョウに書けばリーシャもこの世界にいることができる。


 心配の種はリーシャの方だった。


「そうですか……じゃあみつりも時々レイラさんのもとを訪ねても良いですか?」

「どうして?」

「先輩が変なことをしてないか、時々監視するためです」


 別に変なことをするつもりもない達也は……何とも思わなかった。


 リーシャの話をしたことで逆にリーシャのことが心配になってきた。


 あいつは元気にやっているだろうか。


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