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不信任要求


 翌日の放課後。


 達也は再び調査員と共に定期調査に参加させてもらっていた。


 リーシャが頑張っている今、自分も担当官なりに何かしなければならないという思いがあった。


 リーシャが終業した昨日の夜に一度住居に向かったのだが、リーシャは疲労困憊していた。


 あまりの疲れように達也もその日は何も聞けず帰ってしまった。


 本当に研究所で頑張ったからあそこまで疲れていたに違いない。


 自分も担当官として技量を磨かなければと思う。


 先日の調査員と違い今回の調査員はゴミ人間が来なくても私語を一切しなかった。


 堅苦しい雰囲気が部屋に満ち、どこかぴりぴりしている。


 その雰囲気のせいで達也は調査員と会話することなどできなかった。


「次の方……どうぞ」


 次のゴミ人間も来ないかと思いきや、扉が開いた。そこには天使がいた。


「レイラ・フォーステンさんですね」

「は、はい! そうです! 今日はよろしくお願いしますっ!」


 緊張がこちらに伝わってきそうな程表情が強ばり肩も張っている。


 レイラは赤いパンプスを履き、白いワンピースを着ている。


 レイラの私服姿を見れたという感慨が何故か、レイラが何故ここにいるのかという疑問を超えていた。


 ぎこちない足取りで面接の席に向かうが、何もない床に突っかかりレイラはこけてしまった。


 咄嗟に達也は席を飛び上がり、レイラの元に駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「は、はい……すいません」


 手を貸すとレイラは立ち上がり、達也の顔に視線をやった。


 何か覚えがあるようなはっとした表情。


 達也は覚えていてくれたことに感激しながらも担当官の顔を崩さず、席の方へレイラを連れて行った。 


 自分の席に戻ってから、達也はようやく気付いた。


 なんでレイラさんが?


 調査員が名前をもう一度訊ね、分別を確認する。


 達也も手渡されていたゴクチョウを眺める。


 レイラ・フォーステン。


 分別は粗大ゴミ可燃。


 前歴は不明。


 調査員はそれらのことを一つずつ確認する。


「レイラさんは……バイトをしているようですね」

「はいっ! 喫茶店のウェイターをやってますっ!」


 調査員は質問をしてから、総合項目に目を通す。


 『喫茶店で二年間バイトとして一日たりとも休まず勤務。だが注意力散漫でミスも多い。』


「良くミスをするようですね……どんなミスですか?」

「えっとその……料理を持っていく最中に落としたり、会計を間違えたりです……」


 自分の失敗を恥じるかのようにレイラは縮こまった。


 達也も喫茶店でレイラのその様を何度も見てきた。


 可愛いな、と。


 自分もレイラに落とされる料理になりたいと思った。


「レイラさんは粗大ゴミ可燃として分別されてますね……社会に有用とまでは言えないが、その頑張りが評価されている。しかし、二年間もバイトをしていながら未だにミスを?」


 今までの定期調査の口ぶりから一転、攻撃的な口調に変わっていた。


 それを感じ取ったレイラはさらに縮こまってしまった。


「す、すいません……でもでもその頑張って、直そうとしています」

「人には各々欠点があります。注意力散漫な人もいますが、レイラさんは直そうと努力をしていますか? 総合項目からはそれが窺えませんが」


 達也は調査員の真意を悟った。


 アジリスタから捨てられたゴミ人間はほとんどが粗大ゴミ不燃として認定される。


 不燃は全ての分類のなかで最も与えられる給付金が少ない。


 最低ランクなこともあり、粗大ゴミ不燃はこれ以上下がりようがない。


 しかし可燃は不燃に再分別され、落とすことが可能だ。


 こちらの世界からの強制退去も政府が負担する給付金の量が問題とされていた。


 なら、可燃のごみっ娘を不燃に落とし、給付金の量を減らすという考えがあってもおかしくない。


「どうなんですか?」


 調査員の攻撃にレイラは言葉を失っていた。


 目を固く閉じ、反論が思いつかないようだった。


 達也はレイラの努力を知っていた。


 ドジな部分はあるが、いつもそれを何とか直そうとメモを取り、真剣にアドバイスを聞き入れていた。


 別の担当官は忙しく、レイラのその様子を見ていなかったのだろう。


「本当に、頑張っているんですか?」


 その言葉はレイラを踏みにじっているように感じ、達也は立ち上がった。


「異議あり!」

「……ここは法廷ではありませんよ?」


 う、と達也は言葉を詰まらせる。


 自分のなかでは異議ありが正しいと思ったのだが。


「レイラさんはそんな人じゃ――」


 達也の言葉に調査員一同がぎろりと睨みを効かせる。


「ない、と思い……ます」


 恐い……恐すぎる……。


 あまりの厳しい視線の数々に達也も萎縮してしまう。


 経験を積んだ調査員に新人の担当官が意見をするなど恐れ多い。


 しかし、達也は自分を押しつぶそうとする恐怖という圧力を跳ね返す。


 レイラには面接のときなどに勇気をもらった。


 ここでレイラを助けられなくて何が担当官か。


「遠藤担当官は……レイラさんの担当官ではありませんね?」

「そうですが……」

「では何故、レイラさんが頑張っている人であると主張できるのですか」


 レイラさん目当てで店に通ってたなんか言えねぇ……。


 しかもレイラさんの目の前で。


 達也が押し黙ると、調査員は資料に視線を戻した。


 達也はレイラの努力と自分の尊厳の間で揺れていた。


 自分のストーカー的行為を暴露するべきか否か。


「……根拠のない発言では認められません」


 その言葉に達也の心がすっと冷える。


 違う。根拠はある。


 ここで言わなければレイラは――


「やはりレイラさんの頑張りは認められ――」

「異議あり!」


 被せるように達也は言い放った。


「だから異議ありでは……」


 達也は意を決して息を大きく吸った。


「俺はレイラさんの店に通ってました! レイラさん目当てです! レイラさんに手を握ってもらえるのが嬉しくて、通ってました! 会計のときに手を握ってもらえるように、お釣りを沢山でるようにする変態です! レイラさんの行動をずっと見ていて、レイラさんの頑張りも知っています! ドジなところもあるけど、一生懸命でメモを取って努力してました! あと、ロングスカートよりミニスカートの方が好きです!」


 一息に言ってから達也は肩で息をした。


 勢いの言葉の羅列だった。


 達也の勢いに押されたのか、それともそのストーカーぶりに驚いたのか、調査員は口をぽかんと開けていた。


 終わった……俺の人生が……。レイラさんに知られてしまった……。


 レイラは驚きに目を染めて口元に手を当てている。


 その姿を一瞬窺ってしまい、咄嗟に達也は目を逸らした。


 しかし、その姿が脳裏に焼き付き消えない。


 終わった。何て不様なのだろうか。


 もっと良いやり方を思いつけと自分に言いたい。


 いや、ここまで来たらなりふり構わない。


「ど、どうですか? 根拠あったでしょ!?」


 逆ギレにも近い叫び。


 調査員は既に引いている。


 泣きたい心を抑え、達也は何とか反論みたいなものをする。


「し、しかし、ここにはそのようなことは書かれていない。それに最近、可燃に分別する基準が甘いのではないかとのお達しも来ている」


 極力ゴミ人間に金を与えないようにするためなのかもしれない。


「で、ですがレイラさんは可愛いじゃないですか。店に来る人は……つまり、そのハッピーというか。社会に有用というか」


 自分でも何を言っているのかわからない。


 思いつく限りの言葉を並べる。


「失礼ですが、レイラさんにわたしはそのような美貌を感じない」


 なんてことを言うんだ! レイラさんは可愛いぞ!


「いや、可愛いです」

「……論点がずれています。今、問題なのはレイラさんの頑張りと、可燃として評価されてきた基準が甘いのではないかということです」


 達也は唇を噛んだ。


 自分には反論するだけの対応力も技量もない。


 頭が真っ白になっていた。


 調査員たちは何としてでもレイラを粗大ゴミ可燃から不燃に落としたいらしい。


 もし、レイラが強制退去されることになったら、一体誰が自分の手を握ってくれるのか。


「なんとか要求をします! 担当官を変える……なんとかってやつです!」


 マニュアルの片隅にあった何かを頭から引っ張り出した。


「えー何とかってやつです」


「……不信任要求ですか? 人事の許可が必要なので、仮としてなら認めます。定期調査中の要求は30分以内なら、別の担当官の人物素行調査票で再度面接を始めることが認められます」

「じゃあ、じゃあそれでお願いします!」


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