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後輩ちゃん、バイトに参加する

 

 達也は放課後に手持ちぶさたになった。


 担当官になってからはリーシャに付きっきりだったが科学者になってからは放課後会いに行っても研究所にまだいる時間だ。


 魔女は科学者になった。


 何度心で唱えてみても不自然な組み合わせだが、リーシャの能力が高かったおかげでこういう結果になったのだろう。


 ごみっ娘であるリーシャを達也は心底見直していた。


 リーシャは本当はできる子で、素晴らしい才能を持っている。


 きっと研究所でも素晴らしい成果を上げていることだろう。


 間違いない。


「先輩」


 喧噪に紛れた静かな声。


 普通なら聞き逃しそうだが、校内で達也に話しかけてくる女生徒など一人しかいない。


 振り向くと、マジックハンドで裾を引っ張るみつりの姿があった。


「どうですか、バイト探しの方は……きっとどうせまだ何ですよね?」

「いや、実はな……」


 みつりに話していなかったことを思い出した。


 達也が行政の環境安全対策部門――カンタイで管理担当官としてバイトをしていることを話すと、みつりは少し目を見開いた。


「先輩……バイト先見つかったんですか。しかもアジリスタ関係ですか」

「ゴミ関係だが体臭を消す方法が見つかるかもしれないからな……白峰はどうだ?」

「……あれからまだ探し中です」


 みつりは普段から達也のことをくさいと言いつつも、責任感からかこうして話してくれる。


 みつりに何かバイト先を紹介できればいいんだがと思う。


「先輩、その担当官の話を詳しく聞かせてください」

「え、まさか担当官のバイトをするつもりなのか? でも白峰くさいの嫌だろ? ゴミ関係だと掃除とかもあるらしいぞ?」

「くさいのは先輩で慣れています」

「ぐっ、そうか……じゃあちょっと話してやるか」

「話すほど先輩は活躍しているんですか?」


 みつりの言葉で殴られたように黙ってしまう。


「ま、まぁな……俺も新人だし。でも多分、白峰が入ったら俺が教育することになるかもな」


 みつりははっとした表情になった。


 そしてぎゅっとスカートの裾を握り、ぽつぽつと言葉を発した。


「そ、そうですか……先輩はくさくて嫌ですが、仕方ないですね」

「あーでも、もう新しい人入ってるかも。結構な人数募集してたからなぁ。でも、俺のところに来ないってことはまだ新しい人はまだなのか……でももうすぐなのか」


 みつりはマジックハンドで達也の裾を何でも引っ張った。


 何やら切迫した表情。


「速く担当官のこと教えてくださいっ。今日にでも受けに行きますっ!」


 担当官の募集人数は多いから担当官には絶対になれると思う。


 何を焦っているのだろう。


「じゅあちょっとお茶でも飲みながら、話すか? 良い喫茶店知ってるんだ」


 得意気に話すとみつりは少し困惑していた。


 頬を染めて、視線があちこちに踊っている。


 そして髪の毛をぐりぐりといじり出す。


「せ、先輩とお茶ですか……でも校外だとご、誤解とかされるのが嫌ですし……」


 みつりは何となく達也にきつい物言いをする。


 変な関係だと誤解されるとみつりも大変だろう。


 達也はくさいから、みつりもからかわれて最悪いじめられるかもしれない。


「じゃあ、やめるか……結構お茶美味しいって評判なんだけどな」


 ぐっと達也の裾が引っ張られる。


 きっと表情に力を込め、唇がゆっくりと開いた。


「しょうがないです……お茶はみつりも大好きです。先輩と誤解されるのは嫌ですが、お茶に付き合ってあげても良いです」

「あ、すまん……お茶じゃなくてコーヒーがメインだった」

「……みつりはコーヒーも大好きです」

「そっか、そりゃ良かったよ。じゃあちょっとそこに行こうか」


 みつりは達也に引っ張られるように喫茶店に向かった。


――――――――――――――――――――――――


 みつりは喫茶店を前にして唖然としていた。


「先輩がこんなおしゃれな店を知ってるなんて……」


 存外な物言いだが確かにその通りだろう。


 みつりは中に入ってもどこか落ち着かない様子できょろきょろと周囲に目をやっていた。


 二人席に通され、テーブルを挟んで達也の前にみつりは腰を下ろした。


 周囲のカップルを気にしながらそわそわとしている。


 視線が一度交錯すると、直ぐ様テーブルに視線を落とした。


「先輩と……お茶」


 何故か嬉しさと恥ずかしさ混じりだった。


 達也がウーロン茶を注文するとみつりは、


「オレンジジュースでお願いします」

「あれ、コーヒー好きなんだろ?」

「今日はオレンジの気分なんです」


 ウェイターが注文を取り終わると、厨房の方へと向かっていった。


 達也には別の目的がある。


 レイラの鑑賞をしようと周囲を見回す。


「先輩……こんなところに連れてきてくれて――」

「おっ、今日もいた! レイラさんだ!」


 フロアを大量の料理を持ち運びながら、緊張した面持ちのレイラ。


「今日も天使だな」


 一人頷いていると、物言いたげな視線でみつりは達也を見つめる。


「まさか……あの人が目当てですか」

「そうそう。くさい俺の手を握ってくれる天使みたいな人だ」

「手を……握る……」


 おずおずとテーブルの下から片手を取り出し、みつりは達也の手の平の上に伸ばし始めた。


「あとスタイルも良い」


 みつりの手がハンマーのように達也の手を叩き潰した。


 痛みで思わず達也は飛び上がってしまった。


「なんだよ!?」

「不潔です。最低です。変態です」


 ぽこぽことテーブルの下からみつりがキックをしてくる。


 みつりのキックに耐えていると、料理を運んでいたレイラが転倒する。


 店内に食器類が割れる甲高い音が響き渡った。


 周囲の視線がレイラに集中する。


 レイラはあたふたと慌てて、


「し、失礼しましたっ!」


 レイラは以前からドジをすることを達也は知っていた。


 常に緊張しているように見えるのは自分のドジな部分を必死に押さえようとしているからだろう。


 もう一人のウェイターが店内の掃除を手伝ってくれているようだった。


 そのときに色々と持ち方を教わり、レイラは必死にメモを取っていた。


「ふぅ……何とかなって良かった」


 レイラの方に視線をやっていると、ぐいとみつりの身体が飛び出してくる。


 まるでレイラを遮るかのようだった。


「先輩、はやく担当官のことを教えてください」


 声に不機嫌さが滲んでいるがどうしたのだろうか。


 達也が管理担当官の業務内容が多岐にわたり、結構ブラックな面もあることを伝えると、


「先輩ができるならみつりもできます」

「そ、そうか。なら大丈夫だな」

「その人事の三枝さんに連絡してもらえますか?」

「今日中に面接するのか?」

「そのつもりです。急がないと間に合わないかもなので……」

「何が?」

「それはこちらの話です」


 三枝に担当官になりたいと言っている子がいると連絡を取り達也はみつりに電話を変わった。


「初めまして。白峰みつりです」

「採用!」


 何もしなくても採用されていた。


 そこからは達也より速く話が進んだ。


 達也の採用をきっかけに仕事を始めるまでのラグが三枝は気になっていたらしい。


 正式なIDが配布されるまで、何とか仮IDを作ることで担当官として仕事を行えるように進言したようだった。


 二人はカンタイの庁舎に寄り三枝から仮IDを受け取った。


 担当官の居室も案内し、暫定的な席を決める。


 それから三枝から渡されたゴクチョウを元にとあるゴミ人間の住所へと赴く。


「どうやらここのようだな」


 達也がアパートを見上げると、釣られるようにみつりも視線を向ける。


「ここに……アジリスタから捨てられた人間が……」


 達也が先導して部屋に進もうとしたときだった。


 突如、達也の視界が真っ暗になり全身を悪臭とぬめりが包み込んだ。


「またかよ!」


 規則性もなく唐突に異世界からのゴミは降って来る。


 達也がゴミの山から這い出ると、高さが達也の倍はあろうとかというゴミの山が積み重なっていた。


 アジリスタの生ゴミや生活から出た廃棄物だった。


 異世界からゴミ捨て場として認定された街。


「あぁ……せっかく綺麗に身体を洗ってきたのに……」

「本当に先輩に良く直撃するんですね」


 若干距離を取っているみつりがぽつりと呟いた。


 事故みたいなものだと達也は諦めている。


 異臭を含んだ水をシャツが吸い込み、気持ち悪い。


「……どうぞ」


 みつりはマジックハンドにタオルを掴ませて達也に渡す。


「くさくなるけど、いいのか?」

「良いです。どうせ後で捨てます」


 それは使った人間としてつらいものがあるが……。


 達也は言葉に甘えてみつりのタオルで全身を拭うことにした。


 その後で持参している制汗剤やコロンを振りかざす。


「なんだか、先輩ってキモいです。女の子みたいです」


 達也の心を抉る数々の槍。


「しょうがないんだよ、しょうがないんだ!」


 タオルを使い終わったので、みつりに返そうとしたときだった。


「どうせ捨てるなら、俺が捨てておくよ」


 鞄にしまいこもうとしたタオルをマジックハンドで掠め取るみつり。


「……みつりが捨てておきます」


 あ、そと納得してから達也は電話でカンタイの回収部署に連絡を入れた。


 その間にゴミの山を通行の邪魔にならないように二人で端の方へ移動させておいた。


 回収するトラックが到着したのを確認してから、達也は再びアパートの階段に足を掛けた。


 二階の一番奥の部屋らしい。


 インターホンを鳴らしてから達也はみつりにゴクチョウを渡す。


「これが人物素行調査票。前任の人が書いてくれたやつだな。ここの総合項目を最低埋めることになる」


 ここのゴミ人間の名前は、アデル。初老の男性で領土管理をアジリスタではしていたらしい。


「『粗大ゴミ不燃で暴力的な傾向あり。自宅に引き籠もり飲酒をする毎日。不衛生で不摂生。』と書かれています」

「多分だけど、前任者の担当官の総合項目は参考程度のほうが良い。変にバイアスが掛かったりして、能力を決めつけてしまうこともある」


 自分も捨てられたという理由だけでリーシャの能力を少し懐疑的に思っていた部分もある。


 しかし、今はリーシャは魔女ながら科学者としての道を歩み出している。


 ダメな部分も多いが良い面もきっとある。


 そう信じてやらないと見逃すことになる。


「だから、自分でしっかりと見極めて……分別してやる必要がある」

「先輩が先輩っぽいところを初めて見ました」

「言うなぁ……白峰は」

「だって先輩は初日にみつりに配達の仕方を聞く人ですから」


 くすりと笑うみつり。


 バツが悪くなり、扉の方に目を向ける。


 いつまで待っても扉から出てこなかった。


 扉を何回か叩いて名前を呼んだ。


「なんだよぉ、聞こえてるよぉ」


 扉越しに荒々しい声。


 足下がおぼつかないような音。


 飲酒でもしていたのかもしれない。


「アデルさん、担当官です。少しお話させて頂けませんか」

「いいよ、もう前の奴と散々話したんだ。話すことなんかねぇよ」


 足音が遠ざかっていくのを耳にして達也は三枝から伝えるように言われたことを思い出す。


「あ、そうです! アデルさん、近頃ゴミ人間が襲われる事件が起きています。気をつけてください!」

「おれが襲われるわけねぇだろ。俺には別に能力もねぇし、金品も持ってねぇよ」


 それだけ言い残すとアデルさんは部屋の奥に行ったらしい。


「アデルさん……行ってしまいましたね」

「これは結構根気がいるかもな、まずしっかり会って話をするのが基本だ」

「わかりました……これから通ってみます。それにしても襲われる事件は初耳です」

「あぁ、最近ゴミ人間が襲われてるらしい。詳しいことは俺も知らないが、別に金を取られたりもしてないらしい」


 ゴミ人間関連の情報を共有し終わり二人で帰路に着いていると、みつりが訊ねてくる。


「先輩の担当している人はどんな感じなんですか?」

「あぁ……リーシャっていう女の子だな。俺たちと歳は変わらないぞ」

「女の子、ですか……女の子」


 かみしめるように何度も呟くみつり。


「ちゃんと担当官として上手くやれてるんですか? 先輩は頼りないところがありますから」

「うーん……上手くやれてるかはわからない。でも担当官として頑張ってるよ。逆にリーシャが色々と問題ばかりで……相対的に俺がちゃんとしている人に見えるかも」

「なんかすごそうな人ですね」

「あぁ……魔法が使えない魔女で……科学者で」

「魔女? 科学者? 何を言ってるんですか?」

「普通はそう思うよな……」


 普通の反応だと思う。


 どうして魔女が科学者なのか。


 リーシャが研究所で働き、何らかの成果でも上げることができれば材料ができる。


 審問委員会に再分別の要求をしてリーシャが粗大ゴミから資源ゴミにでもなれば、こちらの世界から強制退去する必要はなくなる。


「今研究所で働いてるんだよ。上手くやってるのかな、あいつ」


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