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魔女、研究所で働く

 

 翌日の午前。


 リーシャは達也から聞いた研究所の住所へと赴いた。


 高見市の中心から少し離れた郊外。


 アジリスタの城下町のように密集していた中心地とは異なり、このあたりはリーシャが住んでいた二月の湖を彷彿とさせる涼しさと静けさだった。


 今日も自分のシンボルである黒衣のローブを被り、達也に買ってもらった靴を履いて職場へと来た。


 研究所は漂白されたような白い直方体の建物だった。


 鉄の塊が走っている隣の舗装の通路を進んでいると、一人の兵士のような男に呼び止められた。


「……すいません、警備の者です。アポイントは取っていますか?」

「わたしは……ここで働くことになっているのだ」


 警備の男は事務室に戻り、何かを確認しているようだった。


「確認が取れました。リーシャさんですね。ようこそ、高見マテリアル研究所へ。受付の方に部署の人間を呼んでおきましたので、その方に色々きいてください」


 リーシャのことは研究所にも話が通っているらしい。


 自分はやはりこの研究所で働くことになるのだ。


 リーシャが広い敷地を直進し玄関の受付に寄ったときだった。


 二人の白衣の男女が言葉を交わしていた。


「今日新しい研究員が来るんだって?」

「そうなのそうなの。すっごいエリートらしいよ。外国の大学を飛び級で卒業したらしいし。応用化学も修めたとか」

「うわー超エリートだな」

「だって高マテがいきなり主幹研究員として招き入れるレベルだもん」

「俺とか一生ヒラ研究員だって言うのに」


 自分はどうやらすごいらしい。


 リーシャにはこちらの世界の凄さは知らないが、二人が驚いているのだからすごいのだろう。


 異世界就労プログラムでもリーシャのことは魔女ではなく、普通の外国人として扱っているようだった。


 リーシャが二人に近づくと男の方は慌てて去って行った。


 多分、あの人が研究所を案内してくれる人だろう。


「リーシャさんですか?」


 快活そうな笑みをふっと浮かべる。


 髪は乱雑に後ろで束ねられている。


「うむ、わたしがリーシャだ」

「あたしは桐ヶ谷です。すごいですね……風格」


 桐ヶ谷はリーシャを驚き顔で見つめる。


「よく言われるのだ」

「しかも黒衣ですか……」

「正装に近いのだ」


 桐ヶ谷は白衣を着ていた。


 魔女の黒衣に通じるものがあるとリーシャは思った。


「じゃあリーシャさんが配属される基礎化学の部署を案内しますね」


 リーシャには良くわからなかったが、桐ヶ谷にひとまず案内されることになる。


 桐ヶ谷が受け付けでIDを受け取り、リーシャに手渡す。


 壁に張り付いているキカイにカードを近づけると、透明な扉がすっと開いた。


 これがカガクの力なのか。


 リーシャがカガクに触れる機会は電子工作でしかない。


 電子工作の詳しい理論はわからないが、図面通りに作製すれば素晴らしい物ができあがる。


 カガクは素晴らしいものだ。


 魔法にはない良さがある。


 沢山の白衣を着た科学者がリーシャの目前をすり抜けていく。


 大規模で組織的な集団にリーシャは舌を巻いた。


 リーシャの一団の魔女たちは基本的に独りよがりで好き勝手に魔法を探求していた。


 己が名声のために魔法を習得しようとする者もいる。


 ここまで規律だって動ける集団をリーシャは知らない。


 空気も清浄で若干の湿度を保っている。


 湖に住んでいた魔女たちは日々刻々と変わる湿度に頭を悩ませていた。


 ここでは全てが整えられ、研究に勤しめる環境が揃っている。


「ここがリーシャさんの部屋です」


 リーシャのIDカードを近づけると、音が鳴って扉が開いた。


 真っ白な居室。


 リーシャが住んでいる所より広い部屋だった。


「こんなに広いのか?」

「そりゃそうですよ! 主幹研究員で天才! 応用化学を修め大学も飛び級で卒業! 教授に才能がないと判断し研究室を飛び出し、一人研鑽に勤しむ!」


 一体誰の話をしているのだろう?


「それがリーシャさんじゃないですか!」

「え? わたしなのか、それ?」


 何か自分とはほど遠い存在のような気がするが……。


「時代が生んだ天才ですよ!」


 わたしだな! 


 リーシャは浸るようにふむふむと頷いた。


「高マテの人事に聞いたんですけど、別に半導体の回路設計の方に回しても良かったらしいんですけど、やっぱり頭が良い人は基礎化学をやってもらいたいらしくて……回路設計も得意らしいじゃないですか」


 確かに電子工作はやっているが……リーシャは就労プログラムの男に趣味として電子工作をやっていると言ったはずだった。


 そこまで自分は大きな嘘をついただろうか?


「すごいなぁ……リーシャさん……憧れるなぁ」

「そうだろう、そうだろう! 今度聞きに来れば教えてやるのだ!」


 リーシャは誤解に乗っかることにした。


 まぁ何とかなるだろう。


「いきなり新しい研究テーマを作ってもらってもいいんですが、まずはここにいた人のテーマを引き継いでもらおうということになってます。半導体のムーアの法則を打開しようと言うやつで……あ、勿論知ってますよね?」

「勿論なのだ」


 全然知らなかった。


「三と五族半導体から作ろうとしててその表面のエッチング溶媒の最適化がメインテーマです」

「なるほど実に興味深いのだ」


 何もわからなかった。


「新しいテーマを見つけてもらっても結構です。新しい有機材料やらもありです……それから

薬品を混ぜるときはドラフトを使ってください」

「ドラフト?」

「はは、からかってますね……ドラフトを知らない化学の人間なんかいませんよ」

「そ、そうなのだ。からかっただけなのだ」


 桐ヶ谷は手だけ突っ込み作業ができる洗面台に近い場所に移動した。


 ドラフトらしい。


「ここでしないと、匂いが大変ですよ。後、この部屋には沢山の酸やアルカリがあって混ぜたりすると、やばい奴があります。塩素とか発生します。変な匂いで猛毒です」


 桐ヶ谷は何やら部屋の中の薬品を逐一説明していたが、リーシャは分からなすぎて眠くなってきた。


 一つあくびをすると、


「すいません、あたしよりプロフェッショナルな人に説明なんて……でも、一応決まりなんです。初めに薬品に関して教えておくのが……部屋にはパソコンや冷蔵庫もありますから好きに使ってください。電子レンジも使っても良いですし、電気炉もあります」


 桐ヶ谷は手を広げて部屋を見回した。


 リーシャの知らない物品が沢山あった。


 一体何が何なのだろうか。


 パソコンはどれで冷蔵庫はどれだろう。


「ま、一通りの説明は以上です。わからないことありますか……ってないですよね」

「……ないのだ」

「じゃあ、お願いします。天才の活躍、期待してますよ?」


 軽い笑みを浮かべて桐ヶ谷は去って行った。


 自分の知らない世界に放り出された気分だった。


 自分には何一つカガクの知識はない。


 魔女の自分は本当にこの研究所で科学者としてやっていけるのだろうかと少し不安になる。


 自分は応用化学を修め大学を飛び級で卒業している天才になっているし、研究室も飛び出したらしい。


 合っているところが天才ぐらいしかない。


 魔女の自分なら大丈夫だろう。


 研究所で成果を出して粗大ゴミから資源ゴミになってやる。


「キリガヤが何か言ってたけど思い出せないのだ」


 研究テーマがどうとか言っていたような……ま、いっか。


「薬品でも混ぜよう……ん、どれとどれを混ぜたら危ないのだ」


 それも忘れてしまった……ま、いっか。


 リーシャはひとまず自分が何の薬品を混ぜるか占うことにした。


 ケースに入っていたペンを何本か握りしめ、頭上に放り投げる。


 落ちてきたペンの位置関係から混ぜるべき薬品を決定した。


 これで何も心配はいらないだろう。


 薬品が置かれている棚から二つほど取り出し、リーシャは一つの透明な容器に入れる。


 変な泡がぼこぼこと浮かび上がり、驚嘆した。


「すごいのだ……」


 何やら容器から変な匂いが漂ってくる。


 しかし、リーシャは特に気に留めなかった。


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