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異世界就労プログラム

 

 次の日の放課後。


 日課のようにリーシャの住居を訪れ、インターホンを鳴らす。


 最近は扉に鍵を閉めて、引きこもっている。


 達也が来れば、自然と扉を開けるのだがこの日は違った。


 インターホンを押しても反応がない。


 まさか、逃亡したか? 


 達也は最近の出来事からリーシャが楽なことへ走りやすいことを知っていた。


 まさに粗大ゴミ不燃の特徴と言ってもいいかもしれない。


 だから、リーシャが扉を閉めて逃げ出したと思った。


 持っていた合い鍵を咄嗟に探す。


 担当官は常日頃からゴミ人間を世話……という名の管理をしている。


 言い方はどうかとは思うが政府が管理担当官と決めているのだから仕方ない。


 だから立場上はゴミ人間が下で担当官が上の立場になり、勝手に部屋に入ることも許されている。


 達也は非常事態と判断して、リーシャの部屋に入ることにした。


 合い鍵を差し込み、急いで回す。扉を開け放ち、踏み込む。


「あ……タツヤ……」


 呆然とした言葉が玄関の達也の元まで転がってきた。


リーシャの身体を纏う物はショーツしかない。


 両手にはタオルが握られており、辛うじて上半身の女性の部分を隠している。


 リーシャから目を離す事が出来なかった。


 それが男性としての性なのか、あまりの驚きに思考が働いていないかはわからない。


 リーシャの身体は日頃運動をしないせいか、筋骨隆々ではない。


 しかし若いこともあり、しなやかで女の子らしいものだ。


 幼さを残した瑞々しい肌や滑らかな四肢が、夕日を浴びて仄かに淡い光を放っていた。


 両手のタオルからこぼれ落ちるように見える双丘は、膨らみかけの淡い果実を思わせる。


 達也の視線から逃れるように、リーシャは身をよじった。


 驚きに染まった表情に次第に朱が混じり始める。


 達也もリーシャとのこの状況に一言まず言わないといけないことがあった。


「逃げてなくて安心した」


 半田ごてが達也に向かって飛来してきた。


「魔女の裸を見たら、ただじゃおかないぞ!」


 リーシャの言葉にはっとさせられる。


 自分は今リーシャという女の子の前にいると。


 ごみっ娘と担当官という関係が外れ、一人の男と女という関係。


 急に達也にもこの状況のまずさが理解できた。


「悪かった! リーシャ!」


 頭を下げつつ、玄関の方に首を無理矢理向ける。


 すると、素足が廊下に触れる軽い音が近づいてくる。


 達也が買ってあげた柑橘系の匂いがふわりと鼻に届く。


 リーシャの両手が達也の上体を引き寄せ、達也はリーシャの柔肌の感触を後頭部で味わった。


「タツヤ……好きにしていいのだ」


 一体こいつは何をしてるんだ? 


 緊張で強ばった身体は動かない。絡み合った思考で達也は言うべき言葉を口から放り出すことが出来なかった。しばらく黙っていると、


「あは~ん、うふ~ん」


 何とも棒な喘ぎ声。


 瞬間、達也は今までの熱気が全て冷めた。


 アホらしげな視線をリーシャに浴びせる。


「どうした、もっとやってみろよ?」


 ぐっと言葉を詰まらされ、リーシャは呻いた。


 そしてリーシャの腕をふりほどいた。


 つまり、リーシャは達也を誘惑しようとしていたのだった。


 担当官とゴミ人間の間には見えない上下関係が存在する。


 例え、いくらごみっ娘が有用な存在だったとしても、担当官が総合項目で酷評すれば、資源ゴミに分別されることはない。


 ある意味、命綱を握っているようなものだ。


 そして、その逆もまた存在する。


 何も材料がなかったとしても、担当官に嘘をつかせることもできる。


 リーシャは誘惑でもして、何か良いことを書いてもらおうとでも思ったのだろう。


「どうした? もうないのか?」


 リーシャは誘惑するにも言葉をあまりにも知らなかった。経験が足りない。


「あ、あは~ん」

「ほら、もっと続けろ」

「う、うふ~ん?」

「俺に聞くな」


 挑発的な言葉を出してやるとリーシャは何とか誘惑しようとする。


 それがどうしたと睨んでやると、リーシャは言葉を失う。


「……裸で踊るのだ」


 謎のダンスを踊り出したリーシャをひっぱたいた。


 一体、何をやっているんだと達也は心底呆れた。


「どうだ、タツヤ……誘惑されたか?」


 タオルで胸部を隠しつつも胸を張るリーシャ。何の膨らみもない。


「貧相な身体を見ても何も感じないからな」


 ショックを受けたようで、ぶぅぶぅと唇を尖らせる。


「俺を誘惑する暇があったら、有用になれるよう努力しろ」


 きつめの言葉でリーシャを叱りつける。


 命令するような口調は心が痛むが仕方ない。


 達也は少し前からリーシャに厳しく当たることに決めていた。


 厳しくしないとどんどんとリーシャがダメになる。


 粗大ゴミ不燃。


 極力努力を必要とすることから逃げて、楽な道を探そうとする。


 リーシャがすごすごと黒衣のローブを身につける。


「本当に何も感じなかったのか?」


 随分と納得いかなかった様子。


「……もっとグラマーになってから出直してこい」


 一瞬でも心が泳いだなんてリーシャに言えるわけがなかった。


――――――――――――――――――――――――


 やっぱり、俺のせいなのかな……。


 リーシャが誘惑までしないといけない状況を作った原因は自分にあるのではと、達也は深く反省していた。


 自分が担当官としてリーシャの自立を上手く支援出来ていない。


 達也は人事の三枝に相談することにした。


 庁舎の応接室で三枝と達也は向かい合う。


「そっか……結構大変ね。粗大ゴミ不燃のなかでもリーシャさんはなかなかのくせ者ね」


 言い方は抑えてあるが、粗大ゴミ不燃のなかでもひどい方だと言っているのだろうか。


「初めてにしてはごみっ娘のあたりが良くなかったわね……担当、変えることもできるけど?」

「いえ、リーシャの担当を降りるつもりでここに来たんじゃないんです。どうすれば良いかという相談に来たんです」

「わたしは人事だから詳しいことまではわからないの……そうね、先輩社員に相談したらどうかしら」


 その提案で二人は庁舎の担当官の居室に赴いた。


 達也もバイトの身ながらも、一室に机を置いてもらっている。


 担当官用の木製の棚には一枚の写真が貼られている。


 担当官が百名ほどずらりと並んでいる。


「担当官の集合写真ね……今は半分以上いないけど」


 さらりと恐いことを言う。


 仕事が大変過ぎてやめたのだろうか。


「この人よ……とっても優秀な担当官よ」


 集合写真の一人を指差す。


 黒髪を短髪にしてワックスを塗り少しだけ逆立てている。


 しかし、新入社員のようなフレッシュな笑顔だ。


 好感が持てる人相だった。


「えーと名前は……」


 三枝は頭を押さえていた。


「あー頭痛い、昨日の二日酔いかしら」

「何してるんですか……」

「あ、思い出した。田中太郎」

「本当ですかそれ?」

「本当よ本当! 庁舎で働き始めて五年が経つベテランよ」

「五年でベテランってことは……」


 ベテランになれる年数が低いほど、仕事をやめる人が多い。


 バイトでその話を聞いた。


「……聞かなかったことにして。うちはいたってホワイトよ」


 番号を手に入れ、達也は早速連絡することにした。


 外回りが多い担当官が居室にいることは滅多にない。


「はい、田中です」


 見た目通りではきはきとしたフレッシュな声だった。


 達也は自分がバイトとして担当官になったことやごみっ娘との現状を話した。


「そっか、大変だったね。本当なら付き添いで業務内容が掴めるまで教えないといけないんだけど、そんな余裕がなくてさ。新しい法案が決まっただろ? 強制退去させられちゃうゴミ人間もいるから、今希望するゴミ人間には再分別を勧めているんだよ。もしかしたら、ちゃんと分別できてない人もいるかもしれないからね。その再分別に忙しいんだ。だから、君も誘われたんだろ?」

「え、どういうことですか……。俺は特に」

「あそうか。三枝か……あいつは言わないだろうな。三枝は強制退去の法案自体に反対なんだよ。いきなり送り返すんじゃなくて別の方法があるはずだって。でも庁舎の人間としては上の意見には逆らえない。だから、せめて再分別をもう一度ゴミ人間にしてあげてチャンスを与えるって方法をとってるんだよ」


 担当官になった当初は知らなかったが、達也の前にいた担当官が書いた人物素行調査票は杜撰なものだった。


 総合項目には数行程度の文章しかない。


 それも担当官の数が不足し、一人の担当官が何十名も担当しなければならないという現状にある。


 そうした中で、きちんとゴミ人間を見極められず、間違った分別をしてしまうこともあるだろう。


 そこで簡単に片づけられてしまうゴミ人間を減らすために、担当官の数を増やそうとしている。


「だから、俺が雇われた……」

「そうだよ、きっと。君に立派な担当官になってもらって、少しでもゴミ人間の未来を変えようとしてるんだ」


 三枝さん……そんな人だったんですか……。


 達也は三枝の思慮に感心した。


「ま、飲んだくれだけどね」


 田中の言葉にがっくしきた。


「どうする、会って話すかい?」


 田中は現在ゴミ人間の再分別などのために外回りにいる。


 田中を無理に戻らせると、田中がゴミ人間と会う余計な時間を作らせてしまう。


 先ほどの田中の話を聞いてしまえば、無駄な時間を作らせることはできなかった。


「いえ、大丈夫です。電話でお願いします」

「了解。助かるよ、俺も忙しくてさ……まず遠藤くんは良く一人で頑張ったね。手引き書なんか見てもなかなかわからないでしょ?」


 田中の言葉に苦笑した。


「はい。堅苦しくて何が書いてあるか……」

「ははは。そうなんだよ。あれ渡されたときは電話帳かと思った。リーシャさんのバイトや働き口がない……ということだよね。別に有用な人間と評価されるためには、働くだけじゃなくて別の方法でも良いんだけどね」

「それは何ですか?」

「えっと例えば……社会にある問題解決とか。今だと……ゴミ人間が襲われる事件とか、ゴミ収集用のトラックが燃やされたり」


 以前三枝も同様のことを言っていた気がする。


 働くだけでなく社会の問題を解決する方法。


「しかも異世界特有の問題だから警察もなかなか動かなくてさ。こういうところを解決してくれたら、審問委員の評価も高いだろうね。前例もあるから間違いない。だけど、難しいから基本は就労という手段を取った方がいいね。俺も年配の方や成年のゴミ人間は多く担当したことはあるけど、こちらの学生と同じ年齢の人は担当したことがなくてね。だから……あ、そう言えば」

「何か心当たりがあるんですか?」

「俺は使ったことがないけど、『異世界就労プログラム』って知ってるかい?」


 田中は異世界就労プログラムについて話してくれた。


 色々と偏見のあるゴミ人間の適正を測り、見合った職場に派遣してくれるらしい。


「そんな便利なものがあるんですか」

「手引き書には乗ってなかったね。多分、そもそも就労しようとする人間がいないから、あまり有名じゃないんだろう」

「ありがとうございます! 助かりました! ちょっとそこを当たってみます!」

「頑張れよ。何でも相談してくれていいからな。ホウレンソウは社会人の常識な」


 お互いに笑い合ってから通話を切った。自


 分で探さなくても異世界就労プログラムを使えば良かったのだ。


 もっと速く相談していれば、リーシャを働かせてやることができた。


 自分でやることも重要ではあるが、他人に相談することも大事。田中はそのことを達也に遠回しに伝えてくれたのだろう。


 確かに、担当官として自分がやらねばという思いが強く、相談することを忘れていたかもしれない。


 新人とは言え自分の不手際から生じた遅れだ。


 直ぐにリーシャに知らせてやろう。


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