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努力


 達也がリーシャの暮らしぶりの項目を埋めるために、電気メーターを調べているときだった。


 悠然とした歩みで自信ありげなリーシャが帰還した。


「言いたいことは言ってやったのだ」


 むしろどんなことを言ったのか不安になる。


「登録を済ませたから後は連絡待ちなのだ。これからわたしは引く手あまただな」


――――――――――――――――――――


 一週間後。


 リーシャは万年床で横になりながら、半田ごてを握る。


「わたしを雇わない会社が悪いのだ」


 この一週間ハロワからの連絡待ちだったが、一向に気配はない。


 やはりこの魔女が何かハロワでやらかしたのだろう。


「わたしを雇わないのは働いてやる価値もない会社なのだ」


 リーシャは自分ではなく会社の方に責任転嫁を始める。


 言葉には覇気が感じられない。この一週間、リーシャはかなりやる気をなくしていた。


「さすがにハロワに行くのは無理があったんだ。俺も今こねを探してるからさ。とりあえず、そのぐうたらな生活を治したらどうだ?」


 獄中調査票の総合項目にリーシャのことを何か書けないかと思案している最中だった。


 しかし、浮かぶ言葉は全て魔女の自堕落な生活ばかり。


 公平に書かないといけないから、嘘は書けない。


「もっと楽をして社会に有用だと言われる方法はないものか」

「あるなら全員やってるよ」

「そうなのだ!」


 リーシャは目を輝かせて立ち上がり、食べた弁当のカスをゴミ箱に入れる。


「タツヤすごいだろ! 社会の役に立っただろ! さぁ書くのだ。わたしの素晴らしさでゴクチョウを埋め尽くすのだ!」

「そんなんで書けるか!」

「そうなのだ! 魔女のわたしには占いがあるのだ!」

「占いなんかできたのか。すごいな。ちょっとやってみてくれないか?」

「任せるのだ!」


 リーシャは部屋の窓を黒いカーテンで締める。


「本当は月の力が強くなる満月が良いがまぁいいのだ」


 窓の外の何かに気付いたようで、リーシャは再び窓を開けた。


「洗濯物を外干ししていたのを忘れてた」


 リーシャは黒衣しか干されていない物干し竿を取り入れた。


「お前……その竿……こっちに来たときに持ってた杖じゃないか?」

「ん? これか? これは霊樹メルドールから作られた由緒正しい物干し――杖なのだ」


 物干し竿って言うなよ。


 リーシャは再びカーテンを閉じる。そして太陽の位置を確認して物の影の長さを使って陣を描く。


 洗面台から水を取り、万年床の上をぬらす。


「血が欲しいから、指を切って欲しいのだ」

「え、嫌だよ。痛いじゃないか」


 達也が反論すると、むっとした表情になりリーシャが達也に飛びかかる。


「血をくれなのだ! 本人の情報が欲しいのだ!」

「ちょっと、ま、待て! やめろよ! 頼むから他の簡単なものにしてくれ!」

「じゃあ精液」

「もっと嫌だ!」

「しょうがないのだ……唾液にするのだ」

「最初からそれにしろよ」


 リーシャが指を達也の元に近づける。


 すらりと伸びた茎のような指だった。


 本人の性格とは裏腹に、指はしとやかだ。


「速くするのだ」


 指に唾液を出せと言っているのだろうが、達也の感覚からだと容易くできるものではない。


 担当官とごみっ娘という関係だったが、初めてリーシャを女の子として意識したかもしれない。


 リーシャも女の子なんだよな……こうして考えると、女の子の部屋にいることになる。


 達也が変な緊張で戸惑っていると、


「じれったいのだ」


 リーシャが達也の口に指を突っ込み、口の中をぐりぐりした。


「や、ひゃめろ!」

「もう終わった」


 達也は口の中を犯されて放心状態だった。


「もうお嫁に行けない……」


 頬の内側の細胞まで取られたような気がする。


 リーシャは達也の感情など知らずと言った感じで、陣の頂点に達也の唾液を塗っていった。


 改めて見ると随分と本格的な占いだった。


 街中の占い士がやるような簡単なものではない。


 魔法は使えないがリーシャは一応魔女なのだ。


「死に際を占ってやろう」

「死ぬところなんて占って欲しくない」

「……しょうがないのだ。じゃあこれから起こることを占ってやるのだ」


 リーシュは陣の一点に人差し指を置いた。


 なぞるように一筆書きで陣をもう一度形作る。


 今度は50センチほど上空で同じ陣を描く。


 同様の作業の何度も四回繰り返し、達也の背を超えたところで作業は終わった。


「人包みの陣と呼ぶのだ。本当は陣を作る間隔を狭めれば狭めるほど良い」


 リーシャの真面目な解説に驚きを隠せない。


 本当にリーシャは魔女だったのだ。


 普段着の黒衣がこのときばかりは魔女のものに見える。


「で、どうだった?」


 達也が聞いても、リーシャがは目を閉じたままで答えない。


 目を開けたとき、頬を引きつり歪んだ笑顔。


「まさか、占えなかったのか?」

「そ、そんわけないのだっ!」


 必死の反駁。


 リーシャの視線が泳いでいる。口笛を吹き始める。


 結局そうなるのかと達也が落胆したときに、リーシャが閃いたとばかりに手をぼんと叩いた。


 そして声を低くし達也に顔を近づける。


「タツヤにこれから起こること……それは痛いことなのだ」

「痛いことだって? 怪我でもするのか?」

「それはわからない。ただ、これから背後に気をつけるのだ」


 リーシャの言葉に背筋が凍った。


 車が背後からぶつかることや不審者に背後を殴られることを咄嗟に想像してしまった。


 背筋がかゆくなり、達也は背後を振り返る。見慣れた玄関。


 突如、後頭部にぽかりとした衝撃。まさか、本当に占いが……?


 振り返るとリーシャが手を引くのが見えた。


 二人の視線と視線がぶつかり合った。


「わたしの占いは当たるだろう?」


 リーシャの頭を軽くぽかりと殴り返した。


――――――――――――――――――――――――――


 リーシャの茶番に長々と付き合い変な疲れが出た。


 頭をさすりながら、リーシャは答える。


「……こちらに来てから占いの精度が悪いのだ。アジリスタとは違って魔精が近くにいないせいだと思う。タツヤの未来も全然見えなくて、ぼやけていたのだ。ゴミの山に襲われている感じではあったが、明白じゃないのだ」


 ゴミの山に襲われる……か。


 ゴミなら普段から頭に降ってきているが。


「リーシャの占いは今はダメなんだろ。だったら、占いで何とか有用になるという線はダメだ」


 その言葉に戦慄を受けたのか、ふらりと倒れ込んで万年床にくるまった。


 占いが上手くいけば、楽をできると思ったのだろう。


「おい、大丈夫か……?」

「ユメに違いないのだ……朝起きたらわたしは資源ゴミで……この楽園にいられて」


 また現実逃避を始めてしまった。


 魔法を使えない魔女。粗大ゴミ不燃。


 リーシャを社会に有用な人材に育てることができるのだろうか。


 達也は少し不安になった。


 二日ほど時が経つと、リーシャの奇行が目立ち始める。


 唐突に立ち上がったかと思うと、叫び声を上げ始め裸足で外を走り回る。


 『社会の無言の圧力なのだ! 見えない圧力がわたしを苦しめる!』。


 コンビニのご飯だけでは、栄養のバランスが悪いと判断し、スーパーに食材を買いに行かせたときも、『どうだ。すごいだろ。買い物ができた。これは社会の役に立つぞ』。


 達也に対して謎のアピールを続けている。


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