表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/32

面談


 庁舎の三階の応接室が定期調査を行っている場所だった。


 四人の調査員がずらりと長机の後ろに置かれたイスに座っている。


 一人の調査員が欠席か何かで一つイスが空いていた。


 達也はイスを借りて隣に置いて座っている。


 定期調査は月に一回行われている聞き取りの場だ。


 しかし、たいていのゴミ人間は定期調査の場にも参加しない。


 調査員も状況を確認することしかしないからだ。


 税金を使っていることになるから何らかの行動が必要ということで行われているらしい。


 だが審問委員会で審査を受けるときには、普段の素行として定期調査に行っているかどうかも見られるらしい(手引き書によれば)。


 再分別を要求するつもりのこちらとしては、定期調査には参加しておく必要があった。


 通常担当官は多忙で定期調査には滅多に参加しないようだ。


 しかし、達也はリーシャのことが心配で同席を許可してもらった。


 リーシャの前のゴミ人間が連続で三人欠席し、余った時間で調査員たちは話し合いをしていた。


「君、見たことないな。新しく入った?」


 調査員の一人が話を向ける。


「へ!? い、いや、はい、そうです……」


 唐突に話を振られて達也はきょどった。


「珍しいな、担当官が定期調査に参加するなんて。お、そうか……未熟だから教科書的な知識しかない。だけど、現場には常に生の知識がある。それを得て帰りたい、そう考えて参加したのか?」

「いやその……」


 達也はそこまで考えていなかった。ただリーシャが心配だったからだ。


「そうかそうか」


 感心しながら男は頷いていた。


 どうやら勘違いしているようだった。


「現場は何かと大変だろうけど、頑張れよ!」


 深く考えたことはなかったが確かにコンビニと同じで生の知識が存在するのだろう。


 どの部分に着目するか、特にどの部分に力を入れるべきか。


 そういったことは体験しなければわからない。


 リーシャに何をしてやるべきかも自然と理解できていくはずだ。


 ちょっと担当官らしくなってきたな、俺も。


 得意気に頷いてから自賛する。


 『なに一人で自分を褒めてるんですか』。


 達也ははっとして周囲を窺った。ふぅと達也はため息を吐いた。


 みつりの言葉が聞こえた気がしたが、どうやら気のせいだった。


 コンビニのバイトで良く言われていたせいか染みついてしまっているようだ。


 みつりの注意で身を引き締める。


 調査員同士の会話が再び始まった。


 達也は調査員たちの話に聞き耳を立てた。


 普段から何を見ているかや評価しているところがわかるかもしれないからだ。


 しかし、内容が聞こえない。


 聞こえない……どうしようか。少し年配の方も多いしな……。話しかけづらい……。


 しかし、こういったところで頑張らないと新米の自分はいつまで経っても未熟なままだ。


 達也は意を決して立ち上がった。


 イスが床をこする音で調査員たちが達也の方を見る。


「あ、あの! その話……興味があるんで、話に混ぜて……聞かせてもらえませんか!」


 恥を捨てて達也は頼み込んだ。一人の剛胆なそうな男性がにやにやと笑う。


「そっか、聞きたいのか……若いけど君も好きなの、風俗」


 え、という達也の素っ頓狂な声で周りの調査員たちは大笑いした。


「すまんね、真面目な話してないんだよ。でも、君が混ざりたいならいいよ」


 要は達也の勘違いだった。


 真面目な話かと思いきや、調査員たちはとんでもない雑談をしていたらしい。


 結局、空回りする自分に恥ずかしさを抱えたまま、達也は遠慮しきれず話に取り込まれ、好きな子のタイプを延々と聞き出されることになってしまった。得たのは風俗の知識だけだった。


 何をやってんだ、俺は……とそんな思いが頭を支配していたときに、リーシャの番になった。


 時間になった瞬間、調査員達の表情が引き締まる。


 それに釣られて達也も自分のことを忘れることにして、リーシャのことを思い浮かべる。


 リーシャには予め面接の作法を伝えてある。


 後はリーシャの弁舌に期待するしかない。


「では、リーシャさん……お入りください」


 扉を開けたリーシャが堂々たる態度……じゃなかった。


 ガチガチに緊張したリーシャが棒立ちで入室してきた。


「し、失礼しまひゅ!」


 緊張に強ばってるせいか、リーシャの表情には不気味な笑顔が張り付いている。


 笑顔でいろとはいったが、自然な笑顔と言ったのだが……。


 達也は心のうちで頭を抱えていた。


 扉を閉めたリーシャは何かを思い出したのか、急に礼をした。


 礼をするのは正しかった。


「……扉に礼をして面接官にお尻を向けてどうする」

「ひゃい!」


 緊張を解してやろうとするがリーシャは緊張しすぎて達也のこともわかっていない。


 調査員の方々も度肝を抜かれているようで、口をぽかんと開けていた。


「で、ではご着席ください」


 ひとりの面接官が促した。


 長机の前には一つのイスが置かれている。


 リーシャは右手と右足を出してという緊張の代名詞のナンバ歩きを実践して動く。


 そして硬い動きながら何とか席についた。


 リーシャは達也の隣の席に座っていた。


「俺の隣に座ってどうする! 面接官でもやるつもりか!?」

「ひゃい!」


 だめだこりゃ……。


「えっと……リーシャさん、席はあちらです」


 面接を受ける側のぽつんと置かれたイスを指差す。


 リーシャは面接官側の席から動こうとしなかったので、達也が無理矢理引き連れて面接者用の席に座らせた。


「それでは定期調査を始めたいと思います」


 一人の調査員が取り仕切り、ゴクチョウを捲っていく。


 そわそわと落ち着きなく全身が硬直しているリーシャ。


 目が泳ぎ緊張しているのが丸わかりだ。


 しかし、リーシャは弁舌に自信があるようだった。


 ここから挽回できる。


「お名前は……リーシャさんですね?」

「違いましゅ!」


 お前は誰なんだよ……。


「えっと……じゃあお名前をお聞かせください」

「リーシャでしゅ!」


 ダメだ……壊れてる……。


 弁舌でいなすとは何だったのか。


 面接官ですら戸惑っている。


「えっとはい……リーシャさんは以前魔女をやっていたそうですが、どのようなことを?」

「ひゃぃ……え、あのあの……その、エスタ様の嗜好品を食べて……ましたのだ」


 緊張しすぎてリーシャ本人何をしゃべっているかわかっていないのだろう。


「……美味しかったですか?」


「ひゃい……ただ、今度からは一つだけ食べることにすると決めた、のだです」


 そこまで言ってから、リーシャの表情が緊張が徐々に消え、目尻に力が入った。


 目尻に溜まる涙。


 ときたま嗚咽が聞こえ始める。


「たつやぁぁ……」


 助けを呼ぶ声で面接官たちが達也を横目で見る。


 これ以上の続行は不可能とみて、達也はリーシャを連れて退出した。


 まるで子どものように達也の服の裾を握り、とことことついてくる。


「……泣くなよ。いなすんじゃなかったのかよ……」


 目尻から垂れ落ちる涙。嗚咽混じりに答える。


「違うのだ……これは目から目から……鼻水が出ただけなのだ」

「化け物か」


 リーシャは目から鼻水を拭き取る。


 達也はリーシャの背をさすって何とか安心させてやった。


 リーシャは落ち着きを取り戻したようで、ふぅと一息ついた。


「なかなか良い面接だったのだ」

「どこがだよ」


 名前すらまともに答えられなかったじゃないか。


 リーシャは人前で話すことが苦手らしい。


 普段の会話などはしっかりしているから、多人数の形に弱いのだろう。


 魔女の行動が想定外過ぎた。


「次会ったときにはいなしてやるのだ!」

「はいはい……」


 あがり症の類いに近いから、これも練習して修正する必要があるだろう。


 定期調査は最悪の結果に終わったが、審問委員会に提出するだけの社会的な有用性の材料があれば問題ないだろう……と前向きに考えることにした。


 つまり、次やることはリーシャに何らかのバイトか仕事を持たせることだった。


 資源ゴミを目指すなら働くだけでは不十分な気もするが、目指した結果可燃などの分類を受けることができるかもしれない。


――――――――――――――――――――――――――


 翌日の放課後。


 達也はリーシャの住居に訪れてリーシャをたたき起こした。


 それからどう行動するかを相談する。


「まずどんな仕事やバイトするかだが……」

「寝る仕事がしたいのだ」

「働く気ないな、ほんとに」

「楽をして社会に有用だと認めさせる方法はないのか?」


 平然と聞いてくるあたりリーシャの思考はおかしい。


 これが粗大ゴミ不燃なのだろうか。


「なくはないだろうが、難しいことの方が多いだろうな。だから、誰でもできるバイトや仕事をやるんだよ」

「むぅ……仕方ないのだ。働いてやるのだ」


 単純にこちら側の人間のように職を探すのは難しいのではないかと達也は思う。


 ゴミ人間は認知されてきているが、異世界の人間というだけで弾かれることも考えられる。


 ゴミ人間という性質上、既にゴミ人間は仕事ができず、頑張らないというバイアスが人々にかかっている。


 手っ取り早いのがツテで誰かのバイト先などにねじ込む案だが達也にはツテがない。


 達也が難しい顔で悩んでいると、それを吹き飛ばすようにリーシャが言い放った。


「はろーわーくとやらに行って、わたしが職を見つけてくるのだ」

「ちょっと大丈夫かよ? 俺でもハロワには行ったことないぞ?」

「職業斡旋所なのだろう? 旅人がその土地で新しい仕事を探すのと同じだろ?」


 アジリスタの常識ではその通りなのかもしれないが。


「沢山仕事があれば、どれかにはつけるのだ。むしろ、魔女のわたしなら引く手あまただろう」

「魔女に仕事とかあるのかよ……むしろ、魔女であることを黙っていた方が……」


 リーシャは玄関の扉に手を掛けた。


「任せるのだ。仕事の二つや三つ、取ってくるのだ」

「ちょっと――」


 謎の自信を持ったリーシャは達也が止める前に猛然と玄関から走って行った。


「靴履いてから行け!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ