18:義兄の気持ち②
Side キーリー・B・ニキアス
クイン・ニキアスは駆け落ちの末に産まれた。
侯爵家の血を引きながらも、それを全く知らずに生きてきた。
ただただその真っ黒な髪とか、ニキアス家特有の瞳や身長の高さとか、そういうことをからかわれて自分に自信なんて全くなく生きてきた女の子だった。
だからキーリーは好きだった。
ちょっとでも視線を向けると彼女は泣いた。
身体を動かしただけで怯えて、キーリーと似ているとわかると鏡を見ることも拒否して毎日毎日泣いていた。
お話の時間もまともに過ごせない。
詩集を朗読して逃げるように去って行く。
でもニキアス家からは逃げ出せない。
彼女の母親はニキアス家と関わることを嫌がって、娘を手放す代わりに大金を受け取ると国を出て行ってしまったから。
クインもまた、見放されていたのだ。
嫌がるクインを見るのがキーリーは好きだった、嫌われていることが実感できるから。
何の興味も持たれないよりは、嫌われている方がマシだった。
それにそう、自分の些細な言動でクインは反応する。
泣きじゃくって怯えて嫌がって震えて…………自分のことで頭がいっぱいで、そんな姿が可愛かった。
支配している気持ちになれた。
それなのに「彼女」はどうだ?
キーリーを見ても怯えない。
好き勝手に生きてる、女の子なのに髪の毛を切って剣を習ってズボンを履いて。泣いたりしないし、怯えたりしないし、嫌がったりもしない。
彼女は笑う、楽しそうに。
たくさん話して、たくさん笑って、たまにキーリーに触れる。
怯えてもいない自分とそっくりな瞳で。
つまらない。つまらない。つまらない。
泣き喚けよ、前みたいに。
視線を向けただけで顔を強張らせて逃げようとしろ。
嫌がって、震えて、怯えろよ。
自分のことで頭がいっぱいになれ!
喰われると怯えろ、この姿に嫌悪しろ。
つまらない。つまらない。つまらない。
彼女は強い。
キーリーに興味なんてないんだ、本当は。
だからどうだってよかった。
それなのにーーー…………
「…………だから、おにいさまは私と話してくれないの? 私がドレスを着て、可愛い女の子ならおにいさまは私と会話してくれる?」
目の前で彼女が泣いている姿を見た時、キーリーは自分でも驚くほどに動揺した。
身を震わせて泣く彼女は思っていた以上に小さくて、細くて……………………女の子だった。
自分とは全然違う。
髪に触れた時にも思った、全く違う存在。
抱きしめた。小さかった。細かった。
すぐに殺せるとキーリーは思った、あっという間に潰せてしまう。
でもしたくなかった。
戻ってほしいと思ってたのに、あの昔の「妹」に。
自分の姿に怯えて泣いて怖がって、キーリーを嫌いな妹に。
「寂しい」
ああ、そうか。
キーリーはその時、初めてわかった。
間違いなく、自分もずっと寂しかったことに。
そしてハッキリとした。
少し前の髪の長い「妹」は全く自分を求めてなんていなかったことに。本当は彼女だってチャンスがあれば自分を見放そうとしていたのだ、他の人間と同じように。
自分のことで頭がいっぱいでも、憎しみだ。
あの妹は自分を憎んでた、ニキアス家のことも憎んでた。どうしようもないくらいに憎んで、嫌がって、嫌悪してた。
けれど目の前の「彼女」は違う。
本当に自分しかいない、そしてキーリーを求めてくれる。
可愛いな、と思った。はっきりと。
「いつも一緒にいてくれるの?」
義妹はニッコリと笑った。
★ ★ ★
あの子はずっと怯えてた。
自分をずっと憎んでた、震えてた、怖がっていた。
そして多分怒ってた。
この子は絶対に渡さない。
自分を見ても怯えもせず、憎みもせず、震えもせず、怖がりもしない可愛いクイン。
でもどうやってクインを渡さないでいられるかキーリーにはわからなかった。
ヒトの姿になった、権力という名の力を得られるから。
結婚という契約を交わした、特別な関係だとアピールできるから。
けれど今まで自分を見放さない人達は「恐怖」とか「命令」とかそんなものでしか縛れなかったから、キーリーはいったのだ。
「オレを好きっていえよ」
ほらオレがそばにいてほしいんだろ?
オレのことが大好きだろ? 自分からいうのは怖くて、どうしても支配したくてそういった。
彼女の頭の中をぐちゃぐちゃにひっくり返したかった。
怯えるあの子は可愛い。怯えないあの子も可愛いけど。渡さない、渡さない、絶対に。
それなら支配しなくちゃ。
けれど彼女は自分を見下ろしたのだった。
それはキーリーにとって初めてだった。
スカイブルーとグレーの瞳が自分を見下ろす。
真っ黒な短い髪に細い身体。整った顔。
ゾクゾクゾク、と身体の奥から何かがわきあがった。
彼女は自分より弱い…………
ーーーそれでも多分、クインがいないと生きていけない。
彼女は絶対に自分を見放さない…………
ーーーわかっているからすがりつくなんてしなくていい、そんな格好悪いことをしたくない。
愛されたい、格好の良い自分で。
彼女を支配して逃がさない。
嗚呼でも、でも、でも。
「私を好きっていえよ」
ヘビの姿をしていた自分を全ての人間は見放した。
それでも去っていかなかった彼女の前で今さら格好つけたって何になる?
彼女は王様だ、自分にとって。
支配者は彼女なんだ。
彼女がいないと生きていけない。
「大好きだよ、オレの女王様」
彼女に支配されるなら悪くない。
そして絶対に彼女を逃がさない。
★★★
一章は終わりです!
次からは二章!新キャラも出てきます!!!
少しでも面白いと思ってくだされば
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更新、めちゃくちゃ頑張れます!!




