スケールの大きな鬼ごっこ
俺は今、ナカノ国の首都である通称『北都』を目の前にした草原の上に立っている。俺の隣には、いつものようにパーティメンバーの少女3人が控えている。
草原には、ナカノ国の兵士たち500人ほどが、なぜか戦闘態勢で俺たちを待ち構えているのだが……
「ムムっ? オニーサン、オレっちたちの前にいる兵士たちはヤッツケていいのカ?」
獣人族の少女ミミー(8歳)が俺に問いかける。
緑色の薄鎧を身に付けた、この短剣使いの少女はやる気満々のようだ。
頭からピョコンと飛び出した耳が、ピョコピョコと動いているではないか。
なんだかとてもかわいい。
「いや、ヤッツケるつもりはないんだけど……」
躊躇いがちに俺は応える。さて、この兵士たちをどうしたものか。俺はさっきから悩んでいるのだ。
「ねえ、カイセイさん。この人たちを相手にしないのなら、風魔法で飛翔して、サッサと『北都』の中へ入ればいいじゃない」
水魔法の使い手で、水の聖女と呼ばれていたアイシュー(12歳)が、俺に疑問を投げかける。
アイシューは、水色の目、青色の髪に合わせて、ローブやブーツなど、すべての装備を青色で統一している。
アイシューはとても心の優しい少女だ。
もし心にも色があるのならば、彼女の心も、きっと清らかの水の色をしているのだと思う。
ただ、俺に対しては、時々腹黒い一面を見せるんだけど……
「兵士の皆さんってば、わざわざ俺たちを待ったみたいだし…… なんか素通りするの、悪いかなと思って……」
ほら、俺たちに上空を素通りされたら、この人たちの立場がないって言うか。
「チョット、カイセイ! アンタ、本来に煮え切らないわネ!」
炎の令嬢と呼ばれる火魔法の使い手、ホホニナ=ミダ・ヒトスジー(通称ホニー、12歳)が、そう言って俺を睨みつける。
真紅の瞳と赤い髪を持つホニーは、その性格も真っ赤に燃え盛っているように激しく鋭い。ローブなどの装備一式を赤色で統一しているため、見ている者にはその性格の激しさが更に一層際立って見える。
「ウッセエな。今、考えてるところだよ……」
俺は言葉を濁した。
俺たちは兵士と戦うために、ここへ来たわけではない。
俺たち4人がここに来た理由……
それは、ナカノ国の変態国王によって盗まれたホニーのパンツを取り戻しに来たのだ。
そんでもって、ついでに国王に説教の一つでもしてやろうと思っていたのだ。
ただそれだけなのだ。
それなのに、なんでこんなに多くの兵士が待ち構えているんだよ……
別に、戦争をしに来たわけじゃないんだからな。
俺はナカノ国の兵士たちに向け、言葉を投げかけた。
「なあ、アンタたち、何やってんだよ? 一昨日、俺の超級魔法を見ただろ? それでも、俺と戦おうっていうのか?」
俺は一昨日、この『北都』の北にある小高い丘の上で、ナカノ国の兵士たちを前にして、超級魔法ショーを披露したのだ。
火山から吹き上がる灼熱の炎を連想させる超級火魔法、巨大な間欠泉からほとばしる激流を彷彿とさせる超級水魔法、一瞬にして辺り一面を無に帰すような竜巻を想起させる超級風魔法を見たナカノ国の兵士たちは、驚きのあまり声を出す所作を忘れたかのように茫然としていた。
そして、超級魔法ショーを披露した後、俺はこう言ったのだ。
『明後日、ナカノ国の王宮に行くから、ホニーのパンツを用意して待っておくよう、国王に伝えておけ』
カッコよく言ったつもりだが、よくよく考えてみると、言っている内容は全然カッコよくなかった。
まあいい。
とにかく、今日はホニーのパンツを取り戻しに来ただけなのに……
もう一度、俺は口を開いた。
「ひょっとして、ここにいる兵士さんたちは、一昨日、ここから北の方角にある丘の麓で俺の超級魔法を見た兵士とは違う人たちなのか? なら、改めて自己紹介してやるよ。俺の名前は岸快晴、日本という国から来た転生者だ。アンタたち風に言うところの『異邦人』ってヤツだよ。年齢はピチピチの36歳だ」
本当は41歳なのだが、女神様によってこの世界の時間が5年巻き戻されたため、俺も5年若返ったってわけだ。
だから、誰が何と言っても俺は36歳なのだ。
ただ、この世界の時間が巻き戻ったということは口外しないよう、女神様から釘を刺されている。
「俺は皮鎧を身につけているが、これでも一応、本職は魔導士だ」
ホニーとアイシューがカッコいいと言ったので、装備の色は黒で統一している。
俺がカッコわるいと、自分たちまで恥ずかしいんだと。
まったく、年頃の娘さんの扱いは難しいものだ。
「魔法は火・水・風の超級魔法を使える。この中にも、一昨日、俺の超級魔法を見たヤツが、少しぐらいはいるんじゃないのか?」
火・水・風魔法には、初級、中級、上級、超級、四段階の等級がある。
ここナカノ国には、中級魔法を使える魔導士すらいない。
俺の魔法がいかにヤバイものであるか、わかって欲しいものだ。
「だから、その…… アンタたちが何人束になってかかってきても、俺を止めることは出来ないと言うか……」
俺はしがない元サラリーマン。
なんとなく、偉そうな物言いが苦手だったりする。まあ、相手が極悪人なら別なんだけど。
でも、俺の目の前にいる兵士のみなさんったら、なんだか悲壮感が漂ってるんだよね。だから、なんだか申し訳ない気分なんだよ。
「無論、私たちが貴殿に勝てるなどとは思っていない!!!」
兵士たちの先頭にいた、上官であると思われる人物が俺の言葉を聞き、大声を上げた。
あっ、この人は一昨日、俺と言葉を交わした人だ。
えっと、名前はなんだっけ?
俺はユニークスキルの『人物鑑定』をオンにした。
このスキルは、『なんとなくオンにしたいな』と思っただけで、俺の目の前にステータス画面が開くという優れモノだ。
『氏名 マダマダカ=ベガ・コエラレーヌ
種族 人間族
Lv 32』
そうだ。この人は一昨日俺たちと一緒に行動していたブブさんこと、キタノ国の近衛騎士団団長ブブヅケ=デモ・ドウドス氏に、4ヶ国合同武道会で敗れたと言っていた人だ。
ちなみに、俺にはこの世界の言葉を日本語に翻訳してくれるありがたい転生者特典、『自動翻訳機能』が備わっている。
この自動翻訳機能さんはとても優秀で、人名や地名などの固有名詞は俺が覚えやすいよう、その人や土地の特徴を踏まえた、イカした訳を提供してくれるのだ。
すなわち、マダマダカ=ベガ・コエラレーヌ氏が武道会で栄誉をつかむためには、まだまだ大きな壁が立ちはだかっているということを、自動翻訳機能さんはさり気なく表現してくれているのだ。
「王の命令により、貴殿らを通すわけにはいかんのだ!!!」
コエラレーヌ氏が、再び大声で叫んだ。
「おい、アンタはブブズケ=デモ・ドウドスさんと知り合いの部隊長だな? ということは、一昨日、俺の超級魔法を見たんだろ? 」
「ああ、見たさ! 俺たちもバカじゃない。貴殿の強大な魔法を目の当たりにして、我々に一片の勝利の可能性すらないということは理解している。しかし、我々はコームインだ! 誇り高きコームインなのだ! 我々の家族は皆、王に人質に取られているんだよ! 仕方ないじゃないか! チクショー、俺たちだって逃げ出したいんだよ、本当は!」
おい…… どこが誇り高いんだよ?
それにしても、この国の偉い連中は、本当に人質を取るのが大好きなようだ。
まったく、イライラしてくるよ。
さて、俺はさっきからずっと、もう一つのユニークスキル『広域索敵』をオンの状態にしているのだが……
ちなみに、このスキルも、なんとなく『オンにしよう』と思うだけで、俺の目の前にウインドウが表示される優れものだ。
俺の目の前に見える『北都』の街は城壁で囲まれている。
その城壁の上に、ひときわレベルの高い人物がいることを『広域索敵』スキルが教えてくれているのだ。
おそらくソイツがここにいる兵士たちの親玉だろう。
ソイツが城壁の上から、兵士たちの様子を見ていやがるのだ。
それじゃあ、兵士のみなさんだって逃げ出すことが出来ないよな。
仕方ない。ここはひとつ、兵士たちの顔を立てつつ、この場をやり過ごすとしますか。人質の身に何かあったら大変だからな。
「わかった。じゃあ、相手になってやるよ」
俺はそう言うと、コエラレーヌ氏を含む前衛の兵士5人ほどを風魔法で10mほどの高さにまで浮かせ、その後そっと地面の上に転がした。
怪我でもしたら大変だ。そう、俺は配慮の出来る男なのだ。
そして、俺はその連中に向かって小声でつぶやく。
「……おい、お前ら、そのまま横になってろ」
「「「「「 ? 」」」」」
地面に転がされた兵士たちは、何が起こっているのかよくわからないといった顔をしている。
俺は城壁の上にいると思われる、この連中の親玉に聞こえるよう大声で叫ぶ。
俺は高校入学時、演劇部に見学に行った経験のある男だ。見よ、俺の迫真の演技を!
「おおーーー! 流石はーー! ナカノ国のーーー! 誇り高きいーーー! コウムインだーーー!」
「……チョット、カイセイ。何よその棒読みの台詞?」
「おいホニー、棒読みとは失礼だな。俺は城壁の上にいるコイツらの親玉に聞こえるよう、大声で叫んでるんだよ」
俺は兵士たちを宙に上げてはそっと下ろす作業を続けながら、観客総立ち間違いなしのスピーチを続ける。
「おおー! なんとおー、勝てぬとわかっていながらあー、立ち向かって来るとはあー、流石、勇敢なるナカノ国の兵士たちよー!」
不審な目を向けていた兵士たちも、ようやく俺の意図に気づいたようだ。
俺の台詞を聞いた兵士たち。中にはノリのいいヤツもいるようで、『ここは通さぬー(笑)』とか、『我は最強ナリー(笑)』とか言いながら、俺に突っ込んで来たりして。
でも…… お前ら、ついさっきまで今にも死にそうな顔してたくせに、なに楽しんでるんだか。
「チョット、カイセイ! アンタなにオモシロオカシイことやってるのヨ! 私にもやらせなさいよネ!」
どうやらホニーも、この遊びに加わりたいようだ。
「別にいいけど…… あんまりやる過ぎるなよ?」
「わかってるわヨ! じゃあ、行くわヨ——」
そう言うとホニーは大きく息を吸い込み、そして——
「——なんとっ!!! カイセイの風魔法を受けても怯まない兵士がいるなんて驚きだワ! ここは、アタシが火魔法を使わないといけないみたいネ!!!」
そう言うと、ホニーはお得意の火魔法を兵士たちに向かって放った。
放ったのはいいんだが……
「熱ウウウ!!!」
「ちょ、ちょっと何するんですか!?」
「や、やり過ぎですよ!!!」
兵士たちから非難の声が上がった……
もちろん俺にはわかる。ホニーはちゃんと手加減しているということを。
ホニーは最近、上級火魔法が使えるようになった。
きっとホニーが本気を出せば、ここにいる兵士たちは皆、真っ黒コゲになってあの世行きだろう。
今ホニーが使っているショボい火魔法を食らったって、まあ…… ちょっと火傷するぐらいかな……
しかし兵士たちからすると、単にヤッツケられる芝居をするだけなら、熱い火魔法でヤッツケられるより、心地のよい風魔法でヤッツケられたいようだ。
「黒い服の魔導士様! 早く! 早く風魔法でヤッツケて下さい!」
「俺にも早く風魔法を!」
「赤い悪魔がこっちに来るーーー!!!」
そう言いながら、俺に向かって駆け寄る兵士たち。
「チョット、なによアンタたち!!! アタシの火魔法でヤッツケられなさいヨ!!!」
プンプンと怒りながら、ホニーが兵士たちを追いかける。
「「「 お助けをーーー!!!」」」
ホニーから逃げ惑う兵士たち。
おい…… 誇り高きコウムインが逃げちゃダメじゃないか?
それに、お前らが逃げてるとこ、城門の上にいる親玉に見られてるぞ?
なんだか、スケールの大きい鬼ごっこのようになってしまった。
本当にこれで良かったのだろうか……




