間話 ホニーのコレクション
俺はついさっき、ホニーの故郷であるヒガシノ国ヒトスジー伯爵領に到着したところだ。もちろんパーティメンバーのホニー、アイシュー、ミミーも一緒だ。
それから旧ナンバーズ諸国の鍛治師たちも、しばらくこの地で聖剣づくりに励んでもらうため、一緒について来てもらった。
キタノ国の3人は、ここに来る前にキタノ国領内まで無事送り届けて来た。
まさかこんなに早くホニーが帰って来るとは思っていなかったホニーの親代わりのセバスーさんや、ホニーを心から敬愛するホノーノさんたちヒトスジー領の人々は、驚きの表情を浮かべていた。
故郷に戻ったホニーは、さぞ喜んでいるだろうと思いきや、さっきからずっとイライラしている……
そりゃまあ、ナカノ国の変態国王に盗まれたパンツをまだ取り返していないので、きっと心穏やかではないのだろうが。
♢♢♢♢♢♢
ここはヒトスジー屋敷の応接間。
「アイシュー、ミミー。アンタたちが今日寝る部屋に連れて行ってあげるワ。ついて来て」
ホニーがそう言って、二人を応接間から連れ出した。
俺たちは今夜、ホニーのお屋敷で一泊させてもらうことになっているのだ。
応接間に残されたのは、俺とヒトスジー伯爵領代官セバスーさんと副代官ホノーノさんの3人。
俺はこれまでの経緯を2人に説明した。もちろん、ホニーのパンツが盗まれた一件についても。
話を聞いたセバスーさんが、
「今すぐナカノ国に乗り込んで、国王を地獄の底に送って差し上げましょう。覚悟しときやがりませ」
と、とても恐ろしい目をして、丁寧なのか恐ろしいのかよくわからない言葉を口にされているではないか。
はっきり言って怖い。流石は元盗賊団の首領さんだ。
「おい、セバスー。お前、何言ってんだよ……」
あきれ顔のホノーノさんがつぶやいた。
「テメー…… いや、あなたはこんな屈辱を受けても平気なのですか?」
「そういうことを言ってるんじゃないよ…… 今、ホニー様はカイセイ殿のご指示に従っておられるのだ。カイセイ殿を差し置いて、お前がそういうことを言うのは、カイセイ殿に失礼だろう」
「確かに…… 私としたことが、さしでがましいことを申しました。カイセイさん、どうぞお許しを」
眼光鋭いまま、俺にお許しを求めておいでになるセバスーさん。
相当、ナカノ国の王様に腹を立ててるんだろうな。
「い、いえ、まったくもって何とも思っておりませんとも! セバスーさんがお怒りになるのも、無理ないと思います!」
もう一度言おう。セバスーさんの目がとても怖い……
ホニーの師匠、田所文蔵氏(当時56歳)がビビりまくっていたのがよくわかる。
そこへ、ホニー、アイシュー、ミミーの3人が戻って来た。
「まったくヤレヤレだゾ。今日のホニーは、ずっと怒りんぼだゾ」
ミミーがちょっとお姉さんぶってそう言うと、
「チョット、ミミー! アンタは当事者ないから、そんなお気楽なことが言えるのヨ!」
と、またもやご立腹のご様子のホニー。そこへ——
「失礼します。ゴミクズ野郎を連れてまいりました」
そう言って、ヒトスジー屋敷の使用人が一人の男を連れて来た。
実は鍛治士たち6人の他に、もう一人ここへ連れて来ていた人物がいるのだ。その人物とは——
「よく似合ってるじゃないか、コッパヤクニーン」
俺はそう言って、元ヒトスジー領担当特殊工作部隊隊長コッパヤクニーンに声をかけた。
コッパヤクニーンが、日本でいうところのジャージのような服に着替えて、応接間に連れてこられたのだ。
「おい、このクソ野郎。準備は出来たようだな」
怒りで眉がつり上がっているホノーノさんが口を開いた。
「まったく、ホノーノは口が悪いですね。せめて、うす汚えケツから出てきた排泄物さん、とでも呼んであげればいかがですか?」
セバスーさんったら…… もはや、なにも申し上げることはございませんとも。
それにしても、コッパヤクニーンのヤツ、よほどヒトスジー領の人たちから恨みを買うようなことをやってたんだな。
再びホノーノさんが口を開く。
「今後は俺の指示どおりに働いてもらうからな。覚悟しとけよ!」
「どうかお手柔らかに…… ヒ、ヒイッ!」
あ、セバスーさんが、めちゃくちゃ睨んでる……
「ぜ、全力で頑張らせていただきます!!!」
恐怖のあまり全身を震わせているコッパヤクニーン。
実はここに来る前、ホニーはコッパヤクニーンに、次のような強制的提案をしたのだ。
『ヒトスジー領で奉仕活動をするなら、許してあげなくもないわヨ』
でも、奉仕活動って、自主的にやるから奉仕活動って言うんじゃないのか?
まあいい。とにかくこうして、コッパヤクニーンはここヒトスジー領で、しばらく強制的奉仕活動に励むことになったのだ。
「まあ…… 生活費は俺が出してやるから、とにかく頑張れよ」
俺はそう言って、早速領内のゴミ拾いに向かうコッパヤクニーンを見送った。
「ああもう! アイツの顔見たら、またムシャクシャしてきたワ!」
またホニーがイライラした様子で言葉を吐き出した。
「お嬢様。夕食まで、まだ時間がありますので、これからカイセイさんたちに、お嬢様のコレクションをご覧いただいてはいかがですか?」
セバスーさんが笑顔でホニーに語りかけると——
「チョット! なによソレ、最高じゃない。流石はセバスー、よくわかってるわネ」
本当に流石です、セバスーさん。ホニーの機嫌が直ったじゃありませんか。
♢♢♢♢♢♢
ここはヒトスジー屋敷の『宝物部屋』。
「ちょっと狭いんだけど許してネ」
ホニーはそう言うのだが……
この部屋、俺が住んでたワンルームマンションより遥かに広いんだけど。
部屋中に、なにやら怪しげな品々が、ところ狭しと陳列されている。
まず、入口付近にある木刀の束が、俺の目に止まった。
「なんでこんなにいっぱい木刀があるんだ?」
俺がそう言うと——
「前にも言ったでショ! 修学旅行のお土産と言えば木刀ヨ!」
「お前、いったい何回留年したんだよ…… 普通そんなにいっぱい、修学旅行には行けなんだよ……」
「ムムっ? この小さくて丸っこいの、オレっち見たことないゾ?」
ミミーがキーホルダーのようなものを指でつまんでいる。
「師匠からもらったの。『タマゴッティ』って言うのヨ!」
「なるほど…… 田所さんなりに、著作権とかに配慮したんだな」
ホニーの師匠は物を大切にする人のようだ。なんだかちょっと懐かしい。
「ねえ、ホニー。この木で出来た変なのは何? 上の方にニョッキって伸びて、こっちの方へグイッと曲がってるんだけど」
アイシューが怪しげな目で、変な物体を見つめている。
なんだか学校の放送室にあるマイクのような形をしているな。
「ああ、それはパイセンから聞いた情報をもとにアタシが復元したの。『ちょんまげ』って言うのヨ。日本の男の人は、みんなそれを頭の上に乗せてるんだって」
パイセンのヤツ、また適当なことを言いやがって……
さて、そんな話をしながら『宝物部屋』の中央に向かうと——
そのコーナーには、沢山の眼帯が陳列されていた……
……これはふれてはいけない事案だ。うん、絶対そうに違いない。
俺は素早く眼帯コーナーの前を通り過ぎるが——
「チョット、カイセイ! アンタなんでちゃんと見ないのヨ! 言っとくけど、その眼帯コーナーが、アタシ一番のお気に入りなんだからネ!」
……なんだか嫌な予感しかしない。
「わかったよ…… お前は子どもの頃、ものもらいか何かで、目が腫れることが多かったんだな。目は大切にしろよ。さて、次の展示物はと——」
「チョット待ちなさいヨ! アタシは生まれてこの方、目の上にオデキなんてできたことないんだからネ! その眼帯はまだ使ってない新品ヨ! 」
「使ってない?」
「ええ、そうよ。だって、左眼が疼いてから眼帯を準備したんじゃ遅いでしょ!」
「え?」
「師匠が言ってたわ。日本文化を学ぶと、そのうち左眼が疼き出すのよ。そして——
可惜夜の月が天空に瞬き
靉靆たる漆黒の焔が我を包みし瞬間
古より謳われし晦冥の “ふぇーいひかいと”
我の左眼に宿る
どう、カッコイイでしょ!」
……………………やっぱり来たか、中二病。
しかし——
「なあ、ホニー。なんで最後だけドイツ語っぽいワードが入ってるんだ? 和の雰囲気が台無しじゃないか…… それ考えたヤツ、たぶん最後だけどうしてもカッコイイ和風の中二ワードが思いつかなくて断念したんだろうな」
たぶん、田所さんの息子が中学生の頃、目一杯頑張って考えたけど、最後だけどうしても思いつかなかったんだろう。
「な、なんのことよ?」
「それから、『いにしえ』の人は、絶対『ふぇーいひかいと』なんて言わなかったと思うぞ?」
「チョ、チョット! それ、どう言うこと? アタシにもわかるように説明しなさいヨ!」
嗚呼、ついにこの話題にふれるときが来たのか。
俺はホニーの保護者を自認しているのだ。
ずっとこの話題を避けて通ることは出来ないだろう。
俺は覚悟を決めて、ホニーに語りかける。
「なあ、ホニー、よく聞けよ。お前の師匠の田所さんは、なんて言うか…… そう、ちょっと変わった人だったんだよ。だから左眼が疼くことは無いっていうか——」
「チョットー! 師匠の悪口言わないでヨォォォ!!!」
ホニーが激昂した……
そのとき、隣にいたアイシューが小声で話しかけてきた。
「ねえ、カイセイさん。今日のところは、そっとしておきましょうよ。ホニーったら、今朝からずっとイライラしてるんだから」
アイシューはそう言うと、
「この眼帯、カワイイわね——」
とか言いながら、ホニーの元へ近づいて行った。
「チョット、アイシュー! アンタってやっぱり、違いのわかる女ネ!」
なんと、ホニーの機嫌が直ったではないか。
流石はアイシュー。とても大人の対応だと俺は思うぞ。
でも、眼帯にカワイイとかあるのか?
仲良く眼帯談義をしているホニーとアイシューを眺めていると、後ろにいたミミーが俺の袖を引っ張った。珍しく真剣な顔をしている。そして、ミミーが口を開いた。
「なんで左眼が疼くと眼帯をつけるのか、オレっちわからないゾ?」
うん、俺もわかんないよ……




