怒ると怖い女神様
俺は周囲を見渡した。
ナカノ国の兵士たちはさっき俺が風魔法で吹き飛ばしたので、今のところ遠目から俺を警戒しているだけ。攻撃してくる気配はない。
一方の悪魔教徒たちは状況がわからず、氷の牢獄の中でさっきにも増してポカーンと口を開けている。
そんな中、少しずつ冷静さを取り戻した悪魔教徒たちが口々につぶやく。
「なんだ、あの変なお面は?」
「あんな変なお面、見たことないぞ?」
「こんな変なお面を被るとは、あの人大丈夫なのか?」
やっぱりあのお面って、誰が見ても変だよな。
「な、なんですかアナタたち! よってたかってお面の悪口ばかり! 謝って下さい。さあ、お面に謝って! お——」
「『お面なさいって謝って』って言うんでしょ? そのネタ、前にも聞きましたよ?」
「カイセイさん! オチを先に言うなんて、マナーがなっていませんよ! アナタは絶対、寄席に行ってはいけない人だわ!」
いつも通りバカなことばかり言ってる女神様。しかし——
「そ、そのお声は——」
オーボエが女神様の声に反応した。
「——おい、お前たち! そのお方は変なお面を被っているけど、間違いなく当代女神テラ様だ!」
オーボエが叫んだ。そして両手を胸の前で組み右膝を地につけて、騎士の礼の聖職者バージョンを女神様に向けた。
「いえいえ。私はたまたまここを通りがかった、単なる旅人ですので。そのような礼は不要ですよ。さあ、お立ち下さい」
恐る恐る立ち上がるオーボエ。
「それから…… ああもう、なんだかカイセイさんが作った氷の壁が邪魔で話しにくいですね」
そう言うと、女神様は壁の手前まで歩み寄り、壁に向かって思いきりグーパンチをかました。
すると——
悪魔教徒たちの周囲と頭上を覆っていた氷の障壁が、轟音とともに砕け散った。
そりゃもう一瞬のうちに……
ほんとにもう、粉々に……
「みなさん、今後はお面の悪口を言わないで下さいね」
……女神様ったら怒ってたんだ。
それに女神様ったら、やっぱりそのお面、お気に入りなんだ。
無言で頷く悪魔教徒たち。
俺も今後はお面の悪口は絶対に言うまいと固く心に誓った。
「さて、私がここに来たのはみなさんの誤解を解くためです」
さっき、たまたまここを通りがかったって言わなかったっけ。まあ、いいや。
「まずはカイセイさん。あなたはこの人たちを警戒しているようですが、この人たちは旧魔法、新魔法とも使えません。魔法が使えない代わりに魔道具を作ることが出来る、そういう方々なのです」
「え? でもコイツらのレベル、スゴいんですよ? 本当に大丈夫なんですか?」
「はい。レベルが高ければ高いほど、強力な魔道具を作ることが出来るのです。だからレベルの高い旧ナンバーズ諸国の鍛治師は貴重な存在なのです」
「へえ、そういうモンなんですね。俺、今まで鍛治師になんて会ったことなかったもので」
魔導具って誰でも作れるモンじゃないんだな。知らなかったよ。
でも…… そういう情報は、事前に教えてくれてもいいんじゃないか?
「それにしても…… ププッ、カイセイさんのあの慌てようったら…… クックック…… あれ、どうしたんですかカイセイさん、顔が真っ赤ですよ。あれれ? ひょっとして、また火魔法でも使ったんですか、プププッ」
「……おい、またコブラツイストをくらいたいのか?」
「ち、ちょっと、やめて下さいよね! 女神にコブラツイストをくらわす人なんて、聞いたことありませんよ!」
「……アンタ、通りすがりの単なる旅人じゃないのか?」
「は、嵌めたわね、この策士!」
「はぁ…… 俺の方はもういいですから。悪魔教徒たちにも何か言いたいことがあるんじゃないんですか。ほら、あきれた顔で旅人さんの方を見てますよ?」
「そ、そんな、あきれた顔など……」
悪魔教徒の集団の中で、オーボエだけが青ざめた顔をしている。
「ではみなさんにお伝えします。みなさんは死者の復活を願っているようですが、一度肉体から魂が離れた者が再び復活することはありません。いくらマナをその魔道具で集めても無駄です。異世界の死者をこの世界に転生させるのとは訳が違うのです。あなたたちは騙されたのです、あの黒いフードを被った男に」
黒いフードを被った男っていうと……
女神様が自信満々で追いかけたのに、取り逃がしてしまったヤツのことか?
「そんなバカな……」
悪魔教徒たちに動揺がはしった。
「私の言葉を信じるか信じないかはあなたたち次第です。しかし——」
女神様の声色が変わった。
「——このようなおぞましい魔道具を再び作るというのであれば、私は決して許しません」
女神様が静かに、しかし心の底から怒っておいでだ。
本気で怒った女神様はやっぱり怖い。
でも、俺は女神様が怒って当然だと思うぞ。
そりゃあ、コイツらは人を殺すつもりはないのかも知れないけど、その魔道具を悪用されたらどうするんだよ。
実際、コイツらの作った魔道具が、黒いフードの男の手に渡ってしまったわけだし。
女神様の怒りにふれ、オーボエが再び膝をついた。
あっ、それ以外のヤツも2人膝をついたぞ!
「お、お待ち下さい——
悪魔教徒のリーダーだと思われる男が口を開いた。コイツは怯えながらも、まだ膝をついていない。
「——我らは亡国の民。我らは偉大なる5人の王の復活をもって、我らの国の再興を図るため……」
「お黙りなさいっ!!!」
ヒイッ! 女神様が怒った!
あっ、何人かチビった!
「100年前に活躍した、あなたたちの先祖にあたる5つの国の王たちは確かに力がありました。しかし、5人の王は己の力を誇示するばかりで、他国との友誼を深めようとせす、争いばかり起こして国を疲弊させました。あまつさえ、5王が亡くなってからもあなたたちは自分の国が最も優れていると争いばかり起こして…… その結果、小国同士の争いにつけこんだ、西、中の両大国に国土を奪われたのではありませんか!」
そういうことだったのか。ナンバーズ諸国が一つにまとまっていれば、大国であるニシノ国やナカノ国だって、チョッカイを出せなかったってことだよな。
怒りに震える女神様が更に言葉を放つ。
「もし5人の王が復活したら、また5カ国で争い合う歴史を繰り返すことになります! あなたたちは、そんなに戦争がしたいのですか!!!」
大国からの独立を果たしても、また小国同士で戦いに明け暮れるってことか。力のある王がたくさんいるのも考えものだな。
女神様の言葉が周りの空気を支配した。
確かに女神様は怒っている。しかしそれだけではないのだ。女神様の言葉からは、こちらが聞いていて苦しくなるような哀しさが溢れてくるのだ。
女神様の言葉を聞いたリーダーを含めた残りの3人も膝をついた。
そして——
集団の中で一番若そうな男が口を開いた。
「……その通りです。仮に死者の復活が叶ったとしても、どの国の王から復活させるかということさえ、我々の中で未だ決まっておりませんでした。一人の王の復活が可能となった時、どの国の王から復活させるかということを巡って、我々の仲間内からまず争いが起きると思っていました……」
隣に並ぶ男もそれに続く。
「私は共に過ごした仲間たちと殺し合いになることを恐れていました。誰かがこの計画を止めてくれる機会を待っていたのかも知れません」
他の悪魔教徒たちも、口々に同様の言葉を口にした。
そして最後にリーダー格の男が口を開いた。
「私は今でも自分の国の独立を願っています。しかし…… やり方を間違えてしまったようです…… この集団のリーダーは私です。罰は私が受けますので、どうか他の者には寛大な御処置を」
そう言うと、今まで地につけていた右膝に加え左膝も地面につけ、深々とこうべを垂れた。これは自分の首を差し出す代わりに願い事を述べる時の仕草で、この世界で言うところの『献命嘆願の礼』と言うヤツだ。
以前、ホニーの育ての親とも言っていい執事のセバスーさんが、ホニーのためにこの礼を俺に向けたことがあったな。
もちろん、俺は見ていないことにしたけどね。
「もともと私はあなたたちの命をどうこうするつもりはありませんし、そもそも私にはあなたたちの命をあれこれする権限もありません。私は単なる旅人ですからね」
そう言って、いたずらっ子のような微笑みを浮かべて俺を見つめる女神様。そして、俺に向けて言葉を放つ。
「そういうことなら、キタノ国の偉い人にでも決めてもらったらどうですか? さっきからずっと空の上でヤキモキしながら待ってるみたいですから」
なんだよ…… 女神様ってば、初めっからキタノ国の3人組の正体を知ってたみたいな口ぶりだな。
あっ、そういえば。空の上で待機させてた他のメンバーたちのこと、すっかり忘れてた。
危険も少ないようなので、もう下に降ろしても大丈夫だろう。
俺は風魔法を使って、上空で待機させていたメンバーを地上に降ろした。
そして——
「チョット、カイセイ! いつまでファイヤーウォールを展開させれば気が済むのヨ!」
「そうよ! 私もずっとウォーターウォールを出しっぱなしにしてたんだから!」
ホニーとアイシューに怒られた……




