女神の盟友 キシ・カイセイ
俺は悪魔教徒のアジトから逃げ出した。
近くの草原で両膝をつき、うずくまる。
今しがた、悪魔教徒コノヤロウは、この世界のレベルの仕組みについて語った。
以前、俺は仲間との訓練において、少しだが経験値が手に入ったことがあった。
悪魔教徒コノヤロウは、それは即ち相手の『魂の器』を壊したことになると言っていた。
そして、俺に『魂の器』を壊された相手は、時間をかけて死んでいくと……
しかし女神様は、『魂の器』は修復されるので、少しぐらい壊れたとしても相手が死ぬようなことはあり得ないと反論した。
女神様のおかげで、俺は少し救われたような気持ちになったのは事実だ。
しかし……
今の俺のレベルは99。前回のターンでは86。
俺の経験値が一気に上がったのは、前回のターン対魔人戦役でのことであった。
俺のレベルが高いのは……
前回のターンで多くの魔人族を殺した対価だと言うのか。
気持ちが悪い……
吐きそうだ。
ミミーたちの顔がまともに見られなかった。
だから俺は……
みんなのところから逃げ出したんだ。
♢♢♢♢♢♢
「……カイセイさん」
背後から女神様の声が聞こえた。
みんなの元から逃げ出して、いったいどれぐらいの時間が経っただろう。
俺は地面を見つめたままつぶやく。
「女神様…… 本当のことを…… 教えてもらえませんか」
声がかすれて上手く話せない。
「もう、カイセイさんったら。私は女神の使徒コテラで……………… はぁ…… わかりました。良い機会なのかも知れませんね。お話ししましょう。あなたが知りたいこと、聞きたいこと、不安に感じていることに対して、私は誠意をもってお答えすると約束します」
話始めはいつものおちゃらけた様子の女神様だったのに。
しかし話し終えた女神様は、俺が初めて天界で見た荘厳にして慈愛に満ちたあの女神様だった。
「女神様…… あの悪魔教徒が言ってた話…… レベルの仕組みの話は本当なんですか?」
俺は震える声で女神様に尋ねた。
「先ほど悪魔教徒が述べた話は、大筋のところ間違いではありません。確かに、前回のターンであなたが得たレベル86という数字は、冒険者として、そして人間族軍の軍人として相手の『魂の器』を壊し、マナを集めて得たものです」
「それじゃあ…… 俺のレベルが高いのは、前回のターンの対魔人族戦役で、多くの魔人族を殺したからなのですか?」
「前回のターンに限って言えば、あなたが多くの魔人族からマナを自分の体内に取り込んだため、あなたのレベルが上がったと言う表現は、決して間違いではありません」
女神様の凛として力強い声が、俺の心の中に深く入り込んでくる。
そこで俺は…… 嘔吐した……
まるで、俺がこれまで行ってきた、全ての罪を吐き出すかのように……
女神様の視線を感じる。
俺は顔を上げた。
女神様は黙って、そして優しく俺を見守っている。
俺の次の言葉を待ってくれているようだ。
だが、今の俺には、もう聞きたいことは何もない。
口から溢れたのは…… 己の弱さだった。
「…………女神様。俺は、何を勘違いしてたんでしょうね。レベル99だから俺は無敵だとか言って浮かれちゃって…… 俺は単に…… 大勢の人を殺しただけじゃないか……」
「カイセイさん、それは違いま——」
「違わネエよ!!! 前回のターンで俺のレベルが飛躍的に上がったのは、対魔人族戦役でなんだよ! 強い相手との『戦闘経験』が増えたから、経験値が沢山入ってきたと思ってたのに…… 実際は、大勢の人を殺したから、レベルが上がっただけじゃネエか!!!」
「!!! 聞きなさい、我が盟友キシ・カイセイ!!!」
女神様が…… 怒っている?
いや…… 哀しんでいる?
「いいですか? 私は先ほど『前回のターンに限って言えば』と言いました。現在のあなたのレベルは、私があなたに付与したものです」
「え? それは、どういうことで……」
「カイセイさんには新しいユニークスキルがあるでしょ?」
「……今回のターンから付け加えられた、あのユニークスキル『話し合い』のことですか?」
「そうです。あのスキルには隠された力があるのです!」
いつもの調子に戻った女神様が軽快に話し始める。
「カイセイさんの名前の『快晴』とは『晴れ』っていう意味でしょ。『ハレ』を数字で表現するなら8と0。そう、80です。それに『話し合い』の『ハナシ』を数字で表すと8と7と4になるじゃないですか! だから80に8と7と4を『合』わせて99! なんとユニークスキル『話し合い』にはそんな隠された意味が!!! ……って、あ! しまった…… なんか私、興奮しちゃって…… そ、その、ごめんなさい!」
女神様が勢いよく頭を下げた。
別に、そんなに気を使ってくれなくてもいいのに。
俺、今よっぽど酷い顔をしてるんだろうな……
「つまるところ、あなたの現在のレベルは、前回のターンからの持ち越しではなく、ユニークスキルとして私が付与したものなのです」
「ユニークスキル『話し合い』は、確か交渉の場面において有利にはたらくとか何とか言ってませんでしたか?」
「ああ、あれは嘘です。と言いますか、本当の力は隠していたのです。あなたは前回のターンで悩み、苦しみ、しかしそれでも自分の役割を果たすため、懸命に努力されていました。前回のターンの努力が決して無駄ではなかったと思って欲しかったので、現在のレベルは前回のターンからの持ち越しであるかのように演出したのですが…… どうやら逆効果でしたね。ごめんなさい」
そう言うと、また女神様は真剣な表情で頭を下げた。
「ご配慮していただいていたのですね。ありがとうござます。どうか頭を上げて下さい」
俺は精一杯の感謝の気持ちを女神様に伝えた。
「なら、今の俺のレベルは、『魂の器』を壊して得たものではないのですね。でも…… 前回のターンで、俺が大勢の魔人族の命を奪ったことに変わりはありません…… たとえ時間が戻ったとしても、俺の罪は決して消えないでしょう」
「カイセイさん……」
女神様が哀しげな顔で言葉を紡ぐ。
「前回のターンの出来事は、無力な私の責任です。罪があるというのなら、それは私が背負うべき罪です。あるいは、尊大な言い方に聞こえるかも知れませんが、その責任はこの世界に生きた全ての者にあると言えるでしょう。あなた一人が前回のターンの業を背負うことはないのです」
再び威厳と慈愛に満ちた表情に戻った女神様。そして——
「たとえ時間が戻ったとしても、過去の行いをなかったことには出来ないという、あなたの心根は立派だと思います。あなたの中に生じた後悔や懺悔の気持ちは消えないのかも知れません。ねえ、カイセイさん。それでも、いいえ、それだからこそ、今度は戦争が起こらない未来を築くため、私と共に歩んでくれませんか? 私には、いいえ、この世界にはカイセイさんの力が必要です」
また女神様の凛として力強い声が、俺の心の中に深く入り込んできた。
でも先程とは異なり、今度は俺の中の深い場所から温かくて、それでいて強い意志のような感情が湧き上がってきた。
「すみませんでした、女神様。俺、なんだか取り乱しちゃって。もう大丈夫です。俺はアイシューやホニーと出会ったときに誓ったんです。もう、絶対にアイツらが戦場に行くような世界にはしないって」
「ふふ、やっぱりカイセイさんは、お父さんみたいですね」
無邪気な様子で笑う女神様。
本当によく表情が変わる人だ。
女神様につられて、俺の顔からも笑顔が溢れた。もう大丈夫だ。
そんな俺の様子を見て安心したのだろうか。女神様はいつものお気楽な調子で口を開いた。
「それでは、共に平和な世界の実現目指して歩みましょう! あっ、でも、私は一旦、天界に帰りますけどね」
「え? それはどういうことですか?」
「ほら、女神の使徒コテラの正体が私だってバレちゃったから。もう、みんなと一緒にいられないじゃないですか。あーあ、これからもコテラとしてみなさんと一緒に旅をしたかったのに」
「いや…… それは最初からみんなわかってたと言うか……」
「…………冗談ですよ?」
本当に冗談なのか?
「先程、私が悪魔教徒のアジトの前で取り逃がした怪しい者についてですが——」
あれ? 結局、取り逃がしたのか?
あんなに自信満々だったのに?
「——少し気になりますので、一度天界に戻りパイセンに相談してみるつもりです」
パイセンすまない。
どうやらお前の天界お気楽生活も、今日で終わりのようだ。
「それではカイセイさん。今回はこのあたりで!」
ということは、また来るつもりなんですね?
そう言うや否や、女神様の身体が宙に浮き天高く舞い上がった。
そのまま天上まで飛んで行くのかと思っていると……
なぜかもう一度地上に戻り、俺の前へと降り立った。
なんだか顔を真っ赤にして、モジモジしている。
どうしたんだろう?
「あ、あの…… 先程、カイセイさんの知りたいことは何でも答えると言いましたが……」
「はあ…… 確かにそうおっしゃいましたね」
「す、す、スリーサイズとか、そういうイヤラシイ質問には、絶対に答えませんからね!!!」
そういうと、女神様は両手で顔を隠しながら、超高速飛行で去って行った。
……そんなこと聞くつもり、サラサラねえよ。
俺は清廉な好青年なんだよ…… たぶん。
それにしても、女神様は本当に表情がコロコロとよく変わる人だと思う。
でもまあ、それが女神様の良いところなんだけどな。




