ホニーは勉強熱心
「おいミミー、絶対に全部食べるんじゃないぞ! 絶対に俺の分は残しとけよ! 絶対だからな!」
「……オニーサン、子どもみたいだゾ」
女神様とミミーはこれから宇治金時を作ることになったので、俺は食いしん坊ミミーにしっかりと釘を刺しておいた。
「よし、準備OKだ。じゃあホニー聞かせてくれよ、お前のスキルの話を」
「……若干、気分が害されたけど、まあ、今回だけは許してあげることにするワ」
ちなみに、アイシューも俺と一緒にホニーの話を聞くつもりのようだ。ミミーと一緒に楽しくクッキングしてればいいのに。まったく、アイシューは真面目だな。
「コホン、じゃあ、結論から言うわネ。アタシ、子どもの頃に、『二ヶ国語放送』っていうスキルをパイセンからもらったのヨ!」
なんだそれ? 海外の映画でも見るのか?
「アタシが日本人の話を聞く場合、左耳には私たちの世界の言葉に翻訳された音が聞こえ、右耳には日本語の音がそのまま聞こえるの」
「なあ、パイセン。それって、外国の映画を見る時に、左のスピーカーから外国語がそのまま流れ、右のスピーカーからは翻訳された日本語が流れるってイメージでいいのかな?」
「そうっスよ。6年ほど前、ホニー氏の師匠がどこかへトンズラしやがった後も、ホニー氏はひとりで日本語の勉強を続けてたんっスよ。それを天界から見てた自分は、そりゃあもう感動してね。それで、コッソリ人界に降りて、ホニー氏に特殊スキルを授けたってわけっス」
「あの時は、急にパイセンがアタシの前に姿を現わすんだもん、ビックリしちゃった。でもね、パイセンのおかげでアタシは今や、すっかり日本文化マスターになったんだから!」
「………………」
「………………」
「チョ、チョット! パイセンもカイセイも、なんで無言なのヨ!?」
なんとなくでもいいから察して欲しいんだけど…… まあ無理だろうな。
「このスキルはオンとオフの切り替えが出来るの。カイセイと初めて会った時はオフにしてたのよネ。だからカイセイが日本人だってことに気づけなかったって訳ヨ」
まあ、日本人に会うことなんて滅多になかっただろうから、取り立ててオンの状態にしておく必要もなかったのだろう。
そんなことを考えていると——
「そういうことだったのね……」
ホニーの話を聞いていたアイシューが、ポツリとつぶやいた。
「ん? どういうことだ?」
俺が聞き返すと——
「ほら、ホニーって、しょっちゅう聞きなれない変な言葉を喋ってるじゃない? あれは全部、自分の耳で日本語を聞いて覚えて、それを実際に使ってたってことなのね」
「え? どういうことだ?」
確かにホニーは、ネタなのか勘違いしてるのかよくわからない日本語を使うことはあるが……
「ああ、それはっスね、ホニー氏は会話の中でよく日本語の単語を使ってるんスよ。ほら、日本でもやたらと英語が混ざった言葉使いをする人がいたでしょ? 『このプロブレムはケアフリーなコレスポンデンスが必要だ』みたいなこと言う人」
「ああ。どこかのルーさんみたいに、やたらと英語をはさんでくる人な」
「そうっス。この世界の人からすると、ホニー氏はそのルーさんみたいな喋り方をしてるように見えるんスよ」
「でも、俺にはそれほどおかしな喋り方には聞こえないぞ?」
「いいっスか? まずホニー氏が話すこの世界の言葉は、カイセイ氏には日本語に変換されて聞こえる。更にホニー氏が話す日本語の単語は、日本語のままカイセイ氏の耳に届く。どちらも日本語だから、カイセイ氏にはホニー氏の会話が普通の流暢な日本語に聞こえるってことっス」
「そういうことだったのか…… アイシュー、なんかゴメンな、今まで気づいてやれなくて。お前、今までずっと苦労してたんだな……」
「チョット、どういうことヨ!アイシューはアタシの美しい日本語をいつも聞くことが出来て、とってもラッキーなんだからネ!」
「まあ、ラッキーかどうかはともかく、『またホニーがバカなこと言ってる』ぐらいにしか思ってないから、それほど苦痛じゃないのよ?」
アイシューがそう言うと、ホニーは、
「……アンタとは、やっぱり一度ハッキリと決着をつけないといけないようね」
なんて言い出しやがったので、俺はいつものように喧嘩の仲裁に入る。
「おい、やめろよお前ら…… って、あれ、待てよ…… そうか! さっき俺が『バーサンさん』って言った時、ホニーだけは、『サンさん』っていう、なんか収まりの悪い語感がわかったのか!」
「ええ、そうよ! でも、パイセンと出会ったことや、『二ヶ国語放送』スキルのことは、秘密にしなさいってパイセンから言われてたのヨ。黙っててゴメンネ」
「ふふ、ホニー氏は本当に日本語が上達したと思うっスよ。以前、クローニン公爵と会ってるトコ、自分、天界から見てたんスけどね。ホニー氏ってば、アイシュー氏が言った『無詠唱だからでしょ!』って言葉をヒネって、『無修正はお宝でしょ!』に変えてボケたでしょ? いやー、あれは上手いと思ったっスよ。きっと今頃、ホニー氏の師匠も満足してると思うっス」
余計なこと言うなよ…… ほらまたアイシューが汚らしいゴミを見るような目で俺を…… って、あれ?
「えっと、アイシューさん? 今パイセンが喋った話の中には日本語が含まれてたから、アイシューさんにはなんの話かわからないのでは?」
この世界に存在しない概念や固有名詞は、この世界の言葉に翻訳出来ないんで、日本語の音のままこの世界の人々の耳に届けられるんじゃないのか? 『無修正』に相応する言葉なんて、この世界にはないと思うんだけど……
「……『むしゅうせい』っていう言葉が聞こえたわ。それって日本語なんでしょ? 以前、ホニーに聞いたから知ってるわ。それから、その『むしゅうせい』って言葉の意味もね。ホント、いやらしい人ね」
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺は持ってないって言っただろ!? なんで俺がいやらしい人になるんだよ!」
俺が真実? を述べているにも関わらず、今度はパイセンがニヤけた顔をして口を開く。
「またまた、何言ってんスか?カイセイ氏も健全な元男子なんだから。別に悪いことしてるわけじゃないのに。コソコソしちゃって、プププッ」
元男子ってなんだよ? 俺は今でもれっきとした若者だ。
それにしてもコイツ…… とてもイラッときたぞ。俺に口喧嘩を売るとは上等だ!
俺は反撃を試みることにした。
「いやいや、俺はその手のこと、よくわからないんで。そういう話は、きっとパイセンさんの方がお詳しいんでしょう。パイセンさんの口ぶりから察するに、あなたのお部屋にはきっと薄い本がいっぱいあったんでしょうね」
「はあ? 何言ってんスか? ウチにはそんな本、1冊もないっス。名誉毀損で訴えるっスよ?」
「あれあれぇ〜。薄い本ってどういうものかご存知なんですね〜 俺、一般的な本の厚さのことを言ったつもりだったのに〜」
「あっ、テメー! 嵌めやがったな!」
コイツ、女神様使徒のクセに口が悪いな。
「いえいえ、とんでもない。そうですか、女神の使徒様は2次元がお好きなんですか。きっとお宝をご愛読されながら『萌え〜』とか叫んでおられた——」
「おい、テメーいい加減にしろよ! このコソコソムッツリ魔導士!」
「なんだと! この2次元萌え萌えエロ使徒が!」
「もう、二人ともいい加減になさいな。ほら、娘さんたちがあきれた顔をしていますよ」
かき氷を作る手を止めた女神様が、俺とパイセンに向かって諭すように声をかけた。
まさかこの人に、こんなマトモな台詞を言われる日が来るとは……
俺の人生始まって以来の屈辱だ。
そう思ったのは、俺だけではないようだった。
目の前で、『これは一生の不覚』みたいな顔をしているパイセンと目が合った。
「……こんな泥仕合、もうやめようぜ」
「……そうっスね。傷口に塩を塗りあうようなもんっス」
こうして俺は、パイセンと和解することになった。




