いざ、ダンジョンへ
武具屋を訪れた次の日の朝。
「あのさあ、アタシ、思うのよ。魔法の力だけで人の価値を判断するのって、なんか間違ってるんじゃないのかなって」
……ホニーのヤツ、もう魔法の特訓に飽きたようだ。
「おいホニー。俺は昨日の夜、たった数時間上級火魔法の講義をしただけだぞ? もう嫌になったのか?」
「嫌とかそういうことじゃないのよ。なんて言うの、人間の価値観はもっと多様であるべきじゃないかしら?」
コイツ…… こんなことで、よく中級魔法の呪文を覚えることができたな。
「わかった。じゃあ、多様性を尊重して、お前の装備は茶色だ。お前は赤色がいいという価値観に毒されているようだ」
「チョ、チョット、待ちなさいよ! アタシが言いたいのはそういうことじゃなくて——」
「今日中に上級火魔法の呪文を半分覚えないと、昨日予約した装備は全てキャンセルしてやるからな! 俺はこう見えて思い切りがいいと評判の男だ! バンジージャンプだって、飛び出すまで、たったの30分しか掛らなかったんだからな!」
「それ、後ろの人に迷惑な客じゃないのヨ!」
ホニーのヤツ、バンジージャンプまで知ってるんだな。その飽くなき知識欲を呪文の習得に向けて欲しいものだ。
「オニ、アクマ、ビリビリ!」
ホニーのヤツ、感電でもしたのか? それを言うならビビリだろ? まったく…… 文句ばっかり言いやがって。それなら——
「じゃあ、俺達は3人でダンジョンの下見にでも行くとするか。第1階層の入口付近は出店みたいなのがいっぱい並んでて、結構面白いんだよ。なんか、ちょっとしたお祭り気分が楽しめるぞ」
「チョ、チョット待ちなさいヨ! アタシも連れて行きなさいよネ!」
「じゃあ、待っててやるから早く覚えやがれ」
「わ、わかったわヨ! このロクデナシ!」
俺達の会話を聞いていたアイシューが、しみじみとした口調で口を挟む。
「セバスーさんじゃ、きっとここまでのひどい仕打ちは出来ないでしょうね。やっぱりホニーの教育係りには、カイセイさんが適任なのかも知れないわね」
「うるさい! 黙りなさいよ、この腹黒!」
「……カイセイさん、ミミーちゃん。さあ、もう出かけちゃいましょうか」
「わ、悪かったわよ。謝るからチョットだけ待っててよネ!」
俺もアイシューに向かって、しみじみと語り返す。
「いやいや。他人が最も嫌がる一言を的確に放つアイシューだって、ホニーの友人として最適だと思うぞ」
「……とんでもない。カイセイさんの意地の悪さに比べたら、私なんてまだまだよ」
「……なに言ってんだ。氷のように冷たい一言を放つアイシューさんと比べれば、俺なんてまだひよっ子みたいなもんだよ」
「「 フフフフフ…… 」」」
「オオウっ…… オニーサンとアイシューが、悪い顔して笑ってるゾ……」
「キイイイーーーー! アンタ達、アタシをネタにして、盛り上がってんじゃないわヨ!」
♢♢♢♢♢♢
翌日。
俺たちは朝一番で依頼していた装備を受け取り、アイシューに、『絶対コッチを見ないでよ!』と言われながら着替えをしませた後、ジョーキューシャーの街郊外にあるダンジョンへと向かった。とりあえず、ひとことだけ言わせて欲しい。まったく心外だ。俺はロリコンじゃねえってんだ。
さて、俺達の新しい装備はと言うと…… 目立っている。そう、とても目立っているのだ。はっきり言って場違いだ。日本で言うところのコスプレ集団みたいだ。
ホニーとミミーは喜んでいるようだが、アイシューは顔を赤らめている。
「おい、アイシュー。大丈夫か?」
「うう…… 装備を選んでる時は、なんだかステキだと思ったんだけど…… 実際、着てみると恥ずかしいものね」
まあ、これも人生経験だと思って諦めてもらおう。
「やっぱりTPOは大事だからな」
俺がそう言うと——
「そうね!」
ホニーが横から口を挟んできた。
「やっぱり農産物は国産がいいわよネ!」
「……それはTPPだな」
「ええ、そうよ! 海外と自衛隊と平和は繋がってるのヨ!」
「……えっと、それはPKOのことかな? なあ、ホニー。お前が真剣に誤解してるのか、それともボケてるのか、俺、今だにわかんないんだよ。いずれにせよ、会話が成立しないから、今日の日本ネタ披露はここまでな」
ふくれっ面のホニーは放っておいて、と。
俺達が今いるのはダンジョンの第1階層。ここへは下見、というより観光? のため、昨日の午後に訪れていた。ホニーが意外にも…… 失礼、よく頑張って午前中に上級火魔法の呪文を半分覚えたのだ。
第1階層にはほとんど魔獣がいないため、食べ物やお土産物を売る屋台がたくさん軒を連ねている。
ミミーが屋台から漂ってくる、食欲をそそる匂いに気を引かれているようだが——
「ミミーは昨日、屋台でいっぱい買い食いしたよな? それで今日は我慢するって約束だったよな?」
俺がそう言うと——
「オ、オウっ! オレっち、ぜんぜん…… 食べたいなんて思ってない…… と思うゾ?」
「なんで最後の方、自信なさげなんだよ……」
うーむ…… 少しぐらいなら買ってやってもいいかな? そんなことを考えていた俺の頭の中をまるで覗き見たように、アイシューが厳しい目つきで俺を睨んできた。
はっ! 危ない。また娘を溺愛するダメな父親みたいになるところだった。
「そ、そうだな。約束は大事だな。ミミーよ、ここは我慢するところだ。そうだ、帰りに買ってやろう! あっ…… えっと、アイシューさん。帰りに買ってやってもいいでしょうか?」
「もう、なんで私に確認するのよ。ミミーちゃんも、もうお姉さんなんだから、ちゃんと約束守れるわよね?」
「オウっ! オレっち、オネーサンだから、約束を守るのなんてお手の物だゾ! でも、帰りにまた買い食いしたいのも事実だと宣言するゾ!」
「ふふ。じゃあ、カイセイさんにお願いしてみたら」
こうして、今日一日ダンジョン攻略を頑張ったら、帰りにみんなでまた屋台の食べ物を買って食べることにした。うーむ…… いやはや、アイシューは本当にお母さんみたいだな。実は隠し子がいたりして、とか言うとまた怒るんで本人の前では絶対言わないけど。
「じゃあ、アタシもまた帰りにお土産買おうかしら」
「おいホニー! テメー、いい加減にしろよ!」
「チョット、なによアンタ! アタシとミミーとで、全然態度が違うじゃないのヨ!」
「なに言ってやがる! 昨日、俺がちょっと目を離した隙に、訳のわかんねえ木刀いっぱい買いやがって。俺が渡した小遣い、返しやがれってんだ!」
「ハア? アンタ、ホントに日本人なの? 修学旅行のお土産は木刀が定番でしょ?」
「…………宿に帰ったら、まずは修学旅行の定義からきっちり教えてやるよ」
「もう! 二人とも、早く行かないと日が暮れちゃうわよ!」
「アイシュー…… 今のは俺、悪くないだろ……」




