間話 前回のターンの話(シリアス) 戦場の老兵
今話は既出短編「戦場の老兵〜俺は前線に向かう若者達を見送ることしかできないのか〜」を加筆修正したものです。本編から約2年前、『前回のターン』の話です。
戦闘シーンはありませんが、シリアスな展開が苦手な方は、どうぞ読み飛ばして下さい。
俺は今、人間族連合軍が布陣する小高い丘の上に身を置いている。魔人族領南部最大の要害フリーデンの城郭都市は、まるで眼下から俺を挑発するかのように、その雄大な姿を平原の中に横たえている。
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俺の名前は岸快晴。早いもので、今年、齢40を迎えることになった。
俺がこの世界に転生したのは4年前。日本で交通事故に遭いあっけなく死んだ後、慈悲深い女神のおかげで、俺はこの世界に転生することになった。
あの日から約3年間、冒険者となった俺は苦しいながらも、この世界の友人や、日本から来た転生者仲間に励まされながら、なんとか毎日をそれなりに過ごすことが出来ていた。
そんな日常が壊れたのはあの日…… 今から半年ほど前、大陸北部を支配している魔人族が、なんの前触れもなく突然人間族の街を襲撃したのだ。
その後も魔人族軍の勢いは止まらず、わずか数日の間に人間族領北部にあった大国キタノ王国は壊滅。この蛮行に戦慄を覚えた人間族の王たちは、各国の利害を一旦棚上げし、人間族連合軍を結成することに合意した。
しかしながら初動の遅れを取り戻すことは難しく、結局魔人族軍の勢いを止めることが出来たのは、人間族領にあるもう一つの大国ヒガシノ国の約半分が焦土と化した頃だった。
猛威を振るっていた魔人族軍の進行がどうして止まったのか。それは俺達転生者が人間族軍に力を貸したからだ。
当初、俺達転生者はこの衝撃の事実を前にして、ただ立ちすくむことしかできなかった。それが転生者のなかの一人が参戦し、二人が参戦し…… 気が付けば、多くの転生者が人間族と共に魔人族との戦いの場に身を投じていた。
転生者のある者は、このような残忍な行為は決して許されてはならないと言い、またある者は、人間族の友人を殺された仇を討つと言っていた。更にある者はこう述べていた。この世界で出会ったかけがえのない恋人への弔いだ、と。
この時、俺も魔人族との戦いの中に身を投じる決意をした。理由は…… いろいろだよ。とても一言で語ることなんて出来やしないさ。
その後俺は、いや我々人間族軍は、人間族領に残った敵、そう《《我々の敵》》魔人族軍の掃討に成功。その後多くの人間族有志を吸収しながら、我々は遥か北の彼方にある敵の本拠地目指して進軍を開始したのであった。
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「カイセイ殿…… カイセイ殿、いかがされたか?」
俺の名前が呼ばれている…… 言葉を発しているのは人間族軍総司令官カーセロ卿。元ミナミノ国の王で、今回の危機に際し、いち早く行動を起こした人間族軍の武の象徴たる人物だ。
そうだ、ここは敵の要塞を目前に捉えた丘の上だった。本陣を構えたこの丘に将校達を集めて、最後の作戦会議を行なっているところだったのだ。俺のここでの肩書きは『総司令部第五幕僚』。一応将校の端くれではあるようだ。
「申し訳ありません……」
俺は慌てて謝罪の言葉を述べた。昔のことを思い出し、どうやら自分だけの世界に迷い込んでいたようだ。皆の目には、心ここに在らずといった様子に映っていたのかも知れない。
そんな俺に対して…… 炎の令嬢と呼ばれる若い魔導士は、怒りを露にした鋭い目で見つめ、水の聖女と呼ばれる聡明な少女は、悲哀を含んだ微笑みを向けていた。
「おい、テメー、なに睨んでんだよ! アニキに喧嘩売ってんのか?!」
炎の令嬢と呼ばれる少女に向かって噛み付いたのは転生者のリューセイ。年齢は20歳。気性の激しさだけは一人前だ。
「やめなよ、リューセイ君。それから水の聖女さんも、心配しなくて大丈夫ですよ。なんたって、カイセイさんは僕たちの頼れるアニキなんですから」
笑いながらそう言ったのは転生者のマナブ。年齢はリューセイと同じく20歳。
この二人は今から約2年前に出会った俺の後輩転生者だ。この世界にやって来たばかりの頼りない二人に出会った俺は、なんとなく放っておけず、いろいろ面倒をみてきたのだ。
俺は、自分のことをコイツらの兄貴分だと思っていたのだが…… まったくなんてことだ。俺は若いコイツらにまで心配かけて、気まで使わせてしまって……
そうだ。今必要なのは、戦争という行為に罪悪感を感じる心優しい日本人岸快晴ではなく、冒険者歴3年の凄腕魔導士カイセイなんだ。よし、ここは一丁、やってやろうじゃネエか!
「おい、オメーら勝手に盛り上がってんじゃネエよ。今、俺のユニークスキル『広域索敵』を使って、敵サンの数を数えてたんだよ!」
俺の一言で、本陣に集った将校達の表情に再び明かりが灯った。
「じゃあ、カーセロ卿、これ以上待ってるのも面倒なんで、今から報告させてもらってもいいですか?」
俺は借り物の闘志を身にまとい、総司令官に尋ねる。
「ふっ。仕事が早くて助かるよ。流石はカイセイ殿だ。せっかくだ、ではお願いすることにしようか」
まったくこの人は…… 俺の不安や戸惑いを見て見ぬ振りして、上手く場を収めてくれたものだ。流石、南の賢王と呼ばれていただけのことはある。
索敵なんて遠の昔に終わらせていたが、俺はさも今索敵を行なっている振りをしながら、ここに集まった将校達に向かって話を始めた。
「敵が集結しているのは2箇所。まあきっと、城門を守りたいんだろう。俺達の目の前にある南門には約1500人。反対の北門にはザッと500といったとことか。レベル80以上の魔人族四天王クラスはいない。レベル60以上の上級魔人族は南門に150、北門に30程度だな」
周りにいる将校達は皆真剣に、俺の話に聞き入っている。
俺は更に続ける。
「民間人………… いや、レベル20以下の、《《敵魔人族》》は約200。街の中央に固まってる。まあ、なんだ…… 要は、城門に張り付いてる2000をカタズケりゃあ、俺達の勝ちってことだな! 報告は以上だ!」
この世界の戦争に民間人などという概念は存在しない。事実、人間族領を襲った魔人族は、兵士、住民の区別なく、その街に住む者全てを葬り去ったのだ……
俺は考えるのが苦手だ。いくら考えたって、良いアイデアが出た試しなんてありはしない。
俺の仕事はここまでだ。後は、頭の良い参謀達に任せるだけさ。
それ以降、会議の内容はほとんど俺の耳に入ってこなかった……
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作戦会議は終了した。敵が兵力500を北門に振り分けている間に、我が軍は全軍をもって、南門を守護する敵兵1500を殲滅する作戦がとられた。
この世界には魔法がある。城門を破壊せずに、城兵を攻撃することが可能なのだ。
俺のいる本陣の近くでも、多くの友軍が城郭都市フリーデン目指して進軍を始めるべく準備を開始している。その中には、もちろん転生者の姿も見られた。
俺達転生者は、この世界にやって来るとき、女神様からユニークスキルというものを与えられる。それは剣技に特化したスキルであったり、敏捷性が上がるスキルであったり。そう言えば魔法の威力が通常の3倍になるという、信じられないスキルを持っていたヤツもいたな。
俺が女神様から与えられたスキルは『広域索敵』と『人物鑑定』の二つだ。これまで転生者仲間からは、ハズレスキルだと散々からかわれたっけ。
まあ、36歳でこの世界にやって来た俺にとってはちょうど良かったのかも知れない。若い連中と同じように、血気に逸ってダンジョン攻略なんかに情熱を燃やしていたら、おそらく体力が続かず死んでいただろう。
きっと年寄りに対する女神様なりの配慮なのだろうと思い、笑っていたのだが……
しかし、状況が変わったのだ。
魔人族領への侵攻戦が始まってから、俺が持つスキルの重要性が跳ね上がった。
人間族未踏の地であるここ魔人族領では、どこに敵がいるのか、いやそれ以前に、どこに何があるのか、どこに向かって進めばいいのか…… 知っている者は誰一人としていなかったのだ。
俺が持つ情報収集系のスキルがなければ、我々人間族軍は一歩たりとも動けないと言っても過言ではない。そう、俺は絶対、最後まで生き残らねばならないのだ。
だから俺はいつもこうやって安全な本陣にその身を置き、前線へと向かう同胞達を見送るしかないのだ……
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前線へ向かう兵士達の大移動がいよいよ始まった。まずは最前線へ向かう精鋭部隊が行動を開始した。
多くの兵士達が本陣に向かって一礼して通り過ぎて行く。そんな中で——
先ほど俺を睨みつけていた、人間族最強魔導士との呼び声が高い炎の令嬢が、俺の横を通り過ぎようとしていた。年はリューセイやマナブよりもまだ若く、確か15歳ぐらいだったと思う。
「アンタ、もうちょっとシャキッとしなさいよネ! 絶対ヤラレるんじゃないわヨ! いいわネ!」
憎まれ口を残し、令嬢は最前線へと向かった。この少女、口は悪いが根はいい子なのだ。
もし、戦争なんてものが起こっていなければ、伯爵令嬢であるこの少女は、きっと今頃、社交界の花として愛でられていたことだろう。
「カイセイ様、どうぞご無事で。あまりご無理なさいませんように」
俺の身を案じる言葉を残し、水の聖女と呼ばれる少女も敵が待つ戦場へと歩みを進めた。
彼女こそ人間族最強の魔導士であると言う者もいるほど、魔法の技術は高みを極めている。
年齢は炎の令嬢と呼ばれる少女とそう変わらないはずだ。住民からの信頼が厚い、心優しい聖堂士だったと聞いている。
彼女達と同様に、年の頃10代であろうと思われるこの世界の若者達も、次々と最前線へと向かって行く。彼ら彼女らは俺の姿を見つけると、決まって俺に——人間族軍で唯一情報収集系スキルを有するというだけで、他になんの取り柄もないこの俺に、羨望の眼差しを向けてくる。
やめてくれ!
罪悪感で、心がどうにかなりそうだ…………
そんな気持ちを悟られまいと、持ちうる限りの理性を総動員して、俺は兵士達を見送っていた。その時——
「おいっ! リューセイ、マナブ! なんでお前ら、そんなに早く出発するんだよ!? お前らが布陣するのは中軍だろ!?」
俺は大声で二人を呼び止めてしまった。
「なに言ってんスか、アニキ! 先週の戦いで、大勢ヤラレちまったでしょうが! それで、オレもマナブも晴れて、前軍に配置換えってヤツですよ!」
リューセイが笑いながら、大声で答える。
「リューセイ君は大げさだな。前軍って言っても、すっごく後ろの方なのに。心配しなくても大丈夫ですよ、カイセイさん! いつも通りやるだけですから!」
いつも通りの笑顔で、マナブも俺に向かって言葉を返す。
「おい、 お前ら絶対に死……」
『死ぬな』、『生きて帰れ』という言葉を口にするのは軍規違反だ。ここは『手柄を立てて来い』と言わねばならない。しかし、俺は——
「おい、お前ら! 魔人族なんてサッサとやっつけて、北の街でまた食べ歩きの続きをしようぜ!」
俺はまた、大声で叫んだ。
「もう、カイセイさん、それフラグですよ!」
大笑いしながらマナブが叫ぶ。
「そう言うなよマナブ! アニキはおっさんだから、わからねえんだって!」
リューセイも笑いながら後に続く。
「とにかく、いつも通りやるだけですよ。それじゃあ、行ってきます。『女神様のご威光を!!!』」
「アニキ、行ってくるぜ! 『女神様のご威光を!!!』」
右手の拳を高らかに掲げて、青年達は声を張り上げた。
「なんだよお前ら。すっかりこの世界に馴染んじまいやがって。ああ、やってやれ! 魔人族の連中に女神様のご威光を示して来ヤガレ!」
俺も力一杯拳を掲げ、大声で青年達の覇気に応じた。
「女神様のご威光を!!!」
俺は遠ざかっていく二人の姿を見送っている。その姿はどんどん小さくなっていく……
リューセイが言っていたように、先週の戦いで我が軍は大きな戦果を収めたものの、その代償として我々もこの戦役始まって以来の損害を受けた。
転生者にも初めて死者が出た…… これまで俺達転生者は、なんとなく『人間族の手助けをしている』そんな気持ちがあったように思う。
しかし、先週の戦い以降、俺達転生者の意識は大きく変わっていった。
仲間の仇を取ろうと、一層戦意を高めた者。こんなはずではなかったと、戦場に来たことを後悔し始めた者……
二人の青年の姿が、どんどん小さくなっていく。
ひょっとしたら、もう二度と会えなくなるのでは……
不安が俺の心を支配する。
これは単なる杞憂に過ぎないのか?
いや違う。先週の戦いでも、返ってこなかったヤツがいたじゃないか!
心臓が何かに押し潰されるのではないかと思うほど痛くて苦しい……
俺が行くべきだ! どうせ死ぬんなら俺みたいな年寄りから先に死ねばいいじゃないか!
俺が二人の後を追うため、両足で大地を力強く蹴ったその瞬間——
「カイセイ殿、どこに行くつもりだ?」
背後からカーセロ卿の声が聞こえ我に返った。
「カイセイ殿…… 私にも貴殿の気持ちはわかるつもりだ。私とて多くの若い我が国の兵士や住民を死地に向かわせている。それでも、人にはそれぞれ自分の役割があると私は信じている。カイセイ殿、どうか貴殿にも貴殿にしか出来ない役割を全うして欲しい」
その通りだと思った。カーセル卿の言うことは多くの人が賛同する意見だと思う。もし、今俺が前線に飛び出したとしても、俺のちっぽけな正義感が満たされるだけで、人間族軍にとってなんの利益もない。いやもっと言うならば、返って味方の足を引っ張ることになるだろう。俺を守るために大勢の同胞の命が散ってしまうことが目に見えてるじゃないか!
俺は大きく息を吸った。
「何を言ってるんです、カーセロ卿? 俺はただ、自分のスキル『人物鑑定』が使える距離を見定めようと思っただけですよ? やっぱり、もう少し敵に近づかないと、残念ながら使えませんね」
「ふふっ、そうであったか。カイセイ殿、前を見るのも大いに結構だが、少しは周りも見て下されよ」
そう言うと、カーセロ卿は本陣に置かれた椅子にどっしりと腰を据えた。
カーセロ卿の言葉に従い、俺は自分の周囲を眺めてみると…… そこには俺の命令を待つ、我が部下達の不安そうな顔があった。
軍内において、俺にはもう一つ肩書きがある。それは『第101独立小隊小隊長』というものだ。少ないながらも俺には部下がいるのだ。
はっきり言って、この小隊は俺の身を守るために作られた、言ってみれば俺の護衛団とでもいうべき代物だ。
しかしながら、彼ら彼女らは、本気で自分の命と引き換えにしてでも、俺を守るという使命を全うしようとしている者達である。
まったく俺は…… 本当に自分のことばっかりだな。俺は今ここで、俺にしか出来ない自分の役割を果たさねばならない。心からそう思った。俺は大きく息を吸い込み、そして言葉を放つ。
「これより命令を伝える! 今回、魔人族四天王クラスはあの城郭の中にはいないようだ。ただし、敵は上級魔人族ばかりとは言え、その中にネームドがいる可能性はある」
ネームド。それはレベルという数字だけでは計れない、経験という力を持つ歴戦の猛者達。
「もし、敵にネームドがいると思しき兆候が見られた場合、直ちに俺の『人物鑑定』スキルが使用できる距離まで前進する。それまで各自、臨戦態勢で待機せよ!」
部下達の気合のこもった返事が丘の周囲にこだまする。俺はもう一度大きく息を吸い込んだ。そして——
「まあ、心配すんな。今日も俺達の勝ちにチゲーねえさ。前線で誰が手柄を立てるか、ここからしっかり見とけよ。この戦争が終わったら、ソイツにたんまり奢ってもらおうぜ!」
今度は部下達の笑い声が丘の上の雲に向かって響き渡った。
これでいい。さあ、次が最後の仕事だ。これで今、俺がここでやるべき仕事が全て終わる。最後にもう一度大きく息を吸い込み、そして——
俺は声高らかに叫ぶ。
「女神様のご威光を!!!」
「「「「「女神様のご威光を!!!」」」」」
我が愛すべき部下達も、俺に負けじと大きく声を張り上げた。それはまるで、天界の女神様に届けとばかり、天高く大空の果てまで響き渡った。
「女神様のゴイコウか……」
気付けば、俺は周囲の誰にも聞こえないほどの小声でつぶやいていた。
フゥーっと、俺は初めて大きく息を吐き出した。
そしてまた一人で考える。
女神様の『ご意向』…… 女神様はなぜ俺達をこの世界に招聘したのだろうか?
俺達は捨て駒なのか?
『どうせ日本で一度死んだのだから、その命を戦争のために使え』
女神様は、そんなふうに考えているのだろうか?
いや、そんなことは有り得ない。俺はこの世界にやってくる際、女神様と言葉を交わしたのだ。
女神様はとても崇高な方だった。少なくとも俺にはそう感じられた。
では、なぜ俺達はこんな異世界に来てまで殺し合いをしないといけないんだ?
俺はこの先ずっと、前線で戦う若い連中を、こうやって見送らなきゃならないのか?
女神様、あなたの望みは何なのですか?
「女神様のゴイコウを!!!」
俺は一人、天空へ向け大声で叫んだ。
総攻撃の命令はまだ出ていない。しかし最前線では偶発的な戦闘が始まったようだ。
前線から流れ来る風に乗って、戦場特有の吐き気をもよおす異臭が容赦なく俺に襲いかかる。
これがあなたの、俺の問いに対する答えなのですか……
答えて下さいよ、女神様…………




