天界の禁忌
「げげげ げい げい けいか…… わた、わた、私に、ななな、なに、なにを……」
俺とクローニン侯爵は、みんなから少し離れた木陰に移動した。どうやら侯爵の狼狽具合がピークを迎えているようだ。どうすんだよ、この状況。俺は天に向かって愚痴をこぼす。
「もう、女神様やり過ぎですよ。俺も失礼なこと言ったの謝りますから、なんとかして下さいよね」
俺がそう言った瞬間——
天空から美しい光が差し込んできた。その光にふれると、なんだかとても心地いい。
「おお! なんということでしょう!暖かい、とても暖かいです。不安や恐れといった感情がなくなりました。今、不思議と心が穏やかです」
侯爵が驚きの声を上げた。一種のヒールのような効果があるのだろうか?
「猊下がおっしゃっていたように、天上の女神様は決してお怒りではないということ、しかと理解いたしました。取り乱してしまい申し訳ありません」
「いえいえ、そう言っていただけると、女神様もホッとしてると思いますよ」
なんせ女神様は、侯爵を『味方に引き入れろ』と小ズルイことを言ってたんだ。自分のせいで計画が台無しになるところだったからな。
「それで、猊下は先ほどから女神様と交信されていたのですか?」
「はい。女神様は侯爵を高く評価しておられます。そして信頼もされているようですね」
「なんと! もったいないお言葉!!!」
そう言うと侯爵は、天に向かってまた騎士の礼を示した。
「あ、あの侯爵。女神様は、そりゃもう、とっても気さくな方なんです! そのような畏まったことされたら、あの人また調子に乗って…… いえ、きっと照れくさい思いをされると思いますよ?」
俺はそう言って、侯爵に気楽に振舞ってもらうようお願いした。
侯爵がリラックスしたところで、他言無用と釘を刺し4年後に魔王が復活すること、おそらくその前に魔人族が攻めてくることを話した。更に俺は続ける——
「それから女神様は戦争を望まれていません。女神様はちょっとアレな性格の方ですが、この点に関しては嘘も偽りもないと俺は信じています」
「はい。女神様が平和を望まれているということにつきましては、不肖、このクローニンも猊下に同意致します」
「ありがとうございます。平和を求める気持ちは俺も同じですからね。でも、女神様の言う通りにするのはちょっとシャクなんですよね。だってあの人、俺にわけのわかんないことばっかり言って来るし…… あっ、しまった!」
俺は慌てて両手で頭を覆い、また天上を見上げる。よかった、大丈夫なようだ。
「ふふふっ。どうやら女神様と猊下は、とても強い信頼の絆で結ばれているようですね」
どこをどう見れば、そんな風に見えるんだろう? 謎だ?
「それで私は一体何をすればよろしいのでしょう?」
クローニン侯爵が尋ねてくるが——
「それが正直なところ、俺にもよくわからないんです」
女神様は話し合いで解決しろとか言ってるし……
「まあ、それで俺はこれから女神様がおられると言う、ホコーラの街へ行ってみるつもりなんです」
そこでもう少し、話を詰めた方がいいだろう。第一、今後俺が何をすればいいのかもよくわかんないんだし。
「ですので、もし、人間族と魔人族の間でトラブルが起きそうな時は、戦争ではない方法での解決を計りたいんで、ぜひお力をお貸しいただきたいのですが…… って、なんか曖昧なこと言ってますよね、俺」
「いえいえ。猊下のおっしゃりたいこと、よくわかりますとも。幸いにも、今後我が領土の軍事的な出費は抑えられそうですので、まずは金銭的なご助力が出来るよう、我が領地の経営に励むことに致します」
「流石は女神様が認めた方だけのことはありますね! 俺なんて、何をしていいやらサッパリわからないのに!」
俺の中でのクローニン侯爵の株が上がりに上がり、もはや天井知らずになったところで、俺達の話し合いは終了となった。
俺達が和気藹々とみんなが待つ、切り株で作った集会所? に戻ってみると——
「もう! カイセイさん! これはどう言うこと? ちゃんと説明しなさいよ!」
そう言ってアイシューが俺の元へ駆け寄り、俺の肩をつかんでガシガシと揺すり始めた。
「痛いよ、アイシュー。 ちょっと落ち着けよ! クローニン侯爵と二人だけで話せっていう、女神様からのメッセージがあったって、さっき言っただろ?」
「あなたが女神様と交信出来るなんて、私、聞いてないわよ!?」
「いや、どうも新機能が最近装備されたようで、俺も迷惑…… いや驚愕してたとこなんだ」
「それでカイセイさん! あなたまさか天界の禁忌を犯したんじゃないでしょうね!?」
「キンキ? ああ、さっきの雷か。あれは——」
俺が説明しようとした瞬間。
再び天空から美しい光が差し込んできた。アイシューの顔がみるみる穏やかになっていく。
「これって…… 女神様からの祝福なのかしら?」
祝福っていうよりお詫びだろうな。さっきはカッとなって雷落としたけど怒ってないのよゴメンね、といったところだろう。
なんだよ女神様。やれば出来るじゃないか。俺がお願いする前に、ちゃんと気を利かせてくれちゃって。女神様も成長してきたんだな、うんうん、いいことだ。
俺はアイシューに告げる。
「女神様はとても美しく、そしてお優しい方なのだよ。俺がほんのちょっとポンコツって言ったぐらいで本気になって怒るような方じゃないのだよ」
一応、また両手で頭を庇い天空を見上げる。これはセーフのようだ。なんだろこのスリル。ちょっと病みつきになりそうだ。
「あなたがやっていることは、女神様のご意志にかなっているということなのね」
こう言って、アイシューも納得してくれた。
「ねえカイセイ。アタシ…… キンキについて、ちょっと気になったことがあるんだけど」
今度はホニーが口を開いた。
いつになく真剣な表情だ。やはり、この世界の人間にとって、天界の禁忌とは、それほど重要で恐ろしいものなのだろう。
「キンキについて聞いてもいいかな?」
ホニーが尋ねる。
「ああ、なんでも答えてやるぞ」
俺は答える。
「そう、よかった。あのね………… ずっと考えてたんだけど…………
ミエ(三重)って、キンキ(近畿)に入るんだっけ?」
「は?………………………………ふぅ。わかったよ。そんなに知りたいんなら教えてやろう」
俺は早口でまくしたてる。
「いいか。まず関西と東海に分けるなら、三重は東海に入ると答える人が多いと思う。しかし近畿と中部に分けた場合、三重県は近畿地方に入ることが多いな。でも実際のところ定義は曖昧で、場合によって三重は近畿や中部や東海に入ることがあるんだとさ。どうだ、これで満足か? お前はこれで満足なのか?! 」
「いんちき魔導士様、なんですか、そりゃ? 魔法の呪文か何かですか?」
は? なに言ってんだセッカチー?
「流石、猊下と炎の令嬢殿。まさに魔法を極めし者同士の会話ですね。我々には全く内容が理解できません。我が世界有数の魔導士が教えを請い、全知全能の魔導士がそれに答える。嗚呼、なんと気高い光景であろうか!」
あれ? 侯爵まで。三重県民以外の人間にはほとんど興味のないこの話の、どこが気高いんだ?
そうか。この世界に存在しない概念や単語は、流石の自動翻訳機能さんも翻訳できず、この世界の人には単なる音の羅列に聞こえるんだった。それでなんだかよくわからない不思議な会話をしているように聞こえたんだな。
まあ、おれの評価が上がったことだし、これはこれで良しとするか。
俺と女神様の目的は達成した。俺がクローニン侯爵に別れを告げ、この場を立ち去ろうとした時、最後にアイシューがポツリとつぶやいた。
「カイセイさんの世界では、『みえ』というものが禁忌の一つなのか……」
いや、そんなことはないぞ。それだとなんだか三重県の人に申し訳ない気がするぞ。
さて、ホニーのどうでもいい話はさておき、俺はクローニン侯爵との会見を無事に終え、ミミー、アイシュー、ホニーの3人を引き連れ、俺達が昨夜設営した野営地に戻ることにした。




