クローニン侯爵の苦労
「では私を攫ったあと、ナカノ国は私を兵士にでもしようとしていたのですか?」
アイシューがクローニン侯爵に尋ねる。
「それは私にもわかりません。特殊工作部隊は王直属の部隊ですので。その点につきましては、そこに直ります、セッカチーの方がよく存じていると思います」
「えっ? お、俺ですか?」
急に話を振られたセッカチーが、またアワアワし始める。そして——
「お、俺みたいな下っ端が、王様の考えてることなんて知るわけないじゃないですか! ほ、本当ですって。 ヒイイッ! 聖女様、そんなに睨まないで下さいよ」
「……別に睨んでないけど」
なんだかどんどんアイシューのキャラが変わっていってるような気がする……
そんな中、ホニーが口を開いた。
「まあまあ、アイシュー。ここはとりあえず、コイツの言うことを信じてやることにしましょうよ」
なんだよ、ホニーのヤツ。結構、優しいとこあるじゃないか。
「後でアタシがコイツのことをじっくり拷問…… いえ、尋問した時、そのことも一緒にはかせてやるから、ちょっとだけ待っててね」
謹んで前言を撤回させてもらおう。
「おい、セッカチー。そんな目で見るなよ。ちゃんと治癒魔法使ってやるって言ってるだろ」
「ちょっと、いんちき魔導士様…… 俺の扱い、雑になってませんか?」
セッカチーの話は聞かなかったことにして、っと。
「私の本音を申し上げたいのですが、宜しいでしょうか?」
改まって、クローニン侯爵が俺に尋ねてきた。
「もちろんですよ。そうしていただけると、こっちも助かります」
俺は侯爵に発言を促す。
「では失礼して。我がナカノ国には、中級魔法を使える魔導士は一人もおりません。その一方で、隣国ヒガシノ国には3名の中級魔導士が存在し、しかもなんと、そのうちの二人が我が領地に接する街にいるではありませんか!」
「そうですね。お気の毒というか、なんというか……」
「ええ、まったくです。中級魔導士の戦闘力は兵3千に匹敵すると言われています。二人合わせると兵6千ですよ! 常に兵6千に対する備えをしなければならぬとは…… もう防衛費がかさんで、うちの財政は火の車です……」
「いや、あの…… なんと言いますか、ご苦労されてるようで、ご心中お察しします……」
「その上、我が王ときたら、よくわからない特殊工作部隊などというものを作り、我々領主にその維持費の大部分を負担せよと命じる始末。伝え聞くところによれば、特殊工作部隊の者どもは、魔導士招聘の任務などそっちのけで、やっていたことは本当にろくでもないことばかりだとか。壁に落書きしたり、カエルを道端に並べたり。可燃ゴミの日にわざわざ不燃ゴミを出すなんてことも聞きましたから」
なんだそれ? 特殊工作って言うより、むしろイタズラって感じだな。というか、この世界でもゴミは分別するのか?
ため息交じりに侯爵は続ける。
「そうそう。どこかの家をピンポイントで選び、その家の前で大声を上げて逃げる『ピンポイントダッシュ』が隊内で流行っていたとか」
うーむ…… そこは日本と微妙に違うんだな。
「あー。それウチもやられた。アレ、ホントうるさくて迷惑なんだよね」
ホニーがうんざりとした表情をしている。そうかお前もその『ピンポイントダッシュ』の被害にあったのか……
「可燃ゴミの日に不燃ゴミ出されて、町内会長さん、本当に迷惑してたわ」
この世界にも町内会長さんがいるんだな。勉強なるよ、アイシュー……
「そのようなわけで、王の目的はわかりませんが、水の聖女殿やヒトスジー嬢に、我が領土の側から離れていただくのは、私としては大歓迎でございました。故に、水の聖女殿略取事案に協力した次第です」
「なるほど。事情はわかりました。それで…… って、えっ? もうそのへんで結構なのですが……」
クローニン侯爵の本音が止まらない……
「第一、このおかしな連中の活動資金を、なぜ私が負担するのか——
——それでなくても税収が厳しいというのに……
——王の言動のおかしなこと、この上なく……」
クローニン侯爵の中の、何か大事なものが壊れたかのだろうか。侯爵はコッチが聞きもしないことを、その後も続けてまくし立てた……
「——ええ、まだまだ言いたいことはありますとも! それからですね、今回の出兵につきましても、兵糧代は全て領主持ちです。一日いったいどれぐらいの兵糧が消えていくことか! 本当に、ヒトスジー軍、早く帰って下さいよと心から思いますよ。更に本音を言いますとですね、こちらは一刻も早く撤兵したいんですよ! もう、当家の財政は破綻寸前でございます!」
一気にまくし立てた侯爵は、最後に一つ、ハァーーーー、と大きくため息をついた。
「あの、なんと言いますか…… クローニン侯爵も苦労されてるんですね」
「私の苦労を理解していただけたのは、猊下が初めてでございます」
なんだか森の中が、カウンセリングルームみたいになってるよ。マイナスイオンとかが出てると思うんで、侯爵の心労も、きっと軽減されることだろう、たぶん。
「いやはや、猊下の人を包み込むお人柄、私、感服致しました」
いやいや、あなたが一人で愚痴をこぼしてただけですよ?
「オウっ! オニーサンは優しいぞ!」
侯爵の言葉を聞いたミミーが声を上げる。
「優しいっていうか、優柔不断っていうか」
アイシューの辛口コメントが俺のハートにクリティカルヒット。
「優柔不断っていうか、欲求不満っていうか」
「さっきも言ったけど、俺はその無修…ナントカなんて持ってないからな? なあ、ホニー。お前の師匠はひょっとしてお笑い芸人だったのか?」
「いいえ。地方公務員よ」
「どこまでがネタなんだよ? もういいよ」
「もう、また二人で訳のわからないこと言って遊ばない!」
アイシューからお叱りを受ける。そして更にアイシューは続ける——
「クローニン侯爵のお話はわかりました。そういうことなら安心して下さい。私は冒険者になりましたので、今後、少なくとも兵3千人分の心配はしなくて済むと思いますよ」
「おお! ありがい!」
「でも、だからと言って、ミズーノの街に兵を向けたりしませんよね?」
今一度姿勢を正すクローニン侯爵。さっきまでは居酒屋で愚痴をこぼしてる、呑んだくれのサラリーマンみたいだったのに。流石、クローニン侯爵。あっという間に領主様モードに切り替わった。
「全知全能の猊下の前で、このクローニン、お約束致します」
いやいや、褒めすぎだよ。俺、大学入るのに浪人したんだから。英検2級、2回落ちて諦めたんだから。京都検定の2級も落ちたんだから。俺、京都出身なのに。
「アタシも大丈夫よ。アタシも今日からカイセイのパーティメンバーになるから」
ホニーが唐突に、よくわからないことを言い出した。
「は? なに勝手に決めてんだ、お前」
「なにヨ、嫌なの?」
「じゃあ、セバスーさんと相談だ。セバスーさんが構わないって言ったら認めることにしよう。俺としては、ぜひセバスーさんに一緒に来てもらいたいんだ」
「ナニよアンタ! アンタはアタシより、セバスーの方が大事だって言いいたいワケ?」
「バランスの問題だよ! 俺一人で、女子3人も連れて歩いてみろ。またなに言われるかわかったもんじゃネエんだよ!」
「もう、 あなた達いい加減にしなさいよ! ほら、あんまり話が長いんで、ミミーちゃん、退屈して寝ちゃったじゃない」
ホントだ。ミミーのヤツ、幸せそうな顔してアイシューにもたれかかって寝てやがる。
「なんだよもう。ホニーはバカだしミミーは寝るし。ホント申し訳ありませんね、侯爵。話に戻りますが、では、ヒトスジー領にも兵を向けないということでいいんですね?」
「もちろん、当方から兵を向けるつもりはございません。お約束致します。ただ、今代のヒトスジー伯爵は、大変申し上げにくいのですが、先代より幾分か好戦的な方であるとうかがっております。出来ればヒトスジー嬢からも、当方の領土に攻め込まぬというお約束をいただきたいのですがいかがでしょう」
流石、クローニン侯爵だ。ビビってるけど、押さえるところはちゃんと押さえてくるな。ホントすごいよこの人。これは是非とも、お友達なっておくべきだな。でもそれはここでホニーがどうこう言えることじゃないと思うんだけど……
「いいわ、約束してあげる」
「おい、ホニー。いいのかよ、そんなに簡単に約束して?」
「いいのよ。アタシがいなければ、兄さまは他領に攻め込むなんてバカなこと考えないから。元々、アタシがいるからいけないのよ。アタシなんていない方がいいのよ……」
「おいホニー、お前……」
「フン。まあ、それでもウンって言わなかったら、アタシが兄さまに中級火魔法をお見舞いしてやるわよ!」
なに強がってんだか……
アイシューと目が合う。どうやらミミーも起きているようだ。2人の顔を見ると——
『ホニーも一緒に行こう!』
そう言いたそうな顔をしている。
そして、二人が探るような目で俺を見つめる。
安心しろ、俺もお前らとおんなじ気持ちだ。俺は笑顔で二人に伝える。
俺の心が伝わったのか、二人は優しく微笑んだ。
お前の居場所はちゃんとあるさ、なあホニー、って、おい……
「昔、兄さまに初級火魔法を食らわせてやった時、兄さまの髪が燃えてチリチリになっちゃって、どっかの音楽家みたいになったのよ。アーハッハッ!!!」
「…………おい、ホニー」
「思い出したら、また笑えてきたわ。日本風に言うとなんだっけ、モッハベルトだっけ? そんな感じだったわ。そうそう、そのあとさあ——」
「おいそこのバカ、ちょっと黙れよ。なあお前、俺の優しい笑顔を返してくれないか? 俺とアイシューとミミーの心温まるやり取りは何だったんだよ? それからその謎の音楽家だけど、たぶんモーツァルトとバッハとシューベルトが混ざってんだろうな。わかりにくいから、今後三人混ぜるの禁止な」
「ハア? アンタなに言ってんの?」
「まあまあ、カイセイさん。その話は帰ってからにしましょうよ」
苦笑するアイシューが俺をなだめる。
「わかったよ。でも帰ったら絶対、俺たちの優しい笑顔を返してもらおうな!」




