ミミーから流れる優しい風
「あのー、なんだか話が逸れちゃって申し訳ありません。話をメチャクチャにした俺が言うのもなんですが、そろそろ本題に入らせてもらってもいいでしょうか?」
「え、ええ。勿論ですとも。ここは聖なる森でもなんでもない場所ですので、よろしければどうぞおかけください」
俺の問いかけに対し、クローニン侯爵はそう答えた。
侯爵の厚意に感謝の言葉を述べた後、俺たち一同は切り株に腰をおろした。でも、その切り株作ったの俺なんだけど…… まあ、細かいことはいいや。
「では単刀直入にうかがいます。侯爵は隣国のヒトスジー伯爵領に兵を向けるつもりですか?」
俺の問いかけに対しクローニン侯爵は——
「めめめ、滅相もありません! 中級火魔法を操るヒトスジー嬢相手に戦うなど、とんでもありません!」
気の毒なほど動揺している。
「あっ、すみません。別に詰問してるわけじゃないんですよ? 」
「はい、わかっておりますとも! 我々はヒトスジー伯爵軍が出兵の準備を始めているという情報をつかみましたので、それに応じて国境沿いに布陣したまでのこと。嘘偽りはございません」
「では一応確認させてもらいますが、領土的野心はないと思っていいんですね?」
「もちろんでございますとも! 実を言いますと、我々も困っておりました。ヒトスジー伯爵軍が兵を引いてくれるのであれば、我々も喜んで兵を引きましょう」
「なんだ、そうですか。いやー、良かったです。じゃあ、これで一件落着かな?」
「カイセイさん、あなたやっぱりバカなの?」
やっぱりって…… どうやらアイシューには、俺のお利口具合がまだ伝わっていないようだ。
「改めまして自己紹介させていただきます。私、ミズーノの街で聖堂士をしておりましたアイシューと申します。侯爵にはせっかくお招きいただいたのに、お伺い出来ず、申し訳ないと思ってました」
あ、そうだった。アイシューはクローニン侯爵に騙されて、ナカノ国に連れ去られそうになったんだった。
「そ、それは、なんと申しますか…… その節は、誠に申し訳…… も、申し訳ありませんでした!」
クローニン侯爵がアイシューに向かって騎士の礼を示した。それに合わせて、セッカチーを含めた共の者3名もそれに倣った。
「お、おいアイシュー。なにもここまでやらなくても……」
「カイセイさんはやっぱりバカなの? 私は自己紹介と挨拶をしただけだけど?」
微笑みを浮かべながら俺に話しかけるアイシュー。怖い、目が笑ってない…… どうやらアイシューさんはとても怒っておいでのようだ。
「そうね。別に私も謝って欲しいわけじゃないの。さあ、侯爵さんもみなさんも、お座りになって下さい。腰を落ち着けて、ゆっくりお話ししましょうか」
ミミーがビビっている。ホニーが『コイツ、ヤバイ』って顔してる。まあ、これでホニーのヤツがアイシューに変なちょっかいを出すことはなくなるだろう。
もう一度、参加者全員が切り株に腰掛ける。しかし、クローニン侯爵も大変だな。せっかく俺との関係が良好なものとなってホッとした瞬間、次はアイシューかよ。前門のお調子者、後門の腹黒って感じだな。しかし、この人は次から次へと、よくもまあ、苦労を背負い込めたもんだ。
「……ちょっとカイセイさん。なによその顔?」
切れ味鋭い微笑みを浮かべたアイシューが俺に言葉を放つ。
「いやな、なんか5日ほど前の、自分の姿を見てるようで」
「オウっ! そう言えば、この前オニーサンもこんな顔して、アイシューに怒られてたゾ!」
「ミミーちゃんゴメンね。お話が終わるまで、ちょっとだけ静かにしててもらえるかな?」
「……ハイ」
なんと! ミミーが語頭と語尾に変なのつけないぞ! ミラクルだな、アイシュー。それはさて置くこととして——
「なあ、アイシュー。俺は別にアイシューの一件を忘れてたわけじゃないんだぞ? 『一件落着』って言ったのは、ヒトスジー伯爵家との一件が片付いたって言いたかっただけだからな?」
俺に続いて侯爵も口を開く。
「そ、それは私とて同じこと。まずは両軍の軍事的緊張を解決し、兵達の命を守った上で、改めて聖女殿には謝罪を致す所存でございましたとも!」
うわー、クローニン侯爵、必死だな。確かヒガシノ国のダマシー将軍は、中級魔法を使える魔導士は、国軍3千の兵力に匹敵するって言ってたな。こっちにはまだホニーもいるんだし、まさに命懸けの綱渡りって感じだな。ちょっと気の毒になってきたよ。ここは一つ、侯爵に助け船を出すか。
「なあ、アイシュー。結果的にお前の件が後回しになっちゃって、俺の言い方もお前に誤解を与えたんなら謝るよ。だから、もうちょっと穏便にやってくれよ」
「え? 私、別に事を荒立てるつもりなんてないわよ?」
わかってるよ。ただ、ダマシー将軍風に言うなら、自分が『人間最強兵器』だっていう自覚が無いんだよ。
「俺もアイシューもホニーも、もちろんミミーも、侯爵始めここにいる4人に危害を加えるつもりはない。当然、侯爵軍の兵士や住民にも危害を加えない。ここをはっきりさせてから、話を進めようぜ」
「当たり前じゃないの! ってあれ? ひょっとして、私が怒り狂って、中級水魔法でヒドいことするとか思われてたの?」
キョトンとした顔でアイシューがつぶやく。
「アイシューが水魔法を使って、侯爵達にお仕置きすると思った人、はい挙手!」
俺がそう言ったところ——
ミミー以外全員が手を挙げた。
「もう、なによそれ! あっ、なんでホニーまで手を挙げてるのよ!」
「だってアンタ、アタシに水魔法ブチかましたじゃないのヨ! 溺れるかと思ったんだからネ!」
「うっ…… で、でも、あの後、ちゃんと謝ったでしょ!」
「ムムっ! でもオレっちは…… ハッ、しまったゾ! オ、オレっち、なんにも喋ってないゾ!」
さっきアイシューから黙っていろと言われたことを思い出したミミーが、オロオロしている。
「いいよミミー。言いたいことがあるんだろ。アイシューもいいよな?」
『もちろんよ』と言いながらアイシューが頷く。
「じゃあ言うゾ? ホントに言うゾ? アイシューはミズーノの街で、悪いオジサン達にお仕置きしなかったゾ? 住民の人達は『やっちまえ!』って言ってたのに、アイシューは許してあげたんだゾ? だからオレっちは、今回もアイシューはお仕置きしないと思ったんだゾ!」
この時…… 俺たちの周りには優しくて温かい空気が流れ込んできたような気がした。後年、クローニン侯爵はきっとこう言うだろう。『ミミーが天使に見えた』と。大人の階段を登ってしまうと、どうやら人の悪いところばかりに目が行ってしまうようだ。俺達、薄汚い大人がミミーの心地よい風に吹かれて浄化されていたところ——
「でも、そこいる特殊工作部隊の隊長は別だからネ。危害を加えない人の中に、アンタが含まれると思ったら大間違いだから」
嗚呼、ホニー。どうやらお前の周りには、ミミーの温かい風が流れ込まなかったようだな……
「ヒ、ヒイッッッ! い、いんちき魔導士様、どうか、どうかご慈悲を!!!」
そんなすがるような目で見るなよ、セッカチー……
「おい、ホニー。でもそれは、命を奪うって意味じゃないだろ?」
「当たり前でしょ!」
「じゃあ、そういうことだ。心配するな、俺はこう見えて治癒魔法も使えるんだ。いざという時は、俺がばっちりヒールをかけてやるから安心しろ」
「そ、そんなぁ……」
この時、今度は俺から周囲に向かって、テキトーで温かくも優しくもない、淀んだ風が流れ出たような気がした。だって、早く話を進めたいんだよ…… 悪く思うなよ、セッカチー。
♢♢♢♢♢♢
「それでは、お話しさせていただきます」
クローニン侯爵が、アイシューをさらおうとした一件について語り始めた。
「まず、我が国には、王直属の工作部隊というものが存在しました。これはもともと戦時において諜報や破壊工作を任務とする部隊だったのです。しかし、近年、戦争が減ったため、この部隊は平時においても、他国の都市に、破壊工作や扇動など、裏の仕事を日常的に行うようになりました」
「あの…… いいんですか侯爵? そんなことを俺達に話して?」
ためらい気味に俺が尋ねるが——
「いいのです。我々が皆様に敵意がないことをお知り置きいただきたいのです。それに——」
侯爵はふっ、と笑った後、また話を続ける。
「猊下や皆様が本気になれば、我が領土はもちろんのこと、我が国自体が消滅するでしょうから」
「いやいや、そんなことするつもりありませんからね?」
そんなつもり、まったくないぞ? でも、侯爵はそんな心配してたんだな。なんだか領主って大変そうだ。
力なく笑った侯爵は更に続ける。
「ところが最近になり、王はこの工作部隊を再編成し、特殊工作部隊というものを編成致しました。そして新たな任務を命じたのです」
「新たな任務ですか?」
「はい。それは3名の有力な魔導士を我が国に招聘することです。と言いましても…… 実際は虚偽や脅迫で無理矢理我が国に連れてくる、といった類のことを考えていたようですが」
「なるほど。具体的な誘拐対象として、アイシューが狙われていたと?」
「左様です。それにヒトスジー嬢もです」
「えっ! アタシもなの!」
驚いた様子でホニーが口を開く。
「その点につきましては、特殊工作部隊部隊におりましたコヤクニーンの口から直接お話しさせていただくのがよろしいかと存じます。またこの者の弟は、ヒトスジー伯爵領担当の特殊工作部隊部隊長ですので」
「ヒ、ヒイッッッ!」
「おい、コヤクニーン改めてセッカチーよ。お前、今日ずっとヒイヒイ言ってないか?」
まったく今日は厄日だな、セッカチー。
クローニン侯爵が再び口を開く。
「その前に、私と特殊工作部隊との関係、また水の聖女殿略取未遂事案についての謝罪と説明をさせていただければと思うのですが、よろしいでしょうか?」
クローニン侯爵は、俺、アイシュー、ホニー各々の顔を見る。
アイシュー、ホニー両名が頷く。もちろん俺もだ。
「では。私はここに直りますコヤクニーン…… ではなくセッカチーに名を改めたのですね。では、このセッカチーより、ミズーノの街の代官の協力を得られたので、聖女殿を一旦我が領土にお連れしたいという申し出がありましたゆえ、私は了承し、協力いたしました」
ここで一旦言葉を切った侯爵は、フゥーっと大きく息を吐いた。
「これは全て私の一存で決めたこと。どうか私の命一つでお許しいただきますよう、この通り、お願い致します」
そういうと、侯爵はまた騎士の礼とった。
「オウウウッッッ! オニーサン、侯爵サンを許して欲しいゾ!!!」
嗚呼…… また優しくて温かい風が——
「エー、でもお金ぐらいは払ってもらいなさいヨ」
「おいっ、ホニー! テメーにはこの心地いい風が感じられないのか? ちょっとは空気読めネエのかよ!」
「ハア? アンタなに言ってんの? えっ、ちょっと待って! それってもしかして…… 『KY』ってやつ!?」
……ホニーの師匠って、結構おっさんだったんだな。




